バディ制の試験運用
また新しい制度だ。
カレン=ノルディアは、机に届いた人事通達の紙を見つめながら、そっとため息をついた。
「バディ制、試験運用……?」
業務支援課の一角で、誰に聞かせるでもなく呟く。
最近のギルド本部は、やたらと制度改革に熱心だ。
現場と本部の連携強化、育成プロセスの見直し、属人化の排除……理屈としては正しいが、そのたびに現場は振り回される。
(現場主義と、理屈主義の共存、ね……)
書類をひと通り読み終えたところで、机上の端末に呼び出し通知が届いた。
発信者は、人事課——ロラン=バルト。
カレンは一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに立ち上がる。
彼に呼ばれて断れる者など、ギルド内にはほとんどいない。
***
人事課の部屋に入ると、相変わらずロランは無表情に資料を並べていた。
淡々とした挨拶のあと、すぐに本題が始まる。
「今回の試験運用対象に、お前を選んだ。理由は……まあ、性格が素直じゃないからだな」
「失礼ですね」
「褒めてる。素直なやつは、合わせることしか覚えない。
だが、お前みたいなタイプは、理屈で衝突するぶん、理解が深い」
何を言い出すのかと思えば、また理屈で理屈を包もうとしてくる。
だが、カレンの目は、既に配布されたバディ制度の詳細に向いていた。
「……適性試験のデータと、現場実績の照合、これで相性を測ったと?」
「ああ。そして、もっとも“相性が悪い”とされた組み合わせが、お前と——」
ロランが名前を口にした瞬間、カレンの表情が止まった。
「……え?」
「驚くのはそっちだけじゃないさ。向こうも呼んである」
***
ゴルザンは、部屋の扉を開けて、一歩中に入った。
気まずい沈黙。
いや、気まずさを感じていたのは、彼ではなく、向かいに座る女の方かもしれない。
(なんでまた、こいつなんだ)
そう思いつつも、顔には出さない。
訓練棟での研修以来、半年ぶり。もう関わることもないと思っていた相手だった。
「揃ったな」
ロランが口を開く。まるで待っていたかのように。
「今回のバディ制運用試験、お前らには“最悪の相性”を象徴する組み合わせとして、協力してもらう。
拒否権は……ない」
「ちょっと待ってください」
珍しく、カレンが語気を強めた。
「私には業務支援課のタスクが——」
「調整済みだ。お前が口を出せる範囲ではない」
淡々と、だが一切の隙を与えない口調。
カレンは口を閉じるしかなかった。
「……現場と机上、正反対の育成背景。役割も思考も噛み合わない。
だがな、だからこそ“訓練”になるんだよ」
ロランの言葉に、ゴルザンは小さく肩をすくめた。
意味は理解できる。納得は、していない。
「期間は三ヶ月。成果は報告書で出せ。必要があれば、再調整もある」
紙を数枚、机に置くと、ロランは椅子を立った。
それ以上の説明も、慰めもない。
淡々と部屋を出ていく後ろ姿に、どこか“仕事の終わり”の潔さを感じさせた。
***
ふたりきりの部屋に、静寂が戻る。
「まさか、よりにもよって……」
カレンが呟く。
「……俺も驚いてる」
ゴルザンがそれだけ返すと、再び沈黙が落ちた。
同じ空間にいるはずなのに、そこには温度も、会話もなかった。
だが、それでも。
ここから始まるのだ。
異属性のバディ制という、誰も予測できない新しい研修が。