第十八話 圧倒
実をいえばバルの見解が正しい。
エンジェルの躯体は人体の構造を模していると先ほど語ったが、肉と骨と血で出来ている人間と違ってエンジェルの体は大半が金属でできている。
当然全身にかかる負荷は人体とは比較にならないほど大きなもので、構造に反して無理な動きをさせれば、すぐにどこかで不具合が生じる。
しかし俺はこのナフタリを操縦して感じたのだが、この機体にはエンジェルの常識を無理に当てはめる必要がないように思えるのだ。
搭乗者がイメージを通すことで再現されるこいつの動きはとても滑らかかつ自然で、自分の体を動かす感覚に近いとすら言える。
この機体ならば俺が得意とする格闘技と武器に戦闘技術を織り交ぜることが可能ではないか、そう仮定して運用してみたのだが、正解だったようだ。
実家で幼少期から叩きこまれた格闘技(まさに地獄の修練だった)が、まさかこんなところで役に立つとは思いもよらなかった。
人間、覚え(させられ)たものがいつどこで役に立つか分からないものだ。
「あ~すまんバル。話の続きはとりあえず残りの二機を潰してからでいいか?」
「……そうだね、戦闘中だというのに余計な事をべらべら話してしまったよ、ごめん」
「気にすんな。お前のそういう慎重さに助けられる場面多いんだからよ。……こいつの操縦に関しては俺なりに考えがあるんだが、後で伝えるわ」
「そうしてもらえると助かるよ。僕は補助に専念する」
「頼む」
さて、こんなやり取りを俺たちがナフタリのコクピットで行っていた時、残るソードとシールドエンジェルが何をしていたかと言えば慎重に距離をとりこちらの出方を窺っていた。
いや、恐らくは恐怖に呑まれて動きが取れなくなっていたのだろう。
先ほどのやり取りから考えて、ソードの突撃を止めようとしていたのはシールドの操縦者でありこいつは慎重型、悪い言い方をすれば思い切りが悪く弱気なタイプでこちらが強いと見せれば警戒して動きが鈍る。
隣にいるソードも構えているだけで動きがないところを見ると慎重型のようだ。
シールドが前にでてこちらの動きを牽制しつつ、ソードが攻撃のタイミングを図る。
悪くはないがやはり教科書的な動きに過ぎない。
俺の本音を言えば、さっさと斬りこんできてくれたほうが面倒がなくて有難かったのだが。
二機が攻撃を仕掛けてきたところをカウンターで一気に沈めるつもりだったのだ。
バルもそこを読み取ってくれていたようで、通信の傍受など敵の情報を収集することに専念してくれていた。
それで少し待ってみたのだが、どちらも亀のように守りを決め込んでいる。
こいつらを無視して砦の西門に急ぐ手もあるのだが、増援を呼ばれるのは面倒だ。
それに何より僅かではあるが、こいつらの機体にはナフタリとの交戦データが撮られてしまっている。
戦闘において勝利のために何よりも重要な物とはいえば、それは“情報”だ。
ナフタリの性能、俺の戦闘のクセなどの情報を敵方に渡してしまうことは、後々致命傷を招くことに繋がりかねない。
今の俺たちにとって戦闘で有利をとれる点は、ナフタリの性能だけはなく俺たちが正体不明機に搭乗しているという事だ。
隠蔽された情報というものは、エンジェル乗り達からすれば脅威そのものと言える。
相手が何をしてくるか分からないという状況はとてつもなく恐ろしいものだ。
先ほどの国境線の戦闘において、俺たちがたった一機のアークエンジェル相手にあそこまで壊滅的な打撃を被ったのも、兵器の性能差以上に正体不明機による強襲であった点が大きい。
初見では相手がどんな武装をしていてどんな戦術をとるのかまったくわからないのだから、その利点を活かさない手はないだろう。
この二機はここで確実に仕留める。
傍受している通信に反応がないところから見て、二機の操縦者はこちらが与えるストレスに相当まいっている様子だ。
もう一押しでその意思は確実に崩れ落ちるはずだろう。
相手が亀のように防御を固めるなら、隙をつくればいい。
俺はナフタリをシールドに向けて走らせた。
あえてスラスターの出力を抑えて。
「!!」
ナフタリのカメラセンサーが撮らえている映像からも分かるくらい、シールドがナフタリの行動を見て大きく動揺している。
素早く突っ込んでくると思った敵が今度はゆっくりと近づいてきたのだから混乱しないわけがない。
ナフタリが打撃の突きの要領で拳を少し伸ばしダガーで胸甲を狙う構えを見せると、シールドは手にしている盾を正面に構えコクピットを狙われないように守りを固める。
つまり頭部がガラ空きというわけだ。
「釣りに引っかかってくれてありがとよ!」
腰から体を回す要領で足を上げ、弧を描くように蹴り上げる。
俺の狙いは元よりコクピットではない。
頭部のカメラセンサーだ。
ナフタリの足甲がシールドの顔面に突き刺さり、ベギィィという鈍い音が響き渡り頭部がへしゃげた。
そしてシールドの首から上の頭部を全てもぎ取り、後方の地面に蹴り飛ばす。
「エンジェルの頭部に上段回し蹴り入れるとか何考えちゃってるの!?」
後ろの席からバルが俺がナフタリに入れさせた華麗な蹴りを見て絶叫をあげるのが聞こえるが、シールドの操縦者の受けた衝撃はその比ではないだろう。
「うわぁぁぁぁぁ!??」
傍受している通信からもその混乱ぶりが窺える。
防備を固めていたはずなのに予想外な攻撃によりカメラセンサーがダウン。
恐らくモニターの画面は真っ黒になり、顔面を蹴り上げられた反動でコクピットの中まで衝撃が伝わっているはずだ。
動きが止まればいかに頑強さを誇るシールドとてただの木偶に過ぎない。
操縦者がパニックを起こしている間に、俺はナフタリのダガーをその分厚い胸甲にスッと差し入れた。
これで四機沈黙。