ギルド内部の冷ややかな空気
今日は資料室の空気が、妙に冷たかった。
誰が何を言ったわけでもない。けれど、カレンには分かる。
ほんの数秒の沈黙のあとに交わされる、作り笑い。
すれ違いざまに視線を伏せられる、さりげない動作。
(まただわ)
この空気には、覚えがあった。
敵対派閥の出身というだけで、何かと目をつけられた新人時代。
完璧でいることでしか、隙を見せないようにしてきた——それが、自分なりの処世術だった。
けれど今、自分の周囲に新たな“焦点”があることを、カレンは感じていた。
***
「……最近、あのバディ制の、目立ちますね」
「任務報告にもたびたび名前が出てきてる」
「中途採用で、あの扱いは異例でしょう?」
資料を綴じながら、耳に入ってくる会話。
名前は出ていない。だが、内容からして、誰のことを話しているのかは明らかだった。
ゴルザン。
中途採用。前線上がり。実地訓練の指導役——そのうえで異例の“現場任務”同行。
派閥の連中からすれば、突っつきどころしかない。
バディ制度の“試験運用”とはいえ、その動きは一部で目障りに映っているらしい。
(……やっぱり、こうなるのね)
自分の周囲の空気が冷えるたび、巻き添えを食う形で、ゴルザンの存在も目立っていく。
最初は単なる制度上の割り当てだった。
けれど今では、その“組み合わせそのもの”が、カレンの“隙”だと見られている。
(ああ……今度は“隙”じゃない。“標的”にされてるんだ)
***
廊下を歩いていると、ふと訓練課の控室から声が漏れ聞こえた。
「……しばらく現場は控えた方がいいぞ。制度の看板としては、派手に動きすぎだ」
「目立つと、潰されるぞ、今のギルドは」
誰の声かまでは聞き取れなかった。
けれど、内容は明白だった。
***
その日の夕方、報告書の提出に行くと、ゴルザンはちょうど訓練場の備品整理をしていた。
「……報告書、出しておきました。内容は一応確認してください」
「ああ」
彼の返事は短い。けれど、特に不機嫌でも、よそよそしくもなかった。
それが、カレンには少しだけ救いだった。
自分がこの空気を変えられるとは思っていない。
けれど——。
(……少なくとも、私まで“敵”にならないようにしないと)
自分の中で、そう小さく決めることだけはできた。