124話「矛と盾」
「全員、揃ってる?」
アストレアの一声にその場にいる全員はそれぞれに声を上げる。緊張感のある空気の中、それぞれが険しい表情を見せながら、人数分用意された椅子に座り込んでいる。
全員で汚れのない大きな机を囲み、正面に座るアストレアはモニターや司令用通信機等を用意した上で会話を彼らと開始した。
「一番隊長、エルキュア・ディキンソン。ここに」
「同じく副隊長、ランスレッド・シュプリンガー」
「第三席、美嘉・レグナード」
「二番隊隊長、夢宮翔湊、用意出来ています」
「三番隊隊長、武川蒼一郎。準備完了や」
「副隊長、松岡有栖。戦いの準備は出来てるぜ!」
「四番隊隊長、アイロニック。話を聞く事は出来るぞ」
「四番隊副隊長、レベッカ…いつでも大丈夫です」
「五番隊隊長、裂罅悠介。存在しているので……忘れないでください」
「五番隊副隊長、リアン・ジュール。準備OKです!」
「五番隊第三席、グレン。参上しました」
「六番隊隊長、ヴゥセント。大丈夫だ、いつでもいける」
「副隊長、クレア。準備完了しています」
「七番隊隊長、血雷」
「副隊長、ヴォラク」
「第三席、レイア・イツカ」
「その他、サテラ・ディア、クジョウ・シズハ、無那月沙耶、関原美亜、河下比奈田全員揃っています」
「衛生班から、ミハエル・ゴースト」
「技術班から、ダイスも」
「可能な限り、全員揃ったみたいね……それじゃ、作戦会議始めるよ」
◇◇
エルキュアが召喚した密偵の魔獣達によって、戦いの火はもうじきこの場所へと流れ着く事となっていた。
鳥型の魔獣を密偵として偵察に送った結果、四大国家の内、自国であるフライハイトを除く三ヶ国は我々の国に兵を送り、制圧を目論んでいたのだ。
しかし、いきなり向こうが全勢力を上げて押し寄せるのではなく、まるで様子見のつもりの様にして使い捨ての様な先遣隊をこの国に向かわせていたのだった。
だが、使い捨ての先遣隊とは言っても全くと言って良いぐらい甘く見ていられなかった。
数はざっと見ても、その数は千を優に超えていた。更に先遣隊でありながら、中には名の知れた戦士も存在している事が密偵によって明らかにされていた。
「エルキュア、まずは敵の説明をお願い。皆も気になった事があったら質問するようにね」
座りながら、アストレアはエルキュアの方を向いて指示を出した。
その言葉に、エルキュアは一度頷くと同時にその場に立ち上がってモニターの電源を入れた。
全員の視線はモニターに集まり、この場にいる全員がモニターを見つめる。
エルキュアは手元の情報を元に説明を開始する。
「先遣隊の数は千程だ。ユスティーツ、ウンシュルトの軍、そして魔族の残党によって構成されている。今もこの場所に向かって進行を開始している。恐らくだが、到着は明後日ぐらいになる」
まず先遣隊の数、そして隊の内部構成、到着時間等をエルキュアは説明した。次にエルキュアは先遣隊の中でも特に注意しなければならない人物の解説を始めた。
「魔族残党にはその殆どが強力な魔法を得意とした魔道士達によって構成されている、二人程別格がいるらしいけど、情報が少なくまだ特定は出来てない。ウンシュルト側からも数人程、強力な戦士の存在を確認している」
「敵の数と情報は理解出来た、それよりもこちらの兵力はどのぐらいなんだ?」
先遣隊の数の事を知ったのか、アイロニックがエルキュアに質問を投げた。アイロニックの質問に対して、エルキュアは拒む事なく彼の質問を素直に返した。
「自分達の戦力は……我々含めても、現在志願している者は百にも足りてない……」
「やはり、数の差か……」
エルキュアの言葉に、一同の表情はどこか暗いものへと変化する。ヴォラクもこの差を聞いて、歯を噛み締めながら、腕を組んで悩む様にして項垂れた。
敵の数は千を超えていると言うのに、こちらの数は百にすら及んでいない。戦力差は凡そ、十倍が妥当と言った所であった。
