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84話「The fury of the invaders‐侵略者の猛威」

 

 悠介は素っ気なく、呆れた様な表情でリアンにそう軽口を叩く様にして呟いた。

 何故なら、今はもう戦闘時だ、しかも敵は既に鋭い殺気を発して、こちらに攻撃を仕掛けてきている状況だ。そんな状況の中で頬を赤らめて、欲求不満?なんて聞かれても返答する事は残念ながら出来ない。悠介は攻撃を避けた事を確認すると、リアンの方に目を向ける事もなく、睨む様な目付きで攻撃された方向に目を向けて素早くその場に立ち上がり、ナイフをより強く握り締めた。

 リアンは自分に構ってくれないし甘えてくれない悠介に少しだけ不満を覚えてしまい、ムスッとした表情を浮かべてしまう。しかしよくよく考えてみれば、今の状況では仕方ないか、とリアンは素直に飲み込む事にして悠介と同じ様にしてその場に急いで立ち上がった。まだ第二波の攻撃が来るかもしれないのでリアンも悠介と同様に周囲の警戒を強めた。


 悠介は特に右方向への警戒と右方向とその周囲の確認を一切怠る事をせず、瞬きすらしない勢いで血眼になりながら、歯を噛み締めて右方向を中心に周囲を見渡していく。平原なのですぐにでも攻撃して来た奴が自分の目に捉えられると思っていた悠介だったが、何故か先程殺気を感じて、攻撃が飛んでいた右方向には敵は一人として存在していなかった。悠介は何故、攻撃が飛んできた右方向に敵がいないのか、その理由が分からなくなり僅かながら困惑する気持ちとまた攻撃が来るかもしれない、と言う焦りの二つが込み上げてきた。より一層警戒を強める。

 敵が見えず、敵の姿すら認識出来ていない中で、敵からの攻撃を受けるなんて、まるでこちらが一方的にただ攻撃されるだけの的になっている様なものだ。


「おい、リア……敵、見えるか?」


 いつも以上に張り詰めた空気の中、悠介はリアンにそう呟いた。彼はどことなく苦しそうな声をしていて、心に落ち着きがあまりない様にも見えてくる。しかし実際リアンも悠介と同じ様な感じだった。いつもの優しく、明るく、元気がある様な表情は浮かべる事が出来ず、緊張が走り、冷や汗を流していて、険しい表情を浮かべている悠介同様にリアンも険しい表情を浮かべてしまい、冷や汗が額をつたって頬に流れていた。

 悠介の発言にリアンはすぐさま反応を見せる。互いに背中を合わせて周囲の警戒を続けていた二人だったが、リアンは悠介の言葉に反応を見せた。


「ご、ごめん、見えないかも……と言うより、この平原で敵が見えないのもおかしいと思うけど?」


 苦し紛れの一言だった。リアンは出来るだけ悠介に焦りなどと言った負の感情を連発させない様にする為に今の自分が出来る精一杯の優しげな口調で悠介にそく告げた。言葉の内容はともかく、口調だけはギリギリいつものリアンを保っていた。しかしそれも所詮は苦し紛れでその場しのぎの様な行動に過ぎなかった。リアンはこれで悠介の焦りや不安が少しは消えるかもしれないと感じたのだが、残念な事に口調が優しいだけでは悠介の焦りは消える事がなかった。案の定悠介はまだ焦りや不安が募っていて、周囲の確認もより一層強さを増していた。


「駄目だ、敵の姿が見えない……」


「私もよ……でも私も出来る限りの事はして、敵を見つけるからね…」


 悠介はさっきと同じ様にして、自分の両目を閉じ、精神を強く集中させる事で周囲から放たれている殺気を感じる事に専念する。もしかしたら、さっきと同じ様に殺気を感じて、敵が攻撃を仕掛けてくる方向が分かるかもしれない。悠介はナイフを握る右手を自分の顔の前にまでもってゆき、攻撃を仕掛けられても迎撃を行う事が出来る様にする。さっきの敵の攻撃は自分の顔に向かって行われたと悠介は感じていた。

 恐らく敵は一撃での即死を狙っていると悠介は考えた。ナイフを握る右手を自分の顔の前に置く事で即死してしまう可能性は下がるだろうと悠介は予想した。もし万が一後ろから攻撃される可能性もある程度存在しているし、本当に攻撃されたら防御手段は存在しないに等しいのだが、その為に悠介はリアンに背中を預けていた。


 ――――来るなら来い!

