第四話 脱出
お読みいただきありがとうございます。
下記HPにネタバレ込みのあらすじ(約一万字)を掲載しています。
興味を持っていただけましたら、是非一度お目通しいただければ幸いです。
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自分の思考に対して、今までの自分の意識との剥離に思わず声がでてしまった。
一王国騎士であり、少しだけ剣術と格闘技に自信があるだけの十八歳のエンジェル乗り。
それが俺アーベル・グラッツェだったはずだ。
そんなどこにでもいるような兵士が頭痛が起きるたびに思考が冴え渡り、視覚、聴覚、感覚から得られる膨大な情報を凄まじい速度で処理している。
万能感もしくは全能感とでもいうのだろうか。
自分の周囲で起きる事象がまるで手に取るように分かるのだ。
当然、次に俺が打つべき手も既に分かっている。
自機エンジェルを限界高度まで飛翔させ、コクピットの開閉装置をオンにする。
扉が開き、外から猛烈な風が吹き付けてくるが問題はない。
「“風膜”」
俺はあまり魔法が得意ではないのだが幸いな事に風属性に適性があり、風を操る魔法だけは人並み以上に使いこなせる。
魔法とは空気中に漂う魔素と呼ばれるエネルギー物質に、魔力と呼ばれる人間がもつ意思の力で干渉することにより様々な事象を具現化させる行為である。
例えば何もない空間に明かりをつくり出したり、透き通った真水を掌いっぱい生み出すなど様々な形がある。
エンジェルを稼働させる仕組みも、魔法を発動させることとほとんど同じだ。
エンジェルの動力源は精霊石と呼ばれる鉱石で、これは魔素が数百数千年という歳月を経て結晶化した物である。
これを魔力によって起動させて動作など各種指示を与える。
“騎士”とはエンジェルを起動させるだけの魔力を持つ者の地位なのだ。
俺はエンジェルを動かすテストにギリギリ合格できる程度の魔力しか持たないが、風魔法だけは効率的に運用することができる。
自分の周囲を風による圧がほとんど発生しない無風状態に切り替え、コクピットの座席から立ちあがると空に向かって勢いよく飛び出した。
「いやっほぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
風を受けて空を飛ぶ喜びが体を突き抜け、思わず歓声が口から飛び出した。
おいおいおい。
今の俺はやはり相当イカれているようだ。
今は戦闘中、しかも限界高度近くの空を飛ぶエンジェルのコクピットから飛び出し地上にダイビングしている最中だというのに、俺の心の中にわいている感情は地面に叩きつけられたり強風に吹き飛ばされる恐怖ではなく、風を捉えて自由に空を飛ぶ歓喜なのだから。
空を飛ぶ感覚が気持ちよすぎて胸の高鳴りが抑えられないのだ。
本当はこの高揚感に身を委ねてもうしばらく浸っていたいところだが、生憎と時間は待ってくれない。
既に黒の森上空を全速力で飛ぶ俺のエンジェルの姿はアークエンジェルに補足されているはずだ。
まもなく撃墜ことされるだろう。
早くここから離れなければならない。
俺は自分の周りに展開している風に魔力によって干渉し、新しい指示を与える。
「“風翼”」
今まで自分の周りに留めていた風を、今度は背中に鳥のような翼の形状に展開させる。
翼が風を受け止め、落下速度を緩やかにしながら滑空していく。
魔法は大きく分けて七種類、地水火風光闇無の属性に分けられているが、風の属性は移動や自分のいる環境の調整に向いた種類の魔法が多い。
エンジェルに乗り込む時や降りる時、跳躍距離を飛躍的に伸ばしたり、今使用している風の翼のように風の抵抗を調整して滑空する時など有効に使えるのだ。
空から地上の森を見下ろすと、バルにエンジェルを隠すよう伝えた大きなモミの樹を発見できた。
付近に大きな岩や枯れ枝のようなものがなく、安全に着陸できそうだ。
よし、あそこに着陸しよう。
そして着陸の準備にとりかかろうとしたその時、頭上でエンジェルが爆発し轟音が響き渡った。
「うぉぉっと! ……よし、撃墜してくれたようだな」
風の翼は盾となって背中から衝撃を防いでくれる。
爆発はそれ自体も危険だが、同時に発生する爆風もかなりの脅威だ。
爆風の衝撃に個防備でいると、耳の鼓膜が破れたり眼球が飛び出したりすることもあるのだから油断できない。
ビームの走った方角から見て、アークエンジェルの大まかな位置も補足できた。
例のモミの樹の地点からやや南西にある茂み。
そこにアークエンジェルがいる。
悪くない距離だ。
これだけ離れていれば、少し距離をとるだけでエンジェルのカメラセンサー程度では視認できなくなるはずだ。
後は無事に着地するだけである。
膝をやや曲げ気味に、前傾姿勢をとって俺は着地に備えた。
いくら落下速度を調整して風の膜で体を覆っているとはいっても、着地タイミングの衝撃を緩和しなくては体に骨に響く。
ここで捻挫や骨折など負傷しようものなら目も当てられない。
体を屈めて足裏、ふくろはぎ、腿、尻、背中の順番に接地する。
無事に俺は地面に降り立つことに成功した。
よし、次はバルと合流しなくては。
夜の森は完全な闇に包まれており視界が効かない。
こういう時は闇属性の下位魔法である“暗視”の出番だ。
この魔法を使うと暗闇の中でも物体の輪郭を捉えることができるようになる。
暗視をかけて視界を暗闇に慣らしバルが森のどこに身を潜めているか付近を見渡してみる。
すると少し離れた場所から鬨の声が聞こえてきた。
獣のような声が複数、それに空気を切り裂いて何かが飛び交う音だ。
方角は……ここから北北東に三十メートルほど離れた場所のようだ。
この森に入ってから全身の神経伝達も速度が増しているようで、脳神経の回路が活性したことに伴い五感の性能も飛躍的に向上していることが分かる。
そして頭が割れるような痛みも続いており、なんとかそれに耐えている状況だ。
本当に自分はどうしてしまったのかと思うが、今はその影響を最大限有利に用いるべきだと判断して駆け出す。
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