116話「拭えぬ過去」
「なぁ、アストレアさん。少し聞きたい事がある…」
ヴォラクはアストレアに少し強面な表情で質問を投げる。時間はそれぞれ夕食を終えた後の話だった。ヴォラクはアストレアが一人になったタイミングを狙って彼女に話しかけた。
兵器と特殊装備、更には人体強化システムを作り出した後、数時間の仮眠を終えたヴォラクはすぐに休んでいたベットから出るなり、すぐに着替えを終えるとアストレアの元へと急いだ。
そしてアストレアの元に辿り着き、彼女が一人になったタイミングを見計らうと同時に声をかけた。その表情はヴォラクにしてはかなり目を尖らせており、強面と言っても過言では無い表情であった。
奇妙と呼べる程にいつもとは違和感の強い表情を見せているヴォラクにアストレアは多少なりではあるが、困惑した表情を見せる。
まだヴォラクと過ごした時間は長くはないが、彼がどの様な人間であるかは、彼の奴隷であるサテラからよく聞いていた。
確かに時には非情となる性格の持ち主であり、心の奥底には強すぎる狂気を孕んでいる事は間違ってはいないが、基本的に彼は穏やかであまり起伏を見せない人間であるはずだ。
しかし今、アストレアの目の前に立つヴォラクの瞳と表情は彼の心の深淵の一部を体現したかの様な表情であった。誤魔化しは通用しない、と言いたげな表情だ。
運が悪ければ、自分には彼が使用する銃の照準が向けられるかもしれないと錯覚する程だった。
「な、何を聞きたいの?」
アストレアは引き気味な口調で答える。まだ両腰のホルスターに格納された銃にヴォラクは手を伸ばしてはいないが、彼の風貌ならいつ銃を取り出して銃口を向けてくるか分からなかった。
そしてヴォラクはアストレアの言葉に一度頷くと、言葉を吐いた。
「この世界…魔法やそれに類する力が発展している事は知ってますよね?」
当たり前過ぎる質問であった。アストレアは思わず口が開いてしまうと同時に、心の中に疑問が浮かんできた。
アストレアは最初、ヴォラクが言っている言葉の意味が理解出来なかった。何故今更こんな事を言うのか、転移させられた身である事は知っていたが、今の今まで魔法の存在を知らなかった訳ではないだろう。
それなりにこの世界に来て時間は流れているはずだ。なのに何故彼は今更こんな事を言ったのだろうか。
アストレアは質問の意味を完全に理解出来なかったが、質問通りの言葉を返す事にした。
「そ、そうだよ?この世界は魔法が存在している。でも、何で?」
「じゃあもう一個質問させてもらいます。この世界に高度な科学技術、それに類する近代兵器や高度な文明等は存在しないのですか?」
「え………?」
ヴォラクの質問している意味を彼女は今理解した。それと同時に彼がこの場所で何を見たのかも理解した。
アストレアの手が思わず震えてしまう。隠された事実とはいつの日か知られる存在。
ヴォラクはその真実を知っていたかの様な表情を浮かべている。こちらの目をじっと自らの双眸で見つめている。
その見つめる意味が何なのか、彼女は大きく理解していた。
「最深部で見た……超高性能の大火力戦闘機、知能搭載型の戦闘用ロボット群の残骸、大量の銃火器、核弾頭に核ミサイル、更に要塞防衛システムって……アストレアさん?これらは一体何なんだよ!?大体、こんなの異世界の技術力で作れる代物じゃないでしょう!?」
「そう……知ったのね?」
「全部知ったさ……こんなの一国が保有して良い戦力なんかじゃない。これは国に喧嘩を売られても全て蹂躙出来る強さだ…」
「これを知ってヴォラク、貴方はどうしたい?兵器を残した王女である私を殺して首でも晒す?それとも惨事が起こる前に国ごと潰す?」
「聞かせてくれ、過去に何があったのかを…全て!」
ヴォラクは彼女を殺すだとか国を滅ぼすなんて野蛮な思想は考えてはいなかった。彼が知りたかったのは過去だった。過去にこの場所で、この世界で何が起こったのかを、彼は知りたかった。
まだこの世界の過去をヴォラクは知らなかった。それを知る為にもヴォラクは強気な表情でアストレアに言葉を投げたのだった。
「分かりました、私が分かる限りで全てお話します。今からでも私の自室に……」
「え!?貴方の部屋に?行っていいんですか?」
てっきり秘密の部屋などで話すかもしれないと思っていたヴォラクはアストレアの言葉に思わず情けない口調で言ってしまった。
仮にも国のトップの自室に向かって話を聞くなんて少し自分が無礼ではないか?と彼は思ってしまった。
「構いませんよ。「国のトップ」なんて肩書き見せかけの様な物ですから、それとも私の部屋では不服でしょうか?」
その言葉にヴォラクは先程の強面で殺気を帯びているかの様な表情から、強ばる様な畏まった表情となり、首を横に何度も振った。不服なんて思う事自体が失礼過ぎる行為だとヴォラクは感じていた。
「いえ、全くそんな事は御座いません!」
「たまに女子会とかも開いているので、気軽にしてくれて構いませんからね?」
アストレアはそう笑顔で答えた。心の広い人だと聞いていたが、どうやらその言葉は本当である様だった。
王女であり、一人の人間。決してその権力を悪用して振り翳す事はしない。彼女の優しさが滲み出ている一幕を見れた様な気がした。
そしてアストレアはそのままヴォラクに背を向けたまま歩き出した。思わず呆気に取られてその場に固まったまま立ち尽くしているヴォラクを気にして、彼女は一度美しい表情で振り返った。
「どうしたの、着いてこないの?」
「あ、すいません。今行きます」
◇◇
その後歩いて約数分。ヴォラクはアストレアの部屋にお邪魔させてもらう事にした。部屋の中は派手だとヴォラクは予想していたが、思っていたよりも簡素な作りであった。
国のトップの部屋だと言う事もあって、豪勢な作りだと予想していたが、意外にもシンプルなデザインであり、普通のベットや机、燭台が置かれていた。
その他書類の様な紙の山が連なっていたり、幾つかの服が床に散らかっていたが。
「あぁ………ちょっと…汚いけど、ごめんね?」
流石に彼女も気が付いた様であった。もし他人を部屋の中に上げると言うのならそれなりに部屋は綺麗にしておく必要がある。
だが、ヴォラクの様に部屋の中が散らかってないとは言っても、所狭しと棚や家具の上等にフィギュアやプラモデル、更にはポスターや漫画本をