28話「狂気銃士」
自由国『フライハイト』への出発を始めたヴォラク達3人は大きな地図を片手に先に続く道を歩き続けていた。
ヴォラクはふっと空を見上げる。今日の空は灰色の曇り空だった。どこか不穏な空気を漂わせる空色だった。まるで魔物の大群が目の前に現れたり、盗賊が束になって襲いかかってきそうな雰囲気だ。しかしそんな考えで自分の足を止めていては情けないと思い、ヴォラクは足を動かした。
(そういや……もうこの世界に来て…1ヶ月は過ぎたかな?多分1ヶ月半は普通に過ぎてるな。僕は…いつまでこの世界に居なきゃいけないんだ?流石に…1ヶ月も帰らなかったら…母さんはきっともう心配してるだろうし姉さん達は…泣いてるかな?)
ヴォラクはこの世界に来てかなりの時間が流れていた。個人的に元の世界に帰りたいとは思わないが、母や姉が自分の事を心配してしまっている事を考えると…自分の心が傷付きそうだった。
「ヴォラクさん?下向いてどうしたんですか?下に虫でもいたの?」
「別に虫がいた訳ではないよ。ただ今は少し元気がないだけだ…」
「主様?今日元気がないなら…今日は早めにどこかの街の宿に行きますか?元気ないなら…無理するのもいけませんし…地図で近くに町がないか探してみたらどうですか?」
サテラの案にヴォラクは賛同する事にした。今日はあまり…と言うか全く元気がないので早めに切り上げてどこかの街の宿に泊まろう。
ヴォラクは今日の行動を昼過ぎで終わらせる事にした。ある程度進んだら近くの街の宿に泊まる事にする。
「見た感じ近くに…小さい街があるらしい。ここからもそう遠くないし、それに本来進む道とも被ってるから最適だな。よし…この街に向かうよ。OK?2人共?」
「分かりました。今日は進めるだけ進んで宿でゆっくり休みましょうか」
「でも、明日から本気出してね?」
「言われなくとも…明日からは本気出します」
「明日から本気出す」それはいつまで経っても本気を出さない奴が言う事ではないだろうか?
その後…彼らはただ地図に記載されていた道を進み続けるだけだった。地図に記載された情報のおかげで道に迷う事や道を間違える事はなかった。
時間は午前中だったが魔物の大群や盗賊に出会う事は一切なかった。逆に出てこないのが不思議に思うぐらいに……
更に続く道を歩くヴォラク達。素早く時間が流れる内に、目的の宿がある街に辿り着いた。
しかし…この街は何かがおかしかった。
「おかしいな……何故誰も居ない?」
周りを見ても人は誰も居なかった。動物も魔物も居なかった。
まるでゴーストタウンだ…ヴォラクはポケットからツェアシュテールングを取り出した。ヴォラクは警戒心を強め、瞬きもせずに周りを睨む。そして両手で強くツェアシュテールングを握り締めた。
「もしかして…魔物が?…居るのか?」
「居そう……だね」
サテラはネーベルを…
シズハはステイメンを構える。
3人は周りを警戒して、カタツムリの様にゆっくりと進む。
弱い風が吹く。鳥の囀りは一切聞こえない。目の前にあるのは…辺り一面の土の地面と…沈黙と心をすり減らす様な恐怖が近くを彷徨っていた……
「……ちっ………」
ヴォラクは背後の建物に気配を感じた。人の様な…気配を感じた。
「そこか!?」
ヴォラクは躊躇う事もなくツェアシュテールングを背後に建っている建物の窓に撃ち込んだ。
取り付けられた窓の汚れたガラスは割れて弾け飛んだ…ガラスの破片が冬の夜の雪の様に空を舞う。そのままガラスは地面に落下する。
ガラスの破片は地面に落ちる。沈黙のみが支配する世界が終わる。ガラスが落ちた音が沈黙を破壊した。
「主様!敵ですか?」
「いや……気のせいだ…」
「なら……よかったかな?」
「ああ……敵影は特になし。この街には本当に……誰も居ないのか?」
3人は安心したのか、一度肩の力を抜いた。銃を強く握るのではなく、軽く持つ程度だった。
シズハはその場に軽く座ってしまった。サテラもネーベルを一度しまい、身体を伸ばしていた。
ヴォラクもツェアシュテールングをポケットに戻し、2人を見ていた。
しかし一度気を抜いたのが彼らの大きな隙となってしまった……
