エピローグ「別れ話」
月明かりが自分達を照らす夜。ヴォラク達は月明かりに照らされながら暗い雰囲気を残して歩いていた。誰も話さず、静かにその存在自体が無いように。
ヴォラクが道を歩いていると一つの店が自分の目に入った。
そこは『ヴォラク』と言う名を貰い、あの仮面を自分に託してくれた人が居た店だった。ヴォラクは考える前に自分の足が動いている事に気付かなかった。
気が付けば店の扉を開けて、店の中に入っていってしまった。サテラとシズハもヴォラクの後を着いて行った。
「……ベルタさん」
「おう…ヴォラクか。どうした?何かあったのか?」
「僕…この国から出ていきます」
ヴォラクは少し悲しい口調で話した。べルタはヴォラクに近づく。
「そうか……なら元気でやれよ。疲れたらいつでも戻って来い」
ヴォラクはこの国を出ていく理由を言わなかった。もしも言ってしまったらベルタも彼に敵対するかもしれなかったからだ。
「冒険…するんだろ?」
「そんな感じです。この外を…外の世界を見てみたいから」
ヴォラクが言っている事は彼の本心では無い。しかし今はこう言っておかないとベルタに何て言えばいいのか分からなかった。
ベルタはヴォラクの肩に手を置く。
「俺もな…若い頃はお前みたいに何度も冒険を沢山してたんだよ。だからなお前も昔の俺みたいに冒険を楽しんでこい。楽しんだ者は必ず強くなれる…絶対にだ。楽しんでこいよ」
「ベルタさん……そうします」
ヴォラクは顔を上げると、ベルタは後ろに立っていたシズハに目を向ける。ベルタはシズハの事を見て、顔に笑いを浮かべる。
「それにしても…また女作ったのかヴォラク?今度はまた随分と可愛い女を手篭めにしたねぇ。手放すなよ!」
「初対面の人にそれは失礼じゃないですか!?」
それを聞いていたシズハは恥ずかしそうにしながらベルタに対して声を上げる。
「ちょっと!私は手篭めに何かされてませんよ!と言うか貴方誰ですか!?」
「悪ぃな。俺は『ベルタ・スデア』ヴォラクのお友達さ。他にもヴォラクの仮面を作った人でもあるのさ」
「意外にヴォラクさんの役に立ってるんだね」
「他にも傷を癒すアイテムを僕に譲ってくれた人でもあるんだよ。だから凄く良い人でもある」
ヴォラクは仮面を外していた。ヴォラクの顔が目の前に映っていた。その顔は悲しさの表情を残しながらも笑顔を作ろうとしていた。
「主様……やっぱり仮面を外している時の方がカッコイイですよ」
「そうかもね……しかしこの仮面は外せないんだ」
「ヴォラクさん…その顔は美しいのに、何でその顔を見る事が出来ないのかな?」
「ヴォラクにも色々と事情があるんだよ。こいつは一応死んでしまった人間だからな。無理に人前に立たせる事も出来ないんだよ……でもその事を悔やんでも何も変わらんだろ?それなら今この状況をどうするか考える方が大事だろ?」
その言葉に3人はさっきまでの暗く落ち込んだ気持ちが無くなった。ヴォラクの顔から悲しみの表情が薄れていった。
「けどさ…この国じゃない所ならこの仮面必要あるかな?」
「確かに、それなら大丈夫じゃ……」
しかし2人が言ったその考えはすぐに打ち砕かれる事になった。
「無理だ。ヴォラクは一応元召喚勇者だ。召喚された勇者の情報はこの世界の四つの国全てに行き渡っているだろう。特に「平和帝国」は勇者達を手に入れようと必死になっている。恐らくだがヴォラク…不知火の情報も他の国にも届いてるだろう。もし俺の言ってる事が本当ならその仮面は外せんぞ。素顔を晒せば他の国から狙われる事になる」
不知火と言われたのはかなり久しぶりだった。その名で自分の事を呼ぶのは基本厳禁だったからだ。しかしベルタはそんな事を気にする事もなく、不知火と言う名を言っていた。
「まぁ…この仮面を外すつもりはない。これはベルタさんから受け取った大切な物なんだ。外す事は出来ないさ…」
「嬉しい事言ってくれるな。不知火…」
この時の2人の目は落ち着き、和解していた目をしていた。
「ねぇサテラ。あの2人は同性愛者なの?」
「違う?と思うよ。だって私…ヴォラクさんに初めて奪われたし。それに主様は男と付き合う変な人じゃないと思いますよ。きっと女の子の事の方が好きだと思いますよ」
「えぇっ!初めてヴォラクさんに捧げたの!?まぁ確かにヴォラクさん優しいし…私もあの人に……って何言ってるの!?」
「お二人さん…残念だけど聞こえてるよ」
「不知火やるじゃねぇか!あんな可愛い子と楽しくしてたのか!運の良い奴め!」
そう言ってベルタはヴォラクの肩に腕をかけてくる。ヴォラクは少し体勢を崩すがすぐに立ち直った。
するとベルタはヴォラクの前に立った。右手を強く握り締めている。まるでヴォラクの事を殴ろうとしている様に。
「この痛みを忘れるなよ…」
「…え?」
次の瞬間……ヴォラクはベルタに思いっきり殴られた。ベルタの拳はヴォラクの頬に直撃する。血は出ないが殴られて痛いと言う事に変わりはない。ヴォラクは床に倒れ込む。頬を自分の手で抑えながら。
「ぐぁぁ!何を?」
「主様!」
「貴方!ヴォラクさんを殴るなんて!」
ヴォラクの頬が赤く腫れている。頬を抑えながら、ヴォラクは床から立ち上がった。サテラはヴォラクの手を貸すがヴォラクは彼女の手を取るだけだった。
「今の殴られた痛みを忘れるなよ。この後の痛みよりもこの痛みが一番強いはずだ。絶対にこの痛みを身体から離すなよ。それと…人は誰かに殴られて一人前になるんだよ」
その言葉にヴォラクが見せていた驚きの顔は安堵の表情に変わる。そして頬を抑えていた手も消えていた。
「僕はまだ父親にも殴られた事もない。僕は今日初めて誰かに殴られた。僕は……これで一人前になったのか?」
「それは…お前が決める事だ。誰かに決められるんじゃなくてお前自身が決める事さ」
ベルタが小声で発した言葉に対してヴォラクは静かに笑っていた。彼の笑顔を見た人は少ないと言う。
「じゃ…そろそろ僕達は行きます。最後に会えて良かった」
「元気でな!ヴォラク。周りのお嬢ちゃん達もヴォラクと仲良くしてやってくれよ」
「はい!」
「貴方に言われなくとも仲良くします!」
サテラとシズハとも言葉を交わし、ヴォラク達は店を出た。外には無数の星が輝いていた。
「じゃあ!行ってきます!」
「気を付けてな!疲れたらいつでも戻ってきてもいいぞ!」
ヴォラクはベルタに手を振る。サテラとシズハもヴォラクに合わせて手を振っていた。そして3人の姿は見えなくなった。ベルタは手を下ろす。
(変えてくれよ。俺の代わりに……この狂った世界を……)
そして街には再び暗闇が支配する夜が戻った。




