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「ねえ、マリー。巷で面白い事件があったって本当?」


 黄緑色の猫っ毛を、少年は人差し指でくるくると弄びながらにやついた。マリーと呼ばれた女性はさらりと腰まで流れる黒髪を人差し指で耳にかけ、困ったように苦笑する。マリーというのはただの愛称で、本当はマリーベルなのだが、そう呼ぶ人間は案外少ない。彼女は周りの人間――全部で八人。片手の年齢で足りる子どももいる――を確認し、シッと口元に人差し指を当てた。


「確かに私の鷹が見たけれど……でもカルロ、今は静かにしなきゃ」

「別にいーじゃん。話してても適当でも真面目にやってても、どうせ結果は同じだよ。何度もしてて、失敗なんて一度もあった?」

「確かに、そうだけれど……」


 マリーは眉をひそめた。ポケットの中からチェーンがついた金色の懐中時計を取り出す。時間まではあと十分。待つことが苦手なカルロはそわそわと部屋の中を歩きまわっていた。他の人間たちはそろって円形に配置された椅子の上に座っている。彼らは青や緑、ピンクに橙とカラフルな色合いをした髪色と瞳で、大人も子どもも、老人も混じっていた。ふらふらと歩きまわるカルロを不快気な目で見つめるが、いつものことだとさして口をはさむ気もないのだろう。


 マリーはガラス張りの天井を見上げた。空にかかった、たるんだ黒いベールがふわりと揺れた。マリーはぞっとして体を小さくさせる。キィキィと不快な音が、空から聞こえる。マリーはこの部屋が苦手だ。何度来ても恐ろしい。


「マリー?」

「えっ……」


 いつの間にか、カルロがすぐそばに来ていたらしい。少年らしい、きらきらとした黄緑色の瞳をマリーに見せる。


「たかだか初級レベルの色音使いが、上級をぶっとばしたって話、ホント? 馴染みの役人に聞いたんだけどさ、それがホントだってんならワクワクするね」

「カルロ、いい加減にしろ」


 ふと、部屋の端で静かに本を読み進めていた赤髪の青年が、パタリと本の表紙を閉じ、低い声を出した。


「君が不真面目なことは知っている。けれどもマリーを巻き込むな」


 あまりにもすっぱりと言葉を突き付けられてしまったため、カルロはチッと舌打ちをした。「相変わらず、マリーには甘いな」 そう彼が呟くと、赤髪の青年はジロリとカルロを睨んだ。おっと、とカルロは両手を上げる。


「でもさ、あんたも気になるだろ? 魔力の量は生まれたときに決まってる。魔力の量が、色音使いの強さだ。そんな常識がぐるっと覆されたんだぜ?」


 カルロはどこか興奮気味だった。マリーはそっと瞳を伏せる。彼は色音使いを好いていない。その才能を持つ自分を、憎んでいる。才能を見いだされ、生まれてすぐにこの場所へと隔離された子どもの一人だ。マリーは黒髪なので、この場所へと来たのは大人になってからだった。そんなカルロを慰めるように、マリーは呟いた。


「そうね、確かにすごいことだわ。その初級色音使いはただの子どもだった。多分、カルロと同じくらいの年頃」

「へぇ! 男? 女?」

「さぁ……髪が長かったから女の子だと思うけど、ちょっと自信がないわ。凛々しい雰囲気の子だった」

「きっと男だ」


 カルロは何を想像したのか、嬉しそうに笑った。けれども周りの人間は不愉快な表情をした。マリーは慌てて自分の口を閉じた。初級の色音使いが、上級を倒した。そんなこと、彼らが喜ぶはずがない。カルロが特別なのだ。赤髪の青年が、苛立たしげに本を開いた。彼はただ単に、カルロの不真面目な態度が虫にすかないだけだろう。カルロと彼は相性が悪い。

 さすがのカルロも、場の空気に気付いたらしい。けれどもやっぱり好奇心を抑えきれないように、「最後に一つ」とマリーに尋ねた。「その子の名前は?」


 名前は。

 マリーは顎に人差し指を置いて、考え込む。確か、「カノン」


 そうマリーが呟いた瞬間、赤髪の青年は、本を手元から滑り落とした。ぼとりと地面に本が叩きつけられる音で、マリーとカルロ達は青年を見る。


「いっ……」


 落とした本が足の指に当たったらしい。青年は顔をしかめた。そして落ちた本を拾うこともなく、ゆっくりと自分の口元に手のひらを当てた。彼は何度か瞬きを繰り返し、やっとこさ周りの視線が自分に集まっていることに気付いたらしい。ほんの少し気まずげに顔を逸らした。


 うあああん、マリィー……。

 マリーの隣で、幼い少年がぐずった。マリーは慌てて両手で彼を抱き上げ、自分の膝の上に置く。何もこんな子どもまで、と思うのだが、国に繋がれ、飼いならされているだけのマリーにはどうすることもできない。泣き叫ぶ幼子をよしよしとなだめ、せめて今日の儀式は、このままの格好ですることはできないか、と中心の人物、赤髪の青年へと声をかけようとした。青年は、マリーの言わんとすることを理解しているのか、彼女と目を合わせ頷いた。マリーはほっとした。


「そろそろ時間だ。各自準備はいいだろうか」

「いちいち頭が固いな。問題ないに決まってるだろ、ナギ」


 カルロは赤髪の青年、ナギに向かってべえっと赤い舌を出した。


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