第五十一話 深夜
お読みいただきありがとうございます。
下記HPにネタバレ込みのあらすじ(約一万字)を掲載しています。
興味を持っていただけましたら、是非一度お目通しいただければ幸いです。
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「あいつ、こういうところマメなんだよなぁ」
「何事も大雑把なアーベルとは大違いだよねぇ」
「うるせぇな、俺は細かい事にとらわれねぇんだよ」
「それは嘘だね。小さなことでも意外なほどイジイジするのがアーベルの子供の頃のからのクセだからね。陽キャ装っていても僕には無駄だよ」
「おま……! 喧嘩売ってんのか!?」
「冗談だよ。少しは緊張がほぐれた?」
「お前なぁ……。リラックスさせるにしてももう少し言い方ってもんがあるだろうが」
「アーベルが偽悪的な態度とる時って、大体緊張している時だからね。あんなことが続けば緊張して当然だよ。僕もあまりに急激な事態の進行に理解が追い付かないで焦っていたからね。緊張している様子を見せてくれたお陰でかえって落ち着けたんだよ」
まったくこいつは良い性格している。
バルと会話したお陰で、無意識に張りつめていた緊張が少し解きほぐされたように思える。
「サンキュ。ちょっと落ち着いたわ。お前の言う通り余裕なかったな、俺。半人前が二人そろってようやく一人前ってことかよ。……くそったれが、あいつの言う通りにじゃねぇか」
俺の脳裏に嫌らしくにやついているあの男の顔が、忌々しい幼少期の思い出と共に思い浮かんできた。
あいつのせいで、俺たちがどれだけ涙に暮れる日々を送ったことか。
「お館様が仰ることは基本正しいからね。まぁ、人としてはどうかと思うところもあるんだけど……」
俺と同じようにしごかれて泣かされてきたバルもそれを思い出したのか、苦笑しながらもかなり顔を引きつっている。
俺たちにとって幼少期の思い出は嘆きと悲しみに彩られているのだ。
いや、大袈裟な表現でもなんでもなく本当に。
「それにしてもこれだけ練られた脱出計画を用意しているところから見ても、よほどフェストゥス君はナフタリを神聖国に引き渡させたくないみたいだね」
「そりゃそうだろうな。帝国の狙いは確実に西部から南部にかけての穀倉地帯だ。東部を支配下におさめたぐらいで諦めてくれるはずがねぇよ」
アルデンフォーフェン王国は大陸の中では小国といわれる規模の国土しかもたないが、大国と同等、あるいはそれを上回るだけの経済力を誇っている。
理由は小麦の生産力にある。
王国南部から西部における穀倉地帯から収穫されるアルデン小麦の品質は大陸随一との呼び声高く、食糧自給率の低い他国に小麦を輸出することで高い収益を上げているのだ。
王国がここ百年近く今まで他国の侵攻を受けずにいられたのも、ひとえにこの小麦の生産力のお陰なのである。
王国を敵に回せば自国に小麦が入らなくなるからだ。
食糧自給率の低い軍事国家ほど王国の小麦に依存していたため、王国は最低限治安が保てるだけの軍備を整えておけばよいという平和な時代を過ごしてきた。
それでも魔物という人類の脅威が存在するため王国にもそれなりの軍備は整っているが、こと対人戦においてはズブの素人の集団、それが王国軍の実態である。
このまま帝国の侵攻が続けば一か月も経たぬうちに王都は陥落し、王国は帝国の属国にさせられていた事だろう。
現在帝国は南部に位置するバルゲンシュタット連邦と戦争状態にあるため、さすがにこの状況で神聖国と王国の二国までも敵に回すのは不利と判断して、今回は停戦協定を受け入れたと思われる。
つまりバルゲンシュタットとの問題さえ解決すれば、帝国は即座に王国へ再侵攻を仕掛けてくる恐れがあるのだ。
確かに神聖国と大陸中のセデク教信徒を敵に回すのはデメリットが大きいが、王国の豊かな穀倉地帯を手に入れるメリットはそれ以上に大きいと俺は見ている。
帝国がこれ以上野心を燻らせないよう、抑止力としてのナフタリが王国側にあれば、今回の停戦協定がそれなりに価値があったように思う。
それを理解した上で、神聖国は停戦協定の対価としてナフタリを手に入れようとしてきた。
ナフタリが帝国の手に渡ることを防ぎたいという思惑があるのだろうが、果たしてそれだけが目的でここまでの行動に出てくるものだろうか。
神聖国の真の狙いは奈辺にあるのか興味は尽きないが、これ以上の考えても今ある情報だけでは推測の域はでない。
俺はバルの肩にポンと手を置いた。
「ま、これ以上ここで話し合っていても始まらねぇし、夜まで休んで待つとしようや」
「そうだね。今夜は正念場になりそうだ」
王宮の照明は主に魔導灯と呼ばれる魔道具による光源に頼っている。
かつては蝋燭など固形燃料が主流だったのだが火の不始末などが原因で出火しやすく、その問題を解決するため、およそ百年前の大改修時に魔導灯が王宮の全館に配置されることとなった。
王宮の消灯時間は二十二時に設定されており、その時間になると回廊など一部の区間を除く全ての魔導灯の光が消される。
当然、俺たちが押し込められている貴賓室の明かりも落とされる。
王宮では魔法が使用できないため、明かりがまったくない状態で二時間を過ごさなければならない。
特にすることもなく暗闇の中で只々待ち続ける時間というのはとにかく長く感じられる。
あまりの退屈さに俺がベットの上でウトウトとしていると、バルにユサユサと肩を揺すぶられた。
「アーベル、そろそろ起きて。時間になるよ」
「ふぁ~あ……。お前はいいよなぁ、暗視を使わなくても夜目が聞くんだからさ」
エルフには夜目と呼ばれる闇の中でも日中と同じような視界を得られる能力があり、その血を引いているハーフエルフのバルもこの能力を持っている。
暗闇に包まれているこの部屋の中でも当然バルの眼からは全てが見えているわけで、隅に置かれた柱時計が示す時刻を正確に伝えてくれる。
「後一分で十二時になるけど何が起こるんだろうね?」
「さてねぇ。あいつがあれだけ自慢げに言ってたことだから、それなりに派手なことをかましてくるとは思うんだが……」
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