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廃虚温泉街

作者: 橋下悟

久しぶりに連休をいただいた。

社畜の私にとって土日祝日は、働くための日であり、いただいた連休は当然平日である。


休みの日、私は趣味であるライトノベルをこっそりと書いている。

ちなみに、ライトノベルを書いていることは誰にも言っていない。

というより、誰にも言えないという表現のほうが適切だ。


社畜が過ぎて、時間がないうえに、誰にも言わずにひっそりと執筆しているため、モチベーションの維持がなかなかに難しい。

そこで、時間があるときにはカフェで執筆している。

カフェにいき、パソコンを開けば書かざるを得ない。


だが、本日は久しぶりの連休だ。

カフェどころではない。

旅館に一泊して、ひたすら執筆をしてみるのも良いかもしれないと思った。


なぜなら今、県内の旅館やホテルが格安で宿泊できるからだ。

コロナの影響で、大打撃を受けている宿泊施設に、なんと県が補助金を出してくれているのだ。

宿泊プランによっては、半額以下で泊まれるところもある。

普段ならそんな贅沢をする人間ではないが、これを機会に県内の温泉街を訪れることにした。









寂れた温泉街……

まさにその言葉がぴったりだ。


コロナで旅行客が減っていることもあるが、そもそもコロナ以前から廃れていたところだ。

観光地であるにもかかわらず、人がほとんどいない。

平日の昼間だからか?

にしても、人気がないな。

天気は悪くないのに、どんよりしているのは街が寂れているからだろうか。


この温泉街は、昭和が最盛期で、その頃は団体客が大量に来ていたらしい。

不況になり、さらに中国バブルになると、あちこちの温泉旅館を中国人が購入し、一時期は中国人だらけになった。

しかし、コロナの影響でその中国人観光客も全く来なくなり、廃墟化がさらに急加速したんだ。


私は目的の旅館を発見する。


おぉ……

デカイな。


思ったより全然大きい。

ひと目では何階建か分からないくらい大きな旅館だ。


そして、周りの旅館に比べ、きれいで新しい。


私は大きなガラス張りの入口から旅館に入る。

入り口は大きな吹き抜けがあり、ガラス張りで中庭が見える。

中庭には川が流れており、豪華さと風情がある。

しかし、人の気配は無い……


「すみませーん」


受付に誰もいないので、大きめの声で人を呼ぶ。

すると、奥からパタパタと足音が聞こえてきた。


「お待たせして申し訳ございません」

受付に出てきたのは、中年の男性だった。

まぁ私以外に人がいないし、常に受付にいる必要は無いのだろう。


「ではこちらにご記入をお願いします」

私は、チェックインの他に、割引になるように県内の人間であることについてもサインする。

その後旅館の説明を一通り受け、鍵を渡される。


鍵がデカイ。

鍵自体は普通の鍵だが、15cmくらいのプレートがついており、ちょっと重い。

昔ながらの鍵だ。


しかし、想像していたよりもかなり豪華できれいな旅館だ。

県の補助があり、素泊まりではあるが、実質2,000円で宿泊できるのはかなりお得だろう。

しかも、誰もいないので感染のリスクもほぼ無い。

これなら執筆が進むかもしれないな。


私はエレベーターを使い、自分の部屋に向かう。


……あれ?