 悠介は心の中で一言だけ強気に呟いた。基本的に強気にならない悠介でも、久しぶりに強気な気持ちになった気がした。

 悠介はナイフの握り手が握り潰される程の勢いで強く握り締める。流石に握る力が強すぎて握り潰される事はなかったが、悠介の気持ち的には握り潰される勢いで握り続けていた。


(周囲が静かすぎる。殺気も見えないし、なりより静かすぎる………攻撃の機会をまだ伺っているのか?)


(嵐の前の静けさって感じかしら?こうも静かだと、敵が本当にいるのか分からなくなりそう……)


 この平原と言う場の静まり返った空気に悠介とリアンは強い困惑と疑惑を覚えていた。さっきは強い殺気を感じたし、攻撃を仕掛けられたと悠介はその身をもって実感した。今自分は戦いの場、つまり戦場と言う舞台に立っている事を悠介は実感した。

 しかし今の静かすぎて表向きを見ればただ長閑な平原と見れる、この状況を見ると悠介は戦場なんかに立っている実感は全くと言って良いぐらいなかった。絶対に敵はいると信じて良いのだが、その肝心な敵は不意に尻尾を出す事や影から姿を露出させる事すらしない。完全に息を殺し、何処かに身を潜め、悠介とリアンを撹乱し、着実に隙を作り攻撃を行おうとしている。敵はそんな風に考えているだろうと、悠介は予想した。

 確実性はないが、相手はその様な感じの攻め方をしようとしているのではないかと考えた。まるで自分と同じ暗殺者の様に、敵を確実に屠る戦い方をしている様にだ。






(クソ、このままじゃ焦りと緊張が募るだけだ……いずれ集中力を切らさちまった所を撃たれるに違いねぇ……一か八かで賭けに出るか、まだ背中合わせを続けるか……)


 このままこの場所に背中を合わせたまま立ち続けているのは悠介的には得策ではないだろうと思った。まずこの場所に永遠に立ち続ける事は出来ないし、精神を集中させ周囲の警戒を続ければ、勿論だが集中力が次第に落ちていく事になってしまう。集中させすぎれば、集中力が落ち、思考能力も次第に低下していってしまう。そう言った状況になってしまえば最後、生まれるのは隙と言う事だ。敵は恐らく相手の集中力や思考能力が低下して、考えが追い付かなくなったタイミングに攻撃を行い、仕留めるだろうと悠介は予想する。このまま立ち続けるのは言ってしまえば、愚策にも等しい。悠介は一か八かで今この場から飛び出し、自らを的とし、見えない相手に対して、挑発を行うと言う考えを立案してみた。

 自らを的とするなんて、死亡率が高まるだけの馬鹿げた考えかもしれないが相手が姿も見せず、攻撃してくる方向も分からない中で行うこの行動は相手が攻撃してくる方向が分かり、運が良ければ相手の姿を捉える事も出来るかもしれないのだ。最悪大怪我や重傷を負うと言うリスクも存在するこの考えだが、今この場所にずっと立っているよりはまだマシだと悠介は考えた。万が一重傷を負ってしまう可能性があったとしても、その時はリアンに治療してもらえばいいし、血を吐いた時の恐怖に比べればまだマシだと悠介は強く思った。悠介は手に握り締めていたナイフを腰部に装備していたナイフシースに納まい、武器を一切持たない丸腰状態になる。武器も持たずに戦場の真ん中に立つなんて周りの冒険者から見れば、ただの自殺行為なのだが今悠介が考えた作戦では、武器なんて必要としていなかったのだ。


(一か八かだ!賭けに出てや……………)


 刹那、悠介の頬に何かが掠る。僅か一瞬とも言っていい程の短い間での出来事だったので、悠介はナイフをナイフシースから抜き出す事やナイフシースに手を突っ込む事すら出来ず、顔を左方向に動かす為に首を左に動かす事しか出来なかった。しかしそれでも駄目だった。突然の事に悠介は対応する事が出来なかったのだ。ギリギリ飛んできた何かを躱す事が出来たが、悠介の頬には耐え難いとまでは言わないが、スパッと何かが切れた様な感触と少しながらも痛みが発生していた。

