125話「交差する思考」
最終的に定められた作戦が全員に知らされる事となった。
基本的な配置にしては正面、左右に人員を配置し三方向から少人数で敵を迎え討つ作戦に出る事にした。
今回の戦いは数で不利になる事は全員重々承知の上での戦いだ。百にも満たない少数精鋭で千を敵を討つと言う傍から見れば無謀その物である様な作戦であった。だが徹底的に勝ち抜き、自らの潔白と強さを証明する為にそして新たな戦いを求める為に彼らは自らの意思で戦場に立つ事を決めたのだった。
正面には総隊長であるアストレア、一番隊(エルキュアとランスレッドの二人を配置)と二番隊の翔湊、三番隊からは蒼一郎と有栖、そして四番隊からアイロニックの計七人が配置される。
正面からの攻撃なので、他の方向に比べると数が集中すると考えたアストレアは正面に優れた壁役として活躍出来るエルキュアとアイロニック、更に電撃攻撃(どちらの意味でも)を強く得意とするランスレッド、一撃離脱のヒットアンドアウェイを得意をする翔湊による撹乱攻撃、継戦能力及びアタッカーとして戦果を上げる事を得意とする蒼一郎と有栖。これらの特徴を備えた七人が正面に配置される事となった。
数だけで見れば七と言う少なさであり、数の差を覆す事は逆立ちしても出来ないだろう。しかし一人一人の戦闘能力は非常に高く、一人のみでも何百とした兵力も下らない力を保有している。
鉄壁とも言える防御力、全てを薙ぎ倒す圧倒的な迫撃の力を持つ強固たる壁役であるエルキュアや総指揮を担当し、正面からのヘイトを引き付ける等と言った行動を始めとした強力なメンバーを正面に配置。
そして右方向には血雷率いる七番隊から血雷、ヴォラク、サテラ、美亜の四人に加えて六番隊からヴゥセントとクレアの計六人を配置する事となった。
統率力に優れ、敵を全て斬り捨てる力を持つ血雷を筆頭に狂気とも言える程の凶暴性と生まれ持った邪悪を宿す銃士であるヴォラク、そして彼の補佐をする役割及び補助を基本としてサテラと美亜を配置、そして真正面きっての白兵戦を強く得意とした魔術士兼剣士であるヴゥセントと彼を始めとした面々をサポート、治療を基本としたヒーラーとしてクレアを配置。右方向も正面と同様に敵の迎撃を目的として配置が成された。
そして左方向はヴォラクや血雷にも劣らない統率力を持つレイアを主軸としながら、残った七番隊のメンバーを配置。正面からの白兵戦担当を沙耶、クレアと同様にサポート及びヒーラー担当をシズハ、更に五番隊からリアンの計四人を配置する事となった。他の方向と比べると数は一番少ないが、数の少なさを補う為に左方向には範囲攻撃を得意としたシズハとリアンが控えている。
それに数は少ないが、彼女達の実力も決して低い訳でもない。全員が大きな長所を持っており、一人だけでも何百とした兵力を保有している。更に後方支援として左方向には後方からの攻撃を得意とするグレンとレベッカが目を光らせており、実質的な数は四ではなく六と言った方が正しい。
更にこれらの迎撃隊のみではなく、五番隊の隊長である悠介と一番隊第三席である美嘉は別働隊として、敵陣に忍び込み背後から、撹乱を行う事となった。悠介がこの役を引き受けるのは誰もが承知していた事であったが、美嘉がこの役を引き受けるとは悠介は予想外であった。
戦闘スタイルを知らないから当然かもしれないが、美嘉は冷静な表情でこの別働隊に参加すると述べたので悠介は仕方なく感が出ながらも彼女を別働隊に加える事を承諾した。
そして医療班として、ミハエルとスカーレッドとダイスの三人を任命し負傷及び重傷等を負った場合はすぐさま治療を行う等ヴォラクとアストレアが考案した作戦に穴は無い様に思われた。
◇◇
現在地はフライハイト首都から約数km離れた位置。明日にフライハイトに向けて攻撃を開始する為、襲撃前日の夜と言う事もあって、先遣隊の重要人物達は兵士や魔族の残党達が焚き火を囲って話している中、彼らと離れ、静かに月明かりの様な光が空から刺す中、重要人物達は兵士達とは離れた場所で集まって会合を行っていた。
今回の会合に参加しているのは、計三人であった。一人は今回の作戦の総指揮を任命され、先遣隊の総隊長をウンシュルトの現国王から命じられた平和帝国の若く美しき戦士である「アヴァランテ・ウェン=ドラゴン」と言う人物であった。
