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第十四話 女鍛冶師の戦い

 任務を遂行するため無表情を訓練されているはずの男たちが、不覚にも驚愕した。

 彼のナイフは木葉との間に割り込んだ、初音が制服の下に仕込んでいた籠手によって阻まれていた。

 亡くなった父が初音に遺した護身用具であり、紙のように薄いにもかかわらず盾のように強固な籠手であった。

「ちぃっ! 殺すな! 人質にしろ!」

 影の部隊を指揮する森山は、初音が並々ならぬ使い手であることを知って、すぐに作戦を変更する。

 目撃者の木葉は確実に殺すつもりであったが、なんとしても初音を生かして捕らえなければならない都合上、人質にするほうが有効だと考えたのだ。

「させません!」

 鞄から取り出した鉄扇を、初音は慣れた手つきで両手に広げた。

 伊達に鍛冶主であった芳崖の孫ではない。防御力、攻撃力とも神具に準ずる格を持った鉄扇は初音の必殺の隠し武器である。

 その辺の軍人なら一ダース相手でも負けない自信が初音にはあった。

 しかし相手は帝国四鬼、鬼山家の裏の仕事を委ねられた影の部隊である。その戦闘力は並みの軍人の比ではない。

「――――光翼」

 自分では木葉を完全に守り切ることはできない、と判断した初音はためらいなく切札のひとつを切った。

 鉄扇に秘められた術式が起動する。

 およそ二メートルほどの巨大な翼が木葉を守るように彼女を包み込んだ。これでしばらくの間、男たちは木葉に手を出すことができない。

「我々も甘く見られたものだな」

 もし初音に逃げに徹しられたらまずい、と考えていた森山だが、こうして木葉の安全を第一にされるとプライドを傷つけられる思いである。

 人質がいなければ勝てるとでも思っているのか? この鬼山家を陰から守護してきた精鋭を相手に。

「嘗めるな、小娘が!」

 いかに腕が立とうとも所詮は鍛冶師、本職の戦闘員がどれほどのものか教えてやる。

「風巻き」

 森山は矢継ぎ早に針を放つ。もちろんただの針ではない。

 影の仕事をするにはそれなりの手管というものがある。森山の投げた針には風の糸が張られており、それが蜘蛛の糸のように対象を絡めとっていく。

 針だけを躱しても、針と針の間に張られた気の糸までは避けられない。相手を生け捕りにするための森山が最も得意とする武器であった。

 そのからくりを知ってか知らずか、初音は鉄扇でその針を叩き落す。それでも針のように小さな飛翔体を全て叩き落すのは不可能だった。

「これは……念糸?」

 あらかじめ気を操作して、武器に付与するのはそれほど珍しいことではない。

 しかしその気に、あたかも蜘蛛の糸のような粘着力まで付与するのは非常に高度で難解な手法であった。少なくとも初音に真似のできることではなかった。

「そらそら、いつまで動けるかな?」

「くっ…………!」

 下手に動くと、足元に落とした念糸までが絡みつく。かといって常に足元に注意しながら避けられるほど森山の攻撃は甘くない。

 かろうじて鉄扇を奪われることだけは阻止しているが、すぐに腕に、肩にと念糸が絡みつき初音は自由を奪われていった。

「――仕方ありません。空蝉!」

 基本的に鉄扇は小太刀といっしょで防御用の武器である。そこに付与された術式も防御系のものが多かった。

 空蝉は敵対者からのバッドステータスを一度無効にする技である。

 これにより森山は風巻きを封じられた。

「甘い、甘いよお嬢ちゃん。俺の針がただ念糸をばらまくためだけに投げられているとでも思ったかい?」

「それは、どういう……」

 初音は最後まで話すことができなかった。

(しまった! 針による呪縛結界……念糸はその目くらましだったなんて……)

 その思考を最後に、初音の意識はぷつん、と途切れる。

 可愛い後輩のために必死で意思力を振り絞っても、老獪な暗部の手管の前には初音は少々腕のよい女子学生に過ぎないのだった。

「…………連れていけ」

「この娘はどうします?」

 初音が意識を失ったため、木葉を守る光翼の結界も消えている。ここで殺してしまうべきか、と問う部下に森山は一瞬考えると

「いや、念のため一緒に連れていけ。このじゃじゃ馬を大人しくさせるには必要かもしれん」

 少なくとも初音には、芳崖を説得するまで生きていてもらわなくては困る。 

 万が一とは思うが、木葉を殺してしまうと責任感から自殺してしまうことまで危惧してしまうほど、初音の気概は女学生らしからぬものであった。

 さすがは天目一族ということか。並みの術者よりよほど覚悟が座っている。

「…………それでは手はず通りに」

 森山はフォードの中で待機していた望月に丁寧に頭を下げる。

 スモーク硝子越しの望月の表情を窺うことはできなかったが、叱責の言葉はなかった。

 それどころかどこか安心したような雰囲気すら感じられる。

 おそらくは初音の実力が予想以上だったことが、その原因であろうと森山は思う。彼女がこれほどの腕の持ち主なら、祖父の芳崖はよほどの人物である可能性が高くなったからだ。

「俺はこれから天戸家に向かう。貴様は余計な気を回さず指示を待て」

「――――畏まりました」

 ふう、と太いため息を吐き、望月は運転手に発進を命じると、全身の力を抜き柔らかなシートに身を委ねた。

 魁の無理難題にも、まずはこれで筋道がついたと信じたのである。

 もっとも、これから芳崖をその気にさせるのは一苦労だが、そのあたりにはこれまで培ってきた手練手管がものをいう。 

 たかが老人一人落とすことができないような生ぬるい悪意に身を浸してはいない。

 望月のようなタイプの強者は、弱者を相手にするときにこそ最大の力を発揮するようにできている。

 あるいはそれが、雇われた影の部隊を指揮しする分際と限界なのかもしれなかった。

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