 何故痛いんだ?と悠介は思い、自分の右頬に指を走らせる。すると悠介は背筋が凍る様な感じがした。


「な、何だと?」


「悠介……頬から血が……」


 その場にしゃがみこんでいたリアンも口を両手で抑えながら、悠介にそう恐怖する様な表情を浮かべる。悠介もリアンも互いに驚いてしまった。

 何と悠介の右頬からは皮膚が裂け、僅かながら肉を抉り、その右頬からは赤黒い血が悠介の頬をつたっていたのだ。痛すぎると言う程ではなかったが、痛むかと聞かれればまず間違いなく痛いと答えるだろう。悶絶してもがき苦しむ程までとはいなかったが、確かに痛いと言う事に違いはなかった。

 

「ゆ、悠介!?大丈夫?今治癒魔法を!………って悠介ぇ!?」


 リアンが悠介に治癒を行う為に回復を行う魔法を使ってあげようとしてあげた時だった。悠介はリアンの言葉を一切聞き入れる事なく、自分が持てる最大の脚力を使って攻撃が飛んできた方向に向かって全力で走り出す。敵が攻撃を仕掛けてきたのなら、全力で向かう必要がある。正直これが敵の位置を探る為のラストチャンスだと言っても過言ではない。悠介はチャンスを逃す気はないと思い、リアンの言葉を無視してその場から走り出した。しかしその場にしゃがみこんでいたリアンも悠介の走る後ろ姿を見ると、置いてけぼりにされそうな気持ちになり、僅かながら恐怖を覚えてしまう。この場に一人置き去りにされるのは絶対に嫌だったので、悠介と一緒にいたかったリアンは悠介の追い付く為に彼女もまた全速力で悠介と同様に走り出した。結構長めの杖を持っていたり、魔女の様なとんがり帽子を被っているリアンは悠介程速く走る事は出来なかったが、彼女なりには速く走っていたつもりだ。


(間違いない!また右方向から撃ってきやがった!右方向且つこの向きなら、位置を予測するのは………難しい事じゃない!)


 悠介は頬に出来た傷の事なんて一切気にせず足を動かし、敵がいると予測した場所に向かって、一心不乱に走り続けた。悠介は自分が吐く息が荒れ、心臓の鼓動が早くなる事すらも一切気にする様子や素振りを見せる事なく、一定の方向に向かって走っていく。走る事により、右頬から流れた赤黒い血は地面に滴り落ち、皮膚が裂かれて出来た傷の所以外にも、血がとめどなく流れていき、流れ落ちていってしまったが、悠介は自分の体が傷付き、血が流れようと、その手で血を強引に拭き取る事すらせずに走っていく。悠介は目の前に立つ敵を殺す事にしか意識を回す事が出来なくなり、傷の事やリアンの事なんて一切気にする事が出来なかったのだ。

 悠介はひたむきに走り続ける。敵の位置を割り出す事が出来た事で悠介は敵が立つ場所に全速力で向かう。案の定、悠介が走る先に立つ何か、悠介の双眸に敵の姿がくっきりと映る。彼の双眸がその目で捉えた敵を絶対に見逃す事はない。悠介はナイフを使って斬り掛かり、接近戦を仕掛けると見せかけて、自分の周囲にすぐさま投擲技であり、自分が使う事が出来る魔法の一つである「影小刀(シャドウナイフ)」を使う為、早口になりながら、急いで詠唱を開始する。


「我の影よ!その影の姿を刃に変え、敵を蹂躙せよ、「影小刀(シャドウナイフ)」」


 次の瞬間、悠介の手から禍々しく、暗闇に落ちた世界の様な程の暗いオーラと霧の様な黒い何かが彼の手から現れたのだ。そしてその禍々しい暗闇のオーラはすぐさま、悠介が使っている様なナイフの様な形を取り始める。そして闇に包まれた様なオーラは無数のナイフの形を取り、悠介の周りを円で囲む様にして現れ、影により生まれたナイフが悠介の周りを浮遊する。しかしナイフの刃が向けられているのは、悠介ではなく、悠介の前に立つ敵だった。彼は暗殺者だ、捉えた敵は絶対に逃がしはしないと決めていた。勿論だが、相手が人間だろうと、男か女も関係なしにターゲットは必ず始末すると決めている。それが暗殺者としての嗜みだと悠介は思っていた。

