第二十話 西門
お読みいただきありがとうございます。
下記HPにネタバレ込みのあらすじ(約一万字)を掲載しています。
興味を持っていただけましたら、是非一度お目通しいただければ幸いです。
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バルの口から死刑宣告にも似た言葉を告げられて、俺は天を仰いだ。
こんな危険な機体が俺専用なんて堪ったものじゃない。
王侯貴族どもの政争の具にされることは火を見るよりも明らかである。
因習に縛られ利権にしか興味を示さない王国の貴族どもに対して、俺は吐き気がするほどの嫌悪感しか感情を持ち合わせていない。
生まれが生まれゆえに、食っていくためにやむを得ず騎士学校に通って騎士になったようなもので、王家や王国に忠誠を誓ったつもりなどまったくないのだ。
本心を言えばこんな身分など捨てて、旅に出たいとすら思っていたぐらいだ。
しかし、今の俺の立場はそんな選択すら難しくなってしまったようだ。
「その専属登録とやらをリセットすることはできないのか?」
「今調べてるんだけど、ちょっと難しいみたいだね。というかそもそもこのナフタリというかアイオーンという機種は、操縦するのに条件があるみたいでね……」
「条件? どんな?」
「DNAがどうのとかいろいろ記載されてはいるんだけど、いまいち意味がわからないんだよね。
とりあえずその資質とやらを持ち合わせた人間のみが生体データを登録することでアイオーンは起動する……ぐらいしか理解できなくてね。力になれずごめんよ」
「いやいや、お前に分からないんだったら俺には一生分からんからそこは謝るなって。そもそもあの遺跡に行くことを提案したのは俺だしな」
「そうそう、いつも騒動の原因を作るのは君だよねアーベル。この忠実な従者にして家臣の心配もたまにはしてもらえると有難いんですけどね、ご主人様」
「おまえなぁ……。調子乗り過ぎたぞ、家臣」
俺たちはいつもこんな形で軽口を叩き合うが、はっきり言ってバルは優秀だ。
文武両道、眉目秀麗、何をやらせてもそつなくこなせる手際の良さ。
特にエンジェルを運用するための工学知識は専門の研究者といってもいいほどの知識量だ。
この大陸では忌み子として扱われるハーフエルフでなければ、バルの能力はもっと高く評価されて学者や研究者として身を立てることが出来ただろう。
アルトナ大陸では滅多に見かけることのない神秘の存在エルフは、かつて人間が台頭する以前の大陸全土を支配していたという。
人間を遥かに超える寿命(一説には千年以上とも言われる)と高い魔力、優れた彫刻家の手によって掘り出された彫像のように美しく整った容姿に尖った耳。
そのどれもが人間離れした完璧さを誇っていたという。
人間と交わっていた時期もあり、何世代かを経て先祖にエルフをもつ者が両者の特徴を併せ持って生まれることがある。
それをハーフエルフと呼称する。
人間からすれば旧支配者階級であったエルフに恐怖心と嫌悪感があるため、その血を受け継ぐハーフエルフは侮蔑の対象とされているが、俺から言わせればナンセンスとしか言いようのない下らない感傷だ。
ハーフエルフとして生まれたバルとその母親アンナは穢れた血を引く者として差別を受け、どこの村や町からも追い出されていたという。
その姿をたまたま領内で見かけた俺の親父ことグラッツェ家当主が保護した。
乳の出が良かったアンナは俺の乳母として、息子バルは俺の乳兄弟兼将来の従者としてそれぞれグラッツェ家に召し抱えられることになった。
バルは俺の無茶になんやかんや文句を言いながらいつもついてきてくれているが、ひょっとしたら俺という主人から解放してやったほうがこいつの才能を自由に伸ばすことができるのではないか。
そんな想いがときおり俺の胸をよぎる時がある。
「そろそろ西門だね。まだ火の手は上がっていないようだけれど……」
「東門を見る限り砦の陥落は時間の問題だがな」
砦の東門は王国側に脱出する唯一の出口のため、ここを帝国側に封鎖されれば砦の中の人間は袋の中のネズミになってしまうのだが、帝国側は東門側から攻勢をかけるだけで砦を包囲する姿勢は見せていなかった。
退路を断たれた人間は死兵と化して、思いがけない力を発揮することがある。
あえて敵に退路を残すことで死兵にさせることを避ける事あるが、帝国軍の指揮官は自軍の損耗を避けるためにこの手段をとっているのだろうか。
先ほど遭遇したエンジェルの小隊を考えると周囲を警戒させているようだが、その真意がまだ見えてこない。
相変わらず東門側からは激しい爆撃音が聞こえてくる。
戦艦の砲撃によって東側の戦力はほぼ壊滅し、砦内には帝国のエンジェルが多数入り込んでいることだろう。
「西門を確認。どうやら門は開いているようだね。周辺にエンジェルの反応はないようだけれど、砦から出た人が東の街道に向けて列をなして移動いるね」
バルが伝えてくれた情報どおり、モニターには砦から逃げ出した人々が列を為して街道に向かっている姿が映し出されている。
砦に在中している者の多くは王国の軍関係者だが、料理人や掃除夫など砦の生活を支える仕事に従事している民間人や非戦闘員もいる。
砦が陥落寸前である今、砦の守備隊は彼らの脱出を促しているはずだという俺たちの考えは正しかったようだ。
とりあえず彼らから現在の事情を聞き出そうと俺がナフタリを門に近づけさせると、それに気づいた人々が騒然としだした。
細かい音声までは聞き取れていないが何やら大声で騒いでいるようで、中には小型の携帯火器(恐らく対人用だろう)を持ち出して構えている人までいる。
どうやら敵機と誤解されているようだ。
「あ、しまった。ナフタリは王国側から見ても所属不明機だったよな。まずは説明しないと……バル、外部マイク繋げるか?」
「ちょっと待ってね……、話していいよ」
「あーあー誤解させてすいません。俺は王国騎士団第六小隊所属アーベル・グラッツェです。皆さん無事ですか?」
自分がこの砦に駐屯している騎士であることを伝えると敵ではない事は伝わったようで、人々はざわつきながらもとりあえず武器を下げてくれた。
そして人ごみの中からひげ面の中年の男が一人進み出て、ナフタリのほうに話しかけてきた。
「どこの機体かと思えば乗ってるのはアーベルの小僧じゃねぇか! 哨戒任務中に帝国に襲われて行方不明と聞いてたからてっきり死んじまったのかと思ってたぞ」
「おやっさん! よかった、あんたも無事だったのか」
「馬鹿野郎! 工房長と呼べといつもいってんだろうが!!」
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