傍から見れば、勝率は極端に低い。まるで天と地の様な差がある。その差を簡単に埋めるのは簡単ではなさそうであった。
一同は全員考え込む様な表情を見せ、黙り込む。場は静寂に包まれており、誰も口を開こうとはしなかった。
「差を感じてか、今回の戦いから逃げた兵士も沢山いるわ……」
「アストレア!?止めなかったのか?」
アストレアに苦い言葉に、エルキュアは驚きの表情を見せ、思わず冷や汗を流してしまった。敵前逃亡も良い所の行動であったにも関わらず、アストレアは逃げた者達を追いかける事をしなかったのだ。
エルキュアにとっては強い疑問であった。何で追わなかったのか、と問いただしたくなる程に。
「彼らの意志を尊重したわ、まだ長生きしたいでしょ?こんな傍から見れば勝ち目のない戦争なんて進んで参加してくれる人なんて……」
アストレアの言葉はヴォラクにとって正しい様に思えた。命が惜しい、だから戦わずに武器を捨てて逃げた。
だがアストレアは去る者を追う事はしなかった。それぞれ個人の意見を尊重し、逃げると言う選択を彼女は許した。あながち間違ってないのかもしれないとヴォラクは感じた。
ヴォラクは特に恐怖を感じる事はなかった。寧ろ、血を流す戦いに何故恐怖を感じるのかが疑問であった。ただ虐殺をするだけの戦争に何で一々怖がってしまっているのかが分からない。
生きるか死ぬかじゃない、ただ全員殺すだけ。逃げる者の意志を尊重した、それは共感出来たが死と勝ち目の無い様な戦いを恐れて逃げた兵士には共感する事は出来なかった。
下らない、そうヴォラクは思っていた。
「アストレア……」
アストレアの言葉に結局、何も言い返す事が出来なかったエルキュア。歯を噛み締めて、苦い表情を見せながら座り込むエルキュアとは対照的にヴォラクは冷静且つ落ち着きのある口調で対応した。
「いいや、勝ち目はあると思いますよ」
「ヴォラク?」
アストレアは今の所、勝つ為の戦略が何一つ思い付いていなかった。
どちらかと言うと、思い付いていないかと言うよりは思い付いてはいたのだが、数の差等により思い付いていた戦略等が悉く潰されてしまっていた為、何も打つ手がなかったのだ。
二日前に徹夜をしてまで、幾つもの戦略を紙に書き出したり、考えてみたりしたのだがその戦略は全て、白紙に戻るもしくはシュミレーションで敵の前に簡単に朽ちるかのどちらかであった。
そんな切羽詰まっており、今にも自分達の命だけではなく、国そのモノも崩壊しそうである中、勝つ手があると自信に満ちた表情で呟いたヴォラクの言葉に、アストレアは強い驚きを覚えたのだ。
アストレアは恐る恐るヴォラクに問う。
「お、教えてくれるかな?」
場が僅かにザワつく中、ヴォラクはその場に立ち上がった。ヴォラクに全員の視線が集まる。ヴォラクはモニターを立ち上げ、自らの経験と体験によって培った技術と知能により戦略を一から全て説明した。
「確かに今回の戦い、僕達が勝てる可能性は低い。けど、このまま諦める訳にもいきません。なので、我々の国が持てる技術と使える限りの物を使用した事を前提として、先遣隊との戦闘そしてこの先起こるだろう本隊との戦いやその後の残党等による襲撃等の事も踏まえて説明させてもらいます」
(目先の事だけに囚われていない……)
「まず、先遣隊との戦いについてです。我々は圧倒的数の差がある為、量より質の戦法を取る事しか出来ません。なので細かな戦法の元、話させてもらいます」
とヴォラクは説明した。彼の言葉に反論したりする者は誰一人として現れる事はなかった。ヴォラクは続けて、自らが編み出した戦法の説明を話す。
「自爆や玉砕覚悟の作戦等は禁止し、全員で徹底的に戦い抜く。それが僕の考えです……次に作戦について説明します。このフライハイトの地形、攻め入る地点は正面と左右だけ…後ろは山々が連なっている為、背後からの攻撃はとても薄いと考えています」
