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ワタシは、ある人を探してるんです。


仲間たちはワタシを取り囲むようにして、じっと耳を傾けてくれました。

ワタシは、あの人と娘ちゃんとの経緯から、ブローチのことまで、かいつまんで、皆に話しました。


「・・・あれがそのブローチかどうか、ワタシは確かめに行きたいんです。」


語り終えたワタシは、思い切ってそう打ち明けました。


「もちろん、そうしましょう!」


真っ先に力強くうなずいたんは、意外なことにシルワさんでした。

その勢いにワタシのほうがちょっと気圧されてしまったくらいでした。


「いやあの、とりあえずは、ちょっと確かめてくるだけやし・・・

 なんなら、みんなはもうちょっとここにいて、休んでてくれたら、その間に、ちょこちょこっと・・・」


なにも、みんな並んでぞろぞろ行くことはない、と思います。


「それは、いけませんね。」


シルワさんはにこにこと首を振りました。


「グランって、大変なことほど、なんでもないように軽くおっしゃる癖がありますよね?

 そんなふうに、ちょっと、ちょっと、とおっしゃるときほど、大変なことになる予感がするんです。」


なに、その予感。あてになんのん?

思わず言い返しかけたけど、みんながシルワさんの言葉に、うんうんとうなずくのを見て、言い返すのは思いとどまりました。

なんや、ワタシ、みんなにそない思われてたんかいな。

それにしても、嬢ちゃんまでうなずいてたんは、ちょっと、いやかなり、ショックでした。


「確かに、簡単やない、かもしれんけど・・・」


思わず言い訳するみたいな言い方になってしまいました。


「ひとつ、お尋ねしますけど、グランは、その娘さんを見つけて、どうなさるおつもりなんですか?」


シルワさんはつっこんで尋ねてきました。

それはワタシもずっと思ってたけど、結局、まだ答えは見つかってません。

仕方なしに適当なことを答えました。


「それは、・・・とりあえず、話しかけてみよう、かな、て・・・」


「なんて無謀な!

 オークに話しなんか通じるわけないだろ?」


何をバカなことを言い出すんだ、というようにミールムは断言しました。


「・・・わたしも、そう思います。」


シルワさんも、伏し目がちにうなずきました。


「オークになってしまってるなら、もはや、言葉は通じないかと。

 それどころか、グランに攻撃してくるかもしれません。」


「そんなん、やってみんと分からんと思います。」


娘ちゃんがそんな狂暴なオークになってしまったとは思いたくなくて、ワタシは思わず少し強い調子で言い返してました。


「いいや。分かるね。

 いいかい?オークはもう、オークなんだ。

 元の人間と同じものじゃない。

 オークになってしまってるんだよ?」


ミールムは追い打ちをかけるようにそう繰り返しました。


「残念ですけど、それは、そうだと思います。」


シルワさんも辛そうに付け足しました。

二人にそんなふうに言われて、ワタシはますます認められなくなりました。


「そんなこと、なんで言い切れるんです?