 敵を初めて見た時は少しだけ自分の運が悪いと思ってしまった。何故なら敵は顔を晒していなかったからだ。晒していないと言うよりはフードを深く被っているので、目元を確認する事が出来ず、確認出来たのは口元だけだったのだ。

 敵の服装はチャック付きの黒色のフードパーカーを着ていて、フードを深く被っている。しかしチャックは外しており、着ると言うよりは、羽織る様な形でフードパーカーを着ていた。チャック付きフードパーカーの下は白色のワイシャツの様な服を着ており、その服は何処か女性の制服のシャツを彷彿とさせる服だった。下半身は短めのスカートを履いているが、深傷を避ける為なのか、太腿まで伸びている長いニーハイソックスの様なもの、勿論両足両方履いている。冬は寒くなさそうだった。しかも右のニーハイソックスには自分と同じナイフシースが巻き付けてあったのだ。間違いなく接近戦用の武器が納められているに違いない。恐らく近接戦に持ち込まれた時は太腿に取り付けられたナイフシースから何かしらのナイフを抜くだろうと悠介は予測した。

 手には、怪我を防止する為なのか、布ではなく革の様な素材で作られた赤黒い手袋を着用している。その色はまるで血の様な色合いをしていた。

 そしてなりより、目の前に立つ敵の右手には自分の目を疑う物を装着していたのだ。何と悠介の前に現れた敵は右手と言うよりも右腕の前腕部が見えなくなる程にまで重厚且つ機械の様な現代兵器を彷彿とさせる武器が取り付けられていたのだ。恐らく自分の右頬を掠め、傷を作ったのもあの武器が使われた事による事だろう。

 それは間違いなく、弓矢、しかも普通の木と紐の様な物で作られた粗悪な物やこの世界に来てから見た弓矢とは一線を越す程までに強化された弓矢だったのだ。

 まるで使われている素材は鉄製の素材で、弓を引く為の弦の部分はワイヤーの様な頑丈な素材になっており、弓本体上部には滑車の様な物が取り付けられていたのだ。悠介はこの武器が何なのかは一目見ただけで簡単に分かった。現に背中には矢筒の様な縦に細長い物を背負っており、矢筒から覗かせる細い棒の様な物はどう見ても弓矢を使う為の矢である事が分かった。


(間違いない、あれは「コンパウンドボウ」だ。間違いない……)


 コンパウンドボウ、それは簡易的に言ってしまえば、普通の弓矢を新しく作り直し、機械的な要素で組み上げられた近代的な弓である。

 悠介本人も使った事は流石になかったが、ゲームや映画の中では何度かその目で見た事がある武器だった。しかし悠介は知っていた。コンパウンドボウは普通の弓を近代的な技術で改良し、強い力を手に入れた様な武器だ。悠介本人もその強さも十分承知している。まず弓矢の矢が頭部なんかに命中してみろ、即死は免れない。銃弾に比べれば避けるのは難しくはなさそうには思えるが、滑車やワイヤーなどの新しい技術により作られている弓矢だ、矢のスピードだって普通の弓矢と比べれば、差は強く開いてしまうだろう。

 そうなれば、自分に向かって撃ち出される矢を避けるのは困難になってしまう。言っておくが、悠介は肉眼で見て銃弾を避けたり、超速の矢を避けられる程身体能力は良くはない。現にさっきは少し掠りはしたが、何とか避ける事は出来たが、この先全ての攻撃を避けられるとは限らない。悪いが、避けられる自信は全くない。

 余裕で頭とか心臓に鋭い矢がめり込んで死ぬ羽目になりそうなので、急いで尻尾を巻いてそそくさと逃げたいと言う気持ちもあるのだが、暗殺者でありターゲットは絶対に逃がさないと自分が決めているクセに今逃げるだなんて発言が矛盾している様な気がするので、初めて見た武器の恐怖に悠介は晒されたが、彼は歯を食いしばり、詠唱により両手から生み出した無数の影小刀(シャドウナイフ)の矛先を敵の方向に向ける。そして右手を前に出すと、自らの指先を敵の先に向けた。


