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2話「崩壊」

 


「…え?」


 ただ気の抜けた情けない声でそれだけしか言えなかった。しかし王が発した次の言葉に凱亜は戦慄してしまい、全身を強く震わせる。



「貴様!達哉のチームからアイテムや金品を無理矢理に奪い取ったと達哉殿から聞いたぞ!それに銀河チームの女性の冒険者からも、体を触られたなどの声を聞いたぞ!召喚し、戦えと言うのに何故そんな事をするのだ!?魔王を殺し、世界を救うのが勇者の役目だと言うのに、この悪魔めがァ!」


 何故こんな事を言われているのか、全く分からない。そんな事をした覚えは無い。

 そんな事をする理由も何一つ浮かび上がってこなかった。完全なでっち上げだと分かった。


 僕は自分は…最初からこのクラスメイトに見捨てられた存在。


「邪魔者」だった事が分かった。しかし、そんな事した理由が見つからない。一体何が悪かったんだ?心の奥の記憶を頼りにしてみるが、彼らに何か酷い事をした覚えは残念ながらない。見当たるのは美亜と仲良くしていた事ぐらいしか見つからない。


 しかし銀河や達哉が考える暇を与えずに怒号や罵声を飛ばしてくる。即刻にして凱亜の思考は彼らの怒号により破壊された。



「不知火!てめぇよくも俺達のアイテムを!せっかく苦労して集めたのに…奪うなんて!お前は何もしてねぇくせに!」


「不知火。君はそんな小心者だったなんて…さっさとこの場から消えろ!このクズが!」


「そんな、そんな事僕はやってな…」


「うるさい!さっき私の体を勝手に触ってたくせに!」




 その言葉に恨みが生まれる。

 やってもいない事をまるでやった様に決め付けてくる。これが人間。他人の嘘を軽く信じて、周りに流されてしまう。どれだけ愚かで軽い人間なのか…それが今はっきりと実感した。

 偽りの噂を流し、簡単に信じ込み、周りの人間に流れ誤解が解けずそのまま噂を流された人は悪人として蔑まれる。

 所詮はそんな事だったのか?………




「不知火凱亜!これより貴様をこの勇者チームから追放する!そして勇者の名も剥奪する!更に所持金の500Gも半分に減額する!最後にこの国でこ冒険者活動の際は報酬を半分に減少させる!これで死刑にならないだけまだマシだと思え!話はこれで終わりだ!さっさとこの城から出ていけ!この悪魔め!」



 人間とはどれだけ単純なのか?怒号の嵐を耳で塞いでもそれすら貫き通す様に途切れなく怒号と罵声が耳に入る。

 凱亜はその場に居るのが嫌になった。もう、嫌だ。もうやりたくない。こんな事……こんな事ぉ!気付いたら大声を出してしまっていた。こんなに感情的になるのは正直久しぶりな気がしてきた。


「なっ………ふざけるな!僕はそんな事はしていない!痴漢だなんてしてないんだよ!勝手に言うんじゃねぇ!」


 だが、もう既に勇者と祭り上げられたクラスメイトの人間の話に流されていた周りの人々がそんな罪を着せられた彼の言葉など信じる訳がなかった。

 更に何か叫ぼうとしたが、数人の兵士が剣を抜き、凱亜にジリジリと剣の先端を向けながら近付いてくる。

 凱亜は武器なんて無いに等しい。


 持っているのは護身用に貰ったナイフだけ。これだけで剣を持った正規の兵士数人を相手にするのは残念だが厳しいだろう。それに今下手な物事を起こしてしまえば、本当に自らの命を散らしてしまう事になるかもしれない。


