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85話「STILL IN THE SHADOW‐より深い影へ」

 

 何故影が動くのかって?自分とは違う動きをして、人ならざる姿になってしまったのか。今起こっている戦いの少しばかり前の話だ。


 何故ただの冒険者であり暗殺者であった自分に、まるで禁術や禁忌にでも手を出してしまったかの様な力を得たのかを。気付いた時には自らの影はまるで何者かに侵食されてしまったかの様になってしまい、影を制御する事は出来なくなってしまっている様に感じた。

 そしてある時から、自分の影に自分ではない何者かの違う者の自我が宿り、自らの意志の通りに影が動かなくなってしまい、まるで悪霊にでも取り憑かれてしまったのか?と感じる事もあった。神々しい日の様な光に体が当たり、照らされれば、地面に自然と現れる影はある日を境に突然として歪な形となり、まるで人間とは全くと言って良いぐらい違った姿を取ったり、意思に反するかの様にして蠢いたり、ある時には拙い感じながらも言葉を発する様な時もあった。


 そしてある時はまるで魔物や獣や荒れ狂う魔物を彷彿とさせる様な凶暴で狡猾、残忍かつ冷酷な影の魔物となり、血肉を欲し、殺人衝動に近いものに駆られてしまっていている様な時もあった。その姿は正に凶悪な生物兵器又は地獄から這い出てきた悪魔と言ってもおかしくはない姿だった。

 そしてある時にはそんな姿とは裏腹に、魔法書を読む為に出向いた図書館では自分が本を読む傍らで、子供が読む様な絵本を夢中になって読んでいたり、他愛もない事(この前はネズミが角から出てきただけでかなりビビっていた)で怖くなって自分の肩に長い腕を使ってしがみつき、後ろに隠れていたり、お茶を飲もうとティーカップに手を置けば、何も言っていないのにティーボトルを持ってきて、カップにお茶を注いでくれたりと、お茶目でどこか可愛らしく気の利く所や、時折不気味ながらも笑っている様な表情を見せたりなど面白い一面を覗かせる事だった。

 このまだ生態が良く分からない二面性を持つ影は、突然として悠介の影に寄生し、今は悠介の影を住処、と言うよりは悠介の影と完全に一心同体状態となり、彼の影は奴の体と言ってしまっても良いぐらいだった。今や自らの影に取り憑き、自我が芽生えている者との出会いは突然であり、そして自らに取り憑かれた影の真実を知った時、悠介は強く驚く事となった。




 
















 事の発端は少し前に遡る。この戦いが始まる三日程前の事だった。事の始まりは、ある日のクエストの帰り道だった。その日は夜行性の魔物を狩る為に、夜間にクエストを行う為に昼寝をして、夜中に外出を行い、リアンと共に真夜中の森に出掛ける事にしていた。

 その日は真夜中であった為に肌寒く、手や顔などと言った露出している肌には冷たい夜風が当たり、ピリピリと僅かながらに痛む程の風が当たっていた。最初は僅かに寒気により、悠介は苦しげな表情を見せ、体の身震いが僅かながらに発生してしまった。しかし寒いぐらいでおめおめと宿に帰る訳にはいかないので、黒衣をいつも以上に深く纏ってクエストに挑む事にした。リアンは相変わらずの露出が結構多い服装で、最初は絶対に寒いだろ!?と自然と思ってしまったり、不意に悠介はリアンに、寒くないの?と若干顔を顰め、不安気な表情でリアンに言ったのだが、リアンは全くだよ、言っていいぐらいにこやかで元気そうな表情を見せると、寒くなぁ~い!と答えたのだ。冷静沈着な悠介ですら、最初、彼女がそう悠介に言った時は流石に若干引いてしまった様な表情になってしまい、何故リアンはあんな服装なのに寒くないのか、について深く考えてみても、思考が一切追い付かず脳内には「謎」と言う言葉が浮かび、思考が更に遠のいていく。結局分からずじまいだったので、悠介は今はやむを得ず、思考を放棄し、歩く事しか出来なかったのだ。


 だって黒衣と厚めの服を着ている悠介ですら寒いと言うのに、リアンはこんなに露出が多い服を着ていてよく寒くないだとか、逆にこれでも暖かいと言っているぐらいだったので、悠介は彼女が異常体質ではないのか?と疑う程だったが、後々もう一度彼女に聞いてみれば彼女はある魔法を使っている事を教えてくれた。しかも汎用性に優れており、あらゆる環境下で使用可能な便利な魔法で、自分も使える様になりたいと羨み、願う程だった。


