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ワタシ、こう見えて、そこそこ長いこと生きてんねんけどな。

びっくりして腰が抜けるいうんを、生まれて初めて経験しましたわ。


「久しぶりやねえ、グラニティス。」


娘ちゃんの姿をした影は、腰を抜かしたまま呆然と見つめているワタシを見て、ちょっと笑いました。


「そないびっくりせんでも。

 ・・・しばらく会わん間に、ちょっと老けたんとちゃう?」


この期に及んでその容赦のない物言いは、間違いなく、娘ちゃん本人でした。


「老けた、て。

 大人になった、とか。

 立派になった、とか。

 そういう言い方ないんかいな。」


「一丁前の旅人みたいになったやん。

 けど、ひげは相変わらず生えてへんのやね?」


「生やしてへんねん!」


言い返してから、ちょっと笑います。

こういうやりとりも懐かしい、間違いなくこの影は娘ちゃんです。


娘ちゃんは聖女様とミールムのほうを見て尋ねました。


「そっちの嬢ちゃん、坊ちゃんは?」


「僕はミールム。」


「わたくしは、マリエと申します。」


ふたりはそれぞれ名乗ります。

そこへシルワさんとフィオーリもやってきました。


「・・・お初にお目にかかります。シルワと申します。お噂はかねがね。」


「おいら、フィオーリ。よろしくっす。」


娘ちゃんはにこやかに全員を見回してから、もう一度、鮮やかにほほ笑みました。


「これはこれは。お仲間がぎょうさんおって楽しそうやな。

 よかったな、グラニティス。」


当たり障りのない挨拶はこのくらいにして、ワタシは一気に核心に迫りました。


「娘ちゃん、あんた、何があったんや?」


娘ちゃんは昨日のお天気の話しでもするように、軽く答えました。


「うちな、オークになってしもてん。」


ずっと恐れていた答えを、こんなにあっさりと聞かされるとは思っていませんでした。

いや、本人の口からそうはっきり聞かされても、それは、俄かには信じ難いことでした。


「オークになって、て・・・

 それは、そんな軽く言うようなことやないやろ。」


「けど、なってしもうたもんは、しゃあないやんか。」


思わず咎めるような口調になってしまったワタシに、娘ちゃんはちょっと困ったように笑いました。

ワタシはそんな娘ちゃんの顔を見ていると、胸の奥から何か、熱くて苦いものが込み上げてきました。


「・・・それって、やっぱり、ワタシのせいやんな?

 ごめんな。

 謝ってすむことやないけど。

 だとしても、謝らんわけにはいかん。

 ほんま、ごめん。申し訳ない。」


ワタシは地面に膝と両手をついて頭を下げました。

すると、娘ちゃんのびっくりしたような声が聞こえてきました。


「はあ?何言うてんのん?

 あんたとオークになったこととは、全然、全く、関係ないんやけど?

 いや、なにちょっと、顔、上げてえや。

 そんなんされてたら、うちのほうが居心地悪いやん。」


「そやかて、ワタシがこんな下手くそなブローチなんかこしらえて。

 そのせいであんたはあの人と喧嘩して。

 その腹いせに、あんな男んとこへ、嫁に行ったんやろ?」


娘ちゃんが黙っているので、心配になったワタシは恐る恐る顔を上げました。

目が合うと、娘ちゃんは、声のトーンを低くして言いました。


「ヒトのダンナつかまえて、あんな男呼ばわり、か?

 ・・・なんや、いろいろと失礼なやっちゃな・・・

 そっちを謝りぃ、言いたいところやけど・・・

 悪かったね。男見る目、なくて。

 けどま、口の上手い男に騙されて、ぽーっとなったのは事実やし。

 別に、腹いせで結婚したわけやないけどね?」


「え?それって、よもやまさか、あの男のこと、本気で好きやったん?」


「そやから、それが失礼や、言うてんねん。」


くすり、という笑いが仲間のなかから聞こえました。


「笑うとこちゃうねん!」

 

