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 セレスティーヌは相変わらず元気がない。

結婚前は習い事に友人との付き合いにショッピングにと忙しかった彼女だが、今は自室に引き篭もり窓を眺め時折ため息を漏らす日々を送る。

そんな妹の痛々しい姿を見ていられないのはシスコンの兄であった。

何度も気分転換に出かけようと声をかけるが、愛する妹から返ってくるのは力なく横に振られる頭のみ。

どうかその辛い胸の内を話して欲しいと半ば懇願に近い必死さで言い募ると、セレスティーヌは自らも掴みかねている感情をポロポロと溢す。


「なんだか…落ち着かないの……」

「記憶を失くしたのだ、無理もない」

「違うの。そうじゃなくて…身体が軽くて調子が出ないのよ」


身体が重くて調子が出ないの間違いではないのかと首を捻る兄。


「…? 目眩でもするのか?」

「いいえ、体調はいいわ」


そうは言いつつもやはり声に活力はなく、うつむいたまま苦し気に胸に手を当てる。


「この身軽さに何故だかたまに、どうしようもない不安を感じるの。日に日に違和感が強くなるわ。腕に何かとても大切な重さを抱え込んでいた気がする…手放してはいけない何か…。ねぇお兄様、これってもしかして失ってしまった記憶が関係しているのかしら?」


不安げに見上げてきたセレスティーヌの肩に優しく手を置く兄。


「考えすぎだよ。きっと記憶喪失の動揺が続いているだけにすぎないさ。兄様に任せておけばきっと以前の元気なセレスティーヌに戻れるから」

「そうかしら…」

「そうだとも。実はセレスティーヌに内緒で君の友人に遊びに来てもらえるように招待状を送っておいたよ。以前のように友人と楽しく過ごせばきっと気鬱も消える」



箔押しされた煌びやかな招待カード。

個人間で送るには考えられないような無駄に豪華なそれを見せつけ、ウインクを一つ投げる。

実の妹に何故ここまで格好をつける必要があるのか。

思わずあきれ返りそうなシーンではあるがそれが日常茶飯事となっており、セレスティーヌは特に言及することもなくカードを受け取る。


「お兄様…この日時って…」


招待カードに書かれた開催日時が今日、しかも今この時間になっており思わず溜息が零れそうになるが口を噤むことによって回避する。


「今から友人たちと楽しんでおいで」


突然すぎるサプライズも兄なりにセレスティーヌのことを考えての行動だ。

出戻った妹などお荷物にしかならないのに快く受け入れてくれたばかりか、こんなにも心配し心砕いてくれいている。

とても友人と喋りたいとは思えなかったが、ここは兄の顔を立てるしかない。


「さぁ、もう君の友人はわが家へ来ている。急いで向かおう」

「ありがとう…お兄様…」


サプライズの成功を感じて満足そうな兄に促され、温室まで案内されたセレスティーヌ。

そこには結婚前、頻繁に会っていた友人たちが数名揃ってテーブルに着席していた。

テーブルには可愛らしい花の鉢がところ狭しと並べられ、ウサギやクマやキツネといった手のひらサイズのぬいぐるみが花の間に隠れるように設置されている。。

随分メルヘンチックなこの演出も兄の計らいであろう。


「セレスティーヌ様! ごきげんよう」

「体調を崩したとお聞きしましたが思ったよりお顔の色も悪くなくて安心いたしました」

「本日はご招待ありがとうございます。またセレスティーヌ様とこうしてお喋り出来るなんて嬉しいですわ」


口々に親し気に喋りかけてくる友人たち。

なんだか久々の再会を喜ぶかのような歓迎っぷりだが、セレスティーヌ自身も彼女らと会うのは随分と久しい気がした。


「お久しぶり皆さん。今日は来てくれてありがとう」


気乗りしないサプライズであったが、こうして友人に囲まれてみると鬱々とした気分は確かに少し晴れる。


「ええ、本当にお久しぶりでございます」

「ご結婚なされてからはお忙しくていらっしゃったみたいですし」

「実は私たちみんなセレスティーヌ様にお会いできなくて寂しく思っておりました」

「ご招待頂いてみんな喜んでおりますわ」


結婚後の記憶はないがあの宰相家に嫁いだとなれば確かに未婚の友人との集まりに時間を割くのは難しかったかもしれない。


「どうやら不義理をしてしまったみたいね。ごめんなさい皆さん」


セレスティーヌの言葉に友人たちは慌てて首を横に振る。


「そんなっ、私たちが悪いのですわ」

「そうです。宰相夫人になられたセレスティーヌ様の周りが目上の方ばかりで、気軽にお声がけするのが畏れ多くて」

「それにご結婚されて益々美貌に磨きがかかりましたでしょう。なんだかセレスティーヌ様が遠くに行ってしまったみたいで…」

「お美しいセレスティーヌ様と誰もがお話しされたいと切望している状況で、私たちのような小娘が近づいては生意気に思われてしまうと周囲の目を気にして、気後れしてしまっておりました」

