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オークの鉱山に娘ちゃんはいませんでした。
もうそろそろ次へ行くかな、と思いよったころに、ひとり、ホビットの子どもが連れてこられまして。
なんか、その子のことが気になって、ついつい長居してたら、妙なエルフまで増えてしもて。
亜人種がこんな三人も集まるなんて、滅多にないことやと思てたら、なんと、聖女様まで来てしもた。
なんやかんやで四人一緒に鉱山を出て、森のなかでさんざん迷うて、そしたら、妖精さんまで現れて。
いつの間にやら、五人パーティの大所帯。
こんなににぎやかなのは久しぶりやと思いながらも、不思議と居心地がええのんは、元々、ワタシは人の多いのんが好きなんかもしれへん。
なにせこう見えて、八人兄弟の末っ子ですねん、ワタシ。
聖女様のおかげで食材にも不自由せんかったし、毎日大量にご飯作ってたら、ちょっと昔のことも思い出して。
これはこれで悪くないなあと思いながら、旅を続けておりました。
それにしても、聖女様、うちの嬢ちゃんは、よく転ぶお人で。
森に引き留められとったっちゅうのもあったけど、それにしても、森から出てもよう転ぶんや。
何もないところで転ぶのはヒロインの素質や、て、昔、あの人が言うとったけど。
それにしても、あんまり転ぶと怪我をしますから。
嬢ちゃんは、神官さんで、怪我しても自分で治せるんですけど。
しょっちゅう呪文を間違えては、異界から妙なもん召喚したり、世界の不文律歪めたりするもんやから。
あんまり危ない、言うて、治癒魔法は聖水を使ってもらってました。
なんでも、故郷におったころから、お父さんにも、そうしなさいって、言われてたらしいです。
ところが、森んなかで迷いまくったもんやから、その聖水を切らしてもうて。
ワタシらのなかで唯一、治癒魔法の使えるエルフのシルワさんが、それ聞いて張り切りまして。
ここぞとばかりに、治癒魔法、使いまくりました。
けど、シルワさんて、体力ないやんか。
魔力不足でいちいち貧血起こして倒れるもんやから、こら、どっちが治療してんのか分からんわ、てなことになりまして。
ほんま、なんやかんやで、道はいっこも進まへんかったんです。
他人と一緒やと、こういうことは、まあ、多いね。
人の多いのは楽しいことや助かることもあるけど、足を引っ張られるということも、時にはあります。
けど、それもまた、パーティで旅する醍醐味、言いましょうか。
それコミでも、ワタシはこの人たちと旅をしてるのが楽しかった。
あの人と別れてから、ずーーっとひとりやったから。
久しぶりに仲間といるんをもうちょっと堪能したかったんかな。
まあ、急ぐ旅やないし。
季節も、暑くも寒くもない、ちょうどいい頃やし。
ぼちぼちいこかということや。
森を出てからは、野営をするときには、オーク避けにでっかい焚火を炊きまして。
夜な夜なその周りで雑魚寝してたら、ちょっとばっかし、のすたるじー、いうのかな。
そういうのも感じますわな。
ここに酒のひとつもあったらええねんけどなあ。
よし、次の市場に着いたら、そこでは絶対、酒、仕入れてこよ。
なんてなことを、決意してから、ふと、隣の嬢ちゃんを見てて、気づきました。
「ちょっと、嬢ちゃん、あんた、その靴、脱いでみ?」
「え?靴、ですか?」
嬢ちゃんはちょっと怪訝そうにこっちを見ました。
「グラン?こんな場所で婦女子に脱げというのは、いかがなものかと・・・」
例によってエルフさんは妙なこと言い出したけど。
「なに言うてんねん、あほらし。
ええから、ちょっとこっちおいで。」
ワタシは片方の膝の上に嬢ちゃんを座らせると、その足から靴をむしり取りました。
「ああ、やっぱり。
かかとのこっちがすり減って、バランス崩してんのや。」
嬢ちゃんの靴は、旅には不向きな木靴で、かなり長い間履いているのか、あちこりすり減ってました。
左右並べて、矯めつ眇めつしながら、少しずつ、ナイフで削って、バランスを直していきます。
「これ、かなり使い込んであるけど、やっぱ、思い入れ、とかあるのん?」
膝の上の嬢ちゃんを見上げると、嬢ちゃんは、ちょっと困ったようにうなずきました。
「これは・・・故郷で親しくしていたおばあさまからいただいたもので・・・」
靴のこと悪く言われるのは悲しいんやろな。
そういうつもりはないんや、とワタシは笑ってみせました。
「なるほどなあ。
作りも丁寧やし、物としては悪くないけど、しかし、やっぱり、少しずつは傷むしなあ。
それに、この先ずっと旅するんやったら、もう少し柔らかくて軽い靴にしたほうが、ええかもしれんなあ。」
「柔らかくて、軽い靴、ですか?」
「そうそう。」
「ちょ、ちょ、ちょ、・・・」
なんやさっきから変な動物みたいな鳴き声がするなあと思うてたら、エルフさんがこっちを指さして赤くなったり青くなったりしてました。
「シルワさん?どないしました?」
「ど、ないも、こない、も!
