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蝶が連れて行ってくれたんは、村外れのあばら家でした。

・・・いや、他人様のお家をあばら家呼ばわりは失礼やった。

しかし、あばら家としか言いようのないくらい、ちょっと、くたびれたお家でした。


念のため、様子を伺おうと、周囲を一回りしてみます。

この辺は村の端っこやから、人通りはほとんどありません。

しっかし、見れば見るほど、ぼろ・・・もとい、よう使い込まれたお家でした。


ひと月くらいここにワタシが滞在してたら、見違えるくらいに綺麗にしてあげるんやけど。

家の修理かて、昔、兄さんたちと暮らしてたころにはしてたんやし。

けど、ワタシはさすらいの大工さんやないし。

仲間もいてるのに、自分の都合だけで、一か所に長居はできんしねえ・・・


ぐるっと周囲をひととおり見てから、戸口に向かおうとしたら、中からミールムが出てくるのが見えました。

あ。やっぱり、ここで正解やったんやね。

声をかけようとして、ちょっと躊躇いました。

ミールムはいつもの少し意地悪そうな表情はどこかに置いてきたみたいに、ちょっとしょんぼりして、不安そうにきょろきょろと見回しています。

ワタシらのこと心配しててくれたんやなと思いました。


もう一度ミールムがなかに入るのを待ってから、ワタシは扉を叩きました。

そしたらいきなり、ばん、と中から開けられたから、びっくりしたわ。

そこにいたのは、さっき入ったばっかりのミールムでした。


「えっ、ちょっ、おそかっ、・・・

 へっ、へぇ~、やっと、きたんだ。」


なんやろね。

あんたのその素直やないとこね。

妙に、自分にも身に覚えがあってな。

可愛いらし、思うてしまうわ。


しかし、いらんこと言うて、ガラスの心に傷をつけるわけにもいかんし、ここは黙っとくとこです。


ワタシはそそくさと中に入ると、家の中を見回しました。

うん。

外はともかく、中はそこそこ綺麗にしてはるやん。


ここの家主さんは、アルエットさんいうお嬢さんでした。

なんでも、昔、シルワさんが、オークから助けたお人なんやと。

シルワさんは、なんや、いろいろと事情もありそうやし、普通のエルフやないとは思うてましたけどね。

そんな、正義の味方、みたいなことしてたなんて、びっくりやな。


無事に合流もできたことやし、ここは早々においとまして、と思いましたんやけどな。

なんや、アルエットさんは、どこか名残惜しそうにシルワさんのこと見てはるやん。

あ、これ、シルワさんは全然気づいてへんけど、アルエットさんは、そうなんや。

ワタシな、こう見えて、いらんことにはよう、気づくんよ。


別に月下氷人気取るつもりはないけどな。

恋する若人のために一肌脱ぐくらいはしますやんか。

この口調のおかげで、厚かましいやつやという印象は、よう持たれてるしね。

この際やから、それ、有効活用してあげようやないの。


もっとも、うまくいくかどうかは知らへんで。

そこまでは、ワタシの管轄やないわ。

なにせ、相手はあのシルワさんやしな。

朴念仁がエルフの皮被って歩いてるようなお人を、どうこうできたら、まあ、びっくりやな。


それでも、ほんのちょっと、あともう少し・・・

叶うなんて、そもそも思うてなくても。

一緒にいられるだけで、それでええねん、て。

そういう気持ち、分からんこともないのよ。


シルワさんは、嬢ちゃんのこと、命の恩人や、言うて、心酔してもうてるけどな。

これも、ちょっと、恋愛感情、いうんとは違う感じやしな。

というより、シルワさんは、どこか、自分の心を他人には見せへん、そういうところがあるわな。

まあ、エルフさんなんてもんは、みんなどこか、ひねくれてて、ややこしいて、謎めいてるもんやから、しゃあないわな。


「もう、じき、日も暮れるし、今日はここに泊めてもろうたら?」


そう言うたら、シルワさんはびっくりしたように反対したけどな。

まあ、そら、厚かましいやろうて、ワタシもほんまは思うてますよ?

