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複雑な心




 ルガルが来て二度目の馬車は景色を楽しむ隙間もないほど騎士団によって手堅く周りを護られながらの旅路だ。それはもう仰々しく見えるだろうが、皇帝と皇女が乗っているならと納得できるだろう。

 神殿でのアニマの契約の日。一生に一度の神聖な儀式としてこの世界では誰もが祝福すべきことだとされ、多くの招待客に見守られながら行う。

 神殿とは口裏を合わせているとはいえ、外部に漏れたら取り返しがつかない爆弾を皇女が抱えているのだ。慎重になるのはわかるが、ここまでくると息が詰まって仕方ない。

 まだ外ではアニマとして扱えないルガルは厳重な籠に入れられて荷台で運ばれていて、それがまた狭苦しさと息苦しさを私にまで感じさせるのはアニマの契約せいなのだろう。

 まったく不便なものだと思いながらも、騎士団の隙間からちらりと見えた神殿に気持ちが浮上する。漫画でも度々出てきた神殿に読者だった身としては聖地巡礼のような気分になっていた。


「お父様、神殿でのアニマの契約はどのように行うのですか?」


 そういえば私が知っているのは庶民の契約の仕方で、貴族も同じやり方だとは思えない。さすがに見せかけの儀式でも失敗はできないと皇帝に尋ねれば、おもむろに肩で休んでいた白蛇のセスを掴み起こす。ぶらんと垂れた尾を皇帝の腕に巻き付けながらセスは不満げにチロリと舌を出した。


「大司教の口上を聞き、鷹のアニマを従えた戦女神の銅像が持つ聖剣で指先から血を流し、その血をアニマとなる獣に飲ませれば完了だ。……本来なら契約の証としてアニマになった獣には見えない首輪を課せられる」

「ああ、そういえば……」


 首が絞まるような息苦しさを覚えたのを思い出して無意識に喉を擦る。そこには何もない筈なのに、確かに見えない首輪が付けられているのだろう。そんな私の行動を痛ましそうに見つめる皇帝に気付き、何事もなかったかのようにそっと手を下ろした。


「指先の怪我はどうしましょう。私の場合、アニマが引き受けてくれるわけではないのでそのままになってしまうのですが……」

「所詮は正式にアニマの契約をしたという記録のための儀式だ。終わり次第挨拶だけしてすぐに下がらせるつもりだが、あまり深く斬りすぎてはいけないよ。血もほんの数滴でいい」

「わかりました。気を付けます」


 神殿に到着してからは準備が終わるまで神殿の奥で待っているように言われたものの、ルガルはまだ籠の中だし自由に歩き回るわけにもいかない。

 どうしたものかと辺りを見渡していたら、ふと小さな鳴き声が聞こえてくる。みゃあ、とか細くも愛くるしい鳴き声は子猫のもので、近くを探せば物陰に隠れた子猫が見えた。


「こんな所でどうしたの?」


 アニマなら一匹でいる筈もないのでアニマになる予定の猫かもしれない。貴族への猫の需要は高く、高値で取引もされているくらいだ。

 神殿にいる以上逃がすわけにもいかないので優しく声を掛けて手を伸ばすものの、思いっきり威嚇されてしまってなすすべもない。まるで親の仇でも見るかのような警戒っぷりだ。


「そ、そんなに私の顔って怖いかしら……」

「いえ、貴女から狼の匂いがするので怖がっているだけのようです」

「え?」


 後ろから子猫を覗き込んできた誰かに驚いて顔を上げる。さらりと癖のない少し長い黒髪に金色の瞳をした青年がじっと子猫の様子を見つめている。纏っているのは白を基調とした神官服で、その見覚えのある姿にぱちりと目を瞬いた。


「あなたは……」

「ああ、申し訳ありません。私は怪しい者では……」

「私の推し……!」

「オシ?」


 キョトンと首を傾げるその姿でさえも輝いて見えるほどの美青年が十年後にはますます色気のあるお兄さんになるのだから成長が楽しみでしかない。

 今は違うが、原作では大司教として登場した彼はアニマを守るために戦う主人公のサポートキャラとして活躍する。整ったその容姿と落ち着いた大人な性格から女性人気が高く、かくいう私も主人公より好きだったりする。

