22話「序章の話」
その日の夜、今まで居た国を追い出されたヴォラク達は行く宛ても無く、国から少し離れた舗装されていない道を進んでいた。
夜道を3人で進む中、サテラはヴォラクの肩を叩いた。
「主様……ちょっと聞きたい事があるんですけどいいですか?」
「どうした?言ってみろ」
「何故…あの勇者を殺さなかったんですか?主様の力ならあんな弱い人間殺すのは簡単だったのに……何故勇者の命を奪わなかったのですか?」
「僕も最初は奴を殺す気でいたよ。でもな……殺す気がなくなったんだよ。あんな命乞いをして、まるで子供の様に声を上げて怖がっている。そんな奴を…殺す気にはならなかったんだ。僕が直接手を下す必要もないと思うんだ。あんな奴は僕が殺す必要もないんだよ」
ヴォラクの言った事にサテラは安心した顔を見せ、ヴォラクの冷たく、汚れた手を握る。
「そんな風に思っていたんですか。主様は……そんな所までを見ているんですね。言葉じゃ表せないぐらい凄いです」
「それは…どうも」
小声で呟き、ヴォラクはサテラの綺麗で暖かい手を握る。ヴォラクがサテラの手を握るとサテラもヴォラクの手を強く握った。
「お二人さん…私居るの忘れてないよね?」
「忘れる訳ないだろ?シズハは僕の仲間だ。絶対に忘れないさ…」
「シズハ…主様の手を握ったら?」
「……………ほら、今は少し寒いよ。握ってやるよ」
ヴォラクは少し躊躇いながらもシズハに自分の右手を差し出した。
仮面を顔に付けていたヴォラクだがシズハはその仮面がなくなり、彼の顔が見える様だった。その顔はどんな顔だったか…それは分からない。
「じゃ…ちょっとだけ握る」
そう言ってシズハは顔を少し赤くしながらも、ヴォラクの右手を握る。最初は少し抵抗があったが、次第に彼の手を握る事が嬉しくなっていた。
気が付けばシズハはヴォラクに自分の肩を寄せながら歩いていた。
それを真似する様に、サテラもヴォラクに肩を寄せながら歩く。しかしその行動はヴォラクにとっては少し辛い事でもあったのだ歩きにくい。
深い夜は続いていた。時間は…まだ夜中だろうか。辺りは真っ暗だ。シズハの魔法で幾分かマシになっているとは言え、暗い事に変わりは無かった。
「てか……眠い」
「主様……最近寝てましたか?私主様の寝顔を見たのは結構前でしたが…」
「多分…二日は寝てない。後飯もあんまり食ってない。水だけでどうにかしている」
「大問題じゃない!冒険者として、寝る事と食べる事は基本中の基本よ!なのにヴォラクさんは寝てないし食べてないじゃない。強くても体調管理を怠ったら、死ぬよ…」
シズハの言葉にヴォラクの心が動いた。体調管理は確かに大切だった。体調管理を怠ったせいで死ぬなんて嫌だった。ヴォラクは近くの大きい木に一度座り込んだ。
「ちょっと…一回寝ていい?」
「構いませんよ。私達は見張りしてますから!」
「二日も寝てないなら、今は好きなだけ寝ててください。ずっと寝てても怒りませんから」
「なら…お前らも一緒に寝ろ」
ヴォラクの発した言葉にサテラとシズハは一瞬黙こんでしまった。しかしサテラはまるで喜ぶ様にヴォラクに近づいた。
「分かりました。一緒に寝ます」
「サテラ…………分かったよ。ほら」
木にもたれ掛かるヴォラクの所へとサテラが近寄ってくる。
ヴォラクは自分の横にサテラが入れる様に場所を作り、そこにサテラは嬉しそうに入り込んだ。
ヴォラクの肩にはサテラの肩が当たっていた。
そのままサテラは静かに自分の目を閉じてしまった。彼女の眠る顔は美しかった。何度見ても彼女の眠る顔は忘れる事が出来なかった。
ヴォラクは彼女の髪を優しく撫でた。紫色の髪はヴォラクの心を少し癒していた。
「シズハも寝ろよ。何か疲れてそうな顔してるよ」
「駄目ですよ!私は見張りをしないと。私まで一緒に寝たら……寝てる間に何か起こるかもしれませんよ!」
「心配するな。もしも大変な事が起こったら、すぐに助けるさ。それにここは人通りも少ないみたいだし、今は夜中だから皆寝てると思うよ。心配せずに今は休もう」
ヴォラクはシズハにそう告げると、シズハは手に持っていた杖を地面に落とした。そのままヴォラクの座り込む木に近づく。疲れ果てた彼女の顔がヴォラクの瞳に映る。疲れて倒れ込む様に座り込むシズハの身体をヴォラクは抱き寄せた。ヴォラクはシズハの耳元で「お疲れ様…」と呟いた。シズハは「…ありがとう」とだけ言った。
ヴォラクはもたれかかっていた木にシズハを座らせる。シズハは足を崩し、ヴォラクにもたれかかったまま眠ってしまった。シズハの愛らしい耳は枯れた植物の様に倒れていた。彼女がどれ程疲れていたかよく分かった。
ヴォラクはシズハの耳を触る。触り心地は最高だった。
「…んっ…」
(悪い事したかな?)
