119話「Brave」
「見回りですか?」
思わぬ言葉にサテラは驚きの口調で声を上げた。表情はキョトンとしており、いきなり過ぎた言葉に思わずそんな表情を浮かべてしまう。
「えぇ、最近近くで見た事ない人達が屯しているって警備兵の人から連絡が来たのよ。それの確認で、見回りをサテラにお願いしようと思って」
きっかけはフライハイト領土近くで不審者の様な見知らぬ者が数人程目撃した、と言う兵士の連絡だった。
傍から見れば些細な事かもしれない。もしかしたら、ただの見間違いであり、とんだ勘違いかもしれない。だが、最近は緊迫した状況が常に続いていると言っても過言ではなかった。
アストレアの様なトップの人間やヴォラク達側近や国防隊の人間達は見慣れた景色であるが為に、あまり派手に慌てふためく様な事にはならなかったが、一兵の者達の中には焦りを見せている者も存在していた。
その波で無駄に神経質になってしまっている者も少なからず存在している。アストレアは心配をそんな兵士達の不安を取り除こう、と考えていた。その為些細と思われるかもしれないが、助けなければならないと思っているアストレアは素直に手を差し伸べる事にしたのだった。
そして今回、その見回りに参加する事になったのはヴォラクの奴隷であるサテラであったのだ。
「おい、サテラが行くってなら僕も行った方が……」
ヴォラクが腕を組みながら、壁にもたれかかりながらアストレアに言った。今は複数個の部屋がある作戦会議室にて話していた。
その表情はサテラを心配している事が丸分かりであった。無理もない、ヴォラクにとってサテラは手放せない存在であり絶対に手を離そうとは思った事のない女性だ。
みすみす彼女を一人で夜の世界に突貫させる程、軽率な事をさせるつもりは無かった。
「いえ、主様。私一人でも大丈夫です!」
「だが、サテラ……」
サテラは元気のある声で主であるヴォラクにそう声を荒らげて言った。表情は活気に満ち溢れており、頑張りますと言わんばかりな強気な表情であった。
初めて会った時との表情の差は凄まじく、ヴォラクは思わず、こんな顔出来たんだな。
と思ってしまう程だった。ヴォラクは彼女の事を信用していないと言う訳ではないが、半場自分が彼女の保護者の様な立場である以上、心配しない訳にもいかなかった。
「良いんじゃないか、任せてあげても?」
そんな中、サテラの言葉を肯定する様にして、その場に居合わせていたヴゥセントが落ち着いた口調でヴォラクに問いかけた。表情は非常に落ち着いており、双眸や口に乱れの感情が一切篭っていなかった。
彼の表情もまた、彼女の事を強く信頼している様な形であり、目に狂いは無い様に思えてくる。
「ヴゥセントさん……」
六番隊隊長「ヴゥセント・グレイスナー」確かに彼の言葉は十二分に信用の出来る。まだ隊長の席に座っている時間は他の隊の隊長達と比べると短いが、武芸者としての実力は非常に高いと聞いている。剣と魔法による非常にオーソドックスでシンプルな戦闘を得意としながらも、その実力は非常に高い。
まだ話した回数は指で数える程であるが、悪い人ではない事は確かだと思える。基本的に年下である自分に対しても丁寧に接してくれる、それに話す事もユーモアがあり面白いと思える話ばかりだ。
それにめちゃくちゃイケメンだし、クレアと言う可愛いケモ耳の彼女までいると言う。反則かよ。
「主様!私、一人でも出来ます!いつまでも守られている訳にはいかないので!」
ここまでの気迫を見せるのも相当かもしれないとヴォラクは感じた。確かに今の今までサテラの存在を守り続けていたのは紛れもない自分だ。それは変えられない事実であり、嘘偽りは存在しない。
そして今のサテラは自らの力で前へと進もうとしている。また一歩、一人の私兵としての道を歩もうとしている。
邪魔をするのは大き過ぎる悪手であるだろう。またしても、歪んだ心を持つ者が現れると言うのならそれは限りなく嬉しい事だ。殺しに快感なんて覚えてくれれば、十分過ぎる収穫になる。
同じ様な存在が居てくれれば、安心感もそれなりに出てくる。
「なら、行ってこい。一人の戦闘にも慣れとけ」
「はい!」
「あ、それと最後に……」
ヴォラクは付け足すかの様にもう一言、サテラに言葉を投げた。先程まで、サテラと同様に何処か明るい表情をサテラ達に見せていたヴォラクであったが次の言葉が投げられた時、ヴォラクの表情は凶変する。
