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翌朝、早々にワタシらは出発しました。
昨日小耳に挟んだ、最近ここいらで見かけられるようになったオークの集団、いうのが気になったからです。
嬢ちゃんは、一刻も早く、そのオークたちのところへ行きたいと言いました。
オークたちが人を襲う前に、できることがあるなら、なんでもしたいと。
ミールムはそれに一も二もなく賛成しました。
妖精さんいうんは、可愛らしい見た目をしてるけど、意外と勇敢なんかもしれません。
フィオーリは、ちょっと複雑そうな顔をしておりました。
故郷をオークに破壊されたフィオーリは、自分のような思いをする人たちを少しでも減らしたいと、聖女様の旅について行くことを決めたんです。
けど、それとは逆に、オークにはなるべく関わりたくない、関わらずに済ませたい、そういう気持ちも、どうしたって、持ってしまうんでしょう。
それは、無理もないことやと思います。
鉱山を出て、ここしばらくは、オークとは無縁の旅を続けてましたし、今さらまた、わざわざこちらからオークに関わりに行くなんて、可能であれば避けたいのかもしれません。
まあ、そういうわけにはいかんということも、分かってはいるんでしょうけど。
頭で考えた通りに心が動くんやったら、誰も苦労はせえへんよね。
シルワさんは、一番簡単です。
嬢ちゃんの言うことやったら、盲目的に、どんなことでも従う。
見事なまでに、それはいつもぶれません。
あの人に自分の意志っちゅうもんはあるのかと、ちょっと疑ったこともあるけどね。
従うと決めた、それを絶対に曲げないんが、あの人の意志なんやとしたら、その固さはなかなかなもんです。
最後にワタシはもちろん、娘ちゃんを探すんが旅の目的ですから、オークのところに行くことに否やはありません。
もう何年も探し続けて、もう何年も見つからなくて、それでも、諦めきれへん。
あの人は一生かけて娘ちゃんを探し続けて、結局、見つからんかったけど、それでも、最期のときにも諦めてへんかった。
きっと、見つかるはずや、と固く信じ続けてました。
そやから、ワタシもその意志を継ごうと決めたんです。
まあ、我ながら、ワタシもなかなかに、しつこい性質なんかもしれません。
因みに、シルワさんとアルエットさんは、結局、どうもならんかったみたいでした。
まあ小説やあるまいし、そうそう、うまいことはいくわけはありませんよね。
見送るアルエットさんは、ちょっと寂しそうやったけど。
シルワさんのほうは、けろっとして、あれはやっぱり、何も気づいてないんでしょう。
流石、国宝級の朴念仁や。
ところが、出発してしばらくしたところで、空は俄かに曇り、突然、雨がざんざか降り出しました。
通り雨のようですが、かなり凄い降りです。
羽の濡れたミールムは、別人のようにしょんぼりとしてしまいました。
羽が濡れると飛べないらしくて、とぼとぼと歩いています。
普段あまり歩かないので、歩くだけでもかなり辛いようです。
それで、すぐに、足が痛いとか、疲れたとか、泣き言を言い出しました。
いつも陽気なフィオーリも、雨が降り出した途端に黙り込みました。
そういえば、フィオーリの郷が襲われたんも、こんな土砂降りの雨の日だったそうです。
それ以来、酷い雨が降るたびに、そのときのことを思い出すんだと、前に言ってたことがあります。
そうでのうても、気乗りのせんところに、これではますます気は削がれるでしょう。
そぅっと顔を覗き込んでみたら、なんと、しくしくぽろぽろと泣き始めてました。
流石にこれは、まずいと思いました。
このまま強引に進み続けるわけにはいきません。
嬢ちゃんとシルワさんは、別段、普段と変わらない様子ですけど。
やっぱり、こんな雨に濡れるんは、体にいいことはありません。
大事な嬢ちゃんに風邪を引かせたくはないわ。
急がんでも、オークは逃げへん。
ということは、ないやろうけども。
もしかしたら、ちょっとでも早く行けば、ちょっとでも被害を減らせるかもしれへん。
もしかしたら、遅れたら娘ちゃんを見つけそこねるかもしれへん。
だとしても。
仲間の健康のほうが大事。
それは天秤にかけるまでもありません。
万全の状態でないときに、万が一、オークと戦闘、なんてことになったら、それこそ、目も当てられへんしね。