 まさかこんな前から会えるなんて。緊張で固まる私に優しく微笑みながら彼は目線を合わせる。中性的な顔立ちが彼の性別を曖昧にさせていた。


「私は神官のアランと申します。儀式の準備が整いましたので、お迎えに上がりました、皇女殿下」

「ええ、わかったわ。でもここに子猫が……」

「その猫なら放っておいて構いません。とある貴族の方が毛色が気に入らないからと直前になってアニマの契約をお辞めになったのでアニマショップに戻すつもりなのですが、気性が荒く誰の手にも負えないので神殿内では野放しになっているのです」


 なんてこともないようにさらりと告げる彼の表情に違和感が募る。原作の彼はこんなに薄情だっただろうかと思わず目を疑った。


「……あんな子猫を、放っておいてるの?」

「餌や水は置いていれば勝手に食べていますので、問題はないかと。さすがにアニマとしても貴重な猫を死なせたりはしませんよ」

「そういう話じゃないわ。アニマの契約をしなかったのは人側の都合でしょう。だったらもっと、この猫にも誠実な態度で……」

「確かに毛色が気に入らないと貴族様は仰いましたが、この猫ももう少し媚びていればアニマにしてもらえていたでしょう。そうすれば楽な暮らしができたというのに、この猫にも落ち度はあります」

「私は、アニマになることが良いことばかりとは思わないわ」

「ああ……貴女がそう(・・)だからですか?」


 にこりと、浮かべた偽物の笑みにゾッとする。違う。どう考えても、私の推しはこんな性格じゃなかった。原作までの十年で大人になったのか、何か気持ちの変化があったに違いない。

 けれど、あの能力はきっと今でも変わらない。彼は最初にこう言った。「貴女から狼の匂いがするので怖がっているだけのようだ」と。


「……ええ、そうよ。私がそうだから言えることよ。だからこそ人と獣は対等であるべきだと思うわ。互いに想い合った上で契約を果たすべきだと、私利私欲のためではいけないのだと、学ばなくては」

「……貴女は、初めから犠牲にするためにあの狼をアニマにしたのではないのですか?」

「おあいにく様。勝手に契約されたのは私の方よ。あなたならそれが本当だとわかるんじゃないかしら」

「な、……」


 大司教アランには特別な力があった。主人公側に人が味方につくということは珍しく、その理由を聞かれた彼は微笑みながら自分の耳に触れてこう言うのだ。「私は、獣の声が聞こえるのです」と。


「アニマだろうとそうでなかろうと、この世に生まれたからには何らかの意味があるのよ。簡単に喪っていい命なんてない。だってそうじゃないと寂しいじゃない。私の死に場所は自分で選ぶわ」

「……随分と、綺麗事を仰るのですね」

「あなた、ほんと不敬ね。いくら推しだからって何を言っても許されるとは思わないでちょうだい」

「オシとは一体なんのことですか?」

「全て許されるほど顔がいいわね……」

「はい?」


 これだからイケメンはいけないとため息をつきながら儀式が行われる祭場に向かう。子猫は相変わらず私を警戒していたがアランには何か言いたげな様子だ。私がいない方が彼らもスムーズに事を進められるだろう。

 迎えとして現れた彼を置いて近くにいた別の神官に案内を頼む。ああ、一度でいいから子猫を撫でさせてもらいたかったなぁ、なんて、ルガルが聞いたら拗ねそうなことを考えながらちらりと後ろを振り返る。


「……仕方ありません。あなたの要望を聞きましょう」

『弟に会いたい! 帰してくれ!』

「あなたの兄弟猫は体が弱くアニマショップにも引き取られなかったと聞いています。保護施設に戻りたいのですか?」

『弟に最期までついていてやりたいだけだ。そしたらその後はなんでも人間の言うことを聞く。頼む。たったひとりの弟なんだ』

「…………私には、理解できませんね」


 そう言いながらも子猫を抱えあげる手つきは優しい。私には子猫が何を言っていたかはわからないけれど、やっぱりアランは本当は優しい人なのだろう。

 じっと見つめていれば不本意そうな視線を向けられて、慌てて目を逸らして歩き出す。その背中をアランが複雑な表情で見ていたことには気付かなかった。



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