「貴様!今すぐこの聖なる城から立ち去れぇ!」


「王と勇者様への無礼は許さん!」


「今ならまだ逃げるだけで許してやる。戦うと言うなら貴様を刺すぞ!」


「………っ!」


 もう無駄だ。これ以上何を言った所で話がひっくり返る事はない。

 もうこっちが追い詰められている。今やってませんなんて言った所でどうにかなる話ではない。

 凱亜はもう選択肢を選ぶ必要性があった。その選択肢は逃げる事だった。


 そして凱亜は城から風の様に、逃げる様に全速力で走り去ってしまった。後ろは振り返らなかった。振り返ったらそんな自分を嘲笑う様な人々が立っていると思ったからだ。

 振り返ったら、泣いてしまいそうな光景が目に焼き付いてしまうかもしれないと感じたからだ。





「凱亜…そんな…」
















 ハァハァと荒い吐息を吐きながら走る。


 街に出ても、状況は何も変わらなかった。周りからは自分の噂を聞いて、凱亜に怒号をぶつけて、罵声を浴びせて、石が頭に当たる事もあった。


 怒号と罵声の精神的な痛み。石を投げられて、それが体に当たる肉体的痛みが苦痛で辛かった。



「偽物勇者め!この街から、この国から出ていけ!」


「悪魔よ。あの人は悪魔の使いだわ!呪われるわよ!皆、あいつに近づくと呪われるよ!」


「石でも投げとけば、死ぬんじゃ無いの?死ね!死ね!」


 恐怖と悲しみの感情が同時に湧き上がる。

 何でこうなるの?

 僕が想像していた異世界とは全く違う。僕は異世界に行った時、どうしたかったんだ?

 分かるさ、本当は魔法を使える様にもなりたかったし、剣や魔法を使いこなせる様になりたかった。異世界の人達と交流してみたかった。



 しかし、そんなものはただの妄想の世界でしかなかった。

 この世界は前の世界とは全く変わらない。

 前の世界とは変わらない。所詮、小説の中で見てきた異世界だなんて今僕がいる場所とはまるで違う。

 僕は魔法も使えない。勇者としての身分も剥奪された。ここにいる意味すらなくなり始めている。

 初めて異世界と言う場所から家に帰りたいと思った。

 母親や父親、姉や妹の事が恋しくなりそうだ。





(勝手にそんな事を…人間と言う生き物は、どこまで残酷で惨めな存在なんだ?)





 呑気に歩いていた自分が情けなく思う。すぐに高速で駆け出して、逃げる様に走った。しかし何処に逃げればいい。

 ここは自分の街ではない。何処に何があるかなども一切把握出来ていない。後ろには追い出された城があるし、前に進んだ所で何があるのか分からない。前にも後ろにも障害が立ちはだかっているのだ

 これでは前門の虎後門の狼だ。前も後ろも危険だと言う事だ。











 荒い息を吐きながら只管に走り続けて、息が切れ始める。荒い息遣いと額をダラダラと流れる汗。


 額から流れる汗を手を使って乱暴に拭う。息切れが止まらない。心拍数が上昇している。

 走り疲れの心拍数の上昇と緊張と焦りでの心拍数の上昇により更に心臓の鼓動は速くなる。


 周りに人は全くいなかった。もう時間は夜だった。辺りは暗くなり、さっきまで見えていたオレンジ色の夕日はどこにも見当たらない。


 周りからは怒号や罵声が消えて、少しだけ安心する凱亜。しかし呆れた事には変わりはなく、独り言が口を吐き出す。


「人とは、ここまで残酷になっていたのか?こんなふざけた事があってもいいのか…許せない。どうせなら復讐をしてやりたいな…奴らを…でも今の僕にはそんな力がある訳無い」


 復讐したい。奴らに復讐したい。勝手に嘘の言葉を広げ、周りの人間を騙した奴らに復讐したい!

 だが、今の鎧亜に彼らに復讐する力など無い。魔法もろくに使えず、基本的能力も非常に低い。剣すらまともに使う事が出来ない奴に今の奴らに勝つ事は出来ない。奴らの能力は凱亜の何倍もある。

 今無意味に戦った所で返り討ちに遭う事は確実だ。どうすればいいんだ………

 只管、悩みに悩み続ける中、後ろに人の気配を感じた。


「ちょっと来い!」


「うぁ!?」


 誰かに腕を引っ張られて、そのまま連れられてしまった。自分の腕を掴む者は誰かは分からないが、その中で一つの未来が頭をよぎる。「もしかしてこの先で自分は殺されるのか?」とふと思った。誰かに殺されるのか……


(僕の人生…短かったな……)


 凱亜は死を覚悟した。所詮人生18年早かった。まだ親孝行なんて全く出来ていなかった。もっとしておけば良かった。

 自分が馬鹿みたいに見えてきた。もう終わるのか……?