シズハが耳を触られた事で声を漏らしてしまっていた。ヴォラク眠るシズハに迷惑と思い、耳を触られた事をやめる。
そのままヴォラクも久しぶりの眠りについた……
ヴォラクが閉じていた瞼を開く。仮面を付けていながらも、太陽の様な光が自分達を照らしていた。光は眩しく、自分達を指す様な光だった。
ヴォラクはその場に立ち上がった。横にはサテラとシズハが無防備に眠っている。ヴォラクはその姿を見て、微かに笑みを浮かべる。
周りを見ても、そこには誰も居ない。あるのは道の周りに疎らに並ぶ木とその場に吹く冷たく肌を刺激する風だけだった。ヴォラクはその風を感じる為に仮面を外し、冷たく吹く風を受けていた。
空に浮かぶ光を眺めながら、少しその場に石の様に立っていると、後ろから足音が聞こえる。それが誰の足音かは分かりきっていた。
「サテラ?後ろにいるのか?」
「おはようございます主様。相変わらず起きるのが早いですね」
ヴォラクは朝に弱い訳ではなかった。強いぐらいだった。逆に夜にはそんなに強くはない。
サテラはヴォラクの横に立っていた。作ってはいない、本当の美しい顔をヴォラクに見せていた。彼女の笑顔は……嘘偽りの無い顔だった。その顔をヴォラクは撫でたくなる。
「……主様…」
突然サテラに話しかけられた。ヴォラクはサテラの方を振り向く。サテラの方を振り向くと……
「…んっ」
「えっ……」
ヴォラクはサテラに口付けをされてしまった。サテラはヴォラクの唇を奪い、そのまま口付けをしてしまった。
ヴォラクはサテラの急な口付けに少し焦ってしまう。しかしここで自分とサテラを引き離すのは駄目な感じがして自分から引き離すのをやめ、サテラの身体を抱き締める。左手は彼女の身体を抱き締め、右手はサテラの顔を自分の顔に近づけていた。
「……主様」
「…サテラ」
2人は一度唇を離した後、再び口付けをする。前の口付けとは違い、前よりも更に深く、互いを求め合う様な口付けを行った。
そして互いの唇を離す。
「サテラ……朝から随分と攻めたね」
「主様も…こんなに攻めてくるなんて思いませんでしたよ」
サテラがヴォラクに話していると、ヴォラクは突然暗い顔を見せた。さっきの顔とは程遠い顔をしていた。ヴォラクは下を向きながら話し始める。
「不安なんだ…」
「え?」
「不安なんだよ。この先自分達に何が起こるか…僕は不安なんだ。サテラやシズハが何処かへと行ってしまうかもしれないし死ぬ様な事が起こるかもしれないから。そんな事が起こると思うと……不安なんだ…」
ヴォラクは怯えていた。誰よりも強く誰にでも優しい彼が主が自分の前で怯えた顔を見せていた。手は微かに震え、顔も不安の表情が浮かんでいる。
サテラは震えている主の手を握った。暖かく温もりを感じる手がヴォラクの手を握った。
「サテラ……」
「強い人でも不安になったり恐怖心を表す事はあります。でもその気持ちを隠したり溜め込まないでください。主様…隠さずに私を頼ってください。私に解決出来るかは分かりませんが、私は……主様の仲間だから…それとも主様は私の事を仲間と思っていませんか?」
彼女の言った言葉にヴォラクは何も言わなくなってしまった。口を閉じたまま黙り込むヴォラク。しかしヴォラクはサテラの前へと立つ。
「サテラは…仲間だ。僕の大切な仲間だよ」
小声で呟き、サテラを抱き締める。彼女の身体から熱が伝わってくる。ヴォラクがサテラを抱き締めているとサテラも同じ様にヴォラクの事を抱き締めてくれていた。
少し時間が流れた。ヴォラクはサテラの身体から手を離し、サテラの横に座っている。この時間が長く続いてほしい事を願いたかった。
後ろから女性の声が聞こえる。きっとシズハだろう。
「おはよう、ヴォラクさん。サテラもおはよう」
「ああ、おはよう。シズハは寝起きの方は大丈夫なのか?」
「大丈夫だ問題ない」
(ん???今どこかで聞いた事のあるセリフが聞こえたぞ!)
少し動揺しながらも、ヴォラクは落ち着きを取り戻す。
「ヴォラクさん?どうかしたの?」
「何でもない…」
シズハは少しヴォラクの事を疑っている。しかし深入りしすぎるのはいけないと思ったのか、ヴォラクに深入りするのをやめた。
ヴォラクは仮面を付け、ここからの出発を始める。サテラ達も同様だった。
そして時間が流れ、出発の準備が整った。ヴォラクは舗装されていない道へと飛び出す。
「サテラ…シズハ。この先何があるかは分からない。危険な冒険になるよ……それでも着いてくるか?」
「主様の行く所なら…何処へでも着いて行きます!」
「ヴォラクさんと一緒ならもう男に絡まれる心配もないし、強くなれそうだから。着いてくよ!」
3人の答えは一致したようだった。3人は後ろを振り返る。そこには少し前まで居た国があった。しかしその場所にはもう用は何もなかった………
ヴォラクは前を見て歩き出した。後ろを見る事はなかった。前のみを見て、サテラとシズハと共に光が照らす道を進んで行った。
(…綺麗だな…)
彼の目にこの光は美しく映っていた。そんな事を言うとはかなり久しぶりだった。
空から照らされる光に重なっている空の色は美しかったと言う……
ヴォラクはそのまま国とは反対の方向に進んで行った……この先に何が待っているのか彼はまだ知らない。




