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娘ちゃんは少しの間ワタシのことをじっと見つめてから、心を決めたように話し始めました。


「うちのダンナさんのお父さんは、隣の荘園の領主やった。

 それは知ってるやろ?」


ワタシは頷きます。

その荘園は近隣の街や村からの評判はあまり芳しくなかったようです。

ただ、詳しいことはよく知りません。

人間同士の争い事に、余計な首はつっこみたくはありませんから。

けど、あの人は、そのことをずっと心配してました。


「領主はな、近隣の街や村を力づくで従わせるためにな、戦を仕掛けようとしててん。」


ワタシは思わず息を呑みました。


「戦?

 戦、て。

 まさか、正気か?」


「・・・やはり。そうでしたか。」


隣で話しを聞いていたシルワさんは、重々しい唸り声を漏らしました。

恐らく多分、その場にいた全員が、同じことを思っていたと思います。

重苦しい空気が、その場を支配しました。


ええ、そうです。

ワタシもね、そうやないかと思ったことが、なかったわけやありません。

村ひとつ、一斉にオークになるなんて。

よっぽどのことやもの。


けどな。

よもやまさか、そんな愚かしいことをする人間が実際におったとは。

やっぱり、考えられへんかったんよ。


この世界、人を殺せばオークになります。

たとえ殺さずとも、多くの人を苦しめれば、オークになります。

それが、この世界のきまりです。

大精霊が姿を消したそのときから、この世界にはオークになる呪いが蔓延しました。

それは、例外を認めない、温情もない、酷く冷たい世界の法則です。

けれどその呪いは、長い歴史の間、大勢の人を苦しめたこの世の悪をひとつ、消し去りました。

この世界から、戦は一切、なくなったのです。


「村人全員、スキやらクワやら持って、領主の屋敷に集合させられてな。

 これは戦やないて、領主は言うたの。

 ほら、スキもクワも、農具やもの、武器やないやん。

 武器を持ってへんから、これは戦やないって。

 お互いのハッテンテキミライのための話し合いをするのや、て。

  けど、その場の雰囲気は、戦の前の物々しさそのものやった。

  街の代表を無理やり拘束して、力づくで言うことを聞かせる気まんまん、やった。」


娘ちゃんは淡々と語り続けました。


「荘園の住人たちは、周囲の街や村のことをあんまりよくは言わんかった。

 そやから、その場に喜んで参加した人も、それなりにおった。

 内心では行きたなかった人も、おったかもしれんけど。

 誰一人、例外は許されへんかった。

 男も女も。年寄りも子どもも。

 小さい子の手を引いてる人もおった。

 杖をついてるお年寄りもおった。

 赤ん坊を負ぶった人もおった。

 具合悪そうに咳をしてる人も。

 お腹の大きい女の人もおった。」


そこまで話してから、娘ちゃんは、なにか酷く恐ろしいことを思い出したように、かたかたとからだを震わせ始めました。


「領主は集めた人たちを前に、檄を飛ばした。

 それにみんな、スキやクワを振り上げて応えた。

 そのときやった。」


ごくり、と娘ちゃんが息を呑みました。

ワタシたちもみな、全員、息を呑みました。


「あっ、という間やった。

 こんなに簡単に、人はオークになるんかと思うた。

 そして、オークになったその瞬間に、溶けて崩れるように、みんな姿を消した。

 何十人とおった人たち、みんな一斉に。」


昼間の陽射しのあるときに、一瞬でオークになってしまったというなら、おそらく、布でからだを守ることすら不可能だったのでしょう。

オークは光に当たると溶けてしまう。

そのことを、知らない人はとても多いんです。

実際、ワタシもずっと知りませんでした。


誰知らず、悲し気な声を漏らしました。

ずずっと鼻をすすった人もいました。

ただ、ワタシは、涙もため息も一切出てきませんでした。

ただ、食い入るように、娘ちゃんの話しを聞いていました。


「檄に応えた者は、たとえ年寄りでも、子どもでも、助からんかった。

 親の真似して、わけも分からず、手を挙げただけの子どもまで、みんな消えてしもうた。

 助かったのは、言葉の分からんような幼子だけやった。」


嬢ちゃんの口から嗚咽が漏れます。

フィオーリも両手を握り締めてぽろぽろぽろぽろ涙を零していました。


「・・・シルワさん、嬢ちゃんとフィオーリを、ちょっとむこうで休ませたってくれへんか?」


見かねてワタシはそう頼みました。

ホンマは、ワタシがふたりの世話をしてあげたいけど。

娘ちゃんの話しをここで中断してしまうわけにはいきません。

けど、心の柔らかいふたりが、こんな惨い話を、全部聞く必要はないと思いました。


シルワさんは、そっとふたりを連れて行こうとしました。

けれども、ふたりとも気丈にそれを断りました。

嬢ちゃんは涙をいっぱいためた目をこっちにむけて言いました。