 抵抗せずに半分諦めた状態でそのまま連れられて行く先に「死」と言うものは…無かった。



 気が付くと、何かの店の中にいた。どこかで見覚えのある店だった。どこかで、どこかで見た店だった。


「あ!あなたは!」


「なぁお前。あの話は本当なのか?」


 そこには「物好きおじさん」ことベルタが鋭い目で鎧亜を見ていた。まるで戦士の様に鋭く、威圧を放つ目だった。



「え?えっと……」


「あの件。やったのか!?それともやってないのか!?はっきりと言え!どっち何だ!?」


 僅かに息切れした声で凱亜に向かって言う。

 本当の事。

 それはやっていない。正直に、本当に、やっていない。そんな事やっていない!


「あんな事やってませんよ!第一あんな事やる理由も無い!やる必要もありませんよ!ただのでっち上げですよ!」


 久しぶりに大声で叫んだ。喉の奥が微かに痛む。それでも大声で凱亜はベルタに向かって叫んでいた。


「そうか!なら良かった。あんな事やってなくて」


 ベルタの目は初めて会った時の様な優しい目に変わり、鎧亜を見つめていた。


「し、信じてくれるんですか?」


「当然だ。あんたがそんな事するなんて俺は思わないよ。あんたはそんな事する人間じゃない。目で分かる。君は優しく、誰かを助けて、寄り添う事が出来る人間だと。そうだと俺は信じている。それに実際には本当にやってないんだろ?なら信じるさ」


「向こうの人間が…勝手に僕を排除しようと、でっち上げた事だと思うんで」



 前の世界から自分は厄介者、邪魔者。であった。きっと周りの人間は自分を排除したかったのだろう。


「色々と聞いたぞ。ペナルティをかなり多くプレゼントされたみたいじゃないか。多分この先、この街で生きてくのはかなり厳しいと思うぞ。他の街に行くのもありだが、ここから1番近い街まで結構距離はあるんだからな。金も結構かかると思う」


 窓から外を見ながら、凱亜に話すベルタ。するとベルタは何かを閃いた様な顔をした。



「それなら身分を隠せばいいんじゃないか?「新しく来た冒険者」みたいな感じで!偽装でもしておけば、バレる事もないから、大丈夫だと思うぞ!」


「確かにそれなら身バレする事も無いか…それが今僕に出来る対策なのかな?」


 少し考えたが、他の事を思い付かないので、ここはベルタの意見に乗る事にした。



「よし、ならこれで顔でも隠しておけ付けろ」


 そう言って、店の奥に行ったベルタが取り出してきた物は…


「こ、これって…」


 ゲームとかで悪役やラスボスが身に付けてそうな「仮面」があった。顔全体を覆い隠せる様になっている。黒色が全体に塗装されていて、右と左に血のように赤い線が一本ずつ描かれていて、二つの赤い縦線がより不気味さを強く強調させる。よく見ると線の部分には細い穴が空いていて、ここから呼吸をするのだろうと思った。



「これがあれば、顔を見られる事もないぞ。他の奴に見られたらバレちまうからな。よし!職業カードの偽装は任せとけ。偽装魔法には自信があるんでね!」


「ありがとうございます。ではお願いします」


 頭を下げて前を見ると、ベルタはもう作業に取り掛かっていた。


「名前は何がいい?」


 偽装する時に使う名前は決めてはいなかった。少し考えても何も思い付かない。ベルタはそんな凱亜に一つの案を出した。


「なら、その仮面に付けられている名前をお前の新しい名前にしてやろうか?確か名前は何だったかな…そうだ『ヴォラク』と呼ばれているらしくてな。どうだ?」


「結構カッコイイ名前ですね。それでお願いします」


「あいよ」


 いかにもゲームとかに出てきそうなモンスターの名前に聞こえるが、それが自分の名前に出来るなら嬉しい限りだ。

 そう言って、ベルタは小さな魔法陣を出現させた。小声で何かを唱えている。何を唱えているかは分からなかったが……

 だんだん自分の職業カードが蒼白い光に包まれていく。

 

