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その夜は、保存用の食料をちょこちょこっと工夫して、思い切り手抜きの晩ご飯になりました。

それでも、みんな文句も言わんと、にこにこと食べてくれました。

あ。いや、そんなこともないか。

ミールムだけは、ちょっと、ぶう、と言いかけたんですけど。

フィオーリが、食べ物に文句つけると罰が当たるんですってねえ、と聞えよがしに言ったもんですから。

ミールムはそのままむっつり黙り込んで、あとは黙々と食べていました。

ごめんやで?

明日はせいぜいみんなの好物を一種類ずつ作るとしましょう。


食後はみんな思い思いに好きなことをしています。

しかし、今日は疲れました。

仲間たちと火を囲んでいると、不思議にほっとして、今のワタシにとって一番の居場所はここなんやなあとしみじみ思います。

そうそう、オークにずたずたにされた背負い袋の中身は、ほとんどダメになってしまいましたけど、酒瓶だけは、奇跡的に無事でした。

なので、ワタシは久しぶりに、ちびちびとお酒をいただいておりました。


からだが疲れているせいでしょう。

酒には弱いほうやないんですけど、今日はなんか、ほんのり酔ってしまったようです。

酔ってもワタシ、怒ったり騒いだりしませんけどね。

なかなかにお行儀のよい酔っ払いなんやないかと、自分では思ってます。


手の中には、あのブローチを握っていました。

なんべん確かめても、これは、確かにワタシの作った物に間違いありませんでした。

それにしても、下手くそやなあ、と思います。

あんまりにも下手過ぎて、笑ってしまうくらいです。


・・・・・・。


けどな。なんやろ。

この辺の曲線とか。こっちの造形とか。

これ、めっちゃ、頑張ったやつやん。

彫刻を入れるときのノミの角度とか。

これ、今も変わってへんなあ。


確かに、ワタシは俗物で、これも、呪物とは言えんくらい、雑念にまみれてますけど。

そんでもな、やっぱり、これ作ってたときは、それなりに、真剣にやってたんや。


確かに、あの頃のワタシは、あの人に憧れてたけど。

そんでも、それだからこそ、あの人の大事な娘ちゃんのことも、大事に思ってたには違いないんです。


幸せになってほしいって、ほんまに思うてたんや。

不幸になってしまえとか、不幸になってもかまへんとか、そんなこと、これっぽっちも思うてなかったんや。


「それが、オークの持っていたというブローチですか?」


しげしげとブローチを眺めているワタシに、嬢ちゃんが話しかけてきました。


「そうや。

 下手くそやろ?」


ワタシはブローチを嬢ちゃんに渡しながら、ちょっと笑っていました。


「・・・とっても、綺麗だと思います。」


嬢ちゃんはブローチを手に取って眺めながら、そう言うてくれました。

まあ、ものをけなすことを知らんお人です。


「ここに掘り込んである紋章は、この間いただいたのとよく似てますね?」


「幸せになりますように、て。

 この紋章だけは、目、つぶってても、打てるからな。」


思うに、紋章を打ち込んだ細工を作ったのは、このブローチが初めてでした。

その後も延々、似たようなのを作ってきてるけど。

これが原点やってんなあと思います。


「お師匠様は、ずっと誰かの幸せを願うものを作っていらっしゃるんですね。」


「・・・どうやろ。

 こういう細工物はちょっといい値がつくから、手っ取り早く稼げるだけやし。

 そんなご大層なもんやないよ。」


「けれど、これは、本当に効果がありましたわ。」


嬢ちゃんはそう言うとポケットからなにやら大切そうに取り出して見せました。


それは、嬢ちゃんにあげた、例のインチキのお守りでした。

ところが、その石はまるでノミで割ったように、ぱっくりとふたつに割れていました。


「ありゃ。これはまた、どないしたんかな。

 作るときになにか失敗してたかな。

 そやそや、ワタシの持ってたんがここにあるから、こっちのと替えたろ。」


ワタシは背負い袋から外してきたのを取り出して嬢ちゃんに渡そうとしました。

けれど、嬢ちゃんは頑として受け取りませんでした。


「これにはお師匠様のことを守って頂かなければなりませんから。」


「ワタシとしては、多少なりとそういう効果もあるんなら、嬢ちゃんのこと守っといてほしいんやけど。」


「わたくしにはこちらのがあります。」


「それ、割れてるやん?」


「それでも、これはお師匠様の危急を報せてくれた大切なお守りですから。

 いつか手放すにしても、きちんと神殿に奉納したいです。

 だから、それまでは、わたくしが大切に持っています。」


・・・まあ、ワタシやったら、その辺にぽいってしそうやけどなあ・・・


「このお守りが割れてくれなかったら、わたくしたち、お師匠様の危難に間に合ったかどうか分からないのですわ。」


そう言って、嬢ちゃんはそのときのことを話してくれました。


ワタシがブローチを探している間、みんなは少し離れたところにある洞穴に隠れていたそうです。

ステルスの魔法がかかっている間は、ワタシの無事はミールムに分かるようになっていたらしいです。


「みなさん、お師匠様のことだから、きっと大丈夫だ、って、おっしゃってました。」


・・・どうもなあ、みんなワタシのこと、かいかぶり過ぎやと思うけどなあ。


