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◆3◆

数ある作品の中からご覧いただきありがとうございます。

お楽しみいただけたら幸いです。

グレミヨン国の人々は自分達で出来る事件の再発防止策として一人で行動しないよう、特に夜間の一人歩きは控える様にした。すると功を奏してか、次の事件は起こらなかった。



犯人は身を潜めたのか捕まらないまま、引き続き警備などは強化された。ジュルダンは率先して指揮の先頭に立ち、婚約破棄で落ちた名声が徐々に回復を見せていた。



精力的に事件を追うジュルダンへ人々が声援を送り始めた頃、それは起こった。



四人目の被害者が怪しい者から手を掛けられた時、警備を厚くしていた事もあり助けが入った。頭巾を被った黒い影が遠ざかって行くのをジュルダンは見逃さなかった。



「皆は被害者の保護を、フェーヴルは私に続け!」



間髪入れずに、その後を追って行った。




次の日、ジュルダン負傷の知らせに王都中が震撼した。



ジュルダンは街外れの廃墟まで怪しい影を追い詰めた。けれどそれは罠だったようで、不意打ちという卑怯な形で、手痛い攻撃を浴びせられてしまった。


幸い、フェーヴル伯爵子息の援護により事なきを得た。しかも犯人は逃走の際に魔石を一つ落としていた。石に残された魔力が先の事件で見つかった人形の一部と合致。非常に珍しい魔石な為、そこから購入者を割り出せるのではと現在調査中という。



漸く一連の事件に光明が見え、人々はジュルダンを褒め称えた。




こうして事件は終わりを告げようとしていた。




そんな中、ドランブル領に居たリュシエンヌにも疑いの目が向けられる事件が起こった。




未来の王子妃マリエルが失踪したのだ。




◇◇◇




「そもそも話をしたのだって、あの舞踏会が初めてでしたのに。…ジュルダン殿下の寵を巡っての争い?あり得ません。殿下は私の事など毛嫌いされておりましたもの。此度の婚約破棄は、双方の希望。人生で一番晴れやかな今、何故そんな面倒を起こすと思われているのかしら」



美しい所作で紅茶を飲み、ちらりと此方へ目を向ける。



「それにしても王太子の貴方が、こんなに頻繁にお越しになってコデルリエ王国は大丈夫なのでしょうか」



心地良い調べのような声に癒されながら、同じように紅茶を飲む。芳醇な香りが優しく鼻を抜けていく、とても良いお茶だ。



「職務の合間を縫って転移でどうにか、ね。その甲斐あってリュシエンヌ嬢が潔白だと証言出来る人員を用意出来たのだから」



「えぇ、感謝しております。ご存じの通り、王都へ手紙すら送っておらず、指示のしようもありません。皆様、目先の出来事だけで人を疑うのね」



少し悲しそうに目を伏せるリュシエンヌの前に跪く。瞬時に瞳から哀情は消え失せ、大きく見開かれた。



「私が此方へ足繁く通う理由は、この想いを伝える為」



手を取り指先にそっと口づければ、瞬く間に頬を紅く染め上げる。くすりと笑みが零れる。




「そろそろ慣れてくれないと」



「…善処いたしますわ」



少し剥れた顔も愛おしい。あの莫迦王子が手放してくれて、本当に良かった。さもなくば。



「リュシエンヌが私の前に舞い降りたあの時、これは運命なのだと、もう我慢はしないと誓った」



リュシエンヌは少し震えながら此方に向いた。あぁ、やっと目が合った。


「転移した先が貴方の下で良かった、私もそう思ったのです」



思わず抱きしめ、必ず守ると額に口づけを落とした。




◇◇◇




苦労して色々集めたというのに、こうも上手くいかないとは。生前大切にしていた物に加えて、彼女の色だって揃えた。



それでも駄目なら、やはりあれを使うしかないのか。貴女が残した最後のものだから、そのままにしておいたのだが。




次の満月の夜、儀式を行おう。早く君に会いたい。







「調査の結果、マリエル嬢は彼女の取り巻きであった隣国の商人の息子と逃げたようだよ。つまり、駆け落ちだね」



襲撃の際に負傷した左手を摩りながら、表情を変えないまま「そうですか」とだけジュルダンは言った。



「他人の手前では悲しむ素振りを見せないと。君たち一応、大恋愛の末に婚姻する事になってたのだから」



表情を変える事無く微笑む彼を横目で見ながら、面倒事が一つ減って気分が高揚する。今なら最終目的にも手が届くのではないか。




「これでリュシエンヌと再婚約できる」



貴族然とした笑みのまま、頭を横に振った。



「流石にマリエル嬢の件があるのだから、内密にした方がいい。勘ぐられても面倒だろう」



彼の放った至極まっとうな意見に少し苛つきながらも、相談して良かったと頷いた。そう遠くない未来でリュシエンヌの手を取る事を思い描き、悦びを感じていた。







目が覚めると知らない天井が見えた。暗闇に目が慣れてくると、ぼんやりと部屋の様子が伺える。窓は無く、自分が寝ている寝台と簡素な机以外、何も無い。左手の方に古ぼけた木の扉が見えた。