 それが眩しくなり、右手で顔を覆った。



 少し目を閉じていると、作業は終わっていて、自分に新しい職業カードが出来た。



 特に見た目に変わりは無かったが、中身は自分の予想を遥かに超える程大きく変わっていた。



「凄い。こんなに偽装出来るなんて…」



『ヴォラク』職業―▅▅

 レベル5

 体力100

 筋力100

 魔力100

 知力100

 瞬発力100

 魔法耐性100






 中身はかなり変わっていた。名前も、ステータスも。しかし職業は同じままだった。



「本当にありがとうございます!これで少しは身バレを防げるかな?」


「喜んでもらえて嬉しいぜ。それじゃ他にやる事は無いか?やれる事は頑張ってやるぞ」


「いえ、特にやる事も無いです。これ以上迷惑をかける訳にもいきませんし、では僕はもう行きますね」


 そう言う鎧亜にベルタは仮面を渡した。


「これを付けて不審者に思われなきゃいいんだけど…」


 この仮面は身に付けていたら、不審者扱いされてしまって、質問を受ける事にならないかと思った。最悪これで「仮面を外せ」なんて言われたらその時点で身バレして、偽装していた事がバレて終わりだ。そんな疑問を抱える凱亜だが、その答えはすぐにひっくり返される。



「心配するな。この世界に仮面を付けてる奴なんて山ほどいるぞ。顔を見られたくない。傷を隠しておきたい奴とかが、付けてるんだよ」



 その言葉に安心を持った凱亜は、仮面を取り付けた。後ろから自動で固定される様になっていて、中からでも普通に周りが見える。結構高性能なアイテムの様だ。

 

 おまけに見た目もかなりカッコイイ。


 ヴォラクには丁度いいアイテムだったかもしれない。



 そしてなんと言ってもこれで不審者扱いされないのも、異世界だからなのかもしれないとふと思った。

 しかし、もう1つ。

 何故ただの商人であるベルタが何故こんな事が出来るのかが分からなかった。こんな事普通の人には出来ないはずだ。

 なのに何故風にカードに偽装を施したり、仮面の本当の名前を知っていたりするのか?

 ヴォラクには理解出来なかったが、今は気にする暇がなかったので、後回しにする事にした。




「それじゃ僕はそろそろ行きますね。色々とお世話になりました!」

 

「おう!気を付けてな!」


「このお礼はいつか必ずします!」


「そうだヴォラク!持ってけ!」



 すると後ろから何かが宙を舞ってグルグル飛んできた。上手い事ジャンプしてそれをキャッチする。それは物を壊せて採取も可能な「ピッケル」そして暗い場所を照らす「マジックランプ」だった。


「この街の武器屋は貧弱装備しかねぇからな!これで素材集めてなんか作れ!ま、取り敢えず持ってけ!それとランプは暗い所で使え!」


「こんな高価な物までくれるなんて…色々本当にありがとうございました!」


 大声で叫び走りながら後ろを見て手を振る。ベルタも店から出て凱亜に手を振っていた。

 

 この時ベルタをヴォラクは完全に理解者と認めていた。結構親しい友人がまさかの初老の男性だった事には少し驚いてはいたが、それでも嬉しい事に変わりはなかった。


 いい気分だった。誰にも信じてもらえなかった事を、信じてくれる人がいる。それだけで嬉しさが込み上げてくる。

 嬉しくて少し笑っていた。元々笑う事はあまり無かったが、今は嬉しさで笑いが少しこぼれていた。

 そのまま軽い足取りで街を駆けて行く。


 そしてヴォラクの姿は闇と静寂の世界に消えていった……

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