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一枚のレシート

作者: 宵待 黒

 それは、くしゃくしゃになった一枚のレシートだった。

 久方ぶりに冬服として、厚手のコートをクローゼットの奥の奥から引っ張り出してきた。

 これを最後に着たのは、多分、高校三年の冬だったはずだ。有名な刑事物の織田裕二が着てそうな深緑色で、少しダボっとした感じが個人的に気に入っている。

 コートの袖に腕を通しながらカレンダーを見れば、いまだに過ぎ去った十月を示しているのが目に入り、一枚めくった。

 危うく人より一年多く過ごすところだったが、なんとか無事に大学に入った僕は、少しずつ環境に慣れる様に精一杯頑張り、気がつけば冬の始まりを感じていた。

 大学では、多くの友達や、サークル、一般的に想像し得る大学生活を過ごしていた。

 ただ、どこか、なにか、少しだけ欠けているように感じる時が時たまあった。

 冬のための衣替えで出したコート。少し背が伸びたりしているので入るか確認のために冬服を引っ張り出しては試着していた。

 元々、大きめなサイズだったこともあり、難なく着ることができた。

 ふと、ポケットに手を突っ込むと、指先に何かが当たる感触があった。

 取り出してみると、一枚のくしゃくしゃになったレシートだった。

 一年ほどポケットを棲家にしていたであろうそれを広げてみると、2022年、3月1日(火)12:53とあった。

 買っていたのは肉まんを二つ。それだけだった。日付と買ったものを見て、あぁ、あの日か、と思い出していた。

 卒業式があったあの日。面倒だと思いながらも高校の制服に着替えて、まだ肌寒い外を恨めしく睨みながら、上着を着た。

 長くも、短くも感じる三年間。その全てが終わったあの日。

 卒業式の工程が全て終わり、教室での話も終わって、友人たちと別れの挨拶を交わした僕は下駄箱でいつものように幼馴染を待っていた。

 彼女の「お待たせ」と言う声が聞こえ、そちらを振り向くと少し泣いたのか赤い目で笑みを浮かべる彼女がいた。

 いつものように、いつもの道を、他愛もない会話をしながら歩いて帰っていた。帰り道の中程にあるコンビニに寄る所までいつも通りだった。僕は少しだけカッコをつけて肉まんを奢った。

 いつもなら帰り道を歩きながら食べていたが、その日はなんだか真っ直ぐ帰るのがとても惜しく感じられ、近くにあった公園に立ち寄った。

 二人で公園のベンチに座り肉まんを頬張りながら、すでに懐かしく感じ始めている日々のことを話していた。

 そうだ。あの時、僕は伝えなければいけなかった事があったはずなのに。気がつけば買った肉まんは腹に全て収まり、二人で帰路についていた。

 あの日、これから先もいつもと同じような日常が続くと信じきっていた。

 あの時、いつもと同じように、これからも生きていけると思っていた。

 あの瞬間、このまま永遠に時が止まればいいのにと、心の奥底で願っていたはずなのに。

 醜いプライドが、見苦しい言い訳を吐き、きっと何処かで上手くいくと、身勝手に思い込んでいた。

 あの時の一言は、今も心の底でくしゃくしゃになったまま、眠り続けていた。

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