っせ、っせ、聖女様をっ!っひ、膝にぃっ?」
ひきつけを起こしそうな顔で怒ってるのを見て、ああ、とようやく気づきました。
「けど、立ったまま靴脱がせたら、危ないやん?」
「っそ、っそ、そういう問題ではなくて、ですねえ?」
「ああ、はいはい。」
まあ、言いたいことは分からんこともないです。
しゃあないから、よっこいしょ、と嬢ちゃんを両脇のところで抱えてきょろきょろしました。
嬢ちゃんはワタシより背があるから、抱えるというより、持ち上げる、ですけど。
嬢ちゃんは、大人しく持ち上げられてます。
さて。どこか、座らせるとこ、ないかいな・・・
「ひぃっ、聖女様をっ?どうなさるおつもりですかっ!」
「どうなさるもなんも・・・どこか置いとくとこないかいなて。」
「置いとく、って・・・」
いちいちうるさいやっちゃ。
「あの、お師匠さま、わたくし、立っておりますわ。」
気を遣いだした嬢ちゃんがそんなことを言いました。
まあ、こんな格好でうろうろされんのも、かなわんわな。
「けど、靴なしで立ってたら足怪我するやろ。」
「っこ、こちらへ。聖女様。こちらへ。」
シルワさんは自分のマントを脱ぐと、草の上に広げて置きました。
「ああ、それ、助かるわ。」
「いいえ、そんな、マントが汚れてしまいます。」
嬢ちゃんは遠慮するけど。
「構いません!聖女様に座っていただけるなら、このマントも、マントに生まれてきてよかったと思っているはずです。」
いや、持ち主さん、こう言うてはるし。
ワタシは遠慮なく、嬢ちゃんをマントの上に置かせてもらいました。
「・・・申し訳ありません、シルワさん。」
嬢ちゃんは恐縮して頭を下げます。
ほんま、礼儀のなったええお子や。
シルワさんはなんや感動したみたいに両手をもみ絞り、ほっぺたを赤くして、首を振りました。
「いいえいいえ。座っていただいて有難うございます。」
・・・まあ、喜んでるみたいやし、ええやろ。
ワタシは落ち着いて靴の調整に戻りました。
その靴はほんま丁寧な仕上げで、足に当たるところとか、つるっつるに磨き上げてあって、ちょっとした工芸品でも通用しそうな、感動するくらいにええ品物でした。
けど、置物にしとくわけでもないし、日常生活くらいならともかく、長距離を歩くには辛そうです。
「嬢ちゃん、ちょっとリュック、見せてんか。」
嬢ちゃんのリュックには魔法がかかっていて、入れても入れてもまだ入る、すごいリュックです。
ただ、重さのほうは持ち運べんくらいに重たくなるんですけど。
うちの嬢ちゃんは、これを軽々と持ち運ぶから、やっぱり只者やありません。
嬢ちゃんのリュックには、食材にした後の獣の皮をなめして入れてありました。
せっかくもらった命ですから、隅から隅まで使い倒さなあきません。
その皮を嬢ちゃんの足に当てて型を取ると、しょいしょいと切っていきました。
昔、兄さんたちの靴もこうやって作ってましたから、結構、手慣れたもんです。
「こんなもんかな。」
「それ、どうなさるんですか?」
嬢ちゃんは不思議そうにワタシのすることを見ていました。
「小人の靴屋さん、て、聞いたことない?」
「あれは、どっちかというと、フェアリー族なのでは?」
横から余計な口出しをするエルフさんは、この際、置いておきましょう。
「まあ、ええから。
明日の朝を楽しみにして、今日はもう早よ、寝なさい。」