「だから本日お呼びいただけて本当に光栄です。他の方々もきっと羨ましがるわ」


うっとりした目で語る彼女たちの話をセレスティーヌは不思議に思った。

美しくなったと言われてもあまり自覚はない

セレスティーヌは元から美しく結婚前もよく彼女たちはその容姿を褒めそやしていた。

そこには媚を売る意味合いもあり、友人とは言え貴族のそれは打算も大いに含んでいるのだ。

だが今の彼女たちからは純粋な賛美と憧れのみを感じる。

結婚前のセレスティーヌと結婚後のセレスティーヌ。

一体何が違うというのだろうか。


「そうだ。皆さんの近況が知りたいわ」


友人たちにキラキラした瞳で見つめられて動揺するが、それを隠すように話題を振る。

彼女たちはセレスティーヌが記憶を失ってしまったことは知らない。

ただちょっとした体調不良の療養に実家に戻ったとしか説明されていない。

宰相夫人の大事をそう易々と外部に触れ回る訳にはいかなかった。

友人たちは楽しげに自身の近況を順番に報告しあう。

婚約者との婚姻の日取りが決まった者、ようやく縁談が纏まりそうな者、両親に恋仲の男性との付き合いを反対されている者、そもそもまだ結婚したくない者。

会話に花を咲かせ始めた友人たち。

再会の挨拶が済んだと判断した使用人がその間にお茶の用意を素早く進めた。

テーブルに置かれていた花の鉢とぬいぐるみ達はさっさと撤去され、代わりに真ん中には銀細工のケーキスタンドが置かれ、その上に小さく可愛らしいケーキやサンドイッチが色とりどり並ぶ。

高級なティーカップにそれぞれ紅茶が注がれ、瞬く間にテーブルにアフタヌーンティーのセッティングが整った。


「あら? セレスティーヌ様のお茶はハーブティでしょうか」


セレスティーヌの前に用意されたカップの中身が自分たちのものと違うことに気づいた隣の友人が不思議そうに尋ねる。


「ハーブティなんて珍しいですわね」


以前のセレスティーヌはハーブティをあまり好んではいなかった。

しかし何故か今は別の飲み物では落ち着かず、実家の使用人には彼女の飲み物はいつもハーブティを淹れるよう指示している。


「皆さんのお茶は希少な紅茶の茶葉が手に入ったのでどうぞそちらをお楽しみくださいね…私は最近ハーブティを好んでおりますの」


人肌程度にしか熱をもたないハーブティに口をつけて微笑む。

冷めたお茶など主人に出せば使用人は本来ひどく叱責されるだろう。

だが温度に関してもセレスティーヌが指示を出しわざわざ冷ましたぬるいものを用意させていた。

そうでないと落ち着かないから。

そもそもこのようにゆったりとお茶を飲んでいることも落ち着かない。

何をするにしても、大切な何かに常に注意を払っていたような気がしてならない。

セレスティーヌは覚えていないが息子のリュカを生んだ彼女は、母乳に良いとされる種類のハーブティを積極的に飲むようにしていた。

まだ幼い彼の傍で事故が起こらぬよう冷めたお茶を飲む習慣がついてしまっていたのだ。

友人たちはセレスティーヌが出産したことはもちろん承知していたが、貴族のそれも宰相夫人が自ら授乳しているとはまさか考えも及ばずに純粋に自分たちの知るセレスティーヌの趣向が変わったことを不思議がった。

そしてなにより不可解な行動や感情の意図を自分自身が一番理解できていないセレスティーヌ。

友人たちとの再会に少し改善されていた気鬱はハーブティの何気ない質問により彼女の心を再び暗くしよく分からない焦燥に駆られてしまうことになった。


結局友人たちを招いてもセレスティーヌの元気が回復することはなかった。

ただ兄に心配をかけまいとそれらしく振る舞ったが、シスコンの兄にはそれが空元気であることをすぐに見抜いてしまった。

どうにか彼女を立ち直らせたいと諦めず思案する。

友人との再会から数日後、兄がまたも唐突に話を切り出した。



「セレスティーヌ、今から会わせたい人がいるんだ。庭に出て来れるかな」

「…分かりました」


今回も断る事なく大人しく兄の後ろに続き庭へと向かう。


「セレスティーヌの不調の原因を僕なりに考えた」


兄は背を向けたまま振り返ることなく喋り始める。


「君は未だにあの時の王太子との婚約破棄について気に病んでいるのだね」

「え?」


あまりに見当違いな推測に思わず面食らう。

自分の心の中を計りかねているセレスティーヌであるが、この心のモヤの原因が元王太子であることだけはあり得ない。

兄が王太子という単語を出さなければスッカリ忘れていた人物である。


「いいえ、彼の方は関係ないかと…」

「無理はしなくて良いんだ。セレスティーヌが幼い頃からずっと王子様との結婚を夢見ていたのは知っている」


兄に子供の頃の夢を指摘されてなんだか気恥ずかしくなる。

なまじそれを叶えるだけの財力と地位が実家にあったものだから子供ながらに本気だった。


「それがあんな形で裏切られたのだ。今回の記憶喪失で忘れてしまったところに、もう一度夢が破られた事実を突き付けられて自分でも自覚のない間に心が弱っているのだろう」


兄の中でそれは事実として固定されてしまったらしく、自分のセリフに自分で頷き納得している。


「いいかいセレスティーヌ。王子様と結婚するということは必ずしも良いことばかりとは限らない。それは妃教育を受けてきた君なら承知だろう。君には誰かにとびきり愛され幸せになって欲しいんだ。この世のどの女性よりもね」


兄は飛び切り優しい笑顔で庭の中央に設置された噴水を指さした。


「だから、彼を紹介しようと思う。彼ならどんな国の王子様より君を一番のお姫様にしてくれるはずだ」


兄が指し示した先には噴水の横に腰掛け、本を眺める青年が一人佇んでいた。

こちらに気付き本から顔を上げた青年。

深い海のような青い瞳がセレスティーヌと兄を捉える。

その瞬間、強い風が吹き抜ける。

手にある本のページがカサカサと捲れると同時に、彼の持つ金色の髪が風に美しく靡く。


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