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1章 40話「魔王」




「間一髪、でしたな」

「貴方は……?」


 後ろから聞こえてきた声にルーフスが振り返ると、腰に手を当てて軽く息を吐くガイツがいた。

 急いでここまで来たのか、少しだけ息が荒れている。


「御父上とは初めましてでしたね。グリーゼオの父、ガイツです」

「グリーゼオ君の……子供たちから話は聞いてます……しかし、なぜお二人がここに?」

「グリーゼオがお嬢さんに話があるとかで屋敷を尋ねたんですが、着くやいなや走り出していきましてね。その直後、強い魔力を感じて私も急いで後を追ってきたんですよ」


 ガイツはノアールたちの方へと視線を向けた。

 話に聞いていた黒い炎が、これほどのものだったなんて。ガイツは実際に目の当たりにして、死を覚悟してしまった。

 そして、躊躇うことなくノアールのもとへと駆け寄ったグリーゼオの行動にも肝を冷やした。


「……息子から話は聞きました。正直、俺はあの炎を見て気持ちが揺らいでいますが……アイツはもう決めてしまったみたいなんで、俺から何言っても無駄でしょうね」

「え、どういう意味ですか?」

「グリーゼオもお嬢さんと一緒に転校させます。引越し先に関してはまだ決まってませんが……」

「……良いのですか?」

「親としては止めたいところではありますが……今のあの子たちを見て、引き離す方が危険だと思いますし……何にも関心のなかったアイツが、お嬢さんと離れたくないと熱心に言うものですからね……」


 ガイツは肩を竦め、飽きられたように乾いた笑みを浮かべた。

 確かに二人を引き離す方が危ないと、ルーフスも感じた。今のノアールにはグリーゼオという支えをなしに生きていくことは難しい。


「……これで、良いのでしょうか。貴方のご子息を巻き込んでしまって……」

「巻き込まれたなんて、アイツは思っていませんよ。そもそも、聞いた話じゃ先に話しかけたのはグリーゼオの方だって言うじゃないですか。きっと、その時点でこうなる運命だったのかもしれない」

「……大人としては、子供に頼らざるを得ない状況に歯がゆさしか感じませんね」

「大人は大人にしか出来ないことをすれば良いのですよ。あの子の前世や黒い炎については特に……公爵のお力を必要とするかもしれません」


 ガイツがあえて公爵と呼んだことで、それなりの地位や権力を持たないと調べられない場所、得られない情報があるということを察した。

 自分たちが思っている以上に、ノアールの抱える闇は深いようだ。


「……それと、これは貴方だけに話しておきたい」

「……何でしょうか?」

「俺は昔、どこかの遺跡か何かである文献で目にしたことがあるんです。そこに、あの黒い炎が描かれていた」

「え?」


 誰にも聞かれないように小声で話すガイツに、ルーフスは耳を傾ける。

 ガイツは直接あの炎を見たことで、思い出したことがあった。


「俺がまだ中央都市の王国研究所にいたときのことです。あることについて調べていたんですが、そのときの資料は全て消し去られてしまったんですよ」

「消された……?」

「ええ。何故か語られない、勇者と魔王の戦いについて……そして、俺が見つけた文献に記された、魔王の使う魔法」

「……まさか」

「そう。全てを飲み込む、黒き炎……あの子の前世は、もしかしたら魔王に関係しているかもしれない」


 ルーフスはゴクリと息を飲んだ。

 一体、どれほど大きな闇をノアールは抱えてしまったのだろうか。

 これから先がどうなってしまうのか、それはここにある誰にも、ノアール自身にもまだ分からない。



第一章、終




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