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122話「目覚めの時」

 

(や、やってしまったぁぁぁぁぁぁ!!!)


 自らの行いを強く後悔する悠介。押し寄せてくる後悔の念から悠介は両手を顔で覆い、自室のベットに座り込みながら、只管悔やみながら項垂れていた。

 何故、後一歩踏み出せなかったのかは分からない。しかし寸前で逃げ出してしまったのは事実である。


(あそこで逃げなければ、チェリーボーイとは言われないだろうに…)


 悠介は悔やんでいた。何故なら折角シャワールームでグレンとの肉体関係を築けそうであったにも関わらず、悠介は最後の最後の所で耐えきれずに逃げ出してしまったのだ。


 ◇◇


 少し前に時間は遡る。

 後一歩の所であった。後僅かに踏み出せば良かったものを。


「悠介君?一応知識はあるから、私に……」


「あ、ああぁ……」


 焦りと緊張、そして恥ずかしさによって悠介の感情が異常な程に高まりを見せている。心臓の鼓動は非常に素早くなっており、息も荒くなって、回数も増している。

 そしてグレンも覚悟を決めて、悠介と肉体を近付けて遂に一歩を踏み出しそうになった所であった。


「ごめん!」


 咄嗟に悠介はグレンの肉体を軽く突き飛ばしてしまったのだ。勿論、相手が女性と言う事もありそこまで強く突き飛ばす事はなかったものの、急過ぎた展開にグレンは思考が追い付かず、軽く押されただけではあったが体制を崩してしまい、そのまま尻もちをついてしまったのだった。

 それと同時に悠介はその場から逃げてしまった。一切後ろを振り返る事はなく、ただ彼女に、ごめんとしか言えないままその場を去ってしまったのだった。


 グレンは床に座り込んだまま、目を見開いたまま、そして口を開いたまま彼の背中を見つめている事しか出来なかったのだった。それと同時に彼女の心の中にも多少ではあるが罪悪感と言うモノが生まれていた。

 思わず拳を強く握り締めると同時に唇を噛んだ。


 そんなグレンを見る事もなく、脱衣所で体もロクに拭かずに服を着た悠介は走りながらその場をから消え去っていた。その表情は恐怖と焦り、そして罪悪感が浮かび上がっていた。

 勢いだけと速すぎた発言に悠介は強く後悔した。最早、スピードのみで容赦なく突っ切ろうとしてしまった様に関係を持とうとした事に疑念する。

 そしてその後、悠介はただ自室に篭っていた。やるせない気分になりながらベットに座り込む。


「何であんな事を言ったのだろうか……」


 悠介はベットに項垂れながら座り込む。何故あのタイミングで関係を持とうとする様な発言をしてしまったのか。

 確かにグレンとは親友の様に仲が良く、リアと同じ様な程に強い絆を築いている。しかしそれは恋人の様な関係ではなく「親友」の様な関係であると悠介は感じていた。

 グレンやリアの発言には時に驚かされるモノがあったが、恋愛下手で姉以外にロクに異性間での交友がなかった悠介としてはどの様にその言葉を解釈し、その後にどう接して良いのか分かっていなかった。


 悠介は、この後どうやってグレンに接していけば良いのか分からず、情けない溜息を着き、数回爪を噛んでしまった。情けなさと後悔と罪悪感、それに只管になって悩まされる悠介。

 今自分はどうするべきなのか、分からずにいた。

 しかし、そんな時であった。悠介の自室の扉を誰かが叩く音がした。

 一人で自責の念に苛まれていると言う中、このタイミングで誰かが部屋を尋ねてくる。悠介的にはタイミングが非常に悪いと感じていた。今は一人で静かに過ごしていたいと言うのに、このタイミングでの客人。