薄い金髪に長い髪を纏めあげたポニーテールと少し鋭い目付きが特徴の女性であり、かなりの長身だ。戦闘では魔剣一本と魔法のみと言う割り切った戦闘を主としている。その若くして非常に優れた実力や上に立てる程の統率力にカリスマ性、そんな誰もが羨む様な程に優れた力を持っていたからこそ今回編成された先遣隊の総隊長として任命されたのだ。
「少し話しましょうか。温かい紅茶でも飲みながらでも…」
夜は非常に冷え込んでいた。肌を突き刺す様にして扇ぎ、吹く夜風は思わず体を縮こませてしまう程の寒さである。
断熱性のあるマントを彼女は羽織ってはいるが、それでも少し冷えるぐらいであった。
場に招いた二人も全身を覆い隠す程のローブを纏っているとは言っても、肌寒い事には変わりは無い。
彼女が持参したティーカップの中に注がれた温かい紅茶は手に触れるだけでも十分な程に温かい感触になっていた。寒空の下で触れた温かいカップはまるで誰かに優しく包まれているかの様な気分になった。
「それでは、明日の事について話しますね「ヴィラス・ハーデミット」「ペアスティーネ・アグネスト」今回の件について、そして目的についても理解していますね?」
彼女の問いかけに対して、目の前に座り込む二人の人物はローブのフードを捲り上げた。その中からは一人の男性と一人の女性が現れたのだった。
一人は紺色の髪色の髪、まるで過去の時代の貴公子の様な服を戦闘用に改造した濃く、そして傷付いた青色のスーツ風の服。そしてかなりイケメンの整った顔立ち。普通の女性なら目に入っただけで思わず二度見してしまいそうな程の姿であった。
そしてもう一人は紅色の少し長めの髪、ローブの下に服は着ているのだが腹や脇、太ももを露出させており、防御面でも暖かさも皆無としか言い様が無かった。そして耳には穴を開け、少し装飾が施されたピアスを付けている。ショートパンツ風の服に、腰周りに巻き付けられたベルトには小型のナイフや何が入っているのか一切分からない様な液体が入った小型の瓶などがマウントされていた。思わず目を見開いて少しばかり見た目には驚かされるが、これが彼女のやり方なのだろうと考えると特に気に止める事もしなくなってしまった。
「はい、アヴァランテ様。今回のフライハイトへの報復に強力に加勢して頂ける事に、我々も強い感謝を抱いております」
「私も同じ気持ちです。ウンシュルトやユスティーツとは前々から仲違いしておりましたが、フライハイトの暴挙に対して、力を貸して下さる事に強く感激しております」
「様付けなんてよして下さい。それに、国を滅ぼされて黙っている訳にもいきません。頼りたい時は頼ってもらわないと……」
自らが住んでいた国、まるで家の様な場所であり帰る場所でもあった国である「バンテ」その国とその国の土はフライハイトの手によって焼かれる事となってしまった。
それなりに前の出来事であった。いつもと何も変わらない時であった。いつも通りに夜となり、再び夜が明けて朝になるだろうと、いつも通りに日は過ぎるだろうと皆が気にも止めずに思っていた。
だが、その夜の日によってバンテは跡形もなく全てが焼かれる事となった。
あまりに残酷であり、呆気なかった。業火が天を焼くかの如く降り注ぎ、大量の騎士と戦士達が罪も無き者を何の容赦もなく斬り捨て焼き殺し、無惨にも命を散らせていったのだ。女子供も一切容赦無しであった。目に入れば一瞬で間合いを詰めて殺しにかかって来る。
そんな惨状を目の当たりにした魔族主体の国家であるバンテの若き重役者である「ヴィラス・ハーデミット」と「ペアスティーネ・アグネスト」の二人は戦う術を持ちながらも、ただ尻尾を巻いて逃げる事しか出来なかったのだった。
業火に消える国、血を流して骸と化していく国の人々、結果としてバンテはこの一夜の襲撃で完全な崩壊を迎える事となった。国王や国の幹部や重役達は皆死に絶え、生き残ったのは僅かな残党達のみであった。
国の再建は最早不可能であった。自らの居場所であった国の土は燃え尽き、嘗て住んでいた場所も全て無に帰る事となったのだ。結局の所はただ絶望に嘆く事しか出来なかった。