「体温調節」

 ・自分の体温を自由に調節が可能な簡易式の魔法。暑い地域や寒い地域での体温を調整する為に最適な魔法。


 もし自分がこの魔法使えるのなら悠介も使いたい魔法だった。この魔法さえあれば、冷房and暖房が一切必要じゃなくなるのだ。しかも丁度良い温度に自由調整出来ると言うおまけ付きだ。この魔法を使えるなら、永遠に寒いだとか暑いだとか言わずに済むので、悠介はこの魔法を使える様になりたかった。属性や特性を持たない、所謂、無属性の魔法である為、自分でも習得は出来るのではないかと思った。現にクエスト後は習得出来るかと習得を試みようとした時もあった。


 だが、生憎悠介は影魔法にしか特性がなく、その他の魔法関係はほぼ特性がなく、特性を持たなくとも習得が可能である「無属性魔法」すらも使えず、習得も過去に試みたものの全く習得が出来ないと言う、偏りが異常に強過ぎる性能をしている為、習得出来るのは影魔法のみであり、習得する方法も力を上げる度に得られたり、影魔法を習得し、属性を持っている魔物からしか習得が出来なくなってしまっているのだ。実際は魔法書に書いてある習得方法を試す事で特性や属性がある魔法なら習得は難しくはないのだが、悠介はその偏った特性や属性、力によりまるで異質な力を保有する人間の様になってしまったのだ。

 こんな力を保有しているのは、自分の運が悪いのか良いのかは知らないが、生活の上では役に立つし、習得はさほど難しくはない無属性魔法すら使えなくては、まるで魔法に適性が一切存在しなかった彼の様に、全くと言って良いぐらいに使えないとなると流石に悠介も使えない理由が気になってしまって仕方ない。

 疑問を持ち、何故影の魔法しか使えないのか、他の魔法は習得も使用も出来ないのかと疑念の表情を浮かべながら考えた事は多々あったが、深く思考を回して考えてみてもやはり分からなかった。なので考えても分からない以上、悠介は思考を回す意味を見い出せなかったので悠介は大人しく自分が影魔法しか使えないと認めざるをえなかった。無理に意地を貼り、強情になって影魔法以外の魔法が使えない事を認めないのは悠介の考えではただ頑なに真実を飲み込もうとしないだけのただの頑固者の様なものだと悠介は思ったので、悠介は考え方を変えて、影魔法以外が使えないと考えるのではなく、影魔法以外は使えないが、この影魔法は自分だけの専売特許だと考えて、自分以外の誰にもこの力は使えないだろうと考えたのだ。そう考えておけば、少しは自己弁護出来るだろうし、魔法が使えない事に対する劣等感などは感じずに済みそうだったので、逃げの手に走る事になるかもしれないが自分は基本的に逃げに徹する人だし、受け身な性格をしていて尚且つ影の様に薄く、影から暗躍している様な人間なのでこんな弱い奴がやろうとしている事も平然と行う事が出来た。こんな事をしても結局は現実から目を背けている様にしか見えないかもしれない。だが悠介は所詮自分はその程度と自分の限界や力量なんてとっくの昔に見えていた気がするので、そんな風な考え方を持っていたとしても不満や嫌な風に感じる事は一切なかった。

 あ、話が逸れてしまった。戻す事にしよう………









 






 そして彼女と会話をしている中、悠介は奴と初めて出会う事となった。クエストをクリアする為に必要な魔物の素材を奪い取り、必要分だけ取ると悠介とリアンは若干急ぎ気味で帰路に着いていた。理由は単純且つかなり幼稚な理由だった。

 悠介の特徴、お化けと幽霊嫌い←これリアンも同じね


 実は悠介はお化けや幽霊が嫌いだった。昔からお化けは嫌いだ。この前に凱亜と見た(見せられた)心霊映像を見た事により、それ以降暗い所や古い建物、更に特に暗すぎる所などは、バァ!と急に出てくるかもしれないので悠介はそれ以降お化けや幽霊は嫌いになってしまい、暗すぎる所全般が嫌いになってしまったのだった。

