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ぐったりと焚火の横で座って、ワタシはブローチを眺めていました。
石に刻んであった紋章は、綺麗に消えていました。
さっき、ミールムは、紋章を解放するて言うてたけど。
解放されたから、消えてしまったのかもしれません。
その辺、ミールムに聞いたら分かるのかもしれませんが。
ミールムは、久々に重たい魔法を使って疲れたと言って、さっさと先に寝てしまっていました。
ワタシも疲れているはずなのに、何故だか眠れませんでした。
火の番は今夜はシルワさんが引き受けてくれました。
今日は大変な一日だったのだから、ゆっくり休むようにと言ってもらったのに、泥のように重たいからだに、眠気はちっとも来てくれませんでした。
紋章が消えてしまったから、もう娘ちゃんとは会われへんのやろうな。
そんなことを考えて、ワタシはため息を吐きました。
あれは、たった一度きり、それきりの魔法だったのでしょう。
言いようのない寂しさが、胸の中に迫ります。
娘ちゃんとはもうずっと前に別れたきり、ずっと会ってなかったけど。
もうこれで、ホンマに会われへんのや、と思うと、からだの力が抜けてしまうようでした。
けど、まだ、あのオークは生きてるやんな。
ふとそれを思い出しました。
あの、オークに襲われたとき。
落ちていた布を、ワタシはこっそり調べていました。
そこに、ワタシのつけていた糸玉の印はありませんでした。
オークになって生き続けるなんて、決して幸せなことではないのは分かってるけど。
それでも、オークになってでも、生きていてほしいと思ってしまう。
そんな気持ちを、辛いなあ、とぼんやり考えていました。
久しぶりに昔馴染みに会ったせいか、少し、自分が子どもに戻ってしまっているような気もしました。
両足を投げ出して座るなんて、いつ以来やろ。
けれど今は、こんなふうに座っているのが、不思議に気持ちを楽にしてくれました。
こんなふうに、どうしようもないことを考え続けているのも、子どもじみてるけど。
それでも、考えずにはいられませんでした。
「グランさん、おいら、さっきからずっと、気になってたんっすけどね?」
ワタシの隣に腰を下ろして、フィオーリが話しかけてきました。
「グラニティスって、誰っすか?」
「え?
あんた、それ分からんかったら、さっきの話し、ほとんど分からんかったんと違う?」
思わず素に戻って聞き返してました。
フィオーリは、うーん、とちょっと首を傾げてから、にこっと返しました。
「やっぱ、グランさんのことっすよね?」
「それは、そうやろ。」
ワタシはからだじゅうから脱力する気分で続けました。
「ワタシの親がワタシにつけた名前は、グラニティス、いうねん。」
「確かそれって、なんか、石の名前、っすよね?」
「花崗岩。固くて綺麗で立派な石や。」
ちなみに、うちのきょうだいは全員、石の名前をつけられているんです。
「グランってのは、どんぐりでしょ?」
そっちは知っていたのかフィオーリのほうから言いました。
「音は似てるようですけど、意味は全然違うんっすね?」
「・・・あの人が、昔、一緒に旅してた人が、ワタシをそう呼んだんや。
なんぼ、違う、言うても、やめてくれへんかった。
いつの間にか、もう、面倒になって、自分でもグランて名乗ってた。」
ワタシはちょっと苦笑しました。
「今はな、ワタシも、自分は、グラニティス、いうより、グランかなあ、て。
慣れっちゅうのは恐ろしいもんやね。」
「お師匠様?」
そう呼びながら嬢ちゃんは反対側の隣に座りました。
「もうそろそろ、その呼び方、やめてもらえんかな?
さっき、娘ちゃんも言うてたやろ?
ワタシは、へそ曲がりのあまのじゃくで、子どもみたいなもんや、て。
そもそも、お師匠様とかいう柄やないねん。」
「子どもみたいに意地っ張りで、へそ曲がりのあまのじゃく、ですよね?