しかし、今回のフライハイトのあまりに残虐過ぎた暴挙に対してウンシュルトとユスティーツは、そんなバンテへの襲撃から生き残った魔族達に対して手を差し伸べたのだ。三国が手を結び、フライハイトを打ち倒すと言う夢の様な言葉が彼らにかけられたのだった。
そんな言葉に魔族残党を率いていたヴィラスとペアスティーネはすぐに回答を示した。答えは勿論YESであった。
素直に手を結ぶと言う選択を取り、元々不仲であり、時折皮肉や軽蔑の様な言葉を投げられていたにも関わらず突然として三国は同盟を結ぶ事となったのだ。
不審な点も存在していたのだが、他の手を選んでられない彼らにとっては不審な点等一切目の片隅にも入ってはいなかった。
「目的はフライハイトの最高権力者である「アストレア・エニシュ・ブラックバーン」及びその他それに準ずる者達の捕縛。そして国土の完全な消滅……で宜しいですね?」
「はい、概ね間違っていません。向こうの戦力はこちらに比べると圧倒的に不足しています。イレギュラーでも起きない限りは攻略は容易だと思っています……しかし向こうも少数ですが精鋭が揃っています。油断は怠らずに戦いましょう」
彼女の言葉に間違いや虚は一切なかった。油断せずに数で押し切りながら敵国の重役人物を捕虜に取る。三国での共同戦線。ヴィラスとペアスティーネも何もこの作戦に間違いはないだろうと感じていた。
「了解しました。では、明日の早朝に………必ずこの戦いに勝利を…」
「失礼します」
「今日は明日に向けて、体を休めてくださいね」
そう言って、二人は腰を上げて立ち上がりその場から去る。その先は影に包まれていたのだった。
◇◇
安定と言うべきなのだろうか。どうして本当の敵と言う存在は態々暗い場所を好むのだろうか。
今回もその例が上手く当てはまっている一件であった。場所は平和帝国とも呼ばれる国である「ウンシュルト」の王座に位置する場所であり、実に神聖で目が眩む様な程に重要な場所でもある。豪勢な装飾と人の大きさすら凌駕する大きさの椅子には一人の肥満体の男性が座り込んでおり、足元には自分以外の誰かがのたうち回るかの様にして、時々脈打つ様にして動いていた。
しかしそれが何なのかはよく確認出来ない。時間帯が夜であり、最低限の明かりしか灯っていない王室の中では全てが暗闇の様にも見えなくはなかった。
「しかし、本当にアヴァランテを出して宜しかったのですか?利用価値はまだ……」
「うるさいのぉ……あんなエロい体しときながら、どれだけやっても儂に抱かれてくれん!そんな奴などさっさと戦場に出して骸にした方がマシじゃ!」
報告に参った男も思わず、これが自分達の王なのかと疑問に思ってしまう程の奇妙過ぎる発言であった。
あまりに常識外れな考えに冷や汗が思わず額から流れ、身震いしてしまう程であった。報告に参っただけであったのにこの王の姿を見る度に嫌気が刺す。
「魔族共も数を減らすぐらいの活躍はするんだろうな?あんな種族等、下衆以下の働きしか出来んだろうに……態々ニコニコして芝居を打ったんだ、多少は働いてほしいんだが……それで儂に何か用か?あるなら早くしてくれ、この後も女を抱かなければならんからな」
自分から呼び出しておいてそんな言い方はないだろう、と思わず感じてしまった。あまりに理不尽な発言に男は僅かながらではあるが怒りを覚えてしまう。
拳を硬く握り締め、ただでさえ悪い強面を更に悪くしてしまう。
しかし、逆らってしまえば一瞬で首を飛ばされる事になってしまうので彼は逆らう事も怒る事も出来ず、対抗心と強い怒りは心の底に閉じ込める事しか出来なかった。
「伝令が入りました。アヴァランテ率いる先遣隊は明日に攻撃を開始する予定です。そしてもう一つ、本隊の編成が完了致しました……数日後には出撃可能です……」
「それだけか?」
「はい、以上でございます」
「なら、さっさと出ていけ。儂は今からお楽しみがあるのでな」
「承知致しました」
男は内心かなりの怒りに燃えていた。だが、こんなに理不尽な扱いを受けてしまえば、怒りを覚えるのも仕方ないかもしれない。
男の前で国王は服を脱ぎ捨て、まるで肥えた豚の様な肉体を晒しながら、布一つ身に付けていない魅惑的で美しい女の肉体を貪り食らう様にして弄んでいる。
見ているだけで不快にしか思えない。女の瞳は明らかに光を失っており、まるで死人の様な生気を感じさせない双眸をしていた。
