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2話「結婚式」



クレアとダリスの結婚式は、ダリスとシャルロットの結婚式の三か月あとに、

小さな神殿でひっそりと行われた。


この結婚にただひとり賛同してくれた二つ下の従姉妹に手を引かれて、クレアはダリスの待つ祭壇に歩いてゆく。

クレアが隣に立つと、居ても立ってもいられなかったとい風に、ダリスがクレアのヴェールをめくった。


「綺麗だ。今日の君ほど美しい人は見たことがない」

「……私もです。ダリスさま」


じっと見つめあって、はにかみながら笑う王子と側室に、神父は軽く咳払いをして彼らを現実に戻さねばならなかった.


「いいですか、ダリスさま……とくにクレアさま。ダリス王子とシャルロットさまのご結婚は、ウンディーネに祝福され、万民に喜びを与える正当な結婚です。

 ですが、側室というのは世間的には……」

「僕は側室の生んだ王太子だが、それ以上続けるかい?」


顔を赤くする神官に、ダリスが祝福の言葉を急かす。

バレリアン王国の王族は一夫多妻制が認めらているとはいえ、ほかの貴族や民は一夫一妻があたりまえだ。愛妾を囲う貴族や商人もいるにはいるが、彼らは総じて正しくない、精霊ウンディーネに見限られる恥ずべき行いをしているとみなされる。

おそらく神殿は、一般的な価値観からふたりの結婚に苦言を呈そうとしたのだが、察したダリスが強引に話を変えてくれたのだ。

神官の祝福の言葉を聞きながら、クレアはダリスにだけ聞こえるようにささやいた。


「ありがとう、ダリス」

「……不勉強なあちらが悪い。君はちゃんと僕の妻なのだから」

「……うん」


二番目の妻。側室。

ダリスはそんな言葉を使って、クレアをみじめな気持ちにさせることはなかった。

そんな彼の優しさが嬉しくて、すこし息苦い。

神官の祝福の言葉が終わり、祭壇から離れると従姉妹が涙ぐみながら拍手してくれた。クレアは彼女の側に寄って、花嫁から招待客におくる祝福の言葉を唱えた。


「ミーシャにも、素敵な方とのご縁がありますように」

「へへ、ありがと。クレア。クレアもこれか幸せになれますように……

 クレアのこと、幸せにしなかったら許さないからね、このヘタレ王子!」


クレアに甘くとろけるような顔を向けていたかと思えば、ダリスには毛を逆立てた猫のように威嚇する。

ころころ表情の変わるミーシャの愛らしさに頬を緩めてから、クレアはダリスの様子を窺った。

ミーシャの言葉遣いは王族に対するものではない。まずは親族の自分が謝らなければと思っていたクレアだったが、ダリスはミーシャの言葉に真剣な顔で頷いた。


「もちろんだ。僕はクレアを王国一幸せな妻にする」

「シャルロットさまがいるのに?」

「僕が愛しているのはクレアだけだ」


きっぱりと言い切るダリスに、ミーシャはまだ訝しげだ。


「シャルロットさまとクレアが崖から落ちそうになってたら、どっちから助けるの?」

「クレアだ」

「……シャルロットさまが王子のことを好きになったら?」

「そんなことは天地がひっくり返ってもありえないだろうけど……

 もちろん、クレアの方が好きだ」


ふたりの交わす言葉が、鋭いナイフのようにクレアの胸を刺す。ふたりの語るもしもは、決して許されないことだ。なぜなら……。


「だったら、どうしてクレアを正妃にしなかったの? シャルロットさまもクレアも可哀想だよ」

「それは……」


ダリスが口ごもる。それが胸に一番ふかい傷を残したのを無視して、クレアはふたりの会話に割って入った。


「ミーシャ。例え話でもシャルロットさまと私を比べるようなことを、もう二度と聞いてはなりませんよ」

「でも……」

「シャルロットさまは正妃。私は側室のひとりです。

 常に優先されるべきは、シャルロットさまなのですから」


クレアの言葉に、ミーシャがぽろぽろ涙をこぼした。

結婚式の行われる教会までひとりで突撃してきた妹のように可愛い従妹をどうしても追い返せなかったけれど、クレアは断固としてミーシャを帰らせるべきだった。

そうすれば、彼女に恨まれることはあっても、こんな風に泣いてしまうほど悲しませることはなかったのに。


「たとえ崖から落ちても、私は今日のことは後悔しないでしょう。

 ……愛する方と添い遂げることができるのですから」


ミーシャの涙を拭っていた手が、強引に剥がされる。強くクレアの腕を引いたダリスは、そのままクレアを抱きしめた。


「愛している」

「私もだよ」

「君だけなんだ。君だけが……」


何も言わずにクレアはダリスの背に腕を回した。ダリスの愛を疑ったことはない。

ただ、これから何度も同じようなやりとりを繰り返すだろう自分たちの行き先は、星明かりもない夜に底なし沼の淵を歩くようなものなのだという諦めが、クレアの心に重くのしかかっていた。


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