 仮にも悠介は暗殺者です。なのに暗すぎる所が苦手だとか抜かしているだなんて、暗闇から現れて、全てを暗殺する暗殺者らしくないし、暗すぎる所でビビってしまう自分が僅かながら恥ずかしくも思えてしまう。早く克服した方が良いのだが、あの時見た個人的に怖過ぎる心霊映像が未だに脳裏に焼き付いてしまい、暗い所が今でもまだ慣れないと言うか怖いと言う感じになってしまい、このままじゃ暗い所がトラウマになりそうだ。暗殺者は暗闇から現れて静かに首を狩るのが普通のはずなのに、これじゃ暗殺者としてどうなんだ?と悠介は感じてしまう。因みにだが、リアンと共に夜の森を行動をしている時は、いつもの冷静沈着且つ冷酷で無に等しい感情を崩さない事がデフォルトである悠介は、絶対にこの感じを崩さない為に基本的に痩せ我慢をしていた。絶対にリアンの前ではビビらないと悠介は決め、深く暗すぎて魔物が徘徊している夜の森の中で、たとえ何かを吊るす為のフックを見つけようと、木に藁で作られた人形(釘付き)を見つけようが絶対にリアンの前ではビビらずにいた。本当は内心では震え上がる程ビビりまくっていたが、絶対にこの恐怖と弱い自分を漏らす様な事はしなかった。昔から感情を抑えてしまい込む事は苦手ではなかったので、怖かったし、何度もビビったのだが、今までの人生で得た力である、感情を抑えると言う力のお陰でこの恐怖の感情が顔に現れてしまったり、ついこの事に対する愚痴がこぼれてしまう事もなかった。

 しかし奴と初めて出会った時は幽霊やお化けを余裕で超える程の恐怖が湧き上がり、悠介はあまりの恐怖により冷や汗が額と伝うと同時に息を飲んでしまい、両足が震え始め、それと同時に腰を抜かしてしまいそうになってしまった。

 そして彼女も奴を見た時、リアンも悠介同様に恐怖する事となった。リアンも奴を初めて見た時は、細く健気な手で体を守り、腰を抜かして地面に尻もちをついてしまい、恐怖の表情を見せながら、杖を握りしめながら体を小刻みに震わせている程だった。

 その日は空の上には満月と呼ぶに相応しい程に綺麗な光を放つ、月明かりの様な光が空から照らされていた。月明かりの様な光はまるで救いの光とも見えてしまう程に明るく、日の様な光が照らさない中でも地面に自分の影を作っていたのだ。しかも作られた影は夜にも関わらず濃く、日の様な光が出ている昼間と何ら変わりのない程だったのだ。

 影が出ているのもそうだが、月明かりの様な眩しく美して、つい手で顔を隠したくなる様な光はリアンの綺麗で触り心地の良さそうで、腰まで伸びていて、風により僅かながら揺れる金色の髪に目が釘付けになりそうになった。リアンは悠介の前を歩いているので悠介はリアンに気付かれる事なく彼女の綺麗な金色の髪を見つめる事が出来た。後ろからなので尚更良く、美しく見えてしまうのは何故だろうか。今後ろから彼女の髪を触る事だって出来ない事ではない。撫でようと思えば自分の穢れた手でその髪と体を撫でる事だって出来るだろうし、素直に触る事だって出来る。抱き締めたって怒りはしないかもしれない。この頃、二人の仲は更に加速していく一方で最近は向こうから手を繋いできてくれたり、食事の時にアーンってしてくる時もあったので脈アリの行動を見せていた可能性から、少しは好意を抱いているのかもしれないと悠介は思った。しかしこれは恋愛未経験者で、しかも初めて好意を抱いた人が実のお姉さんである悠介の考えなので、恋愛下手な悠介の勝手な考えなので気にしすぎない事にしてください。

 そして悠介の足を動かす速度が微かに増加した。悠介はふと彼女の髪を静かに撫でたくなった。後ろから押し潰す勢いで抱き締めるとまではいかないが、あの月明かりの様な光に照らされて夜風によって小刻みに揺れて、風に煽られるあの綺麗な金色でロングヘアの長い髪を撫でたくなってしまったので仕方ない。悠介は後ろから彼女の肩に手に置いて、髪を撫でたいと願う事にした。

 リアンの肩に軽く右手を置くとリアンは素直に首を後ろの方に動かすと同時に体も悠介の方に動かした。そして悠介の双眸はリアンの美しい双眸が合ってしまった。リアンは上目遣いで悠介を見つめ、キョトンとした表情をして悠介を見つめている。上目遣いで見つめられると同時に彼女の美しく豊満な胸元も見えてしまい、悠介は自然と目を逸らしてしまいそうになるが、自分から話しかけておいて目を逸らすなんて事は出来ないので悠介は目を逸らす事なく、彼女の双眸と目を合わせ続けた。


「ん?悠介、どうかした?」


「あ、あのさ……リア、君の……」


 君の髪を撫でたい、と言おうとした時だった。互いに向かい合い自分が言いたい事をただありのままに自らの口から伝えようとした時だった。リアンの美しくいつもの明るい表情に強い戦慄と強すぎる恐怖に呑まれてしまった様な表情を悠介に見せたのだ。