 悠介は気に触れそうになったが、自分の機嫌なんてた人の予定からすれば、かなりどうでも良い事である為悠介は多少ではあるが浮かび上がる怒りを抑えながら、扉を近付いた。


「はい、どちら様……」


 悠介は扉を開けた途端に、その扉を勢いをつけて閉めたい気分になってしまったのだった。


「が、凱亜…」


 扉の前に立っていたのは、黒色の髪に黒色のロングコートを羽織る一人の青年が立っていたのだった。

 その青年の名は「不知火凱亜」表情は凛としており、その双眸は何処か他者を怯えさせる様な風貌をしている。


「悠介。今、時間あるか?」


「え……あ、あぁ俺は大丈夫だが?」


 その言葉を聞くと、凱亜は首を一度縦に振ると同時に悠介に言葉を投げた。


「少し来てほしい。地下最深部に向かうぞ」


「まさか♡」


 そう凱亜に言われると、悠介は服を着ているにも関わらず、体を手で隠し、頬を赤くしながら数歩後ろに後退りしてしまった。何を勘違いしてしまったのだろうか。

 しかし凱亜は、多少ボケをカマしている悠介に落ち着いた口調で対応を見せる。


「んな訳ないだろ?さっき、偵察用の魔物を出してたエルキュアさんから伝達が入った」


「何だと?」


 凱亜の言葉を受けて、悠介は先程とは全く違う様な程に雰囲気をガラリと変えてしまった。今さっきまでは葛藤と罪悪感に苦しんでおり、扉を開けた直後は憂鬱な表情を見せていた悠介ではあったが、凱亜の言葉を受けると同時に悠介の表情は素早く切り替わってしまう。

 狂気性が垣間見えるあの表情に近い様な形であった。


「先遣隊の役割かは知らんが、魔族残党と少数の平和帝国の兵群がフライハイトに進軍してると情報が入った」


「数は?」


「魔族残党が千程度、そして帝国側から指揮官等を含めて約二千程の兵がいる模様だ。到着は今から三日ぐらいが妥当らしい」


 凱亜の言葉を悠介は腕を組みながら聞いていた。いつかは来るとは思っていたが、自分の予想よりもかなり速いタイミングで敵の奴らは現れた。到着は今から約三日後と言った所の様であった。

 今からを含めると明日から行動を開始してしまえば、来るのは明後日が相場と言った所だ。

 悠介は腕を組みながら考える。残り二日と言った限られた時間の中で何が出来るか、それを考える必要性がある。


「こちらの兵力はどれぐらいだ?それと、二つ名とか、名の知れた奴はいるのか?」


「エルキュアさんから聞いた限りでは、こちらの兵力は……ざっと見積もっても、二百に及ぶか分からない。それに魔族残党には二人程超強力な力を保有した魔導士がいると情報があった」


「帝国側には?」


「エルキュアさんが知る限りでは、帝国側先遣隊の総指揮官「アヴァランテ・ウェン=ドラゴン」って言う指揮と戦闘どちらにも長けた奴がいるらしい。他にも先遣隊の他にも後から進軍してる所もあるらしい」


 更に凱亜の口からは衝撃的な言葉が投げられた。悠介は凱亜の言葉に絶句してしまう。


「それに、これだけじゃない。仮に先遣隊を撃破出来たとしてもこれで終わりじゃないんだ」


「どう言う事だ?」


「先遣隊はあくまでご挨拶、序曲に過ぎない。僕達フライハイトの総戦力が少ない事を相手を知ってるらしいからな……先遣隊の後は平和帝国の有力な兵や異名を持つ者を全員動員、更にはユスティーツから召喚勇者まで来るって話だ、それに神国からの増援、その他ユスティーツ、平和帝国の傘下の国も総出を上げてこの国に襲撃をかけてくる、と言う事だ」


 悠介は驚きのあまり言葉を失った。悠介は今、文字列だけ見れば勝ち目は絶対に存在しないと感じてしまった。

 基本的に冷静沈着な悠介は今僅かにではあるが焦ってしまっていた。心臓の鼓動も僅かにではあるが速くなっている。

 こちらの戦力は多く見積っても三百にすら届かない。なのに挨拶代わりの先遣隊ですら三千はくだらない数を有している。それで先遣隊なら、本隊の数なんてそれを何倍も余裕で上回る程の数を持っているだろう。


 フライハイトの人員は基本的には数での戦法ではなく少数精鋭の戦法を取っている国だ。

 確かにフライハイトの面々は単体での戦闘能力は非常に高く、一人だけでも何百もの兵士すらくだらない戦力を保有している。しかしそれでも限界は存在している。

 質より量、数で押し切られてしまう可能性は容易に有り得る事態だ。実際の所、今のままでは数で物を言わせて、圧倒的数の前に押し切られてしまう可能性が非常に高い。


「か、勝てるのか?」


「このままじゃ、先遣隊を運良く撃破出来ても本隊に叩かれて全員仲良く晒し首だ。そんな終わり方は嫌だろ?」


「晒し首にされるのも嫌だし、まだ俺達十八じゃないか…」


 現実とは投げたくなる様な程に残酷な存在である。戦力差は明らかに明白。数ではこちら側が圧倒的に劣勢であった。

 それに強力な実力者は自分達の側にもかなりの数がいるが、それは敵の陣営にも言える事であった。敵側にも優秀な力を保有した実力者がいるのは絶対的と言って良い程、間違いでは無い様に思える。

