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嬢ちゃんは、申し訳なさそうにしょんぼりと下を向いていました。
ここはなんか、慰めることでも言うてあげるのがええのかもしれんけど。
さて、なにを言うたもんかなあ・・・
嬢ちゃんの顔をこっそり見上げるように覗き込みます。
うん。やっぱべっぴんさんや。
あの人も、娘ちゃんも、綺麗な人やったけど。
ワタシは、この嬢ちゃんの可愛らしさは、別格やと思いますね。
「あの、お買い物の続きがあるのですよね?
もう大丈夫ですから、そろそろ参りましょう。」
嬢ちゃんは深呼吸をひとつすると、立ち上がりました。
「無理せんでええよ?」
ワタシは、なんとなくそれが残念で、思わずそう言うてました。
はて。
しかし、残念とはなんやろ?
そうやな。
もう少し、この嬢ちゃんの顔、見てたかったんかもしれません。
「そうそう、軍資金にするのに、ちょっと売れるもん、用意するから。
もうちょっとだけ待って。」
引き伸ばす言い訳をしながら、ワタシは自分の背負い袋から石ころをふたつ取り出しました。
「それは?」
「拾ってきたんよ。綺麗な色やろ?」
綺麗な石を見ると拾いたくなるんは、ドワーフの性やろうね。
「これを、こうして・・・」
ウエストポーチから小さなノミと木槌を取り出すと、地面に置いて、石ころにちょいちょいと細工を入れます。
慣れた作業やから、下絵もなしに、ちょちょいのちょいで完成や。
石に入れたのは、古代文字の紋章。
まあ、簡単に言うと、恋愛成就のお守りやね。
「こういうのはお揃いで二個あったほうが、よう売れるねん。」
ワタシは神様やないし、効果のほどは分からんけど、不思議と、こういうの好きな人は多いね。
もう一個、お揃いなのを作ると、顔料を炙って溶かして、紋章のなかに流し込みます。
「さて、あとはちょっと磨いて。」
布できゅっきゅっと磨いて、ぶら下げられるように紐をつけたら、あっという間にお守りふたつ完成。
「ふっふっふ。どや!
材料費はなんとゼロ!
なのに、これがまた、結構高値で売れるんや。」
ほくほくしながら、即席のお守りを見せびらかすように日にかざします。
光沢のある石がお日様の光をはじいて、きらーん、と光りました。
「まあ、素敵ですぅ。」
あれ?
嬢ちゃんの目が、なんや、きらきらしてる?
「こんなん、インチキやで?」
自分で作っておいてそんなこと言うんも、なんやけど。
「気に入ったんやったら、あげようか?」
何気にそう言うたら、うんうんて何度も頷くから、しゃあないなあ、と手渡しました。
「こんなんなんぼでも作れるから、なんなら、もうちょっといい石、手に入ってからでも作るけど。」
こんな鉱山の屑石のなかから拾ったんやのうて。
もうちょっとちゃんとした石で作ったんを、どうせやったらあげたいけどなあ。
「これが、いいです。」
あら、そう?
がっちりと抱え込んだんを取り返すのもなんやし。
「ほな、どうぞ。」
そう言うと、嬢ちゃんはにっこりして、いそいそとひとつを自分のリュックにつけました。
「あの、こっちはお師匠様に・・・」
「あ、こっちは返品?」
ひとつ手渡してくるから、一個だけでよかったんかと思ったら、嬢ちゃんはちょっとばかし、むぅと口を尖らせました。
「違います。お師匠様につけていただきたいです。」
「ワタシ?