フライハイトの地形は少し独特であり、背後に連続して山々が連なっている。この為後ろから攻め入る事は非常に難しく、連なった山々を登るのは難しく明らかに時間の無駄だと言わざるを得ない程の構造をしている。
その為、後ろの膨大過ぎる程に連なった山々を超えて襲ってくる敵はいないだろうとヴォラクは考えていた。仮説の域を出ない予想ではあるが、今回は後ろからの攻撃は無いものだと彼は決めていた。
「なので相手は正面そして左右からの同時攻撃で数に物を言わせて押し切る、と言う戦法を取る可能性が高いです。相手側もこの戦争は短期決戦でケリを付けようとしていると思うので、かなり派手に突っ込んでくると感じています」
「それじゃ、オレ達はどんな風に動けば良いんだ?副隊長さん?」
有栖の率直な問いにヴォラクは答える。言葉の荒は更に強くなり、まるで熱くなる様にして、ハキハキとした口調でヴォラクは話す。
「まず正面、そして左右と三つの攻め入られる可能性のある場所があります。なので我々は三つの隊を編成して、各方向から敵を迎撃すると言う戦法を取ろうと思っています」
「こちらから攻勢には出るのか?」
「こちらから攻勢に出るよりかは、籠城の方が近いです。あまり攻めの姿勢に出て拠点から離れる、と言う事も出来ませんので……どうでしょうか?」
ヴォラクの発案に対して、アストレアは少しの時間ではあるが考え込んだ。それは彼女だけには留まらず、アストレア以外のこの場にいた全員がヴォラクの発案に対して素直に考え込んだ。
腕を組んで考える者、顎に手を当てて考える人、何の話をしているのかよく分かっていない人等様々であった。
そして二十程の時間が流れた後、先に彼の意見について口を開いたのはエルキュアであった。
「確かに現実味はある。しかしそれでも、数の差は揺るがなくないか?相手は千を超える兵がいる。実力派揃いの自分達であっても、百にも満たない数では流石に……」
エルキュアの言葉の通りであった。三方向から攻めてくると仮定して、それぞれ三方向に隊を分けたとしても結果として数の差は揺るぐ事はない。
それに、分散させてしまえば三方向からの攻撃に対応する事は出来るかもしれないが、ただでさえ少ない人員を分けてそれぞれの方向に向かわせてしまえば、結果全方位をカバーする人数が減る事になってしまう。
そうなってしまえば、先述の通り数の差で押し切られる事になってしまう。
しかしだからと言って一方向に人数を集中させてしまえば、他の方向から無防備な所を攻撃されてしまい潰される事となってしまう。
エルキュアの考えでは、また振り出しに戻ってしまった。になってしまっていた。
(何故……何故εとあの二機を出撃させると言わないんだ?)
緊迫し進展を見せない状況の中、悠介はヴォラクに対して強い疑問を抱いていた。腕を組みながら己の双眸でヴォラクをジッと見つめる。
彼が抱き続ける疑問、それは無人でありながら対人相手なら一方的な虐殺を繰り広げる事が出来るであろう無人戦闘用ロボである「ε」と単機で空域を制空出来るだろう悪夢の様な戦闘機である天を駆ける残虐たる騎士と黙示たる棺を何故戦場に出さないかについてだ。
理由は非常に単純なものだ。εとあの二機を出撃させれば戦場は数分も経たずに地獄絵図に変わる。そして必然的にフライハイトは勝利を得る事になる。
当たり前、と言いたくなる程に呆気ないだろう。まずεは量産型の戦闘用ロボでありながら精密なアサルトライフルと無痛のまま死に絶えるガトリング砲等を装備した一歩間違えれば殺戮兵器となる存在だ。
更に魔法攻撃や物理攻撃すらも容易に防ぎ切るアーマーを装備し、自己治療も可能としている。
それに過去の大戦で多く量産されている為、殲滅力にも優れている。
更に時代が流れた現在でも多くの数が起動し出撃する事が出来る様になっている。
ただでさえ兵士の数が少なくなっており、数で押し切られそうな中、まだ戦闘を行う事が出来る量産型兵器であるεは自分達には天から舞い降りた救いの手と言っても過言ではなかった。