 このままでは本当に負ける未来しか見えてこない。悠介は焦りで思わず、まだ戦いが始まっていないにも関わらず怯えを見せてしまう。


「匙を投げるにはまだ早い。その為に最深部に行くんだ」


「何か、そこに隠し玉でもあるのか?」


「見れば分かる…」


 そう言うと同時に、凱亜はその場から歩き出した。凱亜は悠介に着いてくる様に、と促した。

 流石に凱亜が冗談を自分に言っているとは考えにくかった。この緊迫した状況の中、悠介は凱亜の跡を追う事にしたのだった。


 ◇◇


 そしてその後、暫くの間曲がったり降りたり下ったり

 をしながら、五分か十分程歩いた後、凱亜と悠介は苦労する事もなく、フライハイト地下最深部に辿り着いたのだった。

 地下最深部は薄暗く、まるで闇夜の暗闇を体現しているかの様な鬱蒼とした世界であった。悠介も初めて来る場所に動揺を見せ、冷や汗を流しながら凱亜の傍を離れようとしない。


「うぁ…暗いな、ここ」


「何だ悠介?怖いの?」


「ちょい前に、お前の家で心霊映像見たじゃん?」


「あぁ~確かに、見たな…」


「あれ以降暗い所少し嫌いになった」


 少し前に凱亜の家で見た心霊映像、あれを見て以降悠介は暗い所が多少ではあるが嫌いになっていた。家には姉がいたのでそんなに問題にはならなかったが、偶に暗い帰り道を歩く時は思わず背筋が凍りそうになった事もしばしばあった。

 しかし今は関係の無い事だ。躊躇もなく、ズカズカと人の心に入り込む様にして進んでいく凱亜を尻目に悠介は周りをキョロキョロと見回しながら進んで行った。

 凱亜と横並びで共に歩く悠介は、薄暗い空間を歩きながら凱亜に質問を投げた。


「それで、ここには何があるんだ?」


「戦局をひっくり返す兵器や首都の防衛を可能とするシステムの管理デバイス。そんなモノが転がってる場所さ…」


「何だよそれ……」

 

 悠介は凱亜の発言の意味をあまり理解出来ずにいた。一瞬ではあるが凱亜が何を言っているのかすら分からない程であった。しかし、この薄暗い空間と凱亜の冗談では無い様な口調から徐々に悠介は彼の言葉を信じつつあった。


「到着……」


「はぁ!?………な、何だこれ?」


 悠介は、似合わない驚きの表情を見せる。目を見開き、口はポッカリと開いてしまっている。

 目の前に広がる光景を見上げながら、驚きの表情を見せている。

 凱亜が初めて見た時と同じ様な表情で、同じ様なリアクションであった。

 自らの目の前に鎮座し、長い時間、誰に触れられる事も操縦される事もなくただ延々と眠りについている二機の戦闘機「TYPE-B - VX-02 天を駆ける(ハイペリオン)残虐たる騎士(エヴァガニア)」と「TYPE‐D‐FW‐04黙示たる棺(ノイズコフィン)

 悠介は異世界に全くと言って良いぐらい似合わないこの戦闘機を見つめ、驚きにただ駆られる事しか出来なかった。


「お、おい凱亜?これって……」


「戦闘機だ、異世界にも残存してたんだぜ?」


「えぇ…異世界ってこう言うのあんまり聞かない気がするんだが………まさか、これを乗り回すって事か?」


「それだけじゃない。向こうを見てみろ」


 そう言うと、凱亜は戦闘機が鎮座する場所とは反対の方向を突如として指差した。悠介はこれも冗談ではないと考え、凱亜の指差す先を素直に見つめる。

 そこに並ぶ存在に悠介は再び驚かされてしまう。


「あ、あれって…何だ?」


 縦に長く四角いフォルムのヘッドに同じ様な形をしたカメラアイ、汚れた白色の色をした無機質なボディ、大きく長い両腕にその重さに耐えられる様に設計された二つの両足、そしてその右手は銃となり、

