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――数日後。


「ああ、愛しい我が妹よ! 会いたかったぞ!」


宰相家にセレスティーヌの兄が乗り込んできた。

兄の訪れを宰相と二人並んで迎える。


「仕事が立て込んでいて迎えに行けず申し訳なかったね。さぁ家に帰ろう」

「お断りしますお兄様」


間髪言わない拒否にも兄は怯むことなく笑顔だ。


「怒っているのだな。ルートヴィヒのことは見抜けずに悪いことをしたと思っている。だが安心してくれ。もうセレスティーヌに誰かを充てがおうなどとは言わない。やはり信頼できるのは血の繋がりのみ。これからは兄妹で末永く楽しく暮らそうではないか」


満面の笑みで腕を広げる兄。

そんな姿にセレスティーヌは少し困ったように首を横に振る。


「それは出来ません。私はもう宰相家に嫁いだ身。私の暮らす場所はここですわ。そして…私もそれを望みます…」

「おおお…セレスッ…」


恥ずかしげに告げられた彼女の言葉に大いに感激する宰相。

そんな彼を赤くなった目元で見つめるセレスティーヌ。

甘い雰囲気漂う中、兄は口を開けたまま固まっていた。


「セレスティーヌ…正気か…」

「はい。お兄様にはご心配お掛け致しましたが私はもう大丈夫。記憶が完全に戻ったわけではありませんが今のままで私は十分幸せです」

「そんな…」


妹の発言は予想外だったらしく狼狽えからか足元がふらつく。

大変なショックを受けたらしい兄にセレスティーヌはおろか宰相も心配そうに見守る。


「そんな幸せなど僕は認めないぞ!」


よろけていた足で地面を力強く踏みしめ、そんなことを叫ぶ兄。


「いいかセレスティーヌ! 君は誰もが羨むような生活を送るべきなんだ。キラキラと輝くようなドレスや宝飾品に囲まれ、どんな望みも思いのまま。パートナーだって誰にも見劣りしない人間でなければいけない! 横に並ぶだけで失笑されるような、こんなオッサンなど間違っても認められるわけがない!」


悲鳴に近い声でわめき散らす兄に驚くセレスティーヌ。


「お兄様? それはあまりに宰相様に失礼ですわ」


自分は構わないが他の誰かに宰相を悪く言われることは酷く癪に障る。

そんないじめっ子理論を脳内展開させたセレスティーヌは兄に抗議する。


「そのように無礼なお兄様とはもうお話し出来ません。どうぞお引き取りを」


憤慨を表現するため勢いよく兄からそっぽを向いて吐き捨てるセレスティーヌ。


「まぁまぁセレス」


宰相が取り成そうとするがセレスティーヌの怒りの表情に変化はない。

だが兄はそんな妹の反抗的な態度に更に衝撃を受けた。


「セレスティーヌ…君は記憶を失ったのを付け込まれ洗脳されているのだ。とにかくこんな所にいつまでも妹は置いてはおけない。無理やりにでも連れて帰らせてもらう。さぁ帰るよ、セレスティーヌ」