廊下の先から、旅館の様子が異なる。

明らかに古い。


あぁ、そういうことか。


この旅館は、本館と新館に分かれており、私が宿泊するのは本館のほうだ。

おそらく、本館は昭和初期の建物で、新館が増築された部分だろう。


そりゃそうだよな。

冷静になって考えてみると、納得がいく。

なにしろ2,000円なのだ。

古い部屋に割り当てられるのは当たり前だろう。


私は古臭いデザインの赤い絨毯を進む。

赤い絨毯には、深緑のツタのような模様がある。

良く言えばレトロだが、悪く言えば古臭い。

いや、これをレトロ言うのには無理があるか……

本館ではなく、旧館といったところだろう。


ガチャリ……

鍵を開けただけなのに、大きな音がする。


部屋に入ると、案の定古くて、あまり清潔感がない。

ややかび臭い和室に、掛け軸が一つ。

窓からは、あのきれいな中庭は見えない。

中庭の見える部屋はもっと高いのだろう。


ガガガガガ……


冷房が頑張っている音だ。


この冷房も相当年季が入っているな。


ブゥイィーン……


ついでに空気清浄機も頑張っている。


そして、何より天井が低い。

私の実家よりも天井が低いな。

そのせいか、昼間なのに電気をつけないと薄暗い。


まぁ2,000円だし、こんなもんだよな。

私は、さっそく浴衣に着替え、温泉に向かう。

とりあえずひとっ風呂浴びたい。


温泉は新館にあり、本館とは別世界だ。

広々として、天井が高く、内風呂も露天風呂も大きく、清潔感がある。


そして、何より誰もいない。

私一人で、大浴場を堪能することができる。


私は風呂を上がると、部屋に戻り、本来の目的である執筆をする。

だらだらとではあるが、少しずつ文字を書くことができた。


夕方になると、お腹が空いてきたので、食事に向かう。


一階のエントランスへ行くと、ちょうど受付の人がいたので、食事について聞いてみることにした。


「すみません、あっちの食堂は?」

「申し訳ございません。本日は素泊まりのみとなっておりますので、宴会場は全て休みになっております」

全て休みか。

そういえば、宴会場らしきところが3箇所くらいあったな。

これだけ広い旅館だと、食事をするところがいくつもあるわけだ。

多分だけど、100部屋くらいあるよな。

私以外に宿泊している人間はいるのだろうか。


「わかりました。では、外で食べてきます」

受付に鍵を渡し、外へ出る。

せっかくなので、車ではなく徒歩で辺りを散策することにした。


温泉街ということで、旅館の前には川が流れており、大きめの歩道が整備されている。

温泉街独特の硫黄の匂いがあり、川沿いに立ち並ぶ旅館には風情がある。

夕方ではあるが、まだ明るいので散歩をすると気持ちがいい。


しかし、風情のある旅館も、よく見ると廃虚である。

随分前に潰れた旅館と、最近潰れたと思われる旅館が混在している。

入口の方から、雑草だらけのものは昔潰れたものだろう。

そして、最近潰れたと思われる旅館は、ガラス越しにチラシが散らばっている。


平日だから休みというところもあるだろう。

半分以上は営業していない。


しまったな。

歩いては来たものの、食事ができるところ自体が無い。

さっきから通り過ぎるのは、廃虚の旅館ばかりだ。


あれ?

あっちは雰囲気が違うな。

川沿いの旅館街から、一本の細い道がある。


明かりが少し見えるので、営業しているお店もありそうだ。

私は、川沿いの大きな歩道から、細い脇道に入る。


いやいや、結局廃虚かよ。

建物はあるが、いずれも廃虚だ。

なんだか、いかがわしい看板がある。


ピンクや黄色の看板の周りには、いくつもの古めかしい電球が装飾されている。

まぁ廃虚なので、電球は消えているが。


『かわいい子、美人がたくさん』

『フィリピンからやってきた』


看板の文字も内容も古めかしい。

昔は栄えていたのだろう。

昭和のレトロ感が出まくっている。


奥に一軒のラーメン屋を見つける。

電気がついているので、営業しているだろう。

これを逃すと、しばらくお店を見つけられそうもないので、入ってみる。


ガラガラ……

古いガラス戸を開け店内に入ると、60代くらいのおじさんが肘をついてテレビを見ている。


「いらっしゃい……」


私は軽く頭を下げて、座敷に座る。

もちろん、客は私一人だ。


「肉ラーメン一つお願いします」

「はい……」


ラーメンの味は完全に予想通りだった。

昔ながらのラーメンに、豚の細切れを炒めたものが乗っている。

すごい昔に、実家の近所で食べたことがあるような味だ。


「ごちそうさまでした」

私はお金を払い店を出る。


あ……

外を見ると、様子が変わっていた。

店には30分くらいしかいなかったと思うが、外はすでに暗くなっていた。


先程まで、昭和のレトロ感を味わいながら歩いた道が、不気味に感じる。

廃虚だらけの暗がりを歩く。


ザッザッザッザッ……

私の足音だけが響き渡る……


私は細い道を戻ると、川沿いの大きな歩道に戻る。

歩道には明かりがいくつもあるので、先程より歩きやすい。

本来なら、風情のある明かりだろう。

しかし、今は不気味に廃虚を照らしている。


ザッザッザッザッ……

大きな歩道も、私しか歩いている人間がいない。


廃虚だらけだが、ポツポツと明かりがついている旅館は営業しているのだろう。

しかし、人気があまりにも無い。


おや……?

気のせいだろうか。

廃虚の旅館の中に、少し人影が見えた。


しかもその旅館は、比較的昔に廃虚になったようで、中に人がいるとは思えない。

明かりのついている窓が一つもない。

休みの旅館でも、中の整備などで、人がいる可能性はあるが、それにしても古い旅館だ。

子供だったようにも見えたが……


いずれにしろ一瞬だったので、見間違いだろう。

なにかの置物と見間違えた可能性も高いな。


そして、私は自分が宿泊する旅館に戻ってきた。


「おかえりなさいませ」

受付で鍵を受け取り、自室に戻る。


カツカツカツ……

だだっ広い旅館には、私の足音だけが響き渡る。


なんだか不気味だな……

部屋に戻る途中、いくつも分かれ道があった。

節電のためなのだろうか、電気が消えているのだ。

こんな時期だし、旅館の方も節電する必要があるのだろう。


しかし、真っ暗で何も見えないかと言うとそうではない。

フロントやロビーから明かりがもれているので、うっすらと奥が見えるのだ。

誰も使っていない宴会場も、同様にうっすらと奥が見える。

なんとも不気味である……


私は、落ち着かないながらも、部屋に入り、執筆を進めた。









時刻は午前0時を過ぎていた。

執筆はあまり進まない。

というのも、さっきから視線を感じるのだ。

そわそわして、何度も周りを確認するが、もちろん何もないし、誰もいない。


せっかく旅館に宿泊までして、ほとんど書けませんでしたじゃ意味がないよな。

しかし、寝不足になってはもっと意味がない。

書けない上に、寝不足になったら最悪だ。


私は明かりを消し、布団に入る。


ガガガガ……


冷房がうるさい。


しかし、私はある程度音のあるところでも就寝できるので、気にせずに眠りについた。









ここはどこだろうか……

旅館?


