番外編4「小さな雑談」
食事を終えた悠介はリアンと共に座っていた椅子から立ち上がる。
腹は正直結構膨れた。王国にいた時は食事量が多いかと聞かれるとそうでもなかったからだ。
これだけ食べれば、それなりの時間は動く事が出来るだろう。
しかし、改まって考えてみたものの、やる事があるかどうか分からなかった。冒険者ギルドにでも行って何かクエストでもしようかな?
いや、万が一誰かがこの俺「裂罅悠介」の事を知っていて、召喚勇者だと言う事がバレてしまったら大変な事になる。
そのまま通報されて、国の兵士によって連れ戻される可能性だって否定出来ない。もしも連れ戻されたら、何もないでは済まされないだろう。追っ手を殺害した件もあるので、こっちが殺される可能性だって否定出来ないのだ。
リアは自分の事を知らないと言っていたので、多分それはないと考えたいが、万が一あったらかなり大変だ。
それに、もしもこの事でリアンにまで被害が及んだら、自分だけでなくリアンにまで嫌の目に遭ってしまう事になる。
無関係者を巻き込むのは絶対に避けたい。
でもどうしようか?これと言ってやる事と言えばそれぐらいだ。所詮はただの冒険者であり召喚勇者。
クエストぐらいでしか金稼げないと思う。
やっぱりここはクエスト……て、言うかここ何処なんだ?
倒れた後の記憶は一切ないので、何処に運び込まれたのかは一切把握していない。
場所を把握出来ていない事は致命的なミスだ。
ここが何処なのかは、絶対に知っておいた方がいい。
もしかしたら、逃げ出した国の近くの街かもしれない。それに違ったとしても、知る必要はある。
悠介は取り敢えず、自分の横で元から少し乱れている髪を綺麗な指を使って整えているリアンに聞いてみる事にした。
今聞ける人って彼女ぐらいしかいないのでね。
「な、なぁ、リア。ここって一体何処なんだ?俺、記憶ないからここが何処だが分かんねぇんだけど?」
「ここが何処か分からない?いいよ、教えてあげる。1番近い大国は王国『ユスティーツ』とは言っても、ユスティーツからこの街の距離は結構離れているよ。まぁ1番近いってだけで正直、移動する人はあんまりいないかな。ここの街は他の街に比べれば少し狭いけど、美味しいお店もあるし、冒険者ギルドもある、他にも楽しい所は沢山あるの。ここは何も悪い所がないとっても良い街なんだよ。沢山の人が交流して楽しく暮らしている街なんだよ」
リアンが説明した限りの話では、ここは悪い街ではないみたいだ。
王国『ユスティーツ』からも離れているみたいだし、追っ手がわざわざ離れた所まで来る可能性は低い。悠介はここを離れるのは得策ではないと思った。
自分の正体を隠しながら、この街で普通の冒険者として、生きていく。そうしたい。
そして今、自分は「リアン・ジュール」と言う姿も肉体も美しい女性と一緒にいる。
この街から離れる理由なんてなかった。
それにこの街について話している時のリアンの表情はさっきの表情よりも更に磨きがかかった笑顔だった。
まるでこの街が大好きだと言う様に、いつまでもこの街で暮らしていきたいと言う気持ちが悠介には伝わってきた。
尚更、悠介はこの街から離れたくなくなった。まだこの街に来て僅かな時間しか流れてはいないが、ここに居たくなってしまった。
それにここを離れた所で今の所ここ以外に行く宛てなんて存在しないのだ。
悠介はこの街に居る事にした。
「なぁリア。せっかくだしさ…冒険者ギルド行って、何かクエストでもやらないか?」
「え?クエスト!私も今やろうって言おうとしてたの!偶然だね!」
「確かに偶然だな…」
悠介はリアンに着いていくのが少しキツかった。
影の薄い悠介はそのせいも相まってか、あまり明るい感じで話したり、積極的に話す事が出来る人ではないのだ。
それに対してリアンは悠介とは異なり、いつも明るい感じで話していて人と話す事が完全に慣れている口調だ。
この人と話すのが苦手で影も薄いコミュ障の悠介と人と一切問題なく話せて明るい感じで振舞っているリアン。
この2人のコンビ。
なんだろう……
もうこの話はやめてくれ。
「コミュ障で何が悪い?」by裂罅悠介
「質問いいか?リアってさ冒険者になってどれくらい経つんだ?後職業なに?」
「私?私はもう冒険者になって3年ぐらい経つかな?」
えぇ!?長過ぎないか?3年って結構長いぞ!
