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悩みは尽きない




 ドアをみっちり埋めるほどのマッチョの騎士とその隣にきっちりお座りしたマッチョのドーベルマンが一匹。騎士団長というその人はこれまたビシッとした九十度の角度の謝罪と共に現れた。


「この度は我が騎士団の隊員が起こした不祥事、誠に申し訳ありませんでした。全て私の管理不足の責任です。この罪を未来永劫心に刻み、アニマ共々命に代えても皇女殿下とルガル様をお守り致します」


 重いし暑苦しい誓いに圧し負けそうになりながらもその謝罪を受け入れる。

 皇帝に絶対の忠誠を誓うこの人はゼーレ騎士団長のレノン・ファイナン卿で、いつもなら皇帝の護衛を勤めているのだが今回の件で私の護衛騎士として配属されたそうだ。

 ついでにルガルの特訓も彼が直接行うらしく、彼のアニマのドーベルマンはまだ成長途中とはいえ狼のルガルよりも体格がいい。

 アニマと同じ魂という意味を持つゼーレ騎士団はいわば皇室のアニマのような存在だ。命を掛けて皇室を護る精鋭揃いの騎士団の隊員があんなことを仕出かしたのだから皇帝からの当たりは強かっただろう。

 一人になった私も悪いのだから私から騎士団を非難するつもりはない。今回の護衛もわざわざ騎士団長でなくてもよかったのだが、キッチリとした隊服に浮かぶ筋肉と赤髪のベビーフェイスのギャップは見ていて好ましい。

 ありがたく今日はルガルの代わりに傍にいてもらうことにした。


「それじゃあルガル、部屋でお留守番しててちょうだいね」

『えっ、どこに行くの?』

「ちゃんと歩けるようになったんだもの。お母様に元気な姿を見せてくるわ」


 心配で倒れたと聞いてからまだまともに挨拶もできていない。皇后である母親は元々体が弱く、ディルクを産んでからはますます部屋に籠ることが多くなった。

 そんな体で私が寝込んでいる時に看病に来てくれたらしいが、それで皇后まで寝込んでしまったと聞いた時にはこの世界での母親とはいえ申し訳なくなった。

 身内だけに優しい皇帝と違って皇后は誰にでも優しく慎ましい。いい人ほど神様が早く連れていきたがるのだと思わずにはいられないほどに。


「お母様のご様子は?」

「少し微熱はありますがいつもよりはご容態も安定されております」


 部屋の前で待機していた医者が深くお辞儀をして下がる。ファイナン卿も部屋の外で待ってくれるようで、見送られながら部屋の中に足を踏み入れる。

 開いた窓から心地よい風が吹き抜ける。寝込みがちの皇后のために窓から見える庭は季節の花が彩り美しい。

 そんな窓辺のベッドでこの世のものとは思えないほど綺麗な人が丸くなった猫を撫でている。透き通るようなプラチナブロンドが風に靡き、まるで天女の羽衣のように見えた。


「いらっしゃい、ユリア。怪我はもう大丈夫なの?」

「はい、お母様。すっかりよくなりました」


 促されるままにベッドの傍に寄り、そっと撫でてくる手のひらを受け入れる。皇后の膝でゴロゴロと喉を鳴らしているのは年老いた白猫で、この子こそが皇后のアニマだ。

 普通ならアニマとなった時点で寿命も契約者に合わせるのだが、この猫はアニマの契約によって何度も皇后の命を救ってきた。

 猫に九生あり。そういう言葉がこの世界にもあるように、病弱な人ほど猫をアニマとして迎え入れている。アニマの契約の恩恵も契約者を癒やす能力が多く、猫は貴重なアニマとして国で管理されるほどだ。

 皇后のアニマの老猫がもう何度彼女を救ったかはわからないが、アニマの代行にも限度がある。眠ることが増えたし、動きも緩慢で危うげだ。そう永くないことは簡単に予想できた。


「元気になってよかったわ。でも、尊いアニマの契約がユリアを傷付けることになるなんて……まだ信じられないわね……」


 皇后ほどアニマの契約に救われている存在はいないだろう。だからこそ彼女はアニマを慮り、何よりも尊重している。なのに、血を分けた娘がそのアニマに苦しめられているのだから運命とは残酷なものだ。


「お父様がアニマの契約の解除方法を見つけるまでの間です。こんなケースは二度とないかと」

「見つかるかしら……不安だわ……」

「大丈夫です。お父様は立派な方ですから」

「そう……そうよね。きっと、大丈夫よね」


 実際は見つかる可能性はゼロに近いのだが、このことが皇后のストレスになってはいけない。宥めるように彼女の手を老猫のニィロへと誘導すれば喉から響くエンジン音に私まで癒された。どの世界でも猫ちゃんは可愛い。