「行きな……」


 悠介がそう周りに聞こえない程の大きさの声で呟く。勿論、小さい声での発言だったので誰かに聞こえる事はない。口元の笑みと同時に放たれた言葉と共に影と闇によって生み出されたナイフの矛先は少し先に立っている敵の所へと高速で飛んでいく。その速度は目で捉えられる様な程の速さではなく、簡単且つ余裕で体を貫く勢いのスピードで、一本でもこのナイフが刺されば致命傷は確定するだろう。それにこのナイフの数なら避けるのは簡単ではない。全方向から囲む様にしてナイフを飛ばしてしまえば、包囲されて逃げる場は存在しなくなる。ナイフの軌道はコントロール出来るので、悠介は殺さない程度に痛め付ける為に上横斜めと行った全方向から敵を囲う様にしてナイフを飛ばし、逃げ場を次々と消してゆき、袋の鼠状態へと追いやっていく。

 え、何故殺さないかって?情報は聞き出せるだけ聞き出した方が良いと悠介は考えている。身体的に殺しはしないが、最終的には精神的に殺すつもりだ。捕獲した捕虜は使え道があるだけ使い、使用価値がなくなったらとっととゴミ箱に捨てる様に捨てる。それぐらいの使い方でいいだろう。他に使い道があれば使うかもしれないが、アイツ程ではないが、かなりの邪心を持っている悠介の脳では捕まえた個体の使い道なんて決まっていた。

 例:ナイフの斬れ味を確かめる為の実験台、新しく習得した魔法の実験用、アイツの餌にするか鬱憤を晴らす用、自分が溜まった時の捌け口(性別が女の子だった場合)


 その為にも今は敵の無力化を行う必要があった。悠介はナイフを敵に向かって飛ばすと、若干余裕気な表情を見せる。悠介はこの攻撃で終わると思っていた。敵の逃げ道は絶対に存在しないと思っていた。全ての逃げ道は影によって生み出された無数のナイフにより塞がれており、左右や前や後ろに逃げようが、ジャンプをしようが、その場にしゃがみ込もうが無数のナイフの矛先が襲いかかってくる。勿論だが殺しはしない。殺さない程度に、動けない程度に痛め付けておくと悠介は決めていた。そして無数のナイフの矛先は遂に敵の方向へと向かって飛んでいく。避けるのは絶対に無理だと悠介は確信していた。しかし悠介は確信を持ちながらも、相手の動向やここからどう切り返すかなどの行動は全て、涼しい表情をしながらも見る事にしていた。

 万が一ここから切り返されえしまっては別の手を考える必要があった。一応最悪の状況に至ってしまった場合はアイツに手を借りるしか他ない事になりそうなので、アイツを呼ぶ手も一応頭に入れておく事にする。もし使うのなら、実戦でアイツの手を借りるのはこれが初めてになる。

 しかし、この無数に群がり、敵を全方向から囲う影小刀(シャドウナイフ)の攻撃が命中すれば終わる事だ。アイツの手を借りるまでもないかもしれない。


「……ARROW……Type:Avatar」


 悠介にその言葉が聞こえる事はなかった。独り言と言ってよい程小さい声で、口も僅かにしか動かなかった為、悠介の耳にはその言葉が届く事は一切なかった。

 そして敵は背中に背負っていた矢筒から鏃が鉄で作られた弓を放つ為の矢を一本取り出すと、右腕に固定されているコンパウンドボウに矢を通すと悠介の方に目掛けて矢を放つのではなく、空高く舞う様にして真上へと矢を放ったのだ。勿論だが、真上へと矢を射った為、悠介に矢が命中する可能性は極めて低くなってしまう。しかしこの無数のナイフに囲まれた中で真上の方向に矢を放つなんて相手は恐らく何かを考えているだろうと推測した。悪い方向へと傾かない事を祈るまでだった。

 しかし、悠介の祈りは呆気なく破られてしまい、事態は悪い方へと傾く事になった。

 敵を全方向から囲う無数のナイフは敵の体を串刺しにし、全身を刺し尽くす為に敵に向けて発射されたが無数のナイフはまるで撃ち落とされたかの様にして一瞬で掻き消されてしまい、その場から全てのナイフが消え去ってしまったのだ。しかも上を見上げると自分の方にも鋭い鏃を持つ鉄の矢が自分の元へと何本も降り注いだのだ。その数は自分の影により生み出された影小刀(シャドウナイフ)を上回る数と言っても良いぐらいだった。