ふらつく足に鞭打って、何とか扉までやって来れた。緑青の浮かんだ把手に、一度は引っ込めた手をかけた。



恐る恐る手首を捻れば、すんなりと回る。そのまま身体の体重を乗せていく。向こう側に光り輝く世界があると信じて。



けれどその期待は、あっさりと裏切られたと知る。いや、そもそもそんなものは初めから存在していなかったのだろう。



部屋からでたはずが、先ほどまで寝ていた寝台の傍に居た。前方には先ほどの扉が目に入る。今来たばかりの扉を確認するべく振り返れば、背後は薄汚れた壁だった。




「どうして…?」



乾いた喉からは掠れた声が僅かに漏れるだけ。死に物狂いで、もう一度扉に向かった。けれど先ほどと寸分変わらない行動が繰り返されただけで。三度扉を開け敷居を潜った後、相も変わらず寝台の横に移動した。



「嫌…」



マリエルは力なくその場に崩れ落ちた。







「お母様、もう起きる時間ですわ。お寝坊さんなんて珍しい」



何故か周りの大人達は声を潜め、一様に下を向いている。訳が分からず、リュシエンヌは母親の下へと駆け寄った。



「お母様、だめよ。まだそんな」



すすり泣く声が徐々に大きくなっていく。



「リュシエンヌ」



柔らかな声と共に彼女の右肩に父の大きな手が添えられた。左手は兄のマチアスがギュっと握り締めてくれた。



「お父様もお兄様もどうしてしまったの?早くお母様を起こして、皆で一緒に…」



頭では分かっているはずなのに、どうしても受け入れられない。



この日、リュシエンヌの幸せで埋まっていた積み木が一欠けら消えてしまった。いつ崩れてもおかしくないほど不安定な心をリュシエンヌは持て余す。



二人の手を振りほどき、地中に納めようとしていた棺にしがみ付く。感情が上手く声にならない。嗚咽とも悲鳴とも取れる声が喉の奥から絞り出ていた。が、次第に弱々しくなり途絶えてしまう。同時に精魂尽き果てたリュシエンヌは崩れ落ちた。



地面に打ち付けられる直前でリュシエンヌを優しく支えてくれたのは、王弟ジェイド。若き公爵はジュルダンの叔父であり、中性的な美しさを持ちながらも未だ独り身を貫いている。二人とも王家の色が強く出ていて良く似ていた。ドランブル公爵夫妻とは同窓生で、その頃から交友関係にありドランブル公爵家にも頻繁に訪れていた。



ジェイドに見つめられたリュシエンヌは泣くのを止めた。視界に映るジェイドの悲痛な微笑みに圧倒され、思わず身体が動かせなかったから。



「君が泣いていたら、きっとルシールが悲しむだろう。彼女にとって最後の希望がリュシエンヌ嬢なのだから」



ジェイドが諭す様にリュシエンヌの頬を撫でた。



「行こう、リュシエンヌ。後は君だけだ」



リュシエンヌの手を静かに握り、引き寄せたのはジュルダンだった。



当時からジュルダンとは面識があった。ジェイドと共にドランブル公爵家へと訪問し、年の近いドランブル兄妹と過ごした。



愛する妻を亡くし、茫然自失なドランブル公爵に代わってこの葬儀を手配してくれたのもジェイドだった。この先も父はジェイドに頭が上がらないのだろう。



そんな風に考えていたリュシエンヌに、光り輝く榛色の髪に薄紅の瞳の女性が笑顔を向けた。これは元気だった頃の母だ。幼いリュシエンヌへと向ける表情は悲しそうでありながら、その顔を照らす光がチカチカと点滅している。まるで何かを警告しているように見えた。



あぁ、また。



リュシエンヌは夢だと気付く。


それでもなお、母ルシールは心配そうにこちらを見ていた。




ここまでご覧いただきありがとうございます。

宜しければ次もご覧ください。

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