まあ、みんな思い思いにのんびりしていたようです。


「けれど、予想以上に時間がかかって、最初に心配なさったのは、ミールムさんでした。」


ワタシの戻りが遅い。

このままじゃ、ステルスの魔法が切れてしまう。

そう言ってミールムはいらいらし始めました。


けど、その時点で、他の人は、まだ心配はしてなかったそうです。


その状況がひっくり返ったのは、嬢ちゃんのお守りが、何もしないのに、突然、ぱっくりと二つに割れたときでした。


「わたくし、お師匠様のご無事を念じて、このお守りを握っておりました。

 すると、突然、お守りがぱっくりと二つに割れたのです。」


いきなりあわてだした仲間たちのなかで、すぐさま次の行動に移ったのもミールムでした。


ミールムは嬢ちゃんのお守りを握ると、ワタシが持っているはずのもう片方の気配を辿ったんだそうです。


ワタシは思わず感心してしまいました。


「へえ。あのインチキお守り。そんなこと、できたんや。」


「魔法ってのは使用者によって少しずつ癖、というか、気配みたいなものが違うんだ。

 それを辿れば、同じ使用者の使った魔法を見つけることもできるんだよ。」


いきなり割り込んできたのは、さっきから何度も話に出てきていたミールムでした。


「けど、ワタシは魔法使いやないし、魔力も魔法を使ったこともないのに?」


「魔法の紋章ってのは、描かれたときから効力を発揮する。

 正確に描いてあれば、描いた者の能力に関係なく、魔法を起こすこともできるんだ。

 もっとも、まともに魔法の修行をしたこともない者が、魔法を起こせるほどの正確な紋章を描くのは、ほぼ、不可能に近いんだけどね。」


それから、鼻をひとつ、ふん、と鳴らして、付け加えました。


「グランは魔法の修行なんかしたことないんだろうけど。

 少なくとも、紋章は完璧に正確だった。

 だからこそ、あんたの作った物には、魔法が宿る。」


「・・・へえ~・・・」


目を丸くしたワタシに、ミールムは渋い顔になりました。


「って、まさか、知らなくて、あんなお守り、量産してたの?」


「・・・量産、言うほどやないけどね?

 まあ、よう売れるもんやから。

 手っ取り早く路銀を稼ぎたいときには、ちょこちょこ作って売ってたかなあ?」


きまり悪くて、へらへらと返すと、ミールムはますます渋い顔になりました。


「ちょこちょこって・・・

 そうと知らずに呪物を量産するなんて、危ない人だな・・・」


じろりと睨まれて、ワタシは思わず、すんません、と首をすくめました。


「けど、力の強い貴石は使ってへんし、その辺の石ころに、ちょこちょこっと描いただけの物、そんな大そうなことにはなれへんやろ?」


「たしかに、あんたの描いてた紋章は、幸運を願うだけの、いたって人畜無害な類だし。

 石自体に強い力もなかった。

 だからこそ、耐えきれずに、ぱっくり割れたんだろうけどさ。

 でも、呪物ってのは、ひとつ間違えたら、誰かを傷つけるような呪いの力も持ち得るんだからね。

 今後は、そういうことは軽々しくやらないように。」


叱られてワタシは、はい、としょんぼりうなずきました。


「けど、そのブローチは、石自体に力のあるものを使っているからね。

 ちょっと事情は違うかもな。」


ミールムはそう言うと、嬢ちゃんの手からブローチを取り上げました。


「うん。

 これはなかなかな魔力を感じる。

 なにか、強い思いが、ここには込められている。」


「・・・強い、思い・・・?」


「ここに刻まれた紋章は、持ち主の願いを叶えるものなんだけどね。

 この持ち主は、何かを伝えたい、という強い願いを持っていたみたいだね。」


「何かを、伝えたい?」


そうやとしたら、それは、娘ちゃんが何か伝えたいことがあった、ということやろか。

だとしたら、ワタシは、なんとしても、それを聞きたい。

ワタシはミールムの手のなかにあるブローチをじっと見つめました。


「・・・それは、どうやったら聞けるんやろう?」


ミールムはブローチの紋章を確かめるようにしながら、独り言のようにつぶやきました。


「・・・解放、してみるか・・・

 強い魔力の籠った紋章の解放は、けっこう、危ないんだけどね・・・」


それから、ミールムはいきなり長い呪文を唱え始めました。


妖精さんの魔法いうんは、あんまり見たことないんやけど、たいそう綺麗なもんでした。

ミールムの唱える呪文は、呪文というより、なにやらどこか遠い国の歌のようでした。

歌の言葉は分からへんけど、繰り返す旋律は妙に心地よくて、ほんのり眠たくなります。

魔法を帯びたミールムの瞳は、いつもよりもっと不思議な色に染まり、風もないのにふわふわと、髪や衣がなびきました。


呪文の完成と同時に、ブローチに描いた紋章から眩しい光が溢れます。

紋章を形どった光は、ゆらゆらとほどけて、細く小さくなり、それから、さらさらと光る砂のようになって崩れ落ちるように消えていきました。


ほどけた紋章の中心に、ぼんやりとした人の影のようなものが現れました。

紋章が光を失うにつれて、影は少しずつはっきりと形が見えるようになりました。

その姿は、昔のままの笑顔で微笑んでいる娘ちゃんでした。










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