次の瞬間…
「……なっ!?何だ?」
突然目の前が灰色の煙に包まれてしまったのであった。恐らく煙幕であろう。
ゲームなどでは敵の撹乱や混乱を誘う為に使用する物だが…今回の煙幕はその為ではなかった……
「サテラ!シズハ!」
「主様!誰かが…近くに……きゃぁぁ!」
「サテラ!?なにがあっ…いやぁぁぁ!」
サテラとシズハの叫び声が聞こえた。今…もう何が起こっているのかヴォラクには分かってしまった。
女性の誘拐だろう…女の身体が目的…
そうだとヴォラクには分かりきっていた。周りからは走る様な足音が複数聞こえていた。
自分の仲間を……ここで他の男に渡す訳にはいかないとヴォラクは強く思った。
そして煙幕は静かに消えさり、ヴォラクは咄嗟に周りを見る。
しかし周りを見てもサテラとシズハの姿は何処にもなかった。
その場に残されたのは…2人が使用していた銃とヴォラクと言う存在だけだった。
「まずい…早く助けにいかないと…2人は…だけど何処に?」
ヴォラクは首を振り、周りに何か手掛かりがないか探し始めた。
すると……
「……これは!」
扉を固く閉ざされた。これでは2人での脱出は難しいだろう。
しかし周りの窓や他の扉も全て閉ざされ、脱出は絶望的だった。
今…サテラとシズハは縛られていた。縄で身体を固定され、身動きがとれなかった。横にはシズハが居る。しかし彼女は男達に対してうるさかったせいか口に布を噛まされていた。これではまともに話す事も出来ないだろう。
「んー!んんー!(ねー!離して!)」
「あなた達…何が目的ですか?」
「何って……お前らは僕達の玩具になってもらうんだよ。だって…君達みたいな可愛い子を…放っておく訳にもいかないからね?あんな気持ち悪ぃ奴よりも…僕の方が楽しいし、優しいし…気持ちいいと思うよ?」
そう話す男の後ろには何人もの男が居た。巨漢な男も居れば、拳を一撃受けただけで倒れそうな男も居た。
恐らくこの者達は盗賊などではなかった。
彼らは犯罪集団か…それともこの街に住む人達なのか…それはまだ分からなかった。
「解放しなさい!じゃないと…私の主様が黙っていないよ!」
そうサテラが言うと男は大声で笑い声を上げる。その笑いはどこか不気味な笑いだった。
「……くくく…クハハハハハ!主様が黙っていないよ!だって?笑わせてくれるな!あんな弱そうな男なんて…今頃尻尾巻いて逃げてるわ!絶対に助けになんてこねぇよ!」
周りの男達も奇妙に笑う。その姿を見て、サテラとシズハは怯える顔を見せた。すると男が2人に近付いてくる。
「まぁ…お前達で楽しませてもらうぜ。こっちの女は胸ないけどよ…こっちの人狼族っぽい女は…おぉ!割といい胸してんじゃん。取り敢えず…飽きるまで揉ませてもらうぜ」
「そんな……なんて事を!」
「んんんーー!!(やめろー!!)」
男の大きい手はシズハの少し大きい胸に伸ばしてくる。男の手は胸のすぐ前だ。この胸揉ませるのはヴォラクだけと決めていたのに…そのきまりが破られようとしていたが…………
突然固く閉ざされた扉が蹴り破られた。轟音を立てて、扉が破られた。固く閉ざされていた木の扉は割れたクッキーの様にバラバラになってしまった……
扉の向こうには誰かが居た。
「おい貴様……僕の女に何をしている?」
「ああ!?邪魔すん……」
次の瞬間…シズハの胸を触ろうとした1人の若い男の頭がなくなった。
ヴォラクは容赦無くツェアシュテールングの引き金を引いたのだった。首からは血が物凄い勢いで飛び出した。ヴォラクは男と少し距離が空いていたが、銃弾の軌道は狂う事なく男の頭に命中したのだった。
辺りは一度沈黙と化した。
しかしこんな事が起こっていて、周りの人間が黙っている訳がない。
勿論武器を持って襲いかかってくる。サテラとシズハの事なんて忘れる様に……
しかし彼らは大きなミスをしている。
銃に近接武器で挑むのは……ただの自殺行為だった。
「サテラ…これ借りるわ」
サテラにそう語りかけると…ヴォラクはサテラが使っているネーベルを敵の方向に差し出した。片手でネーベルを握り締め、敵の男達を容赦無く撃ち殺していった。男達は初めて見る武器に戸惑っている。敵が魔法を使っている訳でもないのに、急に激しい痛みに襲われて……そのまま死ぬ…