怒りと共に虚ろな後悔も思わず心の中に生まれていた。あんな嘆かわしい奴に身体を穢されるなんて想像するだけで頭が痛くなりそうであった。
そして男は見ているだけで嫌悪感を抱いていた為、クルッと背を向けて一切背後を振り返らずに王室を去っていった。
◇◇
「良いんでしょうか、エルキュアさん?」
「彼らも騙されている。ウンシュルトとユスティーツと言う表だけの国に……」
エルキュアの自室にて、まだ浅い夜の時間の中ランスレッドはエルキュアの自室に招かれていた。
今、ランスレッドは僅かながらではあるが動揺と緊張を見せていた。憧れであり、自らにとって天を行く様な人物であるエルキュアの自室に招かれる等、緊張をしてしまう事は当然であった。
今までに何度か来た事はあるが、来る度に彼は強い緊張を覚え、言動や行動もどこかぎこちなくなってしまう。
所謂、年上の女性の前だから思わず気を使ってしまう的な感じのアレである。
「はい、その事についてはよく分かってはいます。魔族の人達は皆ウンシュルトとユスティーツの幻覚に囚われているだけ……しかし、戦争と言う現実の前に不殺は……」
ランスレッドの言う通りであった。今は戦争が起こる真っ只中であり、明日の日には自分の命も無様に散っていくかもしれない世界の中に彼らは立っている。
騙されている、勝手な情報操作によって魔族の人達は違う考えを完璧な程に信じ込んでしまっている。それを知る自分達から見れば、魔族の人達は可哀想であり見ていられない様な程に残酷だと思えてきていた。
虚言を完璧に信じ込み、ただ嫌いな理由だけで国同士の争いに巻き込まさせ、関係ない者同士で争い合わせる。
ウンシュルトとユスティーツの二国は始めからバンテとフライハイトを滅ぼす為にこの様な醜い手を打ったのかもしれないとランスレッドは思っていた。
しかし向こうが武力によって攻撃を行うのであれば、何の抵抗もせずにただ素直に撃破されるのも違う気がしていた。
その為今回はこの先遣隊との戦い、そして後に起こる本隊との戦いに対して己の力を持って交戦する道を彼らは選んでいたのだ。
ランスレッドも元は軍人である為そこの所の覚悟はとっくの昔に出来ていた。
「ランスレッド、魔族の人達を殺さずに無力化しろなんて言わないわ……そんな偽善みたいな事出来ないと思ってるから…」
「はい、割り切らないと………死ぬだけですから…」
アストレアは戦いの中で不殺を彼らに提唱しようとしていた。魔族残党の彼らは騙されている、だから殺さずに保護するべきだと。
しかしその考えは簡単に受け入れられる事はなく、残念ながらアストレアの理想が叶う事はなかった。やはり戦争をしていると言う事に一切の変わりは無い。
敵は敵、敵は殺さなくてはならない。そこは割り切らなければならないのが現実であった。
割り切らなければ、死ぬのは敵ではなく自分であるのだと、やらない善よりやる偽善と言うが今回は状況が状況である為それを行う事も簡単ではなかった。
しかしランスレッドやエルキュアだって同じ気持ちだ。救えるのなら救いたい、それが自由と平和を望む彼らの願いの一つでもある。
だが、思う様にいかないのが現実だ。救う事は今となれば無様な考えに過ぎないのだ。
「俺達は、戦争をしているんだ……救えない命だってある…」
「正義には犠牲が伴う………皮肉ね」
「だが、俺達にも守らなければならない事がある。子の場所を、でしょエルキュアさん?」
「ランスレッド……」
彼の言う通りだ。他者の命を救う事も一つではあるが、それ以前に自分達の国を防衛しなければ話にならない。他者を守る前に自分達の身を守る事も考えなければならなかった。
他人を救う前に自分の命が散ってしまえば、それは何の意味も無い、儚く虚無になって消えるだけだ。
「それじゃ、俺はもう寝るよ」
「ランスレッド……でも、やっぱり自分は…」
エルキュアはまだアストレアの考えを肯定する様な姿勢を見せていた。ベットに座り込みながら、少し項垂れる様な姿勢でランスレッドに対して少し低めの声で呟いた。
去り際、ランスレッドは葛藤する様にして悩み込むエルキュアに対して励ます様にして声をかけた。
「割り切れよ……じゃないと、死ぬぞ?」
彼の言葉はエルキュアの心を僅かに動かした。
【フライハイト大百科Part5】
司会者逃亡中、やる気あるのか?