 最初、悠介は自分の顔に何か付いているのか?と聞こうとしたが、もし本当に悠介の顔に何かが付いていたとしても、ここまで恐怖を見せる様な表情は浮かべないはずだ。たかが顔に何か付いていたとしてこんな怖がる様な表情を見せて、絶句して言葉を失うはずはないだろう。あまりに恐れ慄いている彼女を見た悠介はすぐに彼女の事を心配してしまい、自分自身もリアンと同じ様に僅かながら恐怖する様な表情を見せてしまい、焦る様な表情を浮かべてしまう。


「り、リア!ど、どうしたんだ?」


「ゆ、ゆ、ゆ……悠介……う、後ろ……」


 悠介の呼び掛けに対して、リアンは何かに向かって指差しをした。しかしリアンは悠介の事を指差すのではなく、悠介の後ろの方を指差したのだ。指を差すその指先は震えており、明らかに恐怖してしまっている事が分かる。悠介はまさか敵襲かまた魔物の新手だと感じ、装備していたナイフシースから愛用しているタクティカルナイフを音速にも匹敵する速度で引き抜くと、凄まじい速度で後ろを振り向き、標的をその目で捉える前にナイフを横方向に大振りに振った。当たろうが、当たらまいが関係なかった。敵を一時的にでも退かせる事が出来るなら、悠介は当たらなくとも構わなかった。

 しかし後ろを急いで振り返った時、悠介は強く困惑すると同時に疑問の念と渦がまるで荒れ狂う嵐の様にして巻き上がり、理解も追い付かなくなりそうになった。

 目の前にはまるでスライムを彷彿とさせるうねうねと動く自分の影があったのだ。しかもさっきまで自分の後ろに作られていた影は自分の前に現れたのだ。しかしこの現象は普通に考えれば変な事だった。まず影は光が当たる角度によって作る場所を変えている。光は真っ直ぐ進む特質を持つので、人や物などが遮る事によって影が生み出されるのだ。

 例を上げるのなら、自分の後ろの方向から日の様な光や月明かりの様な光が照らされたとしたら、自分が障害物となり、前の方向に影が出来るし、逆に前から照らされる事になれば、自分から見て、背後の方向に影が作り出され、投影される事となる。

 しかし今は真実に反するかの様な形で自分の影は光が当たる方向が違うにも関わらず、自分の前に現れていたのだ。

 そして影は段々と形を変えていき、次第に不気味な生物の様な形を取り始める。まるで猫の様な尖った二つの耳の様なもの、妙に細く長い腕と肉を切り裂いてしまいそうな鋭い三つの爪の様な手、横に僅かながら太い胴体、そして白色の目と奇妙な程までに赤く、暗闇の中でも簡単に見えてしまいそうな赤い瞳孔、そして鋭い牙を何本も生やし、全てを噛み砕いてしまいそうな鋭い歯と人間とは思えない様な口、その姿も人間とは強くかけ離れており、どう見ても悠介の目には魔物としか映らなかった。逆にそれ以外の姿に見えるなんておかしい話だった。


 しかし、お化けが嫌いな悠介にこの様な特徴を持つ謎の何かは、悠介を強くビビらせるには十分過ぎる要素だった。ここまでいくとチビりそうになるぐらいだった。実際はチビってないけど、て言うか十八にもなってチビるとか絶対ヤダ。

 案の定、悠介とリアンは恐れ慄き、互いに真夜中で尚且つ、誰もいない様な深夜の森にいた事を良い事に、叫び声を上げながら泣き喚いてしまう勢いで抱き合ってしまった。そして二人は呆気なく、腰を抜かしてしまいその場に崩れ落ちてしまったのだ。リアンはもう尻もちを付く程だったが、悠介はまだ膝を着くぐらいだった。仮にも悠介だって男だ、女の子一人見捨てておめおめと逃げる訳にもいなかった。悠介はそのブルブルと恐怖によって震えている手で、タクティカルナイフを握り締め、必死で歯を食いしばった。こんなにも怖い経験は久しぶりかもしれない。本当のお化けに出会うのは初めてなので、誘拐される危険もあったが、悠介はリアンを守る為にその全ての恐怖を押し殺してナイフの尖端を化け物へと変化した自分の影へと向けたのだ。

 化け物へと変貌を遂げてしまった悠介の影は大きく、鋭い牙を生やした口から荒く口呼吸を行い、手を僅かながらに動かしている。今にもこちらに飛びかかってきてもおかしくない雰囲気と風貌をしている。悠介は警戒をより一層強め、念の為にも影小刀(シャドウナイフ)の詠唱を開始し、遠距離の戦闘にも対応が可能になるようにした。

