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この章は元々8章としてアップロードしていたものです。
元の原稿には、その前にまるまるひとつ、章が存在しておりました。
謹んで訂正いたします。
雨がやんで、ワタシたちはオークの追跡を始めました。
犬のようにくんくん臭いを嗅ぐのかな、とちょっと思ってましたが、ミールムは特にそんなそぶりも見せずに、ただ淡々と進んでいきます。
けど、道に迷う様子もなく、それは確実に何かを辿っているようでした。
「夜になる前に、見つかるといいんですけどね。」
シルワさんはちょっと心配そうに言いました。
「夜になってしまったら、近付くのは明日にしたほうがいいかもしれません。」
陽射しのある昼間は、オークは寝床に隠れていることが多いです。
それが、夜になった途端に、活発に動くようになります。
「確か、今夜は新月でしたよね。
なるべくなら、オークには出くわしたくないですねえ。」
オークになってしまうと、人だった頃の記憶は失くすそうです。
記憶だけやなくて、理性とか、知性とか、そういうものもほとんど失くしてしまうようです。
オークは畑を作ったり、狩をしたりはしません。
そもそも、食べ物を作るという発想自体ない。
食べ物は、どこかから獲ってくるものとしか思ってません。
そやからいつもお腹をすかせてます。
オークが人を襲うのは食糧を奪うためです。
旅人を襲うのも、村を襲うのも、基本的な目的は同じで、食糧を手に入れるためです。
よく襲って人を食べるという噂も聞きますが、長く旅をしていて、オークに人間が喰われた事実は一度も目にしたことはありません。
じっさいには、オークは人間を食べたりしないのではないかと、ワタシは思っとります。
ただ、オークは人を攫います。
これは間違いのない事実です。
そして、攫った人間を、自分たちの鉱山に連れ帰って働かせます。
オークはよく廃坑になった鉱山に棲みつきます。
坑道には無数の分かれ道や横穴があるから、そこを寝床にするんです。
暗くて湿ってて、誰も来ないから、オークにとっては最高の居心地なのかもしれません。
そうやって廃坑にはオークたちが集まってきます。
オークは集まっても家族のようになったりはせえへんけど、それでも、いくらかは仲間意識もあるようです。
そんな緩い繋がりで、オークの集団はできてます。
廃坑になるくらいやから、そこにはもう、価値のあるものはなにもないはずです。
それでも、オークはそこを捕まえて来た人間たちに掘らせます。
ワタシたちの出会った鉱山も、そんなオークの鉱山でした。
シルワさんとワタシは、それぞれの目的のために、自分からこっそり潜り込んでたわけですけども。
そこには大勢、攫われてきた人間たちがいました。
それに、フィオーリは故郷の村が襲われたとき、オークに攫われてきた子です。
鉱山で働かせる理由はよく分かりません。
そもそも、掘り出した石を、オークはどこかへ持って行って、売ったりするわけではないのです。
それでも、オークたちは、人間を働かせて、石を掘り続けさせます。
夜の間働かせて、昼間は寝かせておくのは、おそらく、自分たちが監視するには、そうするしかないからでしょう。
力ならオークのほうが人間の数倍あるし、いっそ自分らで掘ったほうが早いんとちゃうやろかと思うんですけど、何故かオークは自分たちで掘ることはしません。
オークのように夜目のきかない人間は、ヒカリゴケだけの薄い光を頼りに穴を掘るのは、ことのほか骨が折れます。
けど、それ以上の灯りを灯すことは許されません。
暗闇のなか、延々と穴を掘り続けて、心を病んだりからだを壊す人間もいると聞きます。
それに、オークは働かせてる人間に、ろくな食事を与えません。
人間から奪ってきた食糧は自分たちで食べてしまうし、狩をしたり、畑を作ったり、そういうことは、人間たちを使ってさせようともしません。
畑を作らせるよりも、延々と、暗闇のなかで穴掘りをさせるんです。
嬢ちゃんはそういう人たちを助けたいと言います。
ワタシらは勇者様のご一行やないし、オーク相手に戦う術もありません。
大勢の人たちをオークから救い出すやなんて、そう簡単なことやないけど。
それでも、嬢ちゃんの気持ちは分かるし、協力したいとも思います。
どっちみち、ワタシは、娘ちゃんを探すためにオークの集落を渡り歩いてます。
こないだみたいに、いつの間にかうまいこといってしまうことも、あるかもしれんし。
なにより、人助けとか、そんな大仰なことは無理やとしても、嬢ちゃんの身ひとつくらいは、このワタシでも守ってあげられるかもしれへんやんか。
人のことばっか考えて、自分のことは二の次のこの危なっかしいお嬢ちゃんのことが、ワタシはなんでか気になって仕方ないんです。
オークの後を追っていたワタシたちは、じきに、オークたちの寝床を突き止めました。
思いのほか早く見つかりましたけど、やっぱり、臭いを追ってこれたんがよかったんでしょうか。
少し離れたところで身を隠しながら、オークの様子を観察します。
まだ日も高いし、オークたちは寝床からは出てこないでしょうけど。
用心に越したことはありません。
「この辺に鉱山はなさそうですね。」
「あれは、渡りのオークなんかな。
数は、三十くらいやて言うてたね。」
「寝床はまだそう古くはなさそうですね。
他所から移ってきたばかり・・・といったところですか。」
シルワさんはオークの生態にもそこそこ詳しいようでした。
流石、オークの集落渡り歩いて、大勢の聖女様を救出してただけのことはあるわ。
このお人、正体不明なうえに微妙に胡散臭いんやけど、善人なんは間違いないし、そこまで無能なわけじゃないんじゃないかと、ときどき、思います。まあ、ときどき、な。
「それで?その、娘ちゃん、はどうするの?