ヴォラクはサテラの横に立つと、右肩に手を置くと耳元で小声で呟いた。声の大きさはとても小さく、サテラ以外の人間には聞こえない程の大きさの声であった。
「もし、殺せそうだったら…………全員殲滅しろ、これは命令だ…」
「はい、逢瀬のままに……My Load」
その表情は最早言葉で説明出来る様な表情ではなかった。狂気と未知の悪に取り憑かれているかの様な程に狂った黒い双眸、その時彼が見せた表情は普通の人なら見ただけで失神してしまうだろう、それぐらい今ヴォラクが見せた表情は面白おかしい程に狂っていたのだった。
そしてそんな狂気を孕んだ表情を浮かべるヴォラクの言葉を真に受けたとしても、一切動じる事も子供の様に怯える事もなく素直に命令を承諾したサテラ。どちらも狂気性を持っているとしか言い様がなかった。
「今のヴォラクとサテラ、何かこ、怖くなかった?ヴゥセント?」
「あ、アストレアさん、人には色々な面があるのですよ…ハハハ」
◇◇
「アストレアさんから聞いた所だと……この辺かな?」
サテラはアストレアからの伝言を元に指定された場所付近へとやって来た。何かしらの武器を持っておきたかったが、情報に確定性が存在しない、まだ敵の正体が分かっていないと言う観点から、流石に大火力兵装であるバスターランチャーや追加装甲であるArcheを持ち出す事は出来ず、サテラの所持している武装は小型のハンドガンとコンバットナイフのみだった。
火力面ではバスターランチャー等に比べると、その火力は圧倒的に劣ってしまっている。実弾の小銃と近接戦用のナイフのみ、普通に見れば一兵の持つ武器と差程変わりはしない。だが今はまだ様子見の段階である為、見に行くと言う事だが、最低限身を守れる装備と言う名目でサテラにはこの二つを持たせる事にした。
「さて……誰が居るんでしょうか…………!」
瞬時に彼女は人の気配を察知した。恐らく数は七から十と言った所だ。
サテラはこれまで主であるヴォラクと共に何度も戦線をくぐり抜けて来た。それなりに警戒力にも力が入っており、以前の時とは比べて戦闘力は明らかに上昇を見せていた。
今回も、相手に気付かれる前にサテラは夜道に蔓延っている敵の気配を捉えて、向こうに勘づかれる前に物陰に身を隠して、敵の出方を伺う事が出来た。
「数は……九人。皆武装してる…」
サテラが目で捉えた敵の数は全てで九人。そして九人の近くには逃走用なのか、馬が二匹程眠りに着いていた。後ろには九人全員が乗れそうな荷台と運転用の席まで用意されていた。用意だけは良いとサテラは思わず感想を述べた。
そして、全員見た目はお世辞にも良いとは言えず、服装や人相から素行の悪さが簡単に伺う事が出来た。武器は粗悪なナイフや剣であり、ハンドガンを使えば中距離から射殺する事は容易であるだろう。
だがまだ向こうは何をしているかは分からない。もしかしたらただ単に見た目が悪いと言うだけで、何も悪い事はしていないかもしれない。確定性がない以上無駄な殺生は出来ない為、サテラは今はまだ動く事はしなかった。
(主様なら、すぐにでも撃ち殺してるだろうに……)
手始めにサテラはハンドガンをホルスターから取り出すと同時に目を光らせる。敵の隙を見つける事さえ出来れば、九人全員を自分に気付く前に射殺する事が出来るだろうと思っていた。
だが、一対九と言うかなり不利な状況でもあるが為サテラは思う様に射撃を始める事は出来なかった。それに時間帯が夜と言う事もあり、周囲は暗闇に包まれている。
光は極端に少なく、主であるヴォラクの様に環境音と足音、殺気のみを使って位置を把握する事は出来なかった。過去にヴォラクはサテラにこう言っていた。
◇◇
過去に夜間の戦闘を行った後に、サテラは光が少なく、敵を捉える事が難しい暗闇の中でも正確且つ精度の高い射撃で敵を撃破した話を聞いて、何故暗い空間の中でも射撃を命中させる事が出来るのかどうか聞く事にした。
「主様、少しよろしいでしょうか?」
「ん、どうした?」
ヴォラクが銃を無心な表情でクルクルと手元で回している時に、サテラは疑問の表情を浮かべながらも少し聞いてみる事にした。
「どうして敵の見えない暗い所でも、弾を当てられるんですか?」
サテラの直球な質問に、ヴォラクは軽口を叩く様な爽やかな口調でサテラに対して答えを投げた。
「簡単な事だよ、暗闇では確かに敵を捉えるのは難しいが、暗くなればその分相手も自分も過敏になりやすい傾向にある。そうなれば僕も多少なりとも敏感にはなる」