けどほら、やっぱり、アルエットさんは嬉しそうやんか。

それに、嬢ちゃんも、結構、疲れてるしな。

大丈夫やて気を張ってるけど、やっぱり若い娘さんや。

たまには、ちゃんと、屋根と壁のあるところで、寝かせてあげたいやんか。

嬢ちゃんのほかは、床だろうと外だろうとかまへんけどな。


アルエットさんが同意してくれたおかげで、ワタシらはそこに泊まれることになりました。

そういうことなら、せいぜい、恩返しはせんと。

幸い、調味料も食材も、たーっぷり仕入れてきたしな。

ひとり暮らしやったら、一人前の料理もそうそうあれこれは作らんもんやろ。

そのひょろっこい腕、一晩で、もうちょい、ぽっちゃりさせたろうやないか。


ついでやし、家の修理も、少しくらい、しときましょうか。

ホビットのフィオーリは、身も軽いし、手先も器用。

屋根、直すくらいは、晩飯前です。

ついでにミールムもつけといたら、カンペキやね。

お子様同志、わちゃわちゃ言いながら直したら、気も晴れるやろ。


ワタシの着いたとき、フィオーリもミールムも、なんや、いつもの元気がないようでした。

どうも、村に入ってすぐに、ここに来たみたいで。

昼ご飯は屋台で買い食いするやろうと思うてたんやけど。

それも食べ損ねたみたいでした。


やっぱ、あれやろね。

亜人種やとバレて、あわてて逃げた、とか。

ワタシにも、昔、覚えがあります。

そんなときには、いつも、あの人が庇ってくれました。


あの人は、凛として、強くて、ワタシを背に庇うて、何故かいつも逆光でした。

どんな顔してたかは知りません。

けど、あの背中見て、いつもほっとしたもんです。


ほんまは、細っこくて、華奢で、そんなに丈夫な性質でもなかったんやけどな。

仲間を守ろうとするとき、あの人は、誰より、強かった。

けど、ワタシは、あの人に守ってもらってばっかりなんが悔しくて。

それでも、剣術も魔術も、さっぱりでしたから。

ない知恵絞って、知恵熱出して、なんとか処世術を身につけたんです。

まあそれも、聖女様の前では、胸張って言えることやない、薄汚れた術ですけどね。


うちの仲間のことは、多分、アルエットさんが助けてくれたんでしょう。

なら、なおのこと、恩返しせんと、です。

うちのシルワさんでええんやったら、熨斗つけて差し上げたいくらいやけど。

まあ、こればっかりは、ワタシの一存では、なんとも、ねえ?


嬢ちゃんに手伝ってもらって、今夜のご馳走を作ります。

しっかし、この嬢ちゃんの不器用さは、そこそこ国宝級やね。

まず、危のうて、刃物は持たせられません。

パン生地、捏ねさせたら、粉々になって飛んで行ってしまうし。

材料混ぜてたら、こぼすほうが多いくらい。


けど、水汲みとか、薪割りとか、力仕事には大活躍です。

たとえ、こぼす水が多くても、何回でも嫌な顔せんと水汲みに行くし。

薪なんて、粉々になっても、かえってよう燃えて助かります。


それから、あとは、大鍋をかき混ぜる。

これも、延々、延々、倦みもせずに、ひたすら、黙々と、やりますから。

ときどき、ばきっ、と不穏な音もさせますけど、それもまたご愛敬。

おたまの予備やったら、暇なときに、なんぼでも作ってあるし。

おかげさんで、ワタシ、すっかりおたま作りが上手になってしまいました。

サイズ違い、素材違い、なんでもござれです。


火の番も、嬢ちゃんのお得意です。

とにかく、じーーーっと見てるんです。

もう、ええよ、言うまで、じーーーっと、じーーーっと。

顔、熱くないんかと心配になりますけど。

なんというか、我慢強いというか、真面目というか。


嬢ちゃんのそういういろんなとこ見てると、偉いなあて感心したり、可愛らしなあて思うてみたり、いや、ときには、びっくりするようなこともあるけど、そうやなあ、たとえ、困らされるようなこと、仕出かしても、怒る気にはなりません。

怪我せんかとか、心配にはなるけど、そういうときには、そんな危ないことさせた自分に腹は立つけど、嬢ちゃんにだけは、腹も立たんし、ただただ、可愛いと思うばっかりなんです。


不思議やねえ。

なんやろう。

誰かのことこんなふうに思うんは、初めてや。


ワタシ、別に聖人君子やないし、人並みに、人に対して腹を立てることもあります。

八つ当たりもするし、意地悪もするし、そないできたドワーフやないのんは、自分が一番よう、知ってます。

けど、嬢ちゃんに対するときだけは、ワタシ、ものすごい、よう出来た人、みたいなんになれるんです。

いや、無理して必死こいて、嬢ちゃんに、よう出来た人やと思われるように、頑張ってしまうんです。


その晩はそこそこ盛り上がって、みんなそのまま雑魚寝になりました。

火の番もいらんし、ワタシも久しぶりにゆっくり寝かせてもらいました。

夜中、目が覚めたときに、こっそり、嬢ちゃんはアルエットさんのベットに運んだけど。

アルエットさんのほうは、ワタシが運ぶのもはばかられましたしね。

とりあえず、シルワさんの隣で幸せそうに眠ってはったから、そのままにしておきました。




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