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死なない覚悟




「駄目だ」


 そう簡単には突破できないだろうとは思っていたが、まさか開口一番に却下されるとは思ってもいなかった。

 忙しい合間を縫って会いに来てくれた皇帝は歩くリハビリを始められた私に柔らかな表情を浮かべていたにも拘わらず、ルガルの話になると一変して表情を消す。

 これは議会で意見を出す官僚達も震える訳だ。我が父ながらその雰囲気は氷のように冷たく恐ろしい。


「檻の外に出すだけで構いません。まだ人目を避けたいなら部屋から出さないようにしますから、ルガルを自由にしてほしいのです」


 この二ヶ月もの間、たとえ口枷が無くともルガルは吠えず暴れず大人しくしていたことは皇帝も知っている筈だ。今も檻の中からじっと様子を窺う彼は狼の姿のままで、あれから人間に戻る気配はない。

 皇帝の様子からして今はまだ人間だという情報は伏せておいた方がいいだろう。不確定要素だし、今以上に火に油を注ぐ結果になりそうな気しかしない。ひとまずは檻の中で全裸のケモミミ美少年という事案を何とかしなくては。


「……アニマの契約を破棄する方法は未だ不明だ。ルガルに何かあれば、全てユリアに降り注ぐ。あの騎士がそうだったように、この宮殿も完全に危険がないとは言えない以上、檻はルガルを守るためでもあるのだ」

「でしたら尚更、ルガルをしっかりと育てるべきです。この子は賢い。アニマの恩恵で能力も優秀です。ただ閉じ込めておくのではなく、自ら危険を排除できるようにすればよいのです」


 しっかり食事と睡眠を取るようになったルガルはまだ成獣ではなく、これからますます大きくなるだろう。原作でも獣の王として君臨したように、今から鍛えていれば誰にも負けない強さを手に入れられる筈だ。

 私が主人公と出会わないようにしても廻り合ったように、主人公を逃がそうとして死ぬ運命が直前まで迫ってきたように、私がこの世界にいることで起きる歪みはこれからも続くだろう。

 逃げられないのなら、避けられないのなら、いっそ主人公を利用する他ない。私の命はルガルに委ねられているのだ。このか細い生命線に縋って生きていくしか私にはもう道はないのだから。


「……ユリア、一度でもルガルをアニマとして扱えば、契約を破棄した後には周囲からアニマを持たぬ皇族として見なされるのだぞ」

「はい、わかっています」

「どんな理由にせよ、皇位継承権はその時点で剥奪されるのだとしても?」

「構いません」


 その言葉に、大人しく話を聞いていたルガルが動揺したように檻の中から私を窺う。それに大丈夫だと視線を交わし真っ直ぐに皇帝の美貌を見上げる。

 私が皇帝の器じゃないことは私の身近にいる人ほどよくわかっている。前世の記憶のおかげで知能や能力が高くても、価値観だけはどうしても変えられないものがある。

 社会や周囲の大人に守られ、平々凡々に生きてきた前世の私。この世界でも自分以外はどこかフィクションのように思えてしまう私を、皇帝が気付いていないわけがない。

 いくら溺愛していても彼は娘よりも帝国の未来を選ぶ。だからこそ、不条理に民の命を奪いかねないアニマを排除しようとしたのだから。


「……まったく、競争心がないというのも考えものだな。ユリアは優しすぎる。ディルクにも分けてやりたいほどだ」

「あの子は負けん気が強いだけです。ディルクの方が私より余程しっかりしていますよ」

「あれを負けん気とは……私はつくづくお前が心配になるよ、ユリア」


 困ったような顔で私の頭を撫でる皇帝に首を傾げる。やっぱり姉弟間での継承権争いというものは避けられないのだろうか。

 なんだか不安になってきた私に、「大丈夫だ」と皇帝は優しく微笑む。それだけでホッと無条件に安堵できた。


「わかった。ルガルは自由にしていい。だがそれは形式上神殿での契約を行ってからだ」

「神殿でもアニマの契約を行うのですか?」

「見せ掛けだけでいい。皇族が略式を使ったとは言えんからな。避けられない事情があったと神殿側には伝えておくが、他は欺かねばユリアに不名誉が付きまとってしまう」


 そう口にする皇帝の表情は優れなくて、最愛の娘が爆弾を抱えるのだからそうもなるかと苦笑する。表立ってアニマに護衛はつけられない。むしろ犠牲になることが名誉となるアニマを守らねばならないのだから気苦労は絶えないだろう。

 ルガルが人間だからまだよかった。予めアニマになるよう躾けられた獣だったら、私の命はとっくに終わっていたかもしれない。


「ユリア、私はお前が愛しい。お前を喪わぬために最善を尽くすつもりだ。契約を破棄する方法も諦めたりはしない」

「お父様……」

「だからな、ルガル。覚えておけ」


 皇帝の首に弛く巻き付いていた小さな白蛇の体が次第に大きくなる。これがアニマの恩恵なのだろう、ルガルの体躯を余裕で呑み込めるほどの巨大な蛇がルガルの檻を囲んでチロリと舌舐めずりをする。

 その真っ白な体をよく見れば鱗が何ヵ所か剥がれ、脱皮で薄くなった生々しい傷痕が残っている。皇帝のアニマとして生きてきた貫禄に、ルガルは少し怯みながらも尻尾を丸めて逃げることはしなかった。


「この先貴様のせいでユリアが苦しむようなことがあれば、死よりも恐ろしい仕置きを与えてやる。何としてでもユリアを死なせるな。わかったな」

『はい。もちろんです』


 言葉は伝わらなくとも頷いて服従の意を伝えるルガルに皇帝も渋々満足したようだ。「セス」と白蛇の名前を呼べば、バキッと檻の扉が大蛇に締め付けられて壊れる。

 用は済んだとばかりに小さく戻りながら皇帝の腕に巻き付く白蛇を優しく撫で、皇帝は開いた扉から尻尾を振って出てくるルガルを黙認した。


『ユリア!』

「ルガル、よかった……! んっ、わ……っ!」

『ユリアだ! ユリアの手、ユリアの匂い……! もっといっぱい撫でて、ユリア!』

「わぷっ、ちょ、もうっ、大きくなったんだから加減して……っ」

『ああ、ユリア、ユリ──ギャンッ!?』

「はぁ……っ、ルガル?」


 怪我を気遣いながらももふもふの体を押し付けてくるルガルに押し倒される勢いでじゃれつかれていれば、いきなり猛攻がぱったりと止む。

 見上げたそこにはルガルを軽々と猫のように首根っこを掴んで持ち上げる皇帝がいて、その表情にルガルと一緒に凍りついた。


「アニマは雌雄が曖昧になる筈だが……お前は雄のままだなぁ、ルガル」

「あ、ほんとだ」

『えっ、わっ、見ないでっ!?』


 人間になった時も雄の象徴は確かにあったのでルガルはやっぱり特別なアニマのようだ。ジタバタと暴れるルガルが皇帝の手から逃げ出す。さっきまでの威勢はどこに行ったのかというほどに尻尾を巻いて私の後ろに隠れてしまった。


「よし、去勢するか」

「……やめてあげてください……」


 アニマの契約で私にも影響がありそうだし、何よりさすがにルガルが可哀想だ。ひゅんひゅんと鼻を鳴らすルガルを落ち着かせながらいい笑顔の皇帝を見上げる。

 冗談だと笑う彼の目が少し本気だったことは気付かなかったことにしよう……。




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