3話「穏やかな日々」
ダリスの側室になったクレアには、王城の一隅が与えられた。
ダリスの部屋の近くでなはいが、窓を開ければダリスが毎朝散歩するというお気に入りの庭園が目の前にある。
この部屋を選んでくれたのは、もちろんダリスだったが、庭園の近くの部屋をクレアに与えてはどうかと提案してくれたのは、彼の正妃であるシャルロットだったらしい。
クレアがお礼の手紙を送ると、三日後になんとシャルロット自身がクレアの部屋にやってきた。
「部屋はどう? 欲しいものがあれば、ダリスにねだりなさい」
シャルロットの美しさに見惚れていたクレアは、あわててドレスの裾をつまみあげた。
「必要なものはとくにございません。もしもできた場合は、シャルロットさまにご報告いたします」
「あら。ダリスはあなたにドレスや宝石も贈れないほど、甲斐性なしなの?」
「側室に関する諸経費を管理されているのは、正妃であるシャルロットさまとお聞きしていますから」
クレアの言葉に、シャルロットはしかめっ面した。
「あなた、わたくしにとって都合がよすぎて気味が悪いくらいだわ」
「……私はなにか、シャルロット様のお役に立てているのですか?」
おずおずと尋ねたクレアを一瞥して、シャルロットは踵を返した。
それっきりシャルロットはクレアへの関心を失ったようだったが、女官を通してシャルロットへ頼めば、必ず一流の品物がクレアのもとに届けられた。
部屋の掃除につかうハタキでさえ、黒檀の柄に青い宝石がついた特注品がくるのだから、クレアの部屋にあるものを集めたら総額1億バルにはなってしまうかも……と心配するクレアにダリスはからかい混じりの笑みを浮かべた。
「じゃあ僕は、最高級の絹がワサワサとついた黄金の柄のハタキを贈ろうかな」
「もう。そんなに豪華なハタキは、額に入れて壁に飾ってしまうから」
「それは困ったな。君がはたきがけをするところ、見てみたいのに」
微笑むダリスは、クレアが城に来て以来、毎日のように部屋へやってくる。
朝は窓をコンコンと叩いて。夜はともに夕食をとって、クレアと朝まで過ごす。
いったい何時に、シャルロットと過ごしているんだろう?
――そんな疑問はあれど、側室となったクレアの日々は存外おだやかで満ち足りていた。
「ダリス。そろそろ政務のお時間では?」
「行きたくない。クレアの側にいる」
「そんなに嬉しいことばかり、言ってもだめだよ」
窓枠から体を乗り出して、クレアはダリスの頬に口づけた。
すると王子さまはしてやられたとばかりに目元を赤くする。
「あなたは僕のあつかいがうまくなったね」
「私はあなたの妻ですから。いってらっしゃい、旦那さま」
赤い顔を隠してしぶしぶ政務へ向かうダリスを、クレアは手を振って見送った。
ダリスやシャルロットへの複雑な気持ちはまだある。絶縁された家族に思いを馳せ悲しむ日や、ダリスの心変わりに怯える日もある。
けれど後にこの結婚生活を思い出したとき、クレアはこう思うだろう。
――このときの私は、しあわせだったと。
クレアとダリスの結婚から四か月後。
ダリスの父であり、バレリアン王国の王であるヨハン一世が死去した。
豪奢な棺に、ヨハン王の側室でありダリスの母であるロクサヌがすがりつく。
「どうして! どうして! 私も連れていってくれなかったのですか、ヨハン!」
泣き喚くロクサヌを息子のダリスが棺から引き剥がし、国王の葬儀がしめやかに執り行われた。
その夜。
母についているというダリスと別れて、部屋に戻ったクレアは……。
「これは、なに……?」
自分の胸から、黒い茨のようなあざができているのを見つけた。