 しかし向こうはこちらに飛びかかってくる様子を見せようとはしない。襲いかかってくる様な事はせず、その場で悠介の事をマジマジとストーキングするかの様にして見つめているのだ。見つめられると無防備になりそうなので隠れたいのだが、今は隠れるに隠れられない状況だった。しかし悠介は襲いかからず、ただ不自然に自分の事を見つめる化け物へと変貌を遂げた影に違和感を覚え始めていた。

 もし影が獰猛で残虐な性格だったとしたら、とっくに腰を抜かした二人を笑いながら、襲いかかってきてもおかしくはなかったのだ。なのに影は二人を襲おうとする素振りは一切見せようとしない。あの見た目で戦闘を好まないとは悠介は思えなかったので、常時警戒を強める動きを見せるが、影は再びその真っ黒で暗闇に身を落とした体を動かして悠介達とコンタクトを取り始めたのだ。


「テ…キ、ジャ……ナイ、ワレ、オマエノ、ナカ、マ」


 影の言葉を悠介は聞き逃さかなかった。敵意はない?と言った気がする、そして影は悠介の仲間だと言った様な気がしたのだ。一瞬、影の言葉にハッとした悠介は右手に握り締めていたナイフを装備していたナイフシースへとしまい、影との接触を試みたのだ。お化けかもしれないと言う可能性はまだ存在していたのだが向こうが敵意はなしだと言っているのに、いつまでも向こうの事を信じずに、影を相手にしながらにらめっこを続けるのも、正直何故か虚しく意味が無いと感じ始めていたので、悠介はナイフをナイフシースに納めると両手を上に上げて、降伏したポーズで影に近寄っていく。悠介の額からはまだ冷や汗がつたい、若干手の震えが続いていたが、向こうが敵意がないと言っている以上、いつまでも飲み込まず、頑なに信じない訳にもいかなかったので、悠介は若干重い足取りで影へと近付いていく。リアンは変わらず尻もちを付いたままでその場から全く動けずにいた。影の方へと歩んでいく悠介に何も言う事が出来なかった。絶句し、言葉を失って、恐怖の表情に支配された彼女は悠介を止める事も、彼と共に歩き出す事も出来なかったのだ。


「あんたが俺達に敵意がないってんなら、何かでそれを証明してくれ。そうでもしないと、敵意がないとは断定出来ない……」


「ワレ、オマエノ、カラダ、ガナケレ、バ、ソンザ、イ、デ来ない、我ノカラダ、オマ、エト、オナジ…」


 そう言うと悠介の前に立つ影は両手を上げて、降伏のサインを示している悠介を真似するかの様にして、その異様に細い両腕を上げて、悠介と同じポーズを取った。どうやら向こうもこちらと同じ様に敵意は存在していないらしい。近付いてきた所で腹に穴を開けてくるかもしれないが、奴の言葉では悠介の肉体がなければ、奴も生きられないっぽいので、どうやら殺し合いをする気はなさそうだった。悠介は段々と不気味な影へと歩み寄り、距離を次第に詰めていく。悠介は一歩一歩進む度に恐怖心が増していき、心臓の鼓動の速度も次第に上昇していく。もしも近付いた所をあのデカい口でパックンと食べられてしまったり、上半身や下半身だけを口ちぎられる様な事になってしまったらどうしよう?などと嫌な妄想が悠介の脳内を駆け巡ってしまった。

 しかしそんな風に考えてしまうからそんな考えが生まれてしまうと考えた悠介は、悪い考えは全て投げ捨てて友好的な影だろうと、必死になって自分に自己暗示をかけて悪い考えを捨てる為に四苦八苦になっていた。


 そして悠介は遂に重い足取りで影の目の前へと辿り着いた。影はまるで地面に体の半分を沈めている様な形でユラユラと揺らめいている。そのせいで影の下半身は見える事がなく、足などもその目で捉える事は出来なかった。お陰で悠介はかなり上から目線で影を見つめてしまう事となってしまった。そのせいで視線はかなり下の方へと傾き、首も下の方へと動かさなければいけなかったので、悠介はさっきと同じ様に片膝を着く形で影と話す事にした。


「お、お前……俺の影に入って何したいんだ?住処でも探しているのかな?魔物さん?」


「ワレ、カゲノケシン、ヒトナラザル、カゲ……カゲツカウコト、デキル、オマエ、ウツワ二、フサワシイ」


 後半は何を言っているのか分からなくなってしまった。しかし取り敢えず、目と鼻の先に現れている影は自分に敵意がないと言う事だけは分かった気がした。そして影は悠介の前に立つとその異様に細くて長い右腕を悠介に差し出したのだ。まるで仲良くなりたい様に、友達になりたいかの様にして差し出された影の手に悠介は素直に手を伸ばした。

