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1章 23話「トラウマ」



 翌日。

 魔法学の実技授業のため、ノアールとグリーゼオは訓練場へと向かった。


「お2人は病み上がりなのですから、今日は無理のない範囲でやりましょう」


 先生と司祭が心配そうな顔でそう言ってきた。先生たちも魔物に襲われてボロボロになった2人を見ている。自分の監督不行き届きで生徒に大怪我をさせてしまったことをとても悔いて、病院や自宅などに何度も見舞いに来ていた。


「今日は初歩からまたおさらいしていきましょうか」

「はい」

「はーい」


 魔法の初歩。魔力を集中させて、魔法を発動させることでアールは小さな炎を、グリーゼオは水を出すことができる。

 グリーゼオは両手を前に出して魔法を発動させ、手のひらに水を溢れさせた。

 特に問題なく魔法を使えて安心したグリーゼオは、隣を見た。きっと彼女も問題なくその手に小さな炎を灯しているだろう。そう思っていた。


「……ぁ」

「ノア?」

「あ、あれ……なん、か、体が震える、んだけど……」


 全身を震わせながら、ノアールは青ざめた顔で乾いた笑みを浮かべる。

 ノアール自身は気にしていないつもりだった。普通に日常へと戻っていると思っていた。だけど魔法を使おうとした瞬間、脳裏に黒い炎が過ってしまった。

 またあの炎が出たらどうしよう。あの森の木々を黒く燃やし尽くしてしまったように、今度は周りの人まで怪我をさせたらどうしよう。

 魔物を食らったように、人を、グリーゼオにまた大怪我をさせてしまったら。そんなマイナスな思考が頭の中を埋め尽くしていく。


「ノア、落ち着け。今日はもうやめよう」

「で、でも……」

「無理する必要ない」


 グリーゼオはノアールの両手を掴み、訓練所の端に置かれているベンチに座らせた。

 先生もすぐに医務室へ連絡して、司祭は癒しの魔法でノアールの精神を落ち着かせる。直前まで平気そうだったため、完全に油断していた。

 本人がただ自覚していなかっただけだった。あのときの光景がトラウマになっているなんてノアールも思わなかった。


「……ゼオ、どうしよう……私、このまま魔法が使えなかったら……」

「大丈夫だよ、今はまだショックが抜けていなかったってだけだろ。あんなことがあったんだ、仕方ないよ」

「だって私、休みの間は何も思い出すことなかったのに……」

「魔法を使わなかったからだろ。実際に魔法を使って思い出しちゃったんだよ」

「……こんなに、怖くなるとは思ってなかった……」


 ノアールは膝をかかえて顔を伏せてしまった。

 どうして彼女なら平気だろうと思い込んでしまったのか。グリーゼオは酷く後悔した。

 無理もないことだ。本人すら無自覚だったのに他人が気付けるわけがない。だけど、グリーゼオは責任を感じてしまっていた。なぜ、こうなることを少しでも考えることが出来なかったのか。グリーゼオはあの事件のことより、ノアールの怯えた顔を見ることが怖くなっていた。


「ノア、お前が怖いって思うのは普通だよ。あの炎のことだってまだ分かってないし、むしろ早めに自覚できて良かったんだよ、克服するために動くことが出来るんだからさ」

「ゼオ……うん、ありがとう」


 ノアールはグリーゼオのギュッと握り締める。

 震える彼女の手に、グリーゼオは胸が痛くなった。どうすればノアールの恐怖心を無くせるのだろうか。あの炎のことをもっと知って、制御する方法を見つけなくてはいけない。せめて、あれはどういうものがだけでも理解しておきたい。

 そうすれば、ノアールの不安を少しでも軽くできるかもしれない。


「……とりあえず、今日はもう帰ろうか」

「え、そこまでしなくても」

「いや、家でゆっくりした方がいい。体だけじゃなくて心も休めないと」

「……じゃ、じゃあ、ゼオも一緒に来てよ」

「え、おれ?」

「そ、そばにいてほしい」

「えーっと、まずはお兄さんに連絡してからな」


 さすがに女の子の家に行くのは気が引けたが、涙目でこちらをみるノアールのお願いを無視できない。

 グリーゼオは先生にカイラスを呼んでもらい、早退の手続きをしてくれるように頼んだ。


「グリーゼオ君も早退でいいのかな」

「えっと、とりあえずカイラスさんに話をしてから、ですかね」

「わかりました。じゃあとりあえず二人とも医務室へ行きましょうか」

「わかりました。ノア、立てる?」

「ん……」


 ノアールはグリーゼオの手を掴んだまま立ち上がった。

 表情はずっと暗いまま。今は何を言っても気持ちを軽くしてあげることは出来ないだろう。グリーゼオは何も言わずにノアールの手を強く握り返した。

 気休めしか言えない自分が情けなかった。自分が子供であることがこんなに悔しいと思う日が来るとは思わなかった。

 何も知らないということが、ここまで自分を追い詰めるようなことになるなんて思いもしなかった。少しでも知恵があれば、もっと本を読んでいれば。今の自分にはどうにもならないことばかりで、泣き出してしまいそうだった。


 本来、グリーゼオがここまで悔やむようなことじゃない。こんなこと誰にも想像できなかったし、ノアールのことは前世のことも魔力のことも何も分かっていない。大人たちがいま懸命に調べているようなことを、子供であるグリーゼオが理解するのは難しい。

 何より、調べるにしても手掛かりが少ない。グリーゼオはノアールと違って普通の子供だ。知らない言葉だって多いのだから、何も悔やむようなことはないのだ。

 だが、グリーゼオはそれでも自分を責めるだろう。守りたいと誓った子が、目の前で悲しんでいるのだから。




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