あ。あと、一丁前に偉そうな口をきくけれど、本当は情に脆い、寂しがり屋、でしたっけ。」
ご丁寧に訂正しながら、シルワさんが現れました。
「・・・あんたの記憶力がええのんは、よう、分かった。
けど、いちいちそこ、つっこまんかてええから。」
ワタシはため息を吐きました。
「とりあえず、嬢ちゃんも、みんなみたいに、グランにしといて。」
でも、と言いかけて、少し考えてから、嬢ちゃんは、分かりました、と素直に頷きました。
「では、グラン様、とお呼びします。」
「様、いらんから。なんか、偉そうやし。」
「もしかして、グランちゃん、というのがよろしいのでしょうか?」
真面目な顔をしてそう尋ねる嬢ちゃんに、シルワさんとフィオーリがぶっとふきだしました。
「・・・ちゃん付けはなあ・・・いや、もう、普通にグランで。」
「では、グランさんとお呼びします。」
「妥当なとこっすね。」
いいところに落ち着いてくれてよかったと思いました。
「それはそうと、お師匠様!!」
いや、あの、今あんた、グランさんにする、言わんかったっけ?
・・・どうしてワタシの周りはこう、ワタシのことを好きなように呼ぶ人ばっかりなんでしょう・・・
もう、つっこむ気力もなかったんで、なに?と返します。
「明日の朝ご飯、なににいたしましょう?」
「あー・・・そういや、調味料、ないねんな。
前の街に引き返して、また仕入れてくるか・・・
しっかし、またあれだけの量を買うとなるとなあ・・・」
ワタシはポーチを確かめました。
「うーん、お金もないし。
けど、お守りは作ったらあかんて、ミールムに叱られたし・・・」
なんか売るもんないかな、と思って、ふと、嬢ちゃんの足を見て思いつきました。
「ああ、皮、まだあったな。
鞄でも作るか。」
また今夜も夜なべやなあ。
「そんなものも作れるんっすか、グランさん?すごいっすね。」
ワタシは大したことないと思うんですけど、こんなふうに言われると悪い気はしません。
そう?と聞き返すと、フィオーリは、はい、と頷いて、嬉しそうに付け加えました。
「あの、ビーム装置もすごかったし。
グランさんって、なんか、匠、みたいっすね?」
その台詞で思い出しました。
「ああ、そや、あんた、なんやのん、あの、グランビーム、ってのは?」
「ああ!
気づいてくれてたんっすね?
どうっすか?格好いいでしょう?
命名は、おいらっす!」
格好をつけて親指で自分を指さすのを見て、ワタシは深いため息が出てきました。
「・・・恥かしいから、やめてくれる?
なんや、必殺技に自分の名前つけてるみたいやんか。」
「え?つけませんか?」
「・・・どうしてもつけたかったら、フィオーリビームにしたら?」
「それは、言いにくいから却下っす。」
いいじゃないっすか、グランビーム・・・とフィオーリは不満そうにぶつぶつ言い続けました。
いやあれやろね、これは。
またきっと、グランビーム!言うて、やるんやろね、あれ。
「なんでこんな頑固者ばかり集まってんのかね、ワタシの周りには。」
「類は友を呼び集めますからね?」
「それを言うなら、類は友を呼ぶ!
呼び集めてへんし、別に。」
シルワさんって、賢いのかアホなんか、イマイチよう分かりません。
何故だか、その後も、三人は次々にいろんなことをワタシに話しかけてきました。
大したことやないんやけど、それにいちいち答えていたら、いつの間にかその夜は疲れて寝てしまいました。
ああ、そうか。
ワタシが、なんや元気なかったから、みんな心配してくれてたんや。
後になって、そう気づきました。
いい仲間と出会えてよかったな。
その夜の夢で、あの人と娘ちゃんに両方からそう言われました。
ワタシは、久しぶりにふたり揃っているところを見られて、嬉しくて、ただ、嬉しくて、涙が止まりませんでした。
長々とおつきあいいただき、本当に有難うございました。
あなたにも、なにかよいことが訪れますように。