「ヤバ!」


 悠介は自分の身に降りかかる死への恐怖と無数の矢が悠介の行動を強く加速させる。悠介は背を向ければ背中を見せた瞬間に射抜かれると思い、ナイフを構えたまま後ろにバックステップを行う、しかしまだ矢の雨を振り切る事は出来ていなかった。バックステップをしているだけではいずれ矢が当たってしまう。悠介はまだ練習ぐらいしかしておらず、実戦ではまだ一切使っていない体術を使用する。勿論だが前から出来ていた訳ではない、異世界に来てから得た、異質とも言える程高い身体能力だからこそなせる技だった。


「危ねぇ!」


 悠介の口から言葉が漏れる。苦渋に満ちる表情と冷や汗が流れる中で、悠介はバックステップをする事はせず、後ろに向かってバク転を行ったのだ。予備動作は殆どなしの状態で、足に僅かながら力を込め、後ろの方の地面に手を付けて全身を翻すかの様にして動かした悠介は意図も簡単にバク転を行う事が出来たのだ。

 バク転を行ったのが功を奏したのか、何とか降り注ぐ矢の雨を回避する事に成功した。

 先程突然として起こった事に悠介は困惑の様子を見せてしまう。敵が真上へと向かって放った一本の矢は何と空中でまるで分身したかの様にして、無数の矢へと変貌し、雨の如く降り注いだのだ。しかもその数は悠介の影によって生み出したナイフの数を上回っていたのだ。それが空の上から雨の様にして降り注いでくる。全て何とか回避出来た事は本当に運が良いと悠介は感じた。幸いな事に矢が一本すら掠る事すらしなかったので悠介は安堵したのだが、ホッとしたのもつかの間だった。敵は第二波の攻撃を仕掛ける様にして追撃を行ってきたのだ。


 ――――弓か?それともナイフで?……………


 次の瞬間だった。敵は何かを投げる様な動きを悠介に見せる。左腕を動かすと、左腕を強く振る。しかし彼女の手には何も握られていない。悠介から見れば、ただ無意味に左腕を振った様にしか見えなかった。

 しかしその動きはまるで指の間に何かを挟んでいて、それをこちらに向けて投げようとしてきている様にも見えなくもないが……


「………な!?」


 悠介はその双眸に何かを捉えた。絶対に見間違いではないと言う事だけは分かる。そして僅かながらそれは日の様な光に反射する事で姿を見せた。敵はただ無意味に腕を振ったのではないと言う事が今分かった。相手は確実に殺しに来ていると、隠し手を残していた事に今更気付いた悠介は急いで回避を行おうとしたのだが、気付くのが、僅かに遅かった。


「ぐ……!?」


 悠介の左腕に鋭い何かが突き刺さる。鋭い何かは悠介の皮膚を突き、肉を穿ち、姿勢を僅かながらに崩させた。それと同時に彼の着ていた黒衣に赤黒い色が染色されていく。徐々に黒衣が赤くなっていく範囲は大きくなっていき、闇に身を落とす為の黒衣が赤い服へと変貌を遂げてしまう程の勢いだった。

 そして自分の左肩に突き刺さった物が何なのかは一瞬で分かった。この燃える様に痛い灼熱感、ズキズキと一定の痛みを常時与えられる感覚、そして肩から腕をつたって流れていく赤い血、間違いなかった。ナイフが肩に突き刺さっている。しかも見えないタイプの「クリスタルナイフ」に近いヤツだ。クリスタルナイフはナイフその物が透明なガラスの様に透けてしまっており、簡単にナイフ本体の姿を捉える事は出来ない。近接戦で相手の意表を突いたり、遠距離からの投擲を行い、避ける判断を遅らせたり、そもそも見えない中で刺される事だってある。通常の投げナイフと比べれば避けにくさは圧倒的に高い。

 今回はまんまと突き刺されてしまったが。

 

 悠介は左腕が強く痛み、後退りしながら一時的に後ろに下がる。苦汁を舐めた時の様な苦い表情を浮かべる悠介は後退りすると、後ろの方で心配そうな表情を見せているリアンの方へと近付いていく。リアンもナイフが刺さっている事に気付くと、すぐさま彼の元へと駆け寄り、生存の確認をとる。勿論だがナイフが肩に一本刺さったぐらいじゃ、流石に死ぬとまではいかないが、結構痛いと言う事に変わりはなかった。