一個ずつ、寝床を覗いていく?」
けろりとしてミールムはそういう恐ろしいことを言いました。
「いや、そんな、流石に、それは・・・」
ワタシはいつも、こっそり捕虜の人間に紛れ込む、という作戦をとっていました。
捕虜がいつの間にか増えていても、オークはあまり気づかないものです。
紛れ込む人間たちにも、新入りです、よろしゅう、と言って食糧を分けたりすれば、結構すんなりと受け容れてもらってました。
みんな食糧をほとんど与えられずに、連日暗闇の中で重労働をさせられ、おまけにこの状況がいつまで続くのかも分かりませんから、すっかり気力を失っているんです。
けど、それは鉱山に棲むオークの場合です。
こんなふうに鉱山ではない渡りのオークの寝床を突き止めたのは初めてだったので、どうやって接近したものか、すぐには思いつきませんでした。
「夜になってオークたちが動き出すのをどこかから観察していては如何でしょうか。」
「けど、それ、どこから観察したらええんやろ。
オークは木にも登るし、暗闇のなか、あんまり遠目やと、よう見えんかもしれんし。」
いい場所はないかときょろきょろと辺りを見回しますけど、そうそう都合のいい場所もないもんです。
「・・・仕方ないなあ。」
舌打ちをしてそう呟いたのはミールムでした。
「持続時間はそうないけど、少しの間なら、ステルスの魔法をかけてあげる。
ただし、ひとりだけだ。」
「ほんなら、その魔法、ワタシにかけてもらえますか?」
ワタシは間髪を入れずに申し出ました。
「まあ、妥当なところでしょうかねえ。
それならあとの人たちは、少し離れたところに隠れるとしましょうか。」
シルワさんも頷いてくれました。
「じゃ、おいら、隠れられそうなところ、探してきます。」
打てば響くようにフィオーリは駆け出していきました。
仲間たちのこの連携のよさには、つくづく感心してしまいます。
「みなさんにはお付き合いさせて申し訳ない。」
ぺこりと頭を下げると、嬢ちゃんは、少し悲し気に言いました。
「いいえ。結局、無理を言ってついてきたのに、わたくし、何のお役にも立ててませんから・・・」
「そんなことは、あらへんよ?
嬢ちゃんが見ててくれると思うたら、百人力や。」
ワタシは背伸びをして嬢ちゃんの頭を撫でました。
「べつにたいそうなことはあらへん。
透明になってオークに近寄って、ブローチしてないかどうか確かめるだけやもの。
それに、みんなが来てくれてへんかったら、ステルスの魔法なんて手、ワタシだけやったら思いつかへんかったよ。」
「だから、言ったでしょ?
僕たちパーティなんだから、一緒にいたほうが何かとお互いのためなんだよ。」
ミールムはちょっと鼻息を荒くしてこっちを見ました。
ワタシは素直にそれに頷きました。
「まったくや。
ホンマ、お世話になります。」
「・・・ま、まあ、いいけどね・・・」
ミールムはちょっと赤くなってそっぽをむいてから、もう一度真面目な顔になってこっちに向き直りました。
「持続時間はあんまりないよ?
この石の色が変わったら、魔法が解ける合図だから。」
そう言って、ピンク色した石ころをひとつ手渡してくれました。
「それから、もし、声を出したら、その瞬間に魔法は解けてしまうから。
くれぐれも気を付けてね。」
「了解や。
ホンマに、有難うな。」
ワタシはミールムにもらった石を大切に懐にしまいました。
「ああ、それから。
オークたちの寝てるところ、印をつけておくから。」
そう言って、ミールムは掌にふぅと息を吹きかけました。
すると、きらきらと粉が風に舞うように散っていきました。
「あの粉の光ってるところにオークはいるから。
全部で三十。
それなりに数あるから、急いで回らないと、間に合わないからね。」
「分かった。
ホンマ、いたれりつくせりで、有難うな。」
もう一度ぺこりと頭を下げたら、ミールムはふんと鼻を鳴らして答えました。
「分かったら、これからは、普段からもうちょっと、僕らにも頼ってね。」
ワタシはおかしいのを堪えて、うなずきました。
「分かりました。
ホンマ、頼りになる仲間や。」
ミールムはもう何も言わずに、もう一度だけ鼻を鳴らしました。
なんとまあ、アップロードするファイルをひとつ間違えてしまいました。
なんとも、おまぬけなことで申し訳ありません。
読んでくださった方には、心からお詫び申し上げます。