「それで、どうするんですか?」
「周囲の環境音と敵の僅かに歩く音や体を動かす音、それと殺気を感じればある程度の場所の特定は可能だ。それに実弾の銃を撃つ時は一瞬だが視界が火薬によって照らされる。それだけの一瞬の隙さえ見つけられれば敵を殺してしまうのは簡単だ」
◇◇
と、彼は軽く語っていたのだが現実はそう簡単に事が運ぶ場合は少ない。彼は幼少の頃より精錬された訓練を積んできたからこそ、その能力を己に身に付ける事が出来た。
しかしサテラは主であるヴォラクから直々に教わった程度でしかないが為に、ヴォラク程優れた実力を持っている訳では無い。主であるヴォラクとその奴隷であるサテラとの実力差は明白、模擬戦なんてしたら間違いなく十数える前に軽く往なされてしまうのが結末であるだろう。
「もぅ……!」
思わず自分の実力の不甲斐なさと、一人であるが為に残る不安のせいで、僅かに手が震えてしまう。
一人で出来る、主であるヴォラクに手柄を立てた事を証明したいが故に豪語してしまったが、現実を突き付けられた瞬間にサテラは思わず恐怖心が巻き上がってしまった。
対人の命を簡単に奪う事の出来る銃を所持しているとは言っても、使いこなさなければただの鉄の塊でしかない。もし、負けてしまったら?捕まって助けられる事もなく延々と薄汚い奴らの手によってただ慰み物にされてしまうのではないか?
そう考えてしまうと、サテラは突然銃を握る手が震えてしまい、物陰から座ったまま動けなくなってしまう。引き金に指をかけてはいたが、撃つ勇気も芽生えず奴らが屯する場所をただ見ている事しか出来なかった。
所詮は主の力を、虎の威を借る狐に過ぎなかった様に感じてしまった。弱い部分は何も変わっていなかった。度重なり、嵩張る恐怖により震えはより一層強くなり、遂には零れる様にして手から握っていた銃が滑り落ちてしまった。
また音が無いに等しく、静寂に包まれている夜の時間帯と言う事もあってか、銃が落ちた際に響いた音は普通の時よりも大きく感じられた。
「ん?何だ今の音は!?」
「オイ!誰か居んのか!?」
屯している連中は声を荒らげると同時に、武器を手に取ると周囲の索敵を始めた。九人と言う事もあり、集団意識が高まっている。かなり強気な姿勢で出てきており、物陰に隠れているとは言っても敵との距離がとても離れていると言う訳では無い。
このままでは見つかってしまうのも時間の問題だろう。今から闇に紛れてこっそりと逃げ去ると言う選択肢もなくはなかったが、手と足の震えが止まらないサテラは、最早立つ事すらままならず四つん這いになりながらその場を離れる事しか選択肢にはなかった。
(主様………)
「何じゃぁ!?オレ達に何か用か!?」
「隠れてねぇで出てこいよ!」
思わず助けを求めたくなり、彼女は主の事をふと思い出し、彼が今すぐこの場に駆け付けて自分の事を助けてくれないか、と切に願う。
だが、そんな都合の良い願い等簡単に受け入れられる訳もなく、敵は徐々にサテラの隠れている物陰付近にまで接近している。
万事休す、そうサテラは身をもって感じた。
しかしもう一人、この場に居合わせている者が居た。一人の半グレの背後に並々ならぬ敵意を持った何者かの気配が出現した。暗闇の中、赤く横に細い線が闇を駆けた。
半グレは自分に向けられている強すぎる敵意を本能的に察知し、思わず後ろを恐怖の表情で振り返った。
「ヒッ!?だ、誰だ!」
男は思わず右手に握り締めていた釘付きの棍棒を振り上げ、周囲を警戒する。しかしそこには誰も居ない。棍棒を振っても、虚しく棍棒は素直に空を切るだけであった。
「き、気の所為……か?……うぉ!?」
一度こそ気配は完全に消失したが、すぐにまたしても苛烈な敵意を見せる何かは再びその気配を現した。しかし肝心の姿を捉える事は一切出来ず時々その敵意を現し、またしても消える。
一連の流れを何度も何者かは繰り返してゆき、敵の恐怖心を誘っていた。
「クソ!出てこい!」
敵は剣や棍棒、斧等の自分達が持っていた武器を取り出し戦闘体勢に入る。敵は完全に防衛体勢を取っており、敵が分からないと言う恐怖心がある為か威勢良く攻勢には出ようとしなかった。
サテラも思わぬ展開に目を疑うと同時に物陰から身を僅かに乗り出して、その光景をマジマジと瞬きすらしない勢いで見つめていた。
(え?主…様?)