急がば回れ、言うやないですか。
ワタシはどこかで雨宿りできんかなあと考えました。
しかし、雨宿り、と一言言うた瞬間のフィオーリは面白かったです。
そっすね、と言うたかと思うと、突然駆け出してね。
まあ、ホビットさんの足のすばしっこさは、昔から有名ですけど。
あんときのフィオーリは、ホビット選手権に出したって、優勝できそうな速さでした。
すぐに適当な洞穴を見つけてきまして。
ワタシらはそこで雨宿りすることにしました。
こんな雨の降ってるときには、オークどもが徘徊しよることが、まま、あります。
洞穴の入り口は、小枝やら葉っぱやらで、カモフラージュしておきました。
空気の通り道だけ確認してから、ワタシは小さな焚火をこしらえました。
みんなずぶ濡れになった服は乾かさなあかんしな。
幸い、服もすぐに乾いたし、小さくても火の灯りを見てたら、みんなちょっとほっとしたようです。
昨日もらってきたマシュマロを、小枝に挿して焚火で炙って食べさせたら、フィオーリなんか、けろりと元気になりました。
みんな顔色もよくなってきたし、これなら病気にはかからなくてすみそうです。
人心地ついて、さて、これからどうするかな、と思っていたときでした。
ミールムが、はっとしたように言いました。
「オークが、来る。」
なんやろ、この子。
オークアンテナでもついてんのやろか。
妖精さんてのは、つくづく不思議な生き物です。
いやいや、そんなことに感心してる場合やありません。
ワタシらは一斉に緊張します。
こんな洞窟でオークに襲われたらひとたまりもありません。
ここは息を潜めて、やり過ごすのが吉でしょう。
ミールムは入り口に作った目隠しの隙間から、外を眺めていました。
ワタシもその横に並んで、外の様子を伺います。
仲間たちも、狭いところにぎゅうぎゅうと全員、寄せ集まってきました。
その目の前をオークたちが通りかかります。
ワタシたちは全員、息を詰めて、その様子を見守っておりました。
「ひの、ふの、みぃ・・・、ざっと見たところで、三十体、くらいでしょうか。
それほど大きな集団ではありませんね。」
シルワさんは声を潜めるようにして言いました。
森のなかで暮すエルフは、森の木々に紛れていても、よく目が利くと聞いたことがあります。
ワタシは手前のやつをじぃっとよく観察しておりました。
「布のボロさ加減から見たら、結構、長く生きてそうやね。
この雨やし、住処から出てきて、食べ物、探してるんやろな。」
「あの、こっちに気付いたり、とかいうことは、ないんっすかね?」
小さく震えながらフィオーリが尋ねました。
ワタシは安心させてあげられるように、精一杯、軽い口調で言いました。
「静かにしてたら、多分、大丈夫やで。
雨がかなり酷いおかげで、音も匂いも打ち消されてるからね。」
「ちっ、雨さえ降ってなけりゃ、あんなやつら一網打尽にしてやるのに。」
ミールムは舌打ちをしました。
妖精さんの剣呑な発言に、ちょっとびっくりします。
「お腹がおすきなら、なにか、食べさせてあげてはいかがでしょう?」
優しい嬢ちゃんは、そんなことを言い出しました。
けどそれは、ちょっと無理な相談です。
「今からご飯作るから、大人しいに待っててや、言うて、通じる相手やないからな。」
嬢ちゃんは多分、あの鉱山での宴の夜のことを思い出しているんでしょう。
確かに、あれは貴重な体験でした。
けど、あれは、前日、オークが全員、お腹を壊して寝込んでてくれたから、準備できたとも言えます。
あんな偶然は、なかなか、やろうと思ってできるものでもありません。
「流石に、今ここで料理を始めたら、オークに気づかれるんじゃないでしょうかね。」
シルワさんですら、やんわりとそう返しました。
「なんであんなやつらに、食事を作ってやらないといけないの?
オークなんだよ?」
ミールムは心底呆れたように言いました。
「おいら、気づかれて襲われるくらいなら、このまま静かに隠れていたいっす。」
フィオーリは遠慮がちにそう言いました。
もちろん、ワタシもそれに賛成です。
オークに対抗するにしても、いろいろと下調べして、ちゃんと準備を整えてからがいいと思います。
息を殺して様子を見守るワタシたちの前を、オークたちは、ふらりふらりと通り過ぎていきました。
恐ろしい時間は、静かに過ぎていきました。