「悠介、大丈夫?肩に刺さってるよぉ!」


 苦しみに満ちてしまっている様な表情を悠介は見せてしまうが、悠介は歯を噛み締めると左肩に刺さってしまっているナイフを右手で掴む。刃ではなく持ち手の部分を掴む。本当なら静かにゆっくりとナイフを抜いて布や医療器具などで傷口の止血か回復魔法や治癒魔法を使って傷を癒す必要があった。しかし今は戦闘時だった、素直に相手が待つとも思えてこない。

 死ぬ程痛い事になるかもしれない事だが、忍苦するしかない。銃弾で撃たれるよりはマシだ!←撃たれた事ない奴が言うな。


「ぐぅぅ!!」


 悠介は歯を食いしばると、肩に突き刺さってしまったクリスタルナイフを容赦なく引き抜いたのだ。容赦なく引き抜いた事により、鋭いナイフの刃が更に悠介の肉を切り裂き、それによって肉は強く抉れてしまう。出血は加速し、痛みはまるでさっきの何倍もの様にして膨れ上がった。

 経験した事がない、あまりに強い痛みに悠介は苦しみに満ちた唸り声を上げる。それと同時に血は地面に垂れ、地面の土すらも赤く染ってしまった。


「悠介、今回復してあげるから待ってて!」


「いや……無理っぽい……ぞ?」


 苦しみの中で悶える悠介は汗を流しながらも、何とか言葉を発し、リアンに話しかける。悠介の言う通りだった。リアンが悠介の方ではなく、前の方に顔を向けると、そこにはさっきまで少し遠めの位置に立っていた敵は徐々に二人の元へと歩み寄ってくる。しかもコンパウンドボウを腕に固定したまま近付いてくる。ゆっくりとした足取りだが、悠介にとっては歩み寄ってくるその一歩一歩がとても怖く思えてきた。

 まるでその姿は強大な力を持つ侵略者の様だった。抑えきれない侵略者の猛威は二人を強い絶望へと落としていく。

 しかしそんな中、悠介は強い痛みを堪えてその場にナイフを持ちながら立ち上がる。そして悠介は一つの決断をする事にした。


(悪いが、アイツに頼るしかねぇな…………起きろ!バトルの時間だぜ?)


(キキキ……リョ……カイ……セント……ウ……カイシ、スル)


 悠介の心の中で悠介ではない誰かが呟いた。誰にもその言葉が聞こえる事はなかった。しかし悠介の脳内には何者かの言葉が届いた。


「悠介?まだ回復が!」


「だ、大丈夫だ、たかが穴が一個増えただけだ……」


 悠介の気の利いたセリフも無理をしている感じが否めなかった。

 リアンは悠介に回復魔法を施そうとしたが、悠介は回復魔法を受ける事なく、立ち上がり突然としてナイフの刃を自ら差し出した左手の親指にナイフの刃を当てる。そしてナイフを僅かにだけ動かした。そうすれば、親指は切れてしまい赤い血がポタポタと地面に流れ落ちる。悠介は血が流れる指を自らの影へと向けると自分の影に向かって垂れている血を垂らした。

 そして魔法を詠唱するかの様にして言葉を唱え始める。


「汝………我の血を吸い、我の影の幻身となり、主である我に影の力を与え、我と共に共闘せよ!「インヴァイトシャドウ」」


 次の瞬間、悠介の影はその形を崩してゆき、本来の形とは全く違う姿を取り始めたのだ。形はまるで人間ではなく化け物、怪物、とにかく人間ではないと言う事が分かった。そして悠介の背後からは奇妙と言う言葉を超えた不気味、悪魔的な無邪気でどこか可愛らしい姿をした影の怪物が悠介の背後から姿を表したのだ。正に姿は怪物だった。真っ黒で姿が揺らめき、安定していない体に歪な形をした丸く赤く染る目、鋭い牙をいくつも生やし、全てを噛み切り、潰してしまいそうな大きな口、三つの鉤爪の様な指と長く細い腕、人間のフォルムとは全く違った愛らしくも不気味な怪物が悠介の影から現れたのだ。

 そしてその怪物は細くも長い両手を悠介の肩に置き、悠介の後ろから顔を覗かせた。


「行こうか「ラディ」…」


「キケケ……ユー…スケ」


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