言葉じゃわかりあえない
カレンは、会議室の椅子に背筋を正して座っていた。
しかし、隣にいる男は、開始から十分が経っても一言も喋らない。
「……説明くらいしてくれてもいいと思いますけど」
そう言っても、ゴルザンは腕を組んだまま、無反応だった。
業務としての初回ミーティング。
バディ制の名のもとに与えられた共同任務は、文書整理と現場観察の混合タスク。
本来なら役割分担と連携手順を詰めておくべき時間だが——会話が成立しない。
「あなた、言葉、使えないんですか?」
「使える。ただ、必要がないだけだ」
「必要、大ありですよ」
静かに睨み合う空気の中、カレンは自分の苛立ちに気づいていた。
冷静さが自分の強みだと思っていたのに、ゴルザンと向き合うと、それが削られていく気がした。
(……やっぱり、納得できないわ)
***
「またか。今度はなんだ?」
ロランは、書類の束をめくりながら、やや呆れたように言った。
「私たち、本当にバディとして成立してるんですか?会話もない、連携もない。
こんな状態で“試験運用”って、意味ありますか?」
カレンは真正面から抗議する。怒っているわけではない。けれど、言葉は鋭くなる。
「……ロランさん、三ヶ月経ったら、私はこの役目から外していただけるのですよね?」
ロランは書類を伏せた。
「カレン。お前は賢いから、言わなくても気づいてるはずだ」
彼は椅子の背にもたれ、手を組んだ。
「三ヶ月ってのは、建前だよ。
最初から“続けさせるつもり”で組ませてる」
「……!」
「上はな。お前とゴルザンの組み合わせが“やっかいすぎる”のを知ってて、だから試したいんだよ。
どれだけ理屈があっても、どれだけ現場が動けても、組んだときに潰れるなら、組織として意味がない」
カレンは何か言いかけたが、口を閉じた。
ロランの目は、真剣だった。
「“合わない”を超えられるか。それを見たいんだ、俺たちは」
***
その夜、ゴルザンは一人、訓練棟の片隅で剣の感触を確かめていた。
バディ。
言葉でのやりとりは苦手だ。だが、それが言い訳になるとは思っていない。
(……伝える努力を、放棄してたのは、俺か)
カレンの苛立ちは、正論だった。
だが、それでも口から出る言葉がうまく選べない。
そんな自分が、ただ情けなかった。
思い返すと、昔も似たようなことがあった。
初めてバディを組まされたあのとき——あいつは、やけに明るくて、うるさくて、勝手に距離を詰めてくるやつだった。
何も言わなくても、俺のペースに合わせて、勝手にしゃべって、勝手に納得して、勝手に笑ってた。
『お前、無口な割に、顔に全部出るから楽だよな〜』
うるせぇって思ってた。最初は。
でも——あいつは、俺が“わかろうとする前”から、わかってくれてたんだ。
あの距離の詰め方を、もう一度できる自信はない。
けど……今のままじゃ、何も届かない。
——なら、やるしかないか。
手元の木剣を下ろし、目を閉じる。
言葉じゃわかりあえない。
けれど、それでも、わかろうとすることは、やめてはいけないのかもしれない。