 相手は影で、実体を持たないかと悠介は思ったのだが、悠介の予想は簡単に外れてしまった。影の細い手を握ろうとすると、影をすり抜けるのではなく、普通に手を握る事が出来たのだった。しかも握ったからと言って、潰れてしまったり、形が歪む様な事もなく、触れた時の感触も普通の人間と全く変わらない様な感じで、自分的に異状は、何も感じなかったのだ。


「あんた、名前は?まさか「影」だなんて言わないよな?」


「ワレノナハ、ナンジガ、キメヨ……ナ、アタエテ、ホシイ」


 どうやら、この魔物の様な姿をした影は自分の名を持っていない様だった。名を自分に与えてほしい、そう影は悠介に訴えた。表情は変わる事はないが、僅かながらだが、影は悠介に対して口元に笑みを見せた様な気がした。気の所為かもしれないが、悠介の目にはそう映っていた。


「名前は俺に委ねるかぁ………」


「ワレ、ナンジガキメル、ナ、ナラバ、ナニデモ、カマワナイ…」


 う~ん、と頭の中で唸りながら、悠介は少しだけその場に腕を組みながら影の名を考える事にした。影は付ける名前は何でも良いと答えたので、この際適当に答えて付けてしまうのも一つの手なのだが、それでは仮にも生きている身であるこの影が少しだが可哀想にも見えてきてしまう。適当に付けるのは可哀想だと思った悠介は呼びやすくて、自分がカッコイイと思う名前を付けてあげる事にしたのだ。


「…………ラディ…」


 悠介は不意に自分が考えた名前を呟いてしまう。ポンと出で思い付いた名前だったし、まだ完全に決めた訳でもないし、たまたま思い付いた名前が自然と口から零れただけだったのだ。しかし目の前に現れる影は悠介の不意な発言を鵜呑みしてしまい、その名が自分の名だと思ってしまっていた。悠介はまだこの名前を付けてあげるとは言っていないが、向こうはこの名前を気に入る様な様子を見せ、感情を表に出す事はないがまるで喜ぶ様な素振りを見せてくれていた。


「ラディ……コノ、ナ、ワレノナト、スル」


「おいおい、良いのか?まだ確定はしてないけど……こんな簡素な名前で構わないのか?」


「カンソ、?、チガ、ウ…ナンジノツケタ、ナ、ナラバ……ヨキ、ナマエ」


 こんな事を言うのもあれだが、影に良き名前だとか言われて、悠介は嬉しく、少しながら照れてしまった。女の子に言われたなら、少しは嬉しかったり、照れてしまうのは仕方ないかもしれないが、よりにもよって、人外に等しい影にそんな事を言われて照れてしまっている悠介は一体どんな神経をしているのだろうか。もしかして異種族が好きだとか?


「マ、タ…アオウ、ヨバレレバ、イク……」


 まだラディは何か悠介に対して話すかもしれないと思ったのだが、ラディはこの言葉を最後に悠介の深い影の中へと消えていってしまった。悠介は、あっ、と情けなさそうな声を発し、手を伸ばしたが、ラディは悠介の影の中へと消えていった。

 呼び戻そうと、ラディの事を呼ぼうとした悠介だったが、消えてすぐに呼び戻すのも可哀想だと思った悠介は今はお呼び出しする事をやめて、その場を立ち去る事にした。最初こそ焦りとお化けが嫌いな事により目覚めた恐怖により、ビビってしまった悠介だが、いざ話してみると以外にも温厚でフレンドリーな奴だと言う事が目を見て話している中で分かった気がした。悠介は影の中へと消えたラディの事を気にする事はせずその場から立ち去る為にリアンの元に近付いた。


「帰るか……」


「うん、そうだね…」


 まだリアンは腰を抜かしていたので、悠介は仕方なく彼女の体を背中を使って持ち上げると、何も言わずに彼女の事をおぶった。何も言わない、何も聞かない、素直に彼はリアンの事をおぶっていた。腰を抜かしてしまっていて、一人じゃ真面に歩けそうになかったので悠介は彼女に許可を取る事なくおぶった。しかしリアンはおぶってくれた悠介に抵抗する様な事は一切せず、素直に彼の背中に体重を預けて少しだけ身体を熱くしながらも彼に素直におぶられていたのだった。

 その時、悠介の背中にとても柔らかくて大きい何かの感触と、何度も右耳元を強く刺激する彼女の熱い吐息や女性特有の甘く優しい匂いなどで危うく下の方が大変な事になりそうになったが、自らの体に巻き上がる興奮と欲望を、悠介は抑えるのに必死になっていた。表情こそ崩さなかったが、内心の表情はかなり厳しいものになってしまっていた……




