 左手はマニュピレーターとして人間の様な手の形をしていたのであった。

 廃部にはスラスターに何門もの銃口を備えた大きな砲身、まるでそれは砲台の様でありガトリング砲の様に見えた。

 見た目だけでも強く衝撃を覚えさせられるフォルムをしていたが、悠介は見た目の話よりも驚かされる点があった。

 それは、その数はあまりに膨大過ぎたからだった。その数は最早、数えられる程ではなかった。百?千?いや万?一体それが幾つ存在しているのか何て想像出来なかった。


「凱亜、これは……」


「戦闘機の方は黒い方が「TYPE-B - VX-02 天を駆ける(ハイペリオン)残虐たる騎士(エヴァガニア)」緑色の方が「TYPE‐D‐FW‐04黙示たる棺(ノイズコフィン)」そして今僕達の前で寝てるあのロボットの軍団、あれは「治安維持用護衛ロボ‐ε」過去に開発された無人戦闘用ロボットさ…」


「治安維持用護衛ロボ‐ε」それは嘗ての大戦時に製造された戦闘用のロボットの総称を示す名前であった。

 護衛機、またはイプシロンと呼ばれるロボット達はフライハイトの技術者達が減りゆく戦力の増強を図る為に生み出した戦闘用のロボット群の事だ。

 何処か愛くるしい様なフォルムをしているが、やっている事は完全にただの殺戮ロボットと変わらない。自我は持っておらず、今も起動さえすれば帝国側の人間やユスティーツの面々に攻撃を仕掛けるだろう。彼らを指揮するプログラムは未だに健在だ。

 大戦時の量産機であるが、量産機だからと言って弱いのかと聞かれれば答えは全くと言って良いぐらい違うと言えるだろう。


 量産機にも関わらず物理攻撃を一切受け付けず、魔法攻撃すら防ぎ切る強固なアーマー、更には内蔵された器具により、左手を使って自ら自己修復を行う事も可能。

 防御面でも無敵の様な力、そして攻撃面でも劣る事はない。

 フルオートで撃ち続けられる強力なアサルトライフルが右手に直結しており、破壊されない限りは撃ち続ける事が出来る。更には「デストロイモード」と呼ばれる形態にも変形が可能だ。

 この形態は対人を殺す事など造作もない。装備された超高火力のガトリング砲、又は度外視の威力を持った砲台を用いての攻撃が可能でありガトリングなら人間は痛みを感じる事なく肉塊となり砲台ならその体を吹き飛ばされる事になる。


 これだけでも完全な程に危険な殺戮兵器ではあるが、最深部にはこれだけには留まらない多数の兵器が存在している。戦闘機、ロボット、ヴォラクが制作した数多の兵器群、そして人外と呼べる程の力を保有した者達。

 悠介は一つの結論に辿り着きそうになっていた。


「凱亜、εは今どれぐらい起動するんだ?」


「ε達を牛耳ってるプログラムを起動さえすれば、動くだろう。数は……ざっと見ても千はくだらない」


「人を殺すなど簡単過ぎるロボットが千体、それに一部は人外レベルの力を保有した強力な兵隊。これは……」


「数の差だけでは戦局が覆る事はない。勝算なら山の様にある」


 凱亜は棒読みに近い話し方で、悠介にそう語りかけた。その目には相も変わらず狂気性を孕んだ瞳が浮かび上がっている。

 そして、まだ驚きが消えず、思考がまだ完全には追い付いていない中、凱亜はそんな悠介を差し置いて戦闘機の内の一機である 天を駆ける(ハイペリオン)残虐たる騎士(エヴァガニア)に乗り込もうとする。


「お、おい凱亜!それ乗って良いヤツなのか!?」


 当然ながら、悠介は誰の許可もなく乗り込もうとする凱亜を制止しようとする。確かに彼は過去に銃火器の使用の訓練や軍さながらの経験をした青年である事は知っている。

 だが今回は普通一般人なら、まず間違いなく乗る事も動かす事も出来ない様な戦闘機だ。実物すら見た事ないと言うのに、目の前では親友である凱亜が何の躊躇いもなく戦闘機に乗り込もうとしていたのだ。