俺なんて冒険者になってまだほんの数ヶ月ぐらいしか経ってないのに。完全に経験値違うだろ?
この人絶対強い人だって。3年間も冒険者やってたんだから、絶対に強い力秘めてるよね!?よね?
「職業は無難な「魔術士」だよ。捻りも何もないありふれてる魔法系職業よ。因みに冒険者は3年間やってたから私は今18歳なの。冒険者って15歳からなれるからね」
歳まで同じなのかよぉ!?
え?何なの?リアってこんな可愛い見た目だけど年齢って俺と同じなの?
こんなの不公平だろ!?性別違うとは言っても18歳でこの美貌と人柄はもはや良い人と呼ぶのも悪いぐらいだよ?良い人と言うか聖人に近い気もしてきたし。
俺ヤバくね?
こんな美しくて聖人とも呼べそうな人にこんなコミュ障で影薄過ぎて国裏切ってる奴と一緒にいて大丈夫なのか?
釣り合ってないよね?
天秤にかければ絶対バランス安定しなくなるって!
これじゃ周りの奴が怒り散らすのもしょうがねぇよ!どうすればいいんだ?
適当に話してお茶を濁す事ぐらいしか出来ねぇよ!(悠介が出来る精一杯の強がり)
「じゅ、18歳って俺と同い年じゃねぇか」
「え?悠介も18歳だったの?背が大きいからもう少し年上だと思ってたんだけど……同い年とはねぇ~あ、そうだ、悠介の職業も教えてよ!」
俺の職業は「暗殺者」俺みたいな影が薄くて誰にも気付かれない様な奴にはお似合いの職業だ。
武器だって正面から斬り掛かる様な剣でもなく槍でもなく戦闘用のナイフだ。
斬れ味も良くそっと近付いて斬るか刺す。そんな戦い方で今まで戦ってきた。
勿論だが、魔法だって使える。属性は『影』結構珍しい属性らしい。
影が薄いのか、神様は影を操れる様な能力を授けてくれたのだ。
影で作り出したナイフや影が大きな手となって敵を押し潰したりする事が出来る。
俺の戦い方はそんな感じだ。
影の薄い奴にはピッタリだろ?笑いたい奴は笑ってくれればいいさ。
他人から蔑む様に笑われる事には慣れているさ。
「俺は『暗殺者』だ。適正属性は『影』これだけだ。そっちの適正属性は?」
「私は…『炎』『風』『光』の3つかな?後、一応回復魔法も使えるよ。強いて言っても光魔法が1番得意なだけ。それ以外は普通のしがない冒険者なのよ私」
いや3つも属性あるとか結構お得じゃん。俺なんて1つだけだよ。
まぁ、でも影って珍しい属性らしいから、リアンの3つの属性と俺の珍しい1つの属性を天秤にかければ偏る事はないだろう。
釣り合うと思う。きっとね?
「へぇ~でも属性3つと回復魔法もあるなら結構強いんじゃないの?3年間の経験も合わせれば俺なんかよりは強いはずじゃない?」
「確かにね。私、もう3年目だけど、未だに実力がどれくらいか分かってないの」
しかし悠介はある事を知っていた。
それは、冒険者にはランクがあると言う事を。
彼ら召喚された勇者達は最低ランクのEランクではなく、いきなり最高ランクのSの1つ下であるAランクに属している事になった。
この辺は前にも説明を聞いていて、ランクが高い程高難易度のクエストを受ける事が出来る。他にも報酬の額が上昇する、ギルド運営の装備店などでは割引を行ってくれるなどの恩恵を得る事が出来るのだ。
悠介は召喚勇者なのでランクはAいきなりこんな高いので少し不安だ。
本当ならEランクから始まると言うのに。
ただの一般人が一流冒険者と同等のAランクなどで良いのだろうか。
少々疑問だったが、実際の所、この高いランクのお陰でクエストをクリアした時に貰える報酬額などは高くなったので気にする事はなく、ただ嬉しさに浸っていた。
さて、リアンのランクはどれぐらいだろうか?
「じゃあさ、ランク教えろよ。ランクでなら少しは実力分かるんじゃないかな?」
「私のランク?もうAランクだけど?後それなりに頑張れば、Sランクにいけるんだけど……」
いや、絶対強いや~ん!リアって絶対に強いじゃ~ん!強いかどうか分からないって?
100%強いよ、絶対に!
この人召喚勇者じゃないから、Eランクから始まったんでしょ?そこから約3年だろ?
絶対にこの人強いって!
実際は「私別に強くなんか~」とか言ってそうで実際戦いになれば問答無用で敵殺せる人だって!