強引に連れ行こうとする兄の手を素早く避けるセレスティーヌ。


「私の家はこの屋敷です。嫌だと言っているでしょう。分からず屋のお兄様など嫌いです!」

「そ…んな…」


セレスティーヌの嫌い宣言に兄が床に膝をつく。

背中に巨大な重りがずっしりと乗っているかのごとく深くふかく項垂れる。

その反応に一瞬セレスティーヌが罪悪感のようなものを抱きそうになった瞬間、兄は顔を上げた。

その目は完全に据わっており、宰相を真っ直ぐ睨みつけている。


「いいだろう。そこまで言うのであれば、宰相殿と僕。どちらがよりセレスティーヌを大切に想っているのか勝負だ!」

「え?」

「どんなに強力な洗脳状態にあろうとも妹を救って見せる! 僕は悪になど負けない! 卑劣な企みも僕の深い愛情が分かればセレスティーヌもきっと目を覚ますはずだ!」

「お、お兄様?」

「ルールは単純。セレスティーヌがより喜ぶ贈り物を用意した者の勝ちだ。セレスティーヌを深く理解し愛しているのならば簡単な筈だ」


セレスティーヌへの贈り物は兄と宰相の二人とも最早趣味と言っても差し支えないほど贈っている。

どちらからしても負けられない内容である。

兄の突拍子もない発言に少し驚いた様子であった宰相だが、内容を聞くと興味深そうに目を細め、そして頷いた。


「良いでしょう。貴殿との勝負、受けて立ちましょう」

「宰相様!?」


兄の妙な提案に呆れかえっていたセレスティーヌだったが、隣の宰相が自信ありげにその提案を呑んだので驚きの声を上げる。

隣を見ると宰相は腕を組んでどっしりと構えており、目が合うと優しく微笑まれる。


「心配せずとも良いぞ。ワシは勝負事には負けん。セレスティーヌの事となれば尚更だ」


自信たっぷりにそんなことを言われると顔が熱くなる。


「そうやって余裕があるのも今のうちだ!」


セレスティーヌは赤く染まった頬を隠す為に顔を反らし、兄は叫んだ。


「期限は一週間。いいかいセレスティーヌ。その間に荷造りをしておくのだよ。きっと助け出してあげるからね。兄妹の絆というものを見せつけてやる。精々首を洗って待っているのだな!」


兄は好きなことだけ喚き散らすとさっさと引き上げて行った。


「兄がとんだご無礼とご迷惑を。申し訳ございません」

「いやいやセレスが心配なお気持ちは良く分かる。それよりほら、そろそろ晩餐にしようではないか」


何事もなかったかのような宰相の態度に安堵する。

彼の器の大きさを改めて実感する。



それから一週間、宰相はセレスティーヌに何を贈るべきかと躍起になっている様子もなく普段通りの生活を送っているように見える。

その間も宰相からセレスティーヌへの貢ぎ物は止まることはなかった。

それは日課のようなもので、テーブルに飾る小さな花のブーケのようなちょっとした物の時もあれば、大粒な宝石のような高価な時もある。

どれもセレスティーヌを喜ばせ満たされた気持ちにさせる。

それだけに今以上の贈り物というものが思い浮かばずどうするつもりなのか疑問だが、それを尋ねても宰相は一週間後のお楽しみだと教えてはくれなかった。



そうしてあっという間に経過した一週間。

意気揚々と兄が宰相家に再び乗り込んできた。


「宰相殿、セレスティーヌへの贈り物は用意出来ましたか?」

「うむ、抜かりはありませんとも」

「それでは私からよろしいでしょうか。早くセレスティーヌの目を覚まさせて連れて帰りたいのでね」


兄は自信満々にセレスティーヌの前に向かうと、脇に抱えていた箱を差し出した。


「開けてみてくれ、セレスティーヌ」

「これは…」


箱の中には古びたテディベアが入っていた。


「…懐かしいわ」


丁寧な手つきでテディベアを取り出したセレスティーヌはそれをまじまじと見つめて嬉しそうに目を細める。リュカに触れるような大切そうな手つきでくたびれた毛に指を通した。


「熊のぬいぐるみかい?」

「はい。幼い頃唯一両親から貰った誕生日の贈り物でした」


セレスティーヌの両親は娘の養育に金は惜しまなかったが、純粋に彼女の為を思っての贈り物はそのテディベアだけであった。


「当時は嬉しくてうれしくて。毎日この子を持ち歩いていたのですが、ある日突然姿を消してしまって。手垢で汚れてみっともないから処分するよう両親に命じられたとお兄様から後で聞きました。まさかまた触れられるなんて…」


当時を思い出したのか、どこか切なげにテディベアを見つめるセレスティーヌ。


「どうですか宰相殿。貴殿は恐らく財力に物を言わせてとてつもなく高価な贈り物を用意したことでしょう。しかしどんなに金を積もうとも、そこに贈る相手の想いが入っていないとまったくの無意味。頭が凝り固まっている年配の方にそれが理解できますか?」

「思い出の品とは良い物ですからな」


兄の挑発のような言葉に気をかけることなく泰然と頷く宰相。

まったくダメージを与えられなかった兄は悔し気に歯を食い締めた。

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