ワタシは一応、バランスを直した木靴を嬢ちゃんにはかせると、さっさと寝ろと手を振りました。
「あの、お師匠さまは、まだお休みにならないんですか?」
「お休みになりませんよ。
ここからは、オトナの時間や。
ええから、お子様ははよおやすみ。」
もっぺん手を振ったら、嬢ちゃんは少しばかり口をとんがらかして、けど、素直に横になりました。
「ええ子や。
ようおやすみ。」
よしよし、と頭を撫でてあげたら、とんがってた口がにこっとして、みっつ数えんうちに、すやすや寝息を立てだしました。
ほんま、感動するくらい、寝つきのええお人や。
「グランはまだ寝ないのですか?」
シルワさんはちょっと眠そうな声を出して、尋ねました。
フィオーリとミールムもさっきまでごちょごちょと喧嘩してたのに、いつの間にか寝息を立てています。
なんやこの二人見てると、小さい子どもが二人いるみたいで面白いよね。
「ワタシはもうちょっとしてから寝るわ。
火の番もあるしな。」
「なら、先に寝かせていただいて、後でわたしが代わりましょう。」
「それは助かるわ、シルワさん。」
あれこれと問題の多いエルフさんやけど、こういうところ、ちゃんと一人前のこと言いはります。
「あまり無理はなさらないでくださいね。」
「大丈夫や。あんたよりは体力あるし。」
「年寄りの冷や水という言葉もありますからね。」
「年寄り、言われる年とちゃいますわ。」
「若いと思っているのは自分だけかもしれませんよ?」
ふっふっふ。
互いに浮かべる冷たい笑い。
前言撤回。
シルワさんもわたしも、まだまだ一人前やないかも。
「あはははは!」
突然、けたたましい笑い声が聞こえて、シルワさんもわたしもぎょっとしました。
どうやら、嬢ちゃんが寝言で笑ったようでした。
「うわ、びっくりした。」
「ふふふ、なにか、いい夢を見ておいでなのですかね?」
シルワさんが嬢ちゃんを見つめて微笑みます。
そんな優しい顔もできるんやんか。
ワタシにはかけらも見せへんけど。
「聖女様のおかげで、つまらない諍いも止まりましたね。」
「流石、聖女様やな。」
そこは文句なく同感やった。
翌朝。
夜なべして作った靴を嬢ちゃんに履かせると、あつらえたみたいにぴったりでした。
まあ、あつらえたんですけど。
「すごい!
お師匠様、歩きやすいです。」
嬢ちゃんは喜んでぴょんぴょん飛び跳ねる。
あかん。なんや、その素直さは!
寝不足の目には眩しすぎるわ。
ほな、おやすみ、というわけにもいかんから、その日は一日、眠たいの我慢して歩きました。
けど、嬢ちゃんは転ばなくなったから、まあ、よしとしよか。
木靴は大事にリュックに入れておきます。
たくさん入るリュックって、ほんま、便利やねえ。
嬢ちゃんが転ばんようになって、道も少しは進むようになりました。
治癒魔法の出番の減ったシルワさんはちょっと残念そうやったけど。
けど、シルワさんの倒れる回数も減ったから、そっちもそれでよかったやんか。
その日は夕方までに街道に辿り着いて、そこで野営。
街道沿いは水場も近くて、野営も楽ちん。
昨夜寝不足のワタシは、お先に寝かせてもらいます。
今夜はシルワさんが、長めに火の番を引き受けてくれました。
ほんでもって翌日。
街道沿いに歩いて、ワタシらはとうとう、人間の村に辿り着きました。