番外編.6「執念」
無惨にも荒廃する世界、両目を完全に覆う黒色に赤線の走るバイザーを介して自らの視界の先に広がるのは骸の様にして立ち並ぶ建物と活気を失ったゴーストタウンの様な世界。廃れて、ボロボロでみすぼらしい廃墟へと変貌し、以前の様な活気さは微塵も残っていない。
人の姿は何処にも見当たらず、人の気配は全くと言って良い程ない。居るのはただ自分一人だけだ。
そして世界は途切れる事はなく延々と先に広がり続けている。だが何処まで行っても決して出口は見えない。それはまるでゴールの無い迷路を只管に巡り続けているかの様な気分になった。
人の行き交う音は一切聞こえず、乗り物が走る音は耳にすら入らない。乗り物も無駄と思える程に建てられた建物も全て崩壊してしまっており、今はその姿は死人と何ら変わりはなかった。
聞こえる音は何も無い、広がり聞こえてくるのはただの無音だ。ただの虚無が世界の全てを支配して、色鮮やかな音は何一つとして発せられる事はない。
青空が地を見る事はなく、虚空はどんよりとしており暗い色に染まった雲に覆われている。明ける事のない夜の様にして雲は空を覆い尽くしており、日の様な光が地を照らす事はこの先絶対にないだろうと余裕で感じられた。
「………」
しかし文字だけみれば下らない様な世界を見ても、目の前に立つ一人の男は何も思えなかった。そんな光景はもう見飽きていた。
今まで散々、世界と人がクソだった事は知っていた。今更知る事も無いだろうと悟っていた彼は目の前に広がる世界を見ていて立ち止まってしまっていた足を動かし始める。
その足取りはとてもゆっくりであり、先に進む事に対して全くと言って良い程恐怖は見せていなかった。
男は一つの大きい銃を両手で強く掴んで抱えながら、先へと進む。赤と黒色が混じった髪を僅かに吹く冷たく嘲笑うかの様な風で揺らしながら……。
◇◇
あの時と同じ様に思えてくる。真っ赤に燃え盛る熱い炎とめちゃくちゃになるまで破壊された武器、血を流して地面に転がる死体。
思い出したくはない光景だが、過去とは何時の日か決別しなければならなかった。だが、決別するのはそう簡単な事ではない。忘れる事も背ける事も出来ずに、伸びている鎖は今も尚、心に取り憑いてる。
しかし目の前に広がる世界は前に居た世界とは異なっていた。世界を闇に覆う様にして広がっていた雲は消えて、空は透き通る様にして青く、空には雲が流れていた。
大地は汚染されておらず、綺麗な景色を保ち草木や花は枯れずに咲いていた。その景色に何か特別な感情や想いを残す事は無い。何か思い入れがある訳でもなかったので、ただ僅かに視界に留めると同時にその双眸で捉え、そのまま歩き去って行くだけだ。
場所はあの時とは変わっていないと思える。脳裏に焼き付いた記憶は離れると言う事を決して知らない為景色が様変わりしていない様に見えた。
「…………行くとするか……」
彼はある場所へと銃を携えながら進む事を選んだ。進む先にある景色は滅び跡形も無く散っていった亡国の様であった。その景色が僅かに見える時、記憶が僅かな時間フラッシュバックする、赤く燃え盛る炎と自らが生気を失った双眸から何度も流していた雫と血反吐と肉体を失って地に転がる骸、しかし一瞬だけ脳内に映ったフラッシュバックはすぐに闇の中へと消える。
出来事はほんの一瞬だけだった。瞬きをする様な程の速度での回想はそのまま闇へと葬られた。
しかしその世界に過ちは存在していたのかもしれない。消えて、破壊されて殺されていった仲間達に何か非があったとは考えたくない。
だが塵と化していった事には何かしらの理由がある事は確かだ。自らが行う行動はその者に対する復讐なのか、それとも消えていった理由を探求しているのかは分からなかった。いや、分からないではなく誰であっても分からないと言う事だった。
他人でも自分でもその答えを導き出す事は出来ないのだ。だが、自分自身の行動理念に口を出す気にもならなかった。
―――行動理念も無いのに行動を起そうとする
それは矛盾しているのかもしれない。言葉を見ればそんな風に思えてくるだろう、行動を起こすのなら何かしらの原動力が必要となる。
だが、今の自分には行動理念となる原動力は一切無い。無気力の様で何の為に誰の為に今の世界を生きているのか、何故今、生を受けているのか、理由なんて存在しなかった。
だが、心の闘志はまだ燃え尽きていない様に思えてきた。確かに仲間も住んでいた世界も消え去った。
心も壊れた、力も全て失った。
だが、まだ絶望するには早いと自分は感じた。立てる内は戦う事は出来る。再配置し後悔させる。
失った原動力は、ただ見えていなかっただけであって消えてしまっていたと言う訳ではなかったのかもしれない。
「まだ絶望するには早い…」
そう独り言を呟く様にして自分に言い聞かせると同時に彼は歩き出した。その行先とは?