久々に帰省したら、家族が別人になっていた
俺の久々の帰省は心中、穏やかなものではなかった。
というのも、俺が家を飛び出したのは随分と前の事である。アイドルを目指して、東京へと家出同然で上京したのである。もっとも、アイドルとして成功することは出来なかったが、小さな劇団で役者として活躍する傍ら、ちょっとしたインターネット配信者としても知名度を得る事が出来るようになってきていたのである。
目指す場所は異なったが、悪くない所に落ち着いた、という所だ。
しかし、それであっても、アイドルになると啖呵を切って出たのもあるので、帰りにくい。もっとも、さすがに一つの区切りが自分の中で出来たのもあり、実家に一度、報告したいというのもあった。そんな折、母親から話がある、という連絡が来た。これを幸いに、帰るという連絡を入れてはいたので、さすがに、不審者扱いをされることはないはずだ。
新幹線に乗って、電車を乗り継いで、バスに乗って、かつての実家の前に立つ。
実家は昔と変わらない普通の一軒家という感じで、赤いスレート葺の屋根は劣化を感じさせられた。
門柱には、子供の頃から変わらない表札が置いてある。
「ただいま」
と、言いながら玄関の扉をガララと横に開く。
玄関先には、小さな女の子が仁王立ちで待っていた。俺の腰ほどの背丈の女の子で、小学生だろうか。
紫色の髪にフリフリの服を着ている。
真面目に見覚えがない。俺には姉が一人いたはずだが、小学生ほどに歳が離れているということはない。それに、俺が成人しているのだから、当然に姉も成人している。そして、こんな小さいはずもなかった。
「おかえり。何を黙ってるんや」
状況が理解できずにいる俺に、幼い声で、少女が口を開いた。
「えっと、誰?」
「おいおい、実の父親を見忘れたんか」
少女は可愛らしい幼い声でそう言った。
信じられない言葉で、俺が固まっていると、家の奥から母親が出てくる。母親は昔と変わらない姿のままである。
そう。
俺が家を出てから変わらない姿のままである。
「あら、拓哉。おかえりなさい。何突っ立ってんの。はやく入りなさいよ。お父さんもそんな仁王立ちせずに」
「えっと、母さん? この子が父さん?」
「そうだな、母さん。キッチンでいいだろ」
何が起きているのか理解できず、俺は家に上がる。体が覚えているままにキッチンへと向かい、昔と変わらない長机を前に座る。少女が出てきたときは、俺は家を間違えたのかも知れないなと思っていたが、母さんが出てきたことで、家を間違えていないことを確信したし、家の間取りも家具も昔のままで、間違いなく俺が育った家だ。
机を挟んで向かいに、母親と、その紫髪の少女が座る。
そこが子供の頃からの俺の定位置だった。正面には、居間へとつながる襖が見える。
「父さんは嬉しいぞ。元気してるみたいだな」
「そうよ、拓哉。この人ったら、インターネットでね、あなたの配信をみて、投げ銭してるのよ」
「あぁ、パープルリリーってアカウントネームでな」
「いや、聞きたくなかったよ。そういうの。うわ、思い出した。毎回、結構な額くれるアカウントじゃねーかよ」
「この人、ほんと素直じゃないのよね」
「そういう母さんだって、Twitter。おっと、今はXか。そのアカウントをフォローしてるだろ」
「マジかよ。って、そうじゃねぇよ!」
俺は内心嬉しい心を隠しながら、椅子から立ちあがる。
「何がどうなってんだよ! このチビが父さん? なんで? 父さんは、禿頭で、細い男だったじゃないか」
「話せば長くなる。そうだ。母さん、お茶を淹れてくれ」
「はい。わかりましたよ」
すっと、母親が立ちあがると、空の湯呑を三つテーブルの上に置いた。
そして、人差し指を湯呑に向けた。その瞬間である。指先がパタパタと展開し、ノズルが現れ、その筒先からお茶が噴出されたのだ。お茶で満たされた湯吞が呆気にとられたままの俺の前に置かれる。生理的に受け付けない俺を無視して母親と少女は口をつける。
「なにが、どうなってんだよ」
「実はな、父さんたち、みんな、異世界転移したんや」
「はぁ?」
「異世界にいって帰ってきたんや。父さんはルミノシティアっていう世界でな。月光シアターっていう劇団で働いていたんだ。エミリアと、ココとそして、劇団長とみんなで楽しく魔法を使っていたんや。そこに悪の魔法使いスターフォージャがやってきて、世界征服をしようとしたんだけど、それを食い止めた結果、こっちの世界に戻ってきたってわけ。体は元通りにはならなかったんだが、まぁ、悪くないぞ」
頭痛がし始めて、俺は眉間の辺りを抑えた。
「お母さんはね。技術帝国メカニカノーヴァという世界に転移してね。そこでは体を改造するのが基本で、そこの改造ギルドの人がすっごく親切で、ありとあらゆる兵器をコンパクトにして、人間の身体に納めてくれたの。で、そこの世界を救ったら、帰ってこれたってわけ」
「わからんわからん。このババアなに言ってんだ」
「あら、拓哉、気を付けて? 私にはこの世界の全ての兵器を投入しても破壊できない装甲と、一発で星を消滅させる兵器があるのよ」
「大丈夫だ、拓哉。父さんの魔法は全てを元通りにするぞ」
「わからんわからんわからんわからん。本当にわからん」
受け入れがたい現実が目の前に広がっていると、人間は、理解もできなくなるというのが今、わかった。が、今、目の前で行われている、広がっている光景は間違いなく、両親が事実として話している事であるというのはわかる。純度百パーセントの真実が広がっているのだ。
と、そこで、姉さんの存在がまだ家に入ってから目に入っていないことに気が付き、ふと口に出す。
「もしかして、姉さんも?」
「あぁ、実は、そのな。帰ってきてもらったのにも一つ理由があってな」
「実はハイリなんだけど。こんど、結婚するのよ」
「めでたいじゃないか。良かったよ」
「ただな。異世界転移した先で出会った相手なんや」
「おぉ、雲行きが怪しくなってきたな。姉さんはどんな世界に異世界転移したんだよ」
神妙そうな顔で父さんが、幼顔に似つかわしくないしかめっ面を浮かべる。
母さんもまた、困ったような顔だ。
「ウヴェイルっていう異世界でね。魔王が支配する世界なの、そこで、勇者としてハイリは転移しちゃって。そこで、魔王を倒すように言われたんだけど、魔王と恋愛関係になっちゃって、それで、世界を救ったとしてこっちに戻ってきちゃったのよ」
もしや、すっかり温くなった湯呑を手に、両親の向こうにある襖を見ながら、嫌な想像が頭に浮かぶ。
「それで、お相手さんもぜひ、ご家族で顔合わせをって」
母さんがそう言った時、襖が勢いよく、スパンと開いた。
若干俺よりも若々しくなった姉と、その姉の隣に立つ、大男がいた。いや、本当に大男であろうか。西洋風ないでたちの服装を纏っているが、ぼやけた輪郭はまるで影のようであり、恐ろしい気配があった。顔の辺りに浮かぶ、赤と緑と紫の目はゆらゆらと揺れて、その位置を定めていない。
「魔王シャドウロードくんだ」
「こんにちは、初めまして、拓哉くん。今日から、お義兄ちゃんと呼んでくれ」
大男のような影は、そう名乗った。
俺はもう、叫ぶことしかできなかった。