 その後、二人は結局何も言わぬまま宿へと戻り、二つ部屋を取るとその日は何も考えずに寝る事にした。悠介は何か考えようにも、山の様に存在する謎について、何から考えれば良いのか分からなくなってしまい、次第に思考を回す気が薄れていき、悠介は結局、何も考えないと言う結論に辿り着くとその日は何も考えずに眠りに着いてしまった。考えた事と言えば、明日は街の図書館にでも言って、今日の様な事例が存在しないか確かめる事ぐらいだった。もしかしたら何か今回の件に似た様な事例が存在しているかもしれないので悠介は僅かながら期待を持った。














 翌日、悠介は朝起きるとすぐに身支度と食事だけを済ませて図書館へと出向く事にした。リアンには図書館に行く事は伝えていたのだが、リアンは悠介に対して、悠介の行く所にリアンあり!と言う謎の言葉を投げかけてきたので、やむを得ず彼女も連れていく事にした。別に嫌と言う訳ではない。別に着いてくる必要性はあるのか?と疑問を持っただけだ。決して着いてこないでほしいと思った訳ではない。


 そして図書館に辿り着くと、悠介はすぐさま昨日自分の身に起きた事例を調べる為、似た様な事が記述されていると思われる本を飲内を歩き回って、本棚から片っ端に取り出し、机に座ると読み漁る勢いで本を開き、まるで貪るかの様にして本を読み始めた。影に自我が宿る、もしくはそれに近い事例、召喚獣関連の本にも記載がないかどうかも調べる為、召喚獣の一覧が載せられた本なども全て調べ尽くした。もしかしたらどこかに記載があるかもしれないと言う希望を胸に悠介はありとあらゆる本を読破するも、一向に今回の件に似た様な事が書かれた本は見つからない。まさか事例のない事かもしれないと悠介はふと思ってしまう。

 この様に影に自我が宿って影に寄生するなんてイレギュラーに等しい事なのかもしれない。分からないとなると苦しいものだった。

 現在の所ラディは日の様な光が当たって、影が出来ている事を良い事に人目の付かない所で子供が読みたがりそうな本を一人で夢中になって読んでいる。面白げな表情を見せながら、1ページ1ページとページをめくり、ワクワクとしながら本を読んでいる。しかも既に何冊も読んでおり、悠介は下手に間に入る事が出来なくなってしまった。邪魔をする気はないが、どんな本を読んでいるかは気になってしまう。さっきはリンゴが出てきたページを何故か楽しそうに読んでいたので、邪魔は出来そうになかった。

 そしてリアンは何故か、官能小説紛いな本を読んで頬を少しだけ赤くしていた。深くは介入しない事にしておこう。趣味や好きな本のジャンルは人それぞれだ、下手に何か言ったり、馬鹿にする様な事はしないでおこう。逆にそんな事を言う必要性が感じられないので悠介は二人を気にする事なく、情報を求める為に目を休ませる事なく、本を次々と読んでいく。

 すると、悠介の目に一冊の古く、埃を被って、僅かながら汚れてしまっている本が目に入った。もう長い時間誰にも読まれず、ずっと本棚の中で眠っていた様な本にも見えてくる。悠介は本に付いていた埃を手を使って取り除くと、本の題名に目を向ける。

 しかし題名はかなり陰湿で聞いた事もない様な題名だった。


「禁忌魔法」


 と、本の表紙には書かれていた。明らかに怪しくて危険な匂いがする。禁忌だって?こんなの完全に危険な魔法だ。

 悠介自身、知っている魔法については、影魔法の他に火、水、風、土、闇、光、氷、無などと言った基本的な魔法しか分からない。悪いが、禁忌魔法なんて単語すら聞いた事ないしこれは使ったら、偉い人に怒られるじゃ済まなさそうなので怪しく危険な香りが本から漂っていた気がした。本を開くのも勇気がいりそうな本だったが、もしかしたら、もしかしたらラディに近い事例が記載されているかもしれないと言う、確証や可能性も全くない中であったが、悠介はこの本を開いてみる事にした。多分載ってないだろ?と思った。

 しかし、その考えは甘かった。


 そして本を開き、本の中に書かれた事について悠介は目を通していく。見る限りでも分かる、かなり危険な香りがした。禁忌魔法と言うのはどうも危険なランクが設定されているらしく、第三等級、第二等級、第一等級と三つが存在し、一等級に近付く程危険になると言うのだ。