「別にまだ起動させてないから平気だよ。勝手に自爆する訳でもないんだから……」


「け、けどよぉ…」


 すると躊躇もなく凱亜はコックピットハッチを簡単に開き、中に乗り込んでしまった。

 コックピットハッチ内は椅子が一つ設置され、座る為の椅子周辺にはレバーや操縦桿、その他の多数のボタンや通信用の機器等見慣れない装置が多数存在していたのであった。

 凱亜も流石に初見での観覧であった為、思わず情報量の多さに冷や汗が流れてしまった。


「うぉ………スゲェ…」


 コックピットハッチの中の空気は冷たく、まるで棺桶の中の様に冷えきった世界になっていた。

 まるで何人もの操縦者がこの中で息絶えたかの様に。


「何か未起動状態でも弄れる場所、無いかなぁ……」


(凱亜の奴、出てこないけど…)


 如何せん体を動かせる場所は特別多くない為、体を激しく動かす事は出来ない。凱亜は体を捻ったり首を動かす等して周囲を確認する。

 コックピットはさながらガ○ダムの操縦席だ。後ろには空間があり、二人乗りも可能でありそうであった。ガン○ムに乗った事はないが、好きである上気が乗る事は間違いなく、凱亜の手の動きは加速していく。


(もしこれで出撃出来たら……あの発信シークエンスとかも流れるのかなぁ……)


 そんな馬鹿げた妄想に耽っていると、凱亜は目にあるモノが入ってきた。それは明らかに押して下さいと言わんばかりの赤い色をしたボタンであったのだ。

 記載が存在しないので、何のボタンかは分からない。しかし赤色のボタンなんて、押せば大体爆発するか核弾頭が発射されるかパラシュート付きで椅子ごと空の彼方に弾き出されるかのどれかぐらいしか想像出来ない。

 しかしスリルを求める人である以上、押さない手はない。凱亜は躊躇無くボタンを、ポチっと押してしまったのだ。


「あれ?」


 取り敢えずの感覚で押してみたものの、これと言って反応は無い。もし爆発するのなら、何かしらお知らせがあるのかもしれないと期待したがそれもない。

 火器が作動する気配も一切ない。しかし、もし本当に爆発するのなら……。


「ヤベェィ!早く逃げないと!」


 多少なりタフではあるが、至近距離の戦闘機の自爆なんて耐えられる様な威力では無い。至近距離で食らってしまったら間違いなく黒焦げだ。

 別に追い詰められていると言う訳でもないのに、自爆で死ぬなんて真っ平御免である為、凱亜は一目散で戦闘機から脱出した。多少強引になったがコックピットハッチを蹴り破る様にして開けるとそのまま外に、情けない背中を晒しながら逃げ出した。


「ば、爆発!………しない?」


 十数える程の時間が経過した。だがけたたましい爆発音も身を引き裂く様な爆発も、起こらなかった。一切起こる気配はなく、シィーンとした空間が絶えず広がるだけであった。

 凱亜は一切爆発しない事に疑問を覚えた。まさか不発か?それとも爆薬が湿気っていたのか?分からないが、凱亜は恐る恐る戦闘機の方を再び見つめた。


 しかし戦闘機が爆発しなかった事よりも、凱亜には気になっている事があった。何故か悠介は爆発しなかった戦闘機のコックピットハッチの下、機体下部を何故か驚きに満ちた双眸で強く見つめていたのだった。

 凱亜も流石に悠介の行動と爆発しなかった事に強く驚かされる。

 凱亜は多少ではあるが、ふらつきながらではあるが悠介の元へと近付かく。


「お、おい悠介?どうした?」


「どうしたもこうしたもあるか。これ、見てみろよ」


 悠介に促され、凱亜はいつの間にか開いていた機体下部の空間に目を向ける。悠介の位置に凱亜が立ち、多少ではあるが姿勢を屈める。


「なっ!?これ……は?」


「厄介事に巻き込まれるのは悪いがもう勘弁だ。お前がどうにかしろよ?」


「ちょ!?僕任せか?」


「俺はこっちの方を見てみるよ」


 そう言って悠介は凱亜に場所を譲ると、凱亜と同じ様にして、 天を駆ける(ハイペリオン)残虐たる騎士(エヴァガニア)の隣に鎮座した黙示たる棺(ノイズコフィン)の方へと足を運んでしまったのだった。

 凱亜は焦った口調で悠介に言葉を投げたが、悠介は既にその場所にはいなかった。どうやら勝手に黙示たる棺(ノイズコフィン)の方へと向かってしまった様であった。

 面倒事には関わりたくないのは、悠介だけではなく基本的に誰でもそう思う事だ。凱亜は仕方なくも、この事態を一人で諌める事にした。


「だが……戦闘機の中に女の子が寝てるって……」


「まるで生体ユニットだな」


 凱亜も悠介も戦闘機の下部に設置されていたハッチが突如として開き、その中に眠っていた存在に強く驚かされてしまった。

 戦闘機下部(コックピットの下)に設置されたハッチの中には、まるで死人の様にして眠る一人の少女が、戦闘機の中にいたのだった。美しく、細い両手両足はケーブルの様な物によって繋がれており、その様子はまるで拘束されているかの様であった。

 しかし拘束されている様には見えているが、実際はただ繋がれているだけである様にしか見えない。

 目の前で眠る銀灰色のショートカット風の髪をし、まだ何処かあどけなく、幼い風貌をしていながらも整えられた容姿に肉体。歳は十二から十四と言った所であろうか。


「僕はロリコンじゃないけど……流石に少し可愛く見えるなぁ…」


 そんな事を言いながら、凱亜は目の前で無防備に体を晒し、人形の様にして美しくも眠り続けている少女の姿を観察する。

 見た所、外傷や傷はなく一切汚れは存在しない。凱亜はその場にしゃがみこみ、少女の頬を数回軽く指で押した。

 少女の頬は非常に柔らかく、プニプニと音が出そうな頬をしていた。愛くるしくまるで小動物の様だ。


「おーい、起きろぉ!」


 凱亜は起きないかもしれないが、一応の事も考えて目の前で眠る少女に声をかける。起きないだろうと凱亜は平気に予想していた。


「んっ……」


 しかし結果は意外な方向へと傾く事となった。てっきり起きないものかと想像していたのだが、意外にも目の前で眠る少女は突如として目を覚ましたのだった。目が覚めると同時にケーブルに繋がれた少女はケーブルの接続を解き、凱亜の目の前に立った。

 凱亜は思わぬ事態に驚きを覚えた。少女が突如として目覚めた事や古びた服のせいで今にも裸体を晒しそうになってしまっている事も。


「おはようございます。貴方が私のマスターですか?」


 と、少女は凱亜にそう問いかけた。少女の質問の意味に凱亜は思考が危うく追い付かなくなりそうになった。

 しかし質問の意味を彼はすぐに理解した。だってどっかのエクスカリバーとか言う剣を持った女の人だって同じ様な事を言っていた様な気がするので、少女が何を自分に対して言いたいのかはすぐに理解出来た。


「マスター、と言うよりかは今君を起こした人だな。何年ぶりのお目覚めかな?」


「はぁ……かれこれここで眠って長いですが、どれぐらいの間眠っていたかは分かりません」


「まぁ、今はいつの時代かは分からんが、今は緊急事態だ。また力を貸してもらう事になるかもしれん」


 そう凱亜が言葉を呟くと、凱亜は自らに羽織っていたロングコートを脱ぐと目の前に立つ少女に向けて、その黒色のロングコートを投げる。


「まず服着とけ。危うく僕が犯罪者認定されそうだ」


 このままでは幼女好きの変態に思われてしまうかもしれない。流石に周囲にロリコン呼ばわりされるのは絶対に避けたい。

 昔から、凱亜は年上好きである為下の年の人は一部例外を除いてあまり恋愛対象にはならない。

 実際の所、目の前の半裸になりかけている少女を見て興奮するのかと聞かれればあまりそうはならない。

 一見すれば、この少女は凱亜から見れば妹の様な存在にしか思っていない。決して(やま)しい様な事を考えている訳では無い。


「あ、ありがとう。少し肌寒かったから、良かった」


「君、名前は?」


 大きめのロングコートを被る様にして、少女は凱亜が着ていた黒色のロングコートを受け取り、冷えてしまった体を温める為にギュッと抱き締める様に着用する。

 見た所、かなり薄着で肌の露出も多めであった為、体が冷えてしまっていたのだろう。


「私は「シェッタ」と申します、新しいマスター。天を駆ける(ハイペリオン)残虐たる騎士(エヴァガニア)の火器管制及び制御等を担当しているユニットです。もしかして、また出撃ですか?」


 また出撃、その言葉を聞いた瞬間彼女が今まで何をしてきて、何を見てきたのか理解出来た。

 自分の目の前で頭を下げ、再び新たな主人と共に空に舞おうとしている。幼さとあどけなさが残っているにも関わらず、少女の双眸は覚悟を決めていた。時には死すら恐れない様にして。


「いや、もう戦争は終わった。コイツも長い間休暇を取っていたんだ」


 そう言いながら、凱亜はポケットに手を突っ込んだまま天を駆ける(ハイペリオン)残虐たる騎士(エヴァガニア)を見上げた。

 嘗ては空を駆けていたかもしれないが、今はもう地下深くで眠り続けているただの負の遺産に過ぎない。


「え、もう戦争は終わったんですか?」


「終わってもう七十年と言った所だ。その間君は眠っていたと言う訳だよ」


 信じ難いかもしれないが、凱亜は素直に現実を突き付けた。七十年と言う非常に長い空白の期間。

 七十年もの間天を駆ける(ハイペリオン)残虐たる騎士(エヴァガニア)と共に眠り続けていたシェッタ、あまり良い反応は期待出来なかった。


「そうですか、じゃあ七十年もの間私達が必要にならないぐらい、世界は平和だったんですね!」


「えっ?」


 意外な答えであった。七十年と言う浦島太郎状態と言っても過言では無い時間を過ごしていた筈なのだが、シェッタはそんな現実をそのまま投げた凱亜に対して、何処か嬉しげと達成感のある表情で答えたのだ。


「私は確かに戦う兵器として作られました。でも本当は平和になってほしかったんですよ」


 確かに、としか思えなかった。世の中争い事は起こらない方が圧倒的にマシだ。

 彼女もまた戦う事に身を投じながらも、平和を願っていたと言う事なのかもしれない。


「そう言えばマスター。貴方のお名前は?」


「僕は不知火凱亜。皆からは偽名のヴォラクって名前で呼ばれてる。どっちでもいいから好きに呼んでくれ」


「はい、お願いしますねマスター。」


「これは嫌だ!俺はロリコンじゃなぁぁぁぁい!」


 思わずしんみりとして、シェッタと同じ様に嬉しげな表情を彼女に対して見せていたが、突如として空間の中に響き渡った悠介の絶叫により凱亜は驚きの表情を浮かべた。それはシェッタも同じ事であった。

 声は天を駆ける(ハイペリオン)残虐たる騎士(エヴァガニア)とは別の黙示たる棺(ノイズコフィン)の方から聞こえてきた。

 何事かと凱亜は思い、シェッタと共に悠介の元へと駆け付けた。


「悠介!?どうした?」


「あ、その中には……」


 そこには悠介を前にして立つシェッタではない別の少女の姿があった。悠介はその場に絶叫しながら立ち尽くしていた。

 そしてシェッタはまるでその少女に見覚えのある様な素振りを見せている。


「あぁ―――何で悠介の前に金髪ゴスロリ少女が?」


「俺はロリコンじゃない俺はロリコンじゃない俺はロリコンじゃない俺はロリコンじゃない俺はロリコンじゃない」


「ただ今を持ちまして、目覚めました。マスター、ご指示を」


 ◇◇


【フライハイト大百科Part2】


「前回はしんみりムードでサボってしもたけど、今日もフライハイト大百科始めるで」


 本日のご紹介は誰でしょうか。


「ほな、今日紹介するんわ、国防防衛隊一番隊隊長「エルキュア・ディキンソン」についてや。皆、しっかり聞くんやで」

 

 今日の紹介は一番隊隊長エルキュア・ディキンソン。本日もまた蒼一郎氏による解説が始まる。


「所属者一覧で見たかもしれんけど、彼女は武器として使ってええんか怪しいけど、棺桶を使って戦う女性や。鎖に繋げて振り回し、盾として使う。正に暴風やな」


「普通棺桶て、死んだ人いれとくモノやと思うんやが……」


 蒼一郎、武器の使い方について悩む。しかし棺桶なんて武器にするのか普通?


「他にも意外に見た目は怖いけど、根は愛国心に溢れてて優しい女の人や。まぁ昨今の時代で棺桶なんか使うなんておかしいて、今の時代はやっぱ……」


「今何て…………?」


「あら、しもうた…」


 再起不能になったっぽい。スタジオも粉々にされましたとさ。

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