一瞬だけ主であるヴォラクが自分の事を助けに来てくれたのかと思った。
だがそれは間違いだった。
「す、姿を見せ……グハァ!」
刹那、一人の男が地面へと倒れ込んだ。頭部を強打され、気を失う様にして血を流しながらそのまま地面へと倒れ込んでしまった。
そして男が倒れたと同時に暗闇の中を駆けていた何者かが遂に表舞台へとその姿を現したのだった。
「居たぞ!殺せ!」
(残り八人…)
何者かの姿を捉えられた、サテラも遠目ながらも現れた何者かの姿を見る事が出来た。
口元を完全に覆うフルフェイスの未来的なデザインをしたマスク、目元を完璧に覆い姿を隠す様にして取り付けられている黒いバイザー、だがバイザーは一部が赤い色になっており、暗闇の中見えた横に細く光る赤い光はバイザーの光であったのだ。
服装は闇夜に溶け込む事の出来る一部が破れた動きやすさを重視した黒色のコート(破れているが、ロングコートの様にも見える)長ズボンに両手で保持された黒色と青色が中心の近未来的デザインをしたライフル。
髪の毛は黒色と血の様な赤色が混ざっており、二色が混合する様にして染められていた。バイザーやマスクのせいで顔が一切見えない、肌の露出も全くと言って良い程少ない、そして武器は二丁拳銃やビーム砲ではなくライフル一つ。まるで誰かに似ている様な姿だった。
だがそれは違う。姿は彼とはかけ離れている。同じと言い切る方が難しい見た目をしていた。
サテラは誰なのかは分からないが今は助けれくれた見知らぬ者に感謝する気持ちが大いに存在していた。
そして次は三人が謎の男に対して組み付きに掛かってきた。武器を使った戦闘では勝てないと直感的に判断したのか、武器を使わずに首を絞めたり打撃で撃破しようと画策する。
「オラァ!」
最初に頭部目掛けて拳を握り締めて殴りかかってきた一人を男は容赦のないカウンターパンチで無言のまま沈めてしまった。精錬され無駄が一切存在しない動きは強いを通り越して、サテラから最早美しくも見えてきた。
「死ねぇ!」
二人目は動きを封じる為なのか、足を狙って蹴りを入れようと足を伸ばして謎の男に向かって蹴りを放った。無論蹴りに当たってしまえば、動きを封じられる事は免れないのだが謎の男は最早、主すらも上回る程の反応力と瞬発力により蹴りを簡単に避けると同時に逆に相手の金的に躊躇いなく蹴りを入れたのだった。
こんなの男は絶対に喰らいたくないだろう。案の定、金的に容赦の無さすぎる無慈悲な蹴りを入れられた事で蹴られた男は金的を手で抑えながら悶え苦しみそのまま止まる様にして動かなくなってしまった。
三人目は後ろから謎の男の首を絞めてしまおうと組み付きに掛かったが、組み付きにかかる前に既に謎の男は後ろから来ていた敵の気配に察知しており、組み付かれる前に後ろにいた敵を謎の男は肘打ちで敵の鼻を潰すと同時に手に持っていた銃の本体を用いてノックアウトしてしまったのだった。鼻を叩き折られたと同時に銃本体の手によって頭部を殴られてしまったので、頭蓋骨すらも割られてしまっただろう。
サテラは瞬時に助かった、と安堵すると同時に敵か味方も分からない第三者が介入して来た事により自分も目の前の敵達の様な目にあってしまうのではないかと言う想像が湧き上がり、サテラは思わず恐怖の声を上げ、物陰から飛び出し座りながら後ろに後退りしてしまう。
「ヒッ!」
彼女のか弱い声に反応したのか、敵を地面へと放り捨てた謎の男はバイザーを光らせサテラの事を無言のまま見つめた。バイザーを顔に取り付けている為、表情は一切伺う事が出来ない。睨んでいるのか、笑っているのか、それとも泣いているのか彼女には一切分からなかった。