 まず第三等級や第二等級は魔法能力が秀でている者や身に齎される代償を顧みない上でなら、儀式を行う事で発動が可能らしく、使う場合は自己責任になると言う言わばかなり特殊で異端な魔法だと言う事が分かる。しかし本の記述によるとこの禁忌魔法はこの世界の神を崇める人々にとっては、邪悪の権化その物と言っても良い物らしく、使用している事がバレてしまえば迫害を受ける事が普通だと言う、使って良い事があまりない魔法にも見えてくる。

 そしてこの事よりも更に大きな問題は第一等級の禁忌魔法だった。これはまず使用自体が大国や中立国や小国など言った国では禁止されており、使った事が知られれば使う使わないの有無を問わず極刑に処される程の危険性を秘めた魔法だったのだ。第一等級禁忌魔法はこの広い世界すらも簡単に破壊出来る力を持ち、力を得た時の代償も他の二つとは比にならない程らしい。体の自由を奪われるだとか永遠に呪いに見舞われるとからしい。言っておくが、使う気にならない。第三等級や二等級なら神を強く信仰する人達から迫害されるし、一等級なら使用の有無を問わずに即首をはねられる事となってしまう。命が惜しいので使いません、以上です。


 そして大体2ページ程使って一つ程禁忌魔法について書かれているのだが、そのどれもが危険で使うのに必要な代償が尋常ではない様な魔法ばかりだった。

 まず色々な禁忌魔法が目に入ってくる。どの禁忌魔法も齎される力は異常な程だった。しかし今悠介が見た禁忌魔法はそれのほんの一部、氷山の一角に過ぎないものだった。


「第一等級禁忌魔法:堕の音色(こえ)

 ・聞いた者に神官が使用を許されている神の加護ですら消える事が絶対にない呪いと呪縛を付与する。一度聞けば日に日に聞いた者の身体を衰弱させる。最後は死に至り、徐々に死に直面する事になる。

 代償:自らの声が、命尽きるその時まで堕の音色(こえ)となる。


「第二等級禁忌魔法:広範囲殲滅破壊砲(レクイエム)

 ・発動の際に契約により注がれる膨大な量の魔力と自らの持つ魔力と周囲に散った者の魔力を根こそぎ奪い取る事により発動が可能な最凶の殲滅兵器を呼び出す禁忌魔法。嘗ての技術者と魔道士により生み出された禁忌魔法。使用時は異空間から無数の殲滅破壊砲が出現し、超広範囲を攻撃を行う。その威力は通常の魔法とは全く比例しない程の威力を誇る。この攻撃を受けた地点は全てが破壊され、草木すらも生えなくなり、完全な焼け野原と姿を変え、その姿は通称”地獄(Hell)”と変貌を遂げる事となる。代償は存在しないが、発動時に吸い取られる魔力が欠乏しようと自らの魔力は容赦なく吸い取られる事となる。



「第二等級禁忌魔法:触魔獄影」

 ・自らが持つ影に極めて危険な禁獣を宿らせる禁忌魔法。自らの影に寄生させる事により自らの体に大きな影の力を齎し、影に寄生した禁獣が対象を全て破壊する事となる。しかし寄生すると永遠に離れる事はなく影に寄生した禁獣が暴走し、主の身体を破壊する可能性も孕んでいる。本体の体が滅んだ場合、禁獣は世に解き放たれるかその滅んだ体を新たな体とし傀儡として取り込む可能性も存在する。

 代償:影の犠牲、自らが滅ぶまで永遠に影から出ていく事はない。体の一部が寄生した禁獣によって乗っ取られる可能性がある。

 また使用するには儀式や特殊な詠唱が必要となるが、この禁忌魔法は極稀に影魔法に適性を持つ者に自動的に発症する可能性がある。しかし能力は変わらず禁忌魔法と同程度の力を発揮する。


 悠介の背中に強い悪寒が走り、表情が強ばる様にして固まってしまい、手の動きも完全に止まってしまった。

 今この本には影魔法の適性を持つ者にも同程度の効果が発生すると記されていた。悠介はラディの事を強く思い浮かべる。まさか、間違いではないか?と一度は期待したものの、そんなもの何の意味も持たなかった。現実とは非情で恐ろしいものだと言う事が今分かった気がした。

 自らの影に寄生していて、禁獣とも呼べる様な程に恐ろしいフォルム、そして本に記された記述を合わせて悠介はある事を悟ってしまった。もう間違いではない事を認めざるをえなかった。逆にこれが禁忌魔法とは違うものだと証明する事は悠介には出来なかった。証明しようにも、類似点が多すぎてしまい、逆に似ていない所を探す方が大変だった様にも思えてくる。また、受け入れなければならないのか?悠介は辛い感じの表情と苦しげな声がふと漏れてしまった。


(俺は、禁忌魔法を使用している!?)


 それが真実だった。覆す事なんて出来ない……








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