いや、ワタシはべつに・・・」
それ、インチキやし。
それに、今さら、恋愛成就いう柄でもないし。
「どうせつけるんやったら、家内安全、商売繁盛、無病息災、腹八分目・・・」
嬢ちゃんは、もう一度、むぅ、と言うと、強引にワタシの背負い袋にそれを取り付けました。
「うん。いい感じ、です。」
石飾りを二つ並べて悦に入ったはる。
うーん、なんやろね。
小さい娘とかのパパさんかなんかになった気分やね。
可愛いというか照れくさいというか。
いやワタシ、妻も子もおりませんけどね。
「さてと。
休憩もできたし、そろそろ行こか。」
腰を上げたら、嬢ちゃんも、はい、と一緒に立ち上がりました。
あちこちの屋台をひやかしながら歩いていきます。
もちろん、ワタシはすっぽりフードを被って、子どものフリです。
嬢ちゃんも今度はちょっとはわけが分かって、お姉ちゃんと言われてもびっくりしません。
神官さんは嘘ついたらあかんのやろうけど、はいともいいえとも言わずに、にこにこしててくれたら、それでええんよ。
後は、ワタシがなんとかするからな。
歩くついでにいろんな情報も小耳に挟んでいきます。
買い物ついでに、ちょこちょこと尋ねたりもします。
まあ、この辺りは、長いこと旅してるし、慣れたもんやからね。
この村はどうやら新興の村らしくて、できてからまだ十年も経ってないようでした。
街道沿いやのに、それほど大きな村でないのは、そのせいでしょう。
活気はあるけど、あちこち、至れり尽くせりとはいかへん、まあ、若い村です。
道を歩いてるのも、年寄りは少なくて若い者が多い。
走り回ってる子どもも、まあまあ多いしね。
住人全員顔見知りでもおかしくはないくらいの、規模の小さい村やけど、移り住んでくる人も多いのか、見知らぬ相手にもそう警戒はせえへん。
そんな感じでした。
子ども連れで移り住む人も多いのか、ワタシは、どこの子だとよく尋ねられました。
そのたんびに適当なことを答えましたけど、ワタシの背やと、十かそこらの子どもに見えるやろうから、まともに受け答えしなくてもそんなに嘘はばれません。
それどころか、小さいのに偉いねえ、と褒められて、おまけやらお菓子やら、ぎょうさんもらうことになりました。
お菓子買わへんで、って嬢ちゃんには念押ししたけどな。
まあ、ようけもらえてよかったって、思とこか。
ただ、ここの人は、亜人種に対しては、あんまり友好的やなさそうでした。
なんでも、最近、この村の近くに、オークの集団が出没するようになったみたいで。
亜人種とオークとは、そもそも全然違うんやけど、ごっちゃになってる人間は、結構多いもんです。
亜人種は数が少ないからね。
直接見たことのある人間も、そんなにはおらんのやろうね。
それに、亜人種のほうかて、人間のことはなんとのう毛嫌いしとって、割と、自分らは自分らだけでまとまって暮してることが多い。
大きな街なら、ときどき、亜人種も人間に混ざって暮らしてるけど、こんな新興の村には、そもそも、寄り付きません。
よう知らんもんを敬遠するのは、人間も亜人種も一緒です。
それにしても、やっぱり、ドワーフやということをばらさんかったのは正解でした。
しかし、このくらいの嘘はワタシは方便やと思うんやけど、聖女様には刺激が強すぎたかもしれん。
うっかり本当のことを言うてしもたら厄介やな、とちょっと思うてたけど、案外、嬢ちゃんは余計なことは言わなくて、それは助かりました。
まあ、これでワタシに愛想をつかしてくれるんなら、それはそれでしゃあないと思ってたんやけどね。
おつかいやと言いつつ、必要なものもだいたい買いそろえました。
お酒を買うときには、ちょっとばかし妙な顔されたけど、お父さんの!と言い張って押し切りました。
内緒のプレゼントなんですて、妙な作り話までしてな。
いや、あのときだけは、嬢ちゃんが余計なこと言うんやないかとひやひやしたよ。
一通り、買い物が終わった頃、なにやら、ひらひらと奇妙なちょうちょがついてきているのに気づきました。
「あれ、この蝶、魔法かかっとるわ。」
わたしは足を止めると嬢ちゃんを振り返りました。
「嬢ちゃん、ちょっと、人差し指、立てたって。」
「はい?」
嬢ちゃんは首を傾げながら、ワタシの言う通りに指を立てました。
魔法の蝶は、嬢ちゃんの指の上にはらりと舞い降ります。
うん。なかなか絵になるやないの。
「こんなことすんのは、シルワさんかねえ。」
はぐれてしもたし、連絡のつもりでしょう。
「ぼちぼち合流せなあかんとこやし、とりあえず、この蝶について行ってみよか。」
ワタシは嬢ちゃんを促すと、蝶に案内されて行くことにしました。