数秒数える間彼女はバイザー越しで見つめられたが、謎の男はサテラに手出しをする事は一切なく、彼女に怪我が無いか確認する様にしてジィーと見つめた後、すぐさま敵の方向を振り返ると同時に残る敵の殲滅を行う。
残りの数は六人、内先程と同じ様に三人が武器を持って謎の男の元へと武器を片手に襲いかかって来た。
「舐めやがって!」
「ぶっ殺せぇ!」
(…遅過ぎるんだよ…)
だが、一つ言っておきたい事がある。距離が開いた状態で剣と銃がぶつかった時、勝つのはどちらか分かりきっていた事であった。
そして目元に取り付けていたバイザーが赤く光ると同時に、謎の男はライフルの引き金を引いた。引き金を引いた事でライフルの銃口からは弾丸が恐ろしい程に速いスピードで発射され目の前に立ちはだかった三人の敵の腹部を全員正確に撃ち抜いた。腹部を何の装備も無い状態で撃たれた事で、撃たれた敵三人はまるで豚の様な悲鳴を上げると同時にそのまま地面へと倒れ込んでしまった。
「あ、あぁ……」
サテラは何も言えずにただその場で座って光景をただ見ている事しか出来なかった。何も出来ずにただ現れた謎の男の力をその目で見ながら、震えている事しか出来なかった。
「クソ、ズラかるぞ!」
「馬車を動かせぇ!」
「ち、ちくしょう!」
残りの三人は目の前に立つ謎の男には勝てないだろうと思ったのか、まだ息のある仲間を置いてその場から逃げ出そうとしたのだ。逃げ腰で尻尾を巻いて、背中を晒したまま逃げ出したのだった。
移動用の馬車に乗り込むと同時に、眠っていた馬二頭を鞭で強く殴打する事で半場強引に馬を起こさせたのだ。
鞭で何度も強く打たれた事で馬二頭は驚きと痛みにより、目を覚ましてしまいすぐさまその場から動き出したのだ。馬の動きはまるで暴れる様であり、無理矢理動かされている感じは否めなかった。
「覚えてやがれ!」
そして馬車の荷台に乗って逃げ出そうとした三人を謎の男は見逃そうとはしなかった。
「逃がさない!」
謎の男はサテラの事をその場に置き去りにしたまま走り出し、馬車を走って追おうとした。しかし、敵の去り際、敵は何かをこちらに向かって投げてきたのだった。
球体状?の何かを謎の男へと目掛けて投げてきたのだ。謎の男は軽く体を動かして避けたのだが、その判断は悪手であった。
「え、えぇ、え!?」
謎の男がこちらに向かって投げてきた謎の何かを避けた事で後ろで腰を抜かして座り込んでしまっていたサテラの方へと向かってしまっていたのだ。
謎の男は避けられたので良かったものの、サテラは恐怖で腰を抜かしてしまった状態でその場から動けなかったので、投げられてきた何かの傍に接近してしまっていたのだ。
「はっ!」
追うか救うか、それが彼に残された選択肢であった。投げられてきた何かはピピピと鳴っており、まるで爆発するかの様な雰囲気を醸し出している。と言うかその形は間違いなく手榴弾であった。
これはもうすぐ爆発するだろう、今彼はそう確信した。このまま見捨てて追うか、それとも……
だがもう考えている時間はなかった。
そして、耳を引き裂く様な爆発が起こった。
◇◇
サテラは目を瞑っていた。もしかしたらここで爆発に巻き込まれて死んでしまうかもしれない。爆発に巻き込まれて体を破壊されてしまうかもしれない。
一瞬ではあるが死を覚悟した。目元には涙を浮かべて全身を強く震わせていた。