「わたくしも、ちゃんとお話しを伺いたいです。

 お願いします、お師匠様。」


お願い、されてもなあ・・・

いや、けど、そんな顔して、お願い、されたらなあ・・・


「おいらもっす。グランさん。

 辛いけど、このお話しはちゃんと聞かないといけないと思うんっす。」


フィオーリも涙を堪えて、そう言いました。


ワタシはため息を吐くと、そのままもう一度、娘ちゃんのほうをむきました。

結局、誰一人、その場から立ち去ろうとした人はいませんでした。


「そのときは、うちも、オークにはならんかった。

 生まれ故郷の街に攻め込もうという檄に、応えることはできんかったからやと思う。

 助かっていた人間は、わずかやけど、他にもおった。

 どうしても、領主の言うことには従えずに、命懸けで隠れてた人たちが。

 その人たちと力を合わせて、うちは残された幼子たちを連れて、そこから逃げた。

 とにかく、子どもたちだけは、なんとかして生かさなあかんと思った。

 けど、近隣の街や村で、受け容れてもらえるとは思えんかった。

 あの荘園が周囲の人たちからどう思われてるかは分かってたから。」


「帰ってくるいう、選択肢は、思いつかへんかったんか?」


ワタシの問いに娘ちゃんは静かに首を振りました。


「子どもらをようけ連れては、帰られへん。

 あんなふうに裏切るような真似をして出て行ったのは自分やもの。

 これ以上、迷惑かけられへんと思うたんよ。」


・・・そうなんやろな。

その言葉はため息のなかに消えました。

そういうとこ、あの人も娘ちゃんも、そっくり同じやもの。

意地っぱりで、優しくて、自分ひとりで辛いこと、全部背負い込もうとするところが。


「けど、小さい子大勢連れて旅するなんて、めっちゃ大変やったよ。

 普通にあったかい家で暮してたって、子ども育てるのは大変やろ?

 家もない、食べるものもない。病気したって、怪我したって、薬もない。

 なるべく早く、あの子たちに、あったかい家や家族を作ってあげたかった。

 けど、あの子たちを預けるなら、誰か、何も知らん、遠くの人でないと無理やろ。

 子どもに酷いことをせん、いい人でないとあかんやろ。

 そういう人を探して探して・・・少しずつ、子どもらはもらわれていったけど。」


娘ちゃんはそこでため息をひとつ吐きました。


「・・・貴女の、オーク化が、始まってしまった。」


娘ちゃんが躊躇った言葉を代わりに言ったのはシルワさんでした。

それに娘ちゃんはちょっと驚いた目をして尋ねました。


「なんで、分かったんです?」


「・・・貴女は、領主の屋敷でオーク化する人たちを見ていた。

 ということは、賛同はしていなくても、領主を止めようとしていたわけではない。

 というより、止められない立場だったのでは?」


へえ~、と娘ちゃんはちょっと感心した声を漏らしました。


「うちのダンナもお父さんの考えには賛成してました。

 というか、攻め込むときの下調べのために、ダンナはうちの街に来てたんや。

 うちは、そんなことも知らんと、ダンナにいろんなことをぺらぺらとしゃべってしもうた。」


「・・・貴女のお父上は、貴女の街の代表をなさっていたのではありませんか?」


淡々とシルワさんはそれを言い当ててしまいました。

娘ちゃんは悲しそうに笑いました。


「そんなことまで分かってしまうんですか。

 いややわ、グラニティス、あんたのお仲間、賢こすぎるやん。」


「おそらく、貴女はお父上との交渉を有利にするための、人質として・・・」


「シルワさん!」


思わず、ワタシはシルワさんの言葉を遮っていました。

そんなこと、わざわざ確認せんかてええやんか。

それ今はっきりさせたって、娘ちゃんが辛い思いをするだけで、なんもええことないやろ。


「すみません!言い過ぎました!」


シルワさんはあわてたように娘ちゃんに謝りました。

娘ちゃんは青ざめた顔をして、いいえ、と首をふってから、こっちをむいて、ちょっとだけ笑いました。


「グラニティスは、優しいな。

 うちなんて、どんだけ責められても、文句言えんのに。」


「あんたは、悪うない、・・・ことはないのかもしれんけど・・・

 それでも、オークになるほどやないやんか・・・」


「うちは、戦を手引きするところやった。

 うちの存在がなかったら、領主も、街に攻め込もうとすることはなかった。

 うちが、いらんことをしたから、荘園の人たちは、オークになってしもうたんや。」


その罰を受けて、娘ちゃんもオークになってしまったのでしょうか。

それ以外には考えられへんけど。

それでも、それはあまりに重い罰だと思いました。


黙り込むワタシを見つめる娘ちゃんの瞳は、綺麗に澄んでいました。

それは、とても、そんな重い罪を犯した人とは思えない瞳でした。


「なあ、グラニティス。

 お父ちゃんも、お母ちゃんも、もうこの世にはいてはらへんのやろう?