思わず、娘ちゃんとワタシ、同時に振り返って言ってました。

それを見た仲間たちは、みな、一斉に笑い出しました。


娘ちゃんとワタシは、互いにげんなりした顔を見合わせました。


「・・・あー、もー、そやから、このしゃべり方は困るんよ・・・

 真面目な話し、してんのに・・・」


「だいたいな、グラニティス、あんた、前はこんなしゃべり方ちゃうかったやんか。」


「あの人に仕込まれたんや。

 そのほうが、旅芸人やるのに都合よかったからな。」


「今だけでも、もとに戻せんのん?」


「そんなんできたら苦労せえへん。」


娘ちゃんとワタシは同時にため息を吐きました。


「ほんま、お母ちゃんはいらんことしぃやな。」


ぼそり、と呟いた娘ちゃんの台詞に、ワタシははっとしました。


「あんた、あの人のこと、お母ちゃん、言うんか?」


「そやかて、他に呼びようないやんか。

 まあ、こんな老けた娘に、お母ちゃん呼ばわりされたないわて、あの人が言うんやったら、別の呼び方、考えたってもええけど。

 とりあえず、あの人は、そう呼ばれたがってたやろ?」


うんうん、と頷きながら、ワタシは言葉が出てきませんでした。

娘ちゃんは少しばかり気まずそうに目を逸らせながら話してくれました。


「喧嘩もな、いっぺん、やってみたかっただけや。

 うち、こう見えて、お父ちゃんには、小さいころからなんや、遠慮があってな。

 仕事忙しいのに、うちのこと育てるのに一所懸命やってくれてたん、子ども心にも分かってたから。

 うちのほうも、せいぜいええ子にならなあかんと思うてて。

 逆ろうたことなんかなかったんや。」


そんな話しは初めて聞きました。

あの人は、娘ちゃんのことを、これ以上ないよう出来た娘やと言うてたけど。

娘ちゃんは、無理してそうしてたんか。


「けど、お母ちゃんには、なんや、ワガママ言うても許してくれそうやな、て。

 そんな気、したから。

 初めて誰かに感情ぶつけて、好き放題言うてみたん。

 そうしても、この人は絶対、うちのこと、捨てへん、て。

 なんや、あの人見てたら、そういう確信?みたいなん、できたんや。」


その感じ、よう分かりました。

ワタシは、うんうん、と頷きました。


「ずぅっとええ子やってたから、そういう喧嘩もやってみたかったんよ。

 その場の勢いに乗って、言い過ぎたな、思うこともあったけど。

 それもこれも、お母ちゃんなら、全部飲み込んでくれるやろうって。

 うち、生まれて初めて、甘えてたんや。」


「・・・そうやったんや。」


娘ちゃんに会えたら、ワタシは、あの人がどれだけ娘ちゃんのことを大事に思ってたかを、伝えたいと思ってました。

けど、そんなん、いらんかったんやと思いました。

そんなこと、ワタシが伝えんかて、娘ちゃんは、もうとっくのとうに分かってたんです。

というか、娘ちゃんのほうが、ワタシより何倍も、あの人のこと、分かってたんかもしれません。


娘ちゃんはこっちに視線を戻して言いました。


「そやから、グラニティスは、なんも謝らなあかんことなんかしてないよ。

 だいたい、親子喧嘩くらいでオークになるわけないやろ?

 そんなんやったら、世の中オークだらけになるやんか。」


それはまあ、そうです。


「喧嘩した腹いせに結婚て・・・

 そんなわけないやろ。

 うちは、ちゃあんと、ダンナのこと好きになって、この人と結婚したいわぁ思うて、結婚したの!」


娘ちゃんは強調するように区切って言いました。

ワタシはいちいち、ごもっとも、とうなずきました。

けど、言い終わった娘ちゃんは、ちょっと自嘲するように笑いました。


「もっとも、そこにちょっと問題はあったんやけどね。

 お母ちゃんは、それも見抜いて、そやから反対してたんかな。

 それを押し切ったんは、まあ、若気の至り、いうか・・・

 お母ちゃんに反抗してみたかったのも、ないこともなかったというか・・・

 反対押し切って結婚する自分に、ちょっと酔うてたというか・・・」


娘ちゃんはワタシのほうに視線を戻しました。


「あのブローチも、ホンマは嬉しかったんよ。

 けど、なんにでもいちゃもんつけたいお年頃やったから。

 いちゃもんつける口実を見つけたら、片っ端からいちゃもんつけな損やと思うてたというか。

 こうやって、お母ちゃんの覚悟っちゅうもんを確かめてるんや、って、自分に言い訳してた。

 泣いて暴れて、お母ちゃんが、うちのホンマのお母ちゃんやってことを確かめてたんかもしれん。

 今思うと、うち、赤ん坊みたいやなあ。」


そんなことせんでも、あの人はちゃんと娘ちゃんのことを大事に思ってたけど。

いや、大事に思われてるって、どこかで確信してたからこそ、そうやって甘えてたんか。


ふたりとも、不器用で意地っ張りなんです。

そういうとこ、血、繋がってなくても、そっくりなんです。

ほんま、どっちも損な性分です。


願わくば、もうちょっと、ふたりに時間があったらよかったのに。

そうしたら、きっと、この世で最強のコンビになってたでしょう。

どんな親子よりいい親子になれたやろうに。


「ブローチ、放り投げたりして、ごめんやった。

 折角、グラニティスが精魂込めて作ってくれたのにな。

 やってしもてから、しまったと思ったけど、後の祭りやった。

 お母ちゃんは、黙って拾って、自分の一番大事な物を入れておく箱にしまってた。

 その横顔に、ちらっと涙が見えて。

 どんだけ悪口言うても、倍くらい言い返されるし、叩いても、叩き返されるし。

 そんな人やったのに、あのときだけは、何も言わんと、ただ、声も出さんと涙、流してた。

 それ見て、ホンマに悪いことをしたんやと思った。

 それなのに、素直に謝ることができんかった。

 だから、次、なにかいい機会があったら、これつけて見せよう思うて。

 そのときこそ、ちゃんと謝ろう、て思うて。

 黙って、こっそり、お母ちゃんの大事な物入れの箱から、持って行ったんや。

 けど、結局、そんな機会はなかった。」


娘ちゃんはどこか遠くを見る目をして続けました。


「こんなことになったんは、全部、うちが自分で選んだことの結果や。

 誰のせいでもない。うちのせいや。

 それは間違いないねん。

 手をついて謝らなあかんのは、うちのほうや。

 いや、ちゃんと謝りたかった。

 謝り続けてた。

 毎晩毎晩、ブローチ握り締めて。」


それが、娘ちゃんがどうしても伝えたい強い願いになったのでしょうか。

けど、謝りたいと強く願ってたなんて、なんや、悲しい・・・


そう思って、はっとしました。

ワタシ自身も、ずっと、同じことを思ってました。

ただ、ひたすら、娘ちゃんに謝りたいって。


なんや、お互いに悲しいなあと思いました。


「いったい、あんたは何をしたんや?

 オークになるなんて、そんな重い罪をあんたが犯すとは、どうしても思えへん。

 お母ちゃんも、ずぅっとそう言い続けてた。

 いや、あの人は、最期の最期まで、あんたがオークにはなってへんと信じてた。」


「お母ちゃんらしいなあ。」


娘ちゃんは悲しそうにそうつぶやきました。

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