「死んでもらうよ…」
「この……化け物めぇ!!」
「殺せぇぇぇ!!」
「この!…狂戦士めぇ!」
ヴォラクはサテラのネーベルの引き金を躊躇無く引いた。耳を裂く様な音が建物の中で響き渡る。ネーベルの銃口から大量の銃弾が発射されたのだった。ネーベルからは空の薬莢が落下して床へと落ち、カタカタと音を鳴らす。
重量感が感じられないネーベルからは大量の煙が上がっていた。
ネーベルのマガジンは空となり地面に落ちる。
ヴォラクは落ちたマガジンを回収し、すぐにサテラとシズハの方に目を向ける。ネーベルの弾丸は全てサテラとシズハに命中していなかった。いや…しなかったのではない……ヴォラクの精密な射撃により、ネーベルの弾を2人から外していたのだった。
サテラとシズハは嬉しそうな目でヴォラクを見ている。
ヴォラクに襲いかかって来た犯罪者達は……その場に立ち尽くしていた。しかし…ただ立っているだけだった。
数十人程の男達の身体からは異常な程血が流れていた。少しその場に立ち尽くした後全員黙ったままその場に倒れ込んだ……
頭に穴を空けた者…胸に大穴が空いた者…急所を撃ち抜かれた者…急所ではない所に大量に弾丸を撃ち込まれた者が倒れてしまっていた……………
辺りには…見慣れてしまった血の海が広がっていた。ヴォラクは血の海を見ても何も感じなかった…しかしヴォラクは血の海を無い様に見て、2人の元へと向かう。
「サテラ!シズハ!大丈夫?」
「私は大丈夫です。早くシズハを助けてあげて」
「んんんんん…(ヴォラクさん…)」
「安心しろ…今助けてやる」
ヴォラクはナイフを取り出し、シズハの口に噛まされていた布を切る。
シズハは口から荒い息を吐き、苦しそうに舌を出した。シズハは涙目になりながらヴォラクの肩を掴んだ。
「ヴォラクさん…怖かったよ!私…胸触られそうになったよ!怖かったよ!」
そう叫んでヴォラクの胸に自分の顔を埋める。きっと怖かったのだろう…ヴォラクはシズハの頭を撫でた。そして彼女の耳も優しく触った。
「あの~私も助けてくれませんか?」
「あぁ…悪いな」
ヴォラクはサテラの身体を縛る縄を切った。サテラは縄から解放されると安堵の顔を見せる。
「主様…何でここが分かったんですか?」
「なに…簡単な事だよ。奴らの足跡を辿ってきたんだよ。地面が土だったから足跡が残ってたんだよ」
ヴォラクが2人の囚われた場所を探しだした経緯を見ていこう。
「クソ!完全に油断した!どうする…考えろ。何か…何か手掛かりは?」
ヴォラクは焦りながら周りを見渡す。しかし周り見ても…あるのは錆び、古びた建物だけだった。
(周りを見るだけじゃ駄目だ!考えるんだ…ゲームしてた時みたいに…周囲の状況確認は基本中の基本だろ?何か?何かないのか?)
ヴォラクは右、左、上、下と全方向に首を高速で振り続ける。右には…古びた建物。左は…古びた建物。上には…曇る空。下には…何者かの足跡があった……
決定的な手掛かりだった。ヴォラクは足跡が続く道を見る。
そこには左の方向へと足跡が続いていた。ヴォラクはステイメンとネーベルを背中に背負う。そしてツェアシュテールングを構えた。
「じゃあ…敵を殺すか…」
ヴォラクは超高速で走り始めた。古びた建物達が建ち並ぶ道を走り続けていった……
何も無く、静寂が支配する街に…大きな音が響き渡っていた………
「足跡を辿ってくるなんて…流石主様ですね!」
「もう…凄すぎて何も言えないよ」
「そりゃどうも。でも…2人共無事でよかった……で?今日はどうする?もう時間は午後ぐらいだし…」
「なら…今日はこの宿を使わない?どうやら…ここの設備はまだ使えるみたいだよ。人は誰も居ないんだけど、ベットとかなら残ってるんじゃないかな…どう?ヴォラクさん?」
「悪くないな。サテラ賛成か?」
「主様の意見なら…どんな意見でも賛成です」
ヴォラク達の意見はまとまった様だった。サテラ達はこの宿で一日を過ごす事にした……
また更新に時間がかかってすいません!