自分の事理解出来てないよこの人!
「Aランクって……俺もAランクだけど、絶対強いよ?貴方…分からない以前にAランクって結構強い人達がいるランクなんだよ」←悠介はAランクに相応しいかどうかは不明。恐らく相応しくない。
「そ、そうかなぁ~つ、強いだなんて。そんな事あんまり言われた事ないんだけど………私、可愛い、可愛いとしか男の人には言われてきたから強いみたいな事言ってくれた人は悠介が初めてかな?ありがとうね」
いや、何で頬赤くしてんの!?
こっち、若干怖がってたよ?
何で褒められたみたいな表情してんの?
まぁ、確かに褒め言葉にも聞こえたかもしれないけどさ、こっちは怖がって言ってるんだよ?
だが、向こうが良い気になってるんだったら、それに水を差す様な事はしたくない。
喜んでるなら、素直に喜ばせてあげよう。
その嬉しさに満ち溢れてる表情を壊してしまう程俺は馬鹿じゃない。
そんな言葉をかけたせいなのか、リアンは照れている様な、嬉しそうな表情で身体を少し揺らしながら悠介の横に立っていた。
豊満な胸が揺れてたので悠介は頬を赤らめながらも視線を逸らした。
ガン見するのって良くないよね?
2人は店から出てクエストに行く事にした。
いつもなら誰とも組まず1人でクエストを行っていたが、今回は1人ではない。リアが一緒にいる。初めての共闘かもしれない。
いつまでも影に隠れて、一匹狼を気取るのもやめにしよう。(気取ってたと言うか誰も組んでくれなかった。影が薄すぎて)
冒険者ギルドに向かって歩いている途中、悠介は何度も何度もリアンの横顔を見た。
彼女の美しい顔と、所々乱れながらもその乱れが美しく見えてくる金色の髪。スラッとしたスタイルや触りたくなる欲望を抑えきれなくなってしまう様な胸やその肉体。
全てが美しく見えていた。
悠介は初恋をした気がした。
今までは初恋以前に、誰も自分に気付いてくれなくて恋どころかマトモに友達が出来た事も少なかった。
悠介今、恋をしていた。リアン・ジュールと言う女性に。
だが、こんな美しい女性と自分なんかが釣り合うだろうか?光り輝く太陽の様な彼女と影のどん底にいて、気付かれる事なんて一切ない様な俺。
釣り合うかと第三者に聞いてみよう。絶対に釣り合わないと言うだろう。
しかし、それでも悠介は恋をしていた。彼女にリアンに恋をしていた気がしてきたのだった。
「さて、クエストは沢山あるぜ。何をする?」
「スタンダードに行きましょうか?」
2人は目を合わせ口元を笑わせる。リアンの美しい表情を見て悠介も前髪を少し上げて、目が他人から見える様にした。
いつもは前髪が長すぎるせいで他人からは目が見えないからだ。
その表情は笑っていた。表情など普段からあまり変えない彼だったが、今は笑わせてもらう事にした。
リアンと悠介はクエストの内容が書かれた沢山の紙の中から1枚の紙を握った。
正直な話難しそうだ。運が悪ければ死ぬ可能性だって否定出来ない。
だがしかし、2人の好奇心がこの紙に手を伸ばさせたのだ。
推奨ランクはAだ。本当はSだったが、前にクエストに挑戦した人が失敗してしまったのかランクが1つ下げられている。
これもこの冒険者システムの1つだ。
挑戦に失敗していくとそのランクがどんどんと下がっていく。
ランクが下がれば挑戦する人数も増えていく。なのでランクは下がっていく。
しかしあまりにもクリア者が出なかった場合はそのクエストは除外されていく。
こんな感じのシステムだったと思う。俺の記憶が正しければ。
「やれるか?」
「やれるよ!」
2人はこのクエストを受ける事にした。
受ける事にしあ。クエストはこの街にある迷宮の中に巣食う魔獣を倒せと言うシンプルなクエストだ。
悠介はまた殺せると思うと胸の高鳴りが収まらなかった。
このナイフで刺し殺せる。この光が反射して鋭く斬れ味の良いナイフを使って。
刺して、刺して苦痛に悶える敵の叫ぶ声。
それを聞く事が悠介にとっては快感だった。
他人の苦痛に満ちる叫び声は本物の快感と同じだった。
悠介は楽しみになった。
叫ぶ敵の声を聞くのが……
聴覚を徹底的に刺激する叫び声が聞きたくなった。
「行くか…」
「うん…」