旅館だよな?


そうだった。

私は宿泊していたんだ。


しかし、雰囲気が違う。

私が宿泊している旅館ではないようだ。

人影が見えた、廃旅館にも似ているような気がする……


「まぁーだだよ」


ん?

女の子だろうか。

子供の声が聞こえる。


「もーいいかい」


今度は男の子の声だ。


「まぁーだだよ」


再び女の子の声。


かくれんぼをしているのだろうか。


しかし、ここはどこだ?

私は何をしているんだ?





……………………




ガガガガ……


目が覚めると、うるさい冷房の音が聞こえる。

ひどい汗だ。


夢か?


そうだ、私は旅館に宿泊していたのだ。

さっきのは夢だろうか。


どこかの旅館で小さな男の子と、女の子がかくれんぼをしている夢だ。



どれくらい眠っていたのだろうか。

部屋は真っ暗で、まだ朝ではない。


ウイィィーン……


突然、空気清浄機の音が大きくなる。


空気清浄機のランプが緑から赤に変わる。





!?





ランプが赤に変わる瞬間に、一瞬見えた……


さっき夢に出てきた女の子だ……


おかっぱの女の子が、悲しそうにこちらを見ており、完全に目が合った……





!!





急に身体が動かなくなる……


金縛りだ。




「……ぁ……だだよ」


なにか聞こえる……


「……ぁーだだよ」


「まぁーだだよ」


夢のときの声と一緒だ。


ガガガガガ……


ウイィーン……


冷房と、空気清浄機の音が響く。


吹き出る汗が止まらない。





「もぅーいいよ」


再び女の子の声が聞こえると同時に、金縛りが解ける。


私はゆっくりと身体を動かし、あたりをうかがう。


ガガガガガ……


ウイィーン……


相変わらずうるさい冷房と、空気清浄機の音だけが響く。


恐る恐る立ち上がり、電気を付ける。


パチッ!


部屋を見渡すが、当然だれもいない……




……………………




さっき聞こえた声は、かくれんぼの掛け声だ。

一瞬見えた女の子は、かくれんぼをしているのだろうか。


当たり前だが、「もういいよ」と言われたところで、探すなんてことはしない……


怖すぎる……


私は電気をつけたまま再び布団に入る。


タブレットを持って、漫画を読む。


無料のマンガアプリで、漫画を読むのだ。

完全な逃避である。


こういうときは、俺Tueeeものだ。

できるだけ明るい話を読もう。


私は、主人公がひたすら無双をする漫画を読み続けた。


そして、気がつくと眠っていた……









ん……


目が覚めると、外は明るい……


朝だ……


昨日の夜は一体なんだったのだろうか。


朝起きて、冷静になってみると、全て夢だったようにも思える。

寝ぼけていた可能性もあるな。


しかし、あんまり長居はしたくない気分だ。

とっとと身支度を整えて、家に帰ろう。


朝風呂も入りたかったが、それよりも自宅に帰りたいというほうが強かった。

素泊まりで、朝食も無いので、すぐに受け付けに行き、チェックアウトをした。


くそ……

せっかくの貴重な休みなのに、若干寝不足だな。

本当は朝も執筆する予定だったのに、それもできなかった。


まぁ、まだ早い時間だし、帰ってコーヒーでも飲みながら、自宅で続きを執筆しよう。


私は、コンビニで朝食とコーヒーを買い、自宅へ帰る。


さ、執筆の続きだ。


ノートパソコンを開くと、執筆用のソフトが既に立ち上がっている。





あれ?




昨日ソフトは終了しなかったんだっけ?




私は、いつもソフトを終了してからパソコンを閉じているはずだ。




昨日も終了した記憶はあるが……




いつものように、書き上げたところまで下にスクロールしていく。






そこには……





書き上げた文章以外のものが……






早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く助けて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて早く見つけて………………………………

普段は

『異世界修行生活 〜異世界転移したと思ったら日本の病室でしかも全身麻痺に絶望だったが、異世界と往復できるらしい。異世界で最弱だが、病室だと魔法が無限に使えるので修行し続ける〜』

という異世界転生ハイファンタジーを書いています。

そちらのほうも是非よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 廃墟や寂れた街の雰囲気が好きです。 ホテルや旅館の暗い廊下って何であんなに怖いんでしょうね。 コロナで最近潰れた旅館って所が時勢を感じて切ない…
[良い点] 恐怖が知らぬまに迫ってくる感じ…… ゾクッと来ました!((((;゜Д゜)))
[良い点] 美少女を探しに行かないなんてなってないですな、イベントを求めて夜の街を彷徨うのです。 [一言] 個人的には人通りの多い日中の方が恐怖なのでよく夜中に街に繰り出して寂れたシャッター街とか歩い…
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