語るなら、男ふたりで
「お前、最近ちょっと、堅すぎんだろ」
そう言って、ロラン=バルトは酒場のカウンター席にジョッキを二つ置いた。
「……飲むつもりなかったんですけど」
「そういう奴から潰れるのが世の常だ。さあ、座れ」
無表情なままなのに、強制力だけは抜群だ。ゴルザンは渋々席についた。
しばらくの沈黙を経て、ロランがぼそりと呟いた。
「今のお前を見てると、少し前の俺を思い出すんだよ」
「……はあ」
「口を閉じてりゃ、余計な摩擦は減る。でもな、黙ってばかりじゃ、味方も増えねぇ」
ゴルザンは目を伏せた。
「人と関わることに慣れてきたつもりでしたが……確かに、最近はやりづらさを感じます」
「そういう時はな、なにかが変わる前兆だ。だからこうして一緒に飲みにきたんだよ」
ロランはぐいっとジョッキを傾けた。
「歩み寄れ。敬意をもって、相手に近づいてみろ。……お前が前に立ちたいなら、それくらいの度量を見せてみろ」
「ずいぶん簡単に言いますね」
「まあ、簡単ではないな。でもやってできないことではない。
例えば、昔、お前が“すげぇ”って思った奴……いなかったか?」
ゴルザンは、一瞬だけ遠くを見るような目をした。
やがて、短く答える。
「……いた。前に立つのが、やけに自然な奴だった」
「そいつの真似をしろとは言わん。でもな、今のお前は少しだけ“そいつの背中”を忘れてる気がする」
ゴルザンは答えなかった。ただ静かに、ジョッキを傾けた。
「それとな、最近ちょっときな臭い空気がある」
ロランが声を落とす。
「制度を走らせてる連中の中に、現場を快く思ってねぇのがいる。……お前ら、ちょっとばかし目立ちすぎだ」
「狙われてると?」
「いや、まだそこまでじゃねえ。だが……足元はしっかり見ておいたほうがいい」
そして、数杯後——
「おーい、ゴルザーン!お前昔、剣構える時に“ヨイショッ”って言ってたってマジか!?」
「……言ってねぇよ」
「いやー、でもな、尊敬してんだよ、俺ぁ。お前みたいな奴がさ、いざってとき“ガッ”て前に出んのがさぁ!」
「ロランさん……ジョッキ、それ、何杯目ですか……」
「しらんっ!」
翌朝。
ゴルザンは、いつも通り訓練場の掃除をしていた。
そこへ、頭を抱えながら歩いてくるロランの姿が見える。
「……何話したっけ、昨日」
誰に聞くでもなく呟いたその姿に、昨夜の記憶がフラッシュバックする。
(えらく陽気だったよ。最後には、“俺も部下に尊敬されてぇ”って連呼してたな)
そう心の中でつぶやき、ゴルザンは黙ってモップを動かすのだった。