それは天を駆ける残虐たる騎士と黙示たる棺にも言える事であった。あの二機は単機だけであったとしても、その戦闘力は破格であり、リミッターが殆ど破壊されていると言っても良いぐらいだ。多種多様の武装に敵を余裕で振り切る機動力、そして搭載された変形機構等、様々だ。
まだあと二機に乗り手が決まった訳では無いが、起動し空を翔ける事となれば、戦局が簡単に崩壊する事は目に見えていた。
しかし、それなのにそれだけの力を秘めているはずなのに、何故ヴォラクはこれらの兵器の使用を口から明言しないのか、悠介は浮かび上がる疑問の数々で脳内が埋め尽くされていた。
「確かにエルキュアさんの言う通り、三方向に隊を分けても結局、数の差は揺るがない。そこで今回僕とダイスさんで協力して新たな新装備、新兵器及び首都の防衛システムの制作を行いました」
「何だと!?」
「博士、本当なのですか?」
アストレアの驚きと疑問が混じった声に対して、ダイスは首を縦に振った。ヴォラクとの会話に混ざる様にして、ダイスも落ち着いた口調で彼らに説明を始めた。
「ええ、我々のみの力で解決出来ない今……私とヴォラク君で過去の兵器の改造及び新たな都市防衛システムの開発等を行いました」
「まさか、ε達やあの二機を!?」
「いや、あれはまだ出撃させるには早い…」
アストレアは驚きが混ざる声と強い動揺を見せる様な表情を見せる。無論、それは彼女だけには留まらずその場に居る多くの者が個人差こそあるものの、アストレアと同じ様な反応を表情に浮かべていた。
そして裏の事情を知っていた悠介も表情では見せなかったが、内心は少しばかりではあるがヒヤヒヤしていた。それにより冷や汗が一滴額から流れ落ちた。
何故、分かっていながら出撃させないと言うのだろうか。目の前に甘い蜜があると言うのに、断固として吸わないと言っている様なモノだ。
悠介は今、親友の一人である凱亜の真意を読み取れずにいた。
「どうしてだ?」
率直に疑問を述べる人物がいた。もう一人の親友である関口美亜であった。彼女もまたここに来て変わった様に悠介は思っていた。
最初こそ連れてこられた事に戸惑いを覚えていたものの、アストレア達の懸命な説得により間違いに気が付いてくれた。しかし今は何か違っている様に見える。
目付き、性格、口調それが過去の彼女とは一変して変わっている様に悠介の双眸には映っていた。
何があったのかそれは悠介には無論、凱亜や比奈田にも分からなかったのだった。
「普通なら出撃させるはずだ。何故出撃させない?」
腕を組みながら、睨む様な目付きで凱亜の事を見つめる美亜。整えられ、結ばれた髪と戦闘用に改造した服を着た彼女を凱亜は見つめる。
「情報漏洩又は鹵獲を防ぐ為だ。今回の先遣隊との戦闘は後に起こる戦争の序曲に過ぎない。だから今回のタイミングで出すのはまだ早い。もし敵に情報が漏れてしまえば、解析及び複製され、同じ兵器を使ってくる可能性がある。そうなれば蹂躙されるのは我々だ……ε及び天を駆ける残虐たる騎士と黙示たる棺の出撃は本隊との戦闘時に温存すべきだと考えています。最も、もし我々が劣勢に追い込まれれば強制にでも起動させますが……」
「……分かったわ……大体は理解した。現実味もある、否定する所は何も無いわ」
「感謝致します」
反応は悪くはない様であった。頭ごなしに否定される訳でも無く、否定する所は無いとアストレアはヴォラクに対して言ってくれた。
(さて、向こうはどう出てくる?)
ヴォラクは心の中でそう一言呟いた。鹵獲及び情報漏洩の危険を未然に防ぐ為に敢えて切り札を見せない選択を取ったヴォラク。
それが間違いなのか、それとも正解なのかはまだ分からない。
【フライハイト大百科(司会入院中の為お休み)】
あけましておめでとうございます。
今年も頑張って投稿していきます。