1章 33話「暗闇」
真っ黒で、何も見えない。
ノアールは不思議な浮遊感の中、漠然とこれが夢なんだと思った。
手足は動かない。ただふわふわと浮いているだけ。何が出来るわけでもない。
「……痛い。痛いよ……」
聞こえてきた声に、ノアールは目線だけ向けた。
ぼんやりと人のような形をした影が体を丸めて泣いているのが見える。もしかしたら、あれは助けを求めてきた前世の自分なのでは。傍に行きたいのに、どんなに心でそう思っても、体は反応しない。
貴女は誰で、どこにいるの。そう聞きたいのに、口はピクリとも動いてくれない。
今すぐ助けに行きたい。会いに行きたいと伝えたいのに、声が出てくれない。
「助けて……私、何もしてないのに……なんで、こんなことになっちゃったの……」
ノアールは彼女の言葉を聞き逃さないように、耳を傾ける。
何もできないのなら、話だけでも聞きたい。何か手がかりがあるかもしれない。
「……だれか、いるの?」
黒い影が動いたような気がした。向こうから自分のことが見えているのだろうか。ノアールは心の中で必死に叫んだ。
ここにいる。貴女の声が聞こえると。だが、それに対する返事は聞こえてこない。
「いるわけ、ないよね。アイツが来るはずないもの……きっと私のこと、怒ってるんだろうな……」
涙声で、彼女は言う。
何のことだろう。ノアールは前に見た夢を思い出す。あのときはただ悲しむばかりで誰かに対しての言葉はなかった。
彼女は誰かを怒らせてしまったのだろうか。そして、その人に会いたがっているのだろうか。
すすり泣く声が聞こえて、ノアールはギュッと胸が痛むのを感じた。
ノアールには彼女の嘆きが、すごく理解出来た。
階段から落ちたとき、なんで自分がこんな目にと強く思った。どうしてこんなに悲しいことが続くのだろうと。
なにか間違ったことをしてしまったのか。ノアールは心の奥に渦巻く、重苦しい感情に飲み込まれそうになっていく。
家族やグリーゼオに迷惑をかけたとは思っている。
しかし、他の生徒たちに何かしたことはない。触れ合うことはもちろん、話をすることすらなかった。
それなのに、なんで恨まれないといけないのだろう。ノアールは初めて他人に対してマイナスの感情を抱いた。
陰口を叩かれることに関しては特に何も思わなかった。聞かなければいいと、そうすれば気になることもない。しかし、ああして直接攻撃を受けるなんて思いもしなかった。
自分は、そこにいるだけで誰かの迷惑になっていたのだろうか。
そのせいで大切な人たちにまで迷惑をかけてしまうことになるのだろうか。
生きていることが、罪なのだろうか。
ノアールは、暗闇の中で泣き続ける彼女の声を聞きながら、深く深く、悲しみの中に身を委ねていった。