「ユリア、どうかアニマを憎まないでちょうだいね。彼らは素晴らしい存在よ。私がこうして生きていられるのも、この子のおかげ。これがどれほど罪深い行為だとしても、そうして人々は生き長らえてきたわ。全て慈悲深いアニマのおかげなのよ」

「もちろんです、お母様」


 原作では狂ってアニマを皆殺しにする皇帝を見て罪深さに耐えきれず自死を選んだ皇后だったが、この敬虔さを見ればそれも納得できる。

 アニマ至上主義の考えこそがこの世界の根本なのだ。それを容認できずにいるのは私が転生したからで、かといって拒絶もできない。

 ただ、虚しいなと思う。魂の契約が無くとも人と獣が家族になることだってあるし、どちらかが犠牲になるのではなく、人の努力で医療も発展できるのだと考えない世界が、とても哀しい。


「お体に障りますので、これで失礼致します。お母様も無理はなさらないでくださいね」

「ええ、わかったわ。ユリアもどうか気を付けてね。あと……ディルクのことも、気に掛けてあげて」

「わかりました」


 頷けばほっと安堵する皇后とディルクの面会は少し前から制限されている。理由はディルクが他人の猫のアニマを無理矢理奪って皇后の前に連れてきたからだ。

 病弱な母親を思っての行為だったが、人のアニマを奪うことは重罪だ。皇帝が根回しをして揉み消したがあまりの衝撃に臥せってしまった皇后を見てディルクは謹慎処分、皇后との面会は監視下の中でという親子でも異例なものとなってしまった。

 母親が弱っているのは自分を産んだせいだと、衰えたアニマより自分の方が母親を助けられると思っているのだろう。転生したエセ子供の私と違って、ディルクはまだ子供なのに随分と賢い。それでも情緒面はまだまだ育っていないのは皇子として生まれたからだけじゃない。


「姉さん、歩けるようになったんだね」


 きっと私が彼の姉に転生したのも原因の一つだと思わずにはいられなかった。


「ディルク?」

「お見舞いに行けなくてごめんね。父上からなかなか許可が下りなくて……母上とお話ししてたんでしょう? 僕とも一緒に話そうよ。二人きりで、さ」


 そう言って部屋に戻る途中だった私に声を掛けてきたディルクはまるで偶然を装ったかのようにどこか不自然だったが、ファイナン卿には目配せをして離れて待機してもらう。

 今はディルクが目を付けていたルガルも私の部屋の中だ。少しくらい可愛い弟との会話を楽しんでもいいだろう。


「会いたかったよ、姉さん。大変な目にあったんだって?」

「そうね。でももう大丈夫よ。心配いらないわ」

「騎士に襲われて心の傷を負ったから部屋で療養してたんだよね? 心の傷は、アニマじゃうまく治せないから」

「ええ、そうなの。本当に、怖かったわ」


 ディルクにも外部の者と同様にルガルが私のアニマになったことも、ルガルが負った傷を私が代わりに受けたことも伏せられているのだろう。

 咄嗟にトラウマを抱えているように自分の体を撫で擦れば、ディルクがぎゅっと抱き締めてくれる。最近は滅多にしてこない抱擁に思わず目を瞬いた。


「ディ、ディル?」

「そうだよね、怖かったよね。だけどもう、怖がらなくていいんだよ」

「え?」

「あの男はもう、死んだからね」


 その言葉に、ポカンとしたままディルクを見つめる。彼は満足そうに頬を緩めて微笑んでいて、なんとも無邪気で愛らしい。


「死んだって……処刑されたの?」

「さあ。それはよくわからないけど、見張りの騎士がそう話しているのを聞いたよ。だから安心して、姉さん」

「え、ええ……」


 一瞬不安がよぎったが、こんな子供に何かできるとは思えない。皇帝がさっさと処刑してしまったのかもしれないし、これ以上詮索するのも後味が悪すぎる。

 最後まで機嫌良く去っていったディルクを見送りながら、傍に戻ってきたファイナン卿に確認のつもりで聞いてみた。


「私を襲った騎士はどうなったんですか?」

「それが……投獄中に不明な死を迎えております。自死か他殺か、現在内密に調査しております」


 果たして内密に調査してることを他の騎士が話すだろうか。そう、思いつつも。早く帰ってルガルのブラッシングをしながら磨り減った心を癒されたいと強く思った。



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