 二人とも、娘ちゃんのことなんか、これっぽっちも知らんくせに。」


「・・・確かに、その方のことは存じません。

 けれども、オークになってしまった人のことは・・・、少しだけ、知っています。」


シルワさんは視線を逸らして、どこか悲し気に付け足しました。


「オークになってしまったら、もう、引き返せないんですよ・・・」


「人間はね、そう簡単にオークになりはしないんだよ。

 けど、だからこそ、オークになるってのは、よっぽどのことだということなんだ。

 彼女は、よっぽどの罪を犯したんだよ。」


つけつけと断言するミールムの言葉は、心にぐさぐさ突き刺さりました。


「・・・よっぽどの罪、て・・・あの娘ちゃんが、そんなこと・・・」


人を殺めれば、オークになります。

殺さなくても、大勢の人を故意に危険に晒すようなことをすれば、オークになります。

そういうことは、ワタシらは小さいころから何べんも聞かされて育ちます。

それが、この世界の常識です。


そんなことをしたら、オークになってしまうよ。

ちょっとした悪さをするたびに、大人たちはそう言って子どもを脅します。

けどまあ、ほんまのところ、子どもの悪戯くらいなら、オークになるようなことはまずありません。

逆に言えば、オークになってしまうということは、そのくらい、重い罪を犯したということなんです。


そんなこと、言われんかて、知ってるわ。

その言葉は、なんとか口から出す前に飲み込みました。

そんなふうに言い返すなんて、あまりに子どもじみていると、そのくらいの分別はあります。


けど、だからこそ、あの人もワタシも、どうしても、娘ちゃんがオークになったなんて信じられんかったんです。

そんなはずはないと、思い続けたんです。


あの娘ちゃんが、そんな重い罪を犯すなんて、あるはずないやないですか。


・・・ああ、そうか。

ふいに、ワタシは、あの人の最期のときのことを思い出しました。

あの人は、最期の最期に、笑って言ったんです。

娘ちゃんが、結局、見つからんでよかった、って。

何を言うてるんか、その時のワタシにはよう分からんかったけど。

あの人は、自分の生涯かけて、娘ちゃんがオークにならんかったことを証明したかったんと違うやろか。


思考が立ち止まります。


そんなら、ワタシのやっていることは、なんなんやろう。

もしかして、娘ちゃんを見つけてしまったら、あの人を悲しませるんやろか。


いっそのこと、娘ちゃんを探すのなんか、もうきっぱりやめてしまったほうがよかったんやろか。

あの人は、最期にワタシに言いました。

結局、あの子が見つからなくてよかった。

だからもう、これ以上は、娘ちゃんのことは探さなくていい、と。


もう、ええよ、グラニティス。

あんたはここからは自由に生きていきや。


ああ、そうやった。

最期の最期に、あの人はワタシのことを本当の名前で呼んだんや。

ずっと、ずーーーっと、グランとしか呼んでくれへんかったのに。

けど、そう呼ばれたとき、ワタシのなかで、なにかが告げました。

この人とは、もうこれで、お別れなのだ、と。


もはやどこにも帰る場所もなく、旅路の果てに斃れたあの人を、ワタシは荼毘に付しました。

墓石に刻む言葉は思いつかんかったから、あの人がずっと使ってた剣だけそこに突き立てました。

これで何かが終わったという気持ちと、何も終わらせたくない気持ちとが、胸のなかでせめぎ合いました。


それで、結局。

ワタシには、何も変えることはできませんでした。

ひとりになっても、あの人とずっと続けてきたことを、やめることはできんかった。

それしか、生きていく方法を見つけられんかったから。


そうやって、もしかしたら、あの人の意に反して、娘ちゃんを探し続けた。

そして、見つけてしもうた手掛りを、今になって、確かめもせんと放棄するのは・・・

流石に、できんと思いました。

たとえそれが、あの人の意に反してたとしても。


「ごめん。

 話しかけたりはせん、かも、しれん。

 けど、あのオークが娘ちゃんかどうか、いや、あのオークのしてたブローチが、娘ちゃんのものかどうかだけは、どうしても確かめておきたいんや。」


ワタシは思ってることを正直に吐き出しました。

ミールムもシルワさんも、今度は何も言いませんでした。

ほんの少しだけ、沈黙がその場に流れました。


「じゃ、みんなで行きましょう?」


沈黙を破ったのは、フィオーリでした。


「いやあの、ほんまこれは、ワタシの個人的なこだわり、っちゅうか・・・

 その程度のことやし・・・

 雨もまだやめへんし・・・雨宿りの間に済ませてこられると思うし・・・」


仲間たちを煩わせるんはやっぱり申し訳ないと思うんです。

ほんまにちょっと、覗いてくるだけなんやから。


けど、フィオーリは、ちっちっち、と指を振ってみせました。


「おいらたちもうパーティなんっすから、個人的な用、とか言うのはなしっすよ。」


「そうだよ。とにかく、別行動には反対。」


鼻息荒く言い切るミールムに、フィオーリはへへへと笑いました。


「ミールムもシルワさんも、グランさんのことが心配だから、ひとりで行かせたくないだけっすよね?」


フィオーリがそう言って見回すと、ミールムとシルワさんはちょっと気まずそうに目を逸らせました。


「雨がやんでから行けばいいじゃないか。

 この雨なら、もうじきやむよ。」


ミールムはそっぽを向いたままで言いました。

フィオーリに言われるまで、ワタシは、ミールムやシルワさんがそんなふうに思ってくれてるなんて、考えていませんでした。

娘ちゃんのこととなると、どうにも大人気なく、ムキになってしまうようです。

ワタシは胸の辺りが、なんや、じぃーんとして、目頭がちょっと重たくなりました。


「有難う。

 なんや、みんなの気持ちが、めっちゃ有難くて、嬉しいわ。

 けど、ほんま、お気持ちだけ、そのお気持ちだけ、もうときます。

 ゆっくりしてたら、オークの痕跡も消えてしまうかもしれんのや。」


「・・・いい加減、なんとかなりませんかね?

 そのドワーフの頑固さは。」


ぼそり、とシルワさんがつぶやきました。

え?いや、今、舌打ち、しはった?

いやいや。おっとり気の弱い平和主義のシルワさんに限って、そんなことはないと思うけど。

でも、その顔は、笑ってるけど、目は全然、笑ってません。

あ、これ、ちょっと本気で怒ってるかもと思いました。


「さっきのオークならもう臭いは覚えたから。

 追いかけるくらい造作もないよ。」


ミールムは淡々と言いました。


「臭い?」


「するでしょ、オークは。

 すっごく嫌な臭い。」


「ああ、まあ、それは・・・」


傍に行くと、オークは独特の生臭いような臭いをさせています。

けど、さっきの雨のなか、あれだけ離れてたら、流石にワタシにはその臭いは感じ取れませんでした。

つくづく、妖精さんの特殊な能力には驚かされることばかりです。


「三、四日くらいなら、オークの臭いははっきり残ってるから。

 どっちみち、雨がやんだら、あいつらを追いかけるつもりだったし。」


最後に、ふんっ、と付け足してそっぽをむきます。

そっぽをむいたままで、ミールムは言いました。


「とにかく、グランひとりで行くってのは、なし。

 それだけは絶対。」


「諦めてくださいっす、グランさん。」


なだめるように笑うフィオーリ。

なんやろな。フィオーリのこと、ワタシ、ずっと子ども扱いしとったけど。

もしかしたら、そこまで子どもやないんかもしれんな。


「お師匠様。決してお邪魔にならないようにしますから、連れて行ってください。」


嬢ちゃんはお祈りをするように両手を組み合わせてワタシを見つめます。

いや、あかん。その目は眩しすぎるて。


「ええっ?邪魔やなんてそんなこと、思うわけないやん。」


「グランさんがおいらたちのこと心配して言ってるってのは、分かってるんっすよ。

 けど、おいらたちもグランさんのこと、心配なんっす。」


反対側から、フィオーリもダメ押しをします。

う。

やめて。そのきらきらお目目。眩しいねん、って。

うちのパーティの穢れを知らない代表二人に挟まれたら、穢れてばっかりのワタシはおろおろするだけです。


「分かりました。みんなしてそこまで言うんやったら、そうします。」


とうとう根負けしました。

いやいや。

ドワーフ根負けさせるなんて、どんだけ強者なんやろなあ、この人たち。

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