 あれから随分長い時間が経ってしもたんは、うちにもなんとなく分かってんねん。」


ワタシはただ黙って頷きました。


「お母ちゃんのお墓はどこにあるんやろ?

 グラニティスやったら、知ってるかな?」


それにも黙って頷きました。


「そんならな、迷惑かけて申し訳ないねんけど、このブローチ、お母ちゃんのお墓に持って行ってもらえんやろか。

 急がんでもええ。あんたの旅のついでに寄れるときでええから。」


「もちろん、そうする。」


ワタシは即座にそう答えていました。


「このまま真っ直ぐ、連れて行ったるから。」


「・・・それは、悪いなあ。

 あんたのお仲間は、それ、迷惑やないやろか?」


「迷惑だなんて、そんなことを思う方はいらっしゃいませんわ。」


きっぱりと横からそう断言したのは嬢ちゃんでした。

ワタシはちょっと苦笑してから、念のため、仲間たちの顔を見回しました。

みんな、ちゃんと頷いてくれてました。


「みんなもええって言うてはるし。かまへん。」


「それは、有難う。めっちゃ、嬉しいわ。」


娘ちゃんはお世辞ではなく本当に嬉しそうに笑いました。


「うちひとり、こんな姿になって長らえてしもたけど。

 それでも、こうしてあんたに会えて、話しをすることができてよかった。

 オークにならんかったら、もうとっくに、生きてなかったやろうし。

 そんでも、オークのままやったら、まともに話しなんかできへんかったやろうし。

 グラニティス、ええもんこしらえてくれて、有難うな。」


「ワタシは・・・こんなことのために、これを作ったんやない。

 あんたに幸せになってほしくて・・・」


お礼を言われて、思わず、悔しさが込み上げてきました。

少なくとも、あのとき思い描いていた幸せは、こんな形ではなかったはずでした。


娘ちゃんはちょっと怒ったように、ワタシを叱るように言いました。


「ダンナさんはな、うちを一目見て、この世で一番綺麗やと言うてくれたんや。

 こんなに綺麗な人は見たことがない。どうか、自分のお嫁さんになってくれ、て。

 うちも、ダンナさんのことを、この世で一番ええ男やと思ったもの。

 あの日、あんたの家からダンナさんに連れられて、出て行ったとき。

 うちは、お父ちゃんのことも、お母ちゃんのことも、あんたのことも、全部忘れてしまうくらい幸せやった。

 この先一生、幸せに暮していくと、信じて疑わんかった。

 誰に何を言われようと、あのとき、うちは確かに、世界一、幸せやった。」


ワタシは顔を上げて娘ちゃんを見上げました。

鮮やかにほほ笑む娘ちゃんの姿は、輝くほどに綺麗でした。

いいえ、本当に、娘ちゃんの姿は光り始めていました。


「グラニティス。

 ええから、あんたもちゃぁんと、幸せになるんやで?

 分かったか?」


娘ちゃんは、昔、子どもだったワタシにしていたように、言い聞かせるように言いました。


「みなさんも、この子のこと、よろしゅうお願いします。

 一丁前に偉そうな口、ききますけど、ホンマは情に脆い、寂しがり屋です。」


娘ちゃんは仲間たちにむかって、ぺこぺこと頭を下げてみせました。


「・・・なんやの、その、保護者、みたいな口のききようは?

 なんべんも言うたけど、ワタシ、あんたより長く生きてんのやで?

 あんたよりも、年上やねんで?」


「そやかて、年上には見えへんもの。

 あんたはいつまで経っても、子どもみたいに意地っ張りで、へそ曲がりのあまのじゃくで。

 もうちょっと素直になったら、幸せになれるのに。」


「・・・その言葉、そっくり全部、お返ししますわ。」


ワタシたちのやり取りを聞いていた仲間たちは、また声を立てて笑いました。

嬢ちゃんもフィオーリも、泣きながら笑っていました。


「だから、笑うとこちゃうって!」


同時にそう言った瞬間、目の前の娘ちゃんの姿は消えていました。


・・・ほなな・・・


最後にそんな声が聞こえた気がしました。




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