しかし体は痛くなかった。もし手榴弾なんて至近距離で食らってしまえば体は絶対に痛くなるだろうし、もがき苦しむ様な痛みに襲われるはずだ。だが体は痛くなかった。痛いと言うよりは体は温かく、何かを包まれている様な感覚になった。
サテラは恐る恐る目を開けた。目を開けるとそこには…。
「……え…?」
誰かに抱き締められていた。まるで爆発から守ってくれたかの様にして、優しく包む様にして謎の男はその身を挺して彼女の事を守ったのだった。
目の前で自分の事を守ってくれたのは、暗闇の中から現れた謎の兵士。姿こそ完全に捉えられなかったものの、身を挺して守られた事でその姿を見る事が出来た。
そして謎の男は身を挺して守った彼女から手を離し、その場に立ち上がった。
手榴弾を至近距離で受けたが、無傷であったサテラ。しかし美しい彼女が無傷であった事を代償に彼女を守った謎の男はサテラとは異なり、多大な傷を負う事になってしまった。
着用していた黒色の服は大量に傷付き、僅かに見える体にすらも傷が刻まれ、手榴弾の爆発を半場直接食らってしまった脇腹からは僅かにではあるが赤黒い血が少量ではあるが流れてしまっていたのだった。傷は痛々しく、サテラは思わず目を逸らしてしまう。
「ぐぅぅ………!……ハァ…ハァ…」
多少だけ荒い息を吐き、血が流れる脇腹を抑えながらも傷付いた体に鞭を打って立ち上がり、謎の男はサテラをバイザー越しで見た。
サテラから見れば謎の男の表情は分からないが、サテラは傷を負っている所を見て苦痛の表情を浮かべてしまっているのではないかと感じてしまい、サテラも少し悲しめな表情を見せてしまっていた。
「た、助けてくれた……?………どうして?」
「………幻影を見ただけだ…。もう自分の国に帰りな…」
そう言うと謎の男は付近に落としてしまっていたライフルを拾い上げるとサテラに背を向けてその場から立ち去ろうとしてしまう。
何も言う必要性は何も無い、言った所で分からない。何かを求めても何も得られない。そう分かっていた彼は何も言わずにその場を去ろうとした。
しかし、サテラは再び闇の世界にへと戻ろうとする一人の兵士を呼び止めたのだった。
「貴方、貴方は一体………誰?」
「…………」
「もしかして、貴方は勇者なんですか?」
その言葉に謎の男は一度だけ立ち止まる。サテラの質問に謎の兵士は口を開く。
「…そんな栄光はもう捨てた……僕はただの兵士さ…」
その言葉を最後に謎の兵士は光が一切指さない影と闇が広がる世界へとそのまま消えて行ったのだった。影と闇の世界に飲まれる様にして消えた一人の兵士の背中はすぐに見えなくなってしまった。
しかし彼が見えなくなった時、サテラは闇の方向へと向かって独り言を呟く様にして、穏やかで心做しか嬉しそうな表情で言葉を投げた。
「貴方は……勇者…勇者ですよ」
その言葉を呟くと同時に、彼女は兵士の言葉の通りに暗い道を戻って帰路へと着く事にした。帰り道は行く時とは違って、全くと言って良いぐらい恐怖を感じる事はなく、早く戻りたいと言う気持ちが勝り軽快でまるで走るかの様な足取りでフライハイトへと戻って行ったのだった。
◇◇
「急いで戻らなきゃ!」
フライハイトの城壁をくぐり抜け、元の居場所へと戻って行くサテラ。その背中には活気があり、嬉しげな表情を浮かべている様に見えた。
「………フッ…」
その背中を見守る者、その表情は見えないながらも、彼女と同じ様な嬉しげな表情である様に思えてきた。
「謎の兵士」
言葉の通り謎の兵士。バイザーやマスクによって顔が隠されている為素顔を伺う事は出来ない。
黒色と赤色が混合した髪をしている。
現在確認出来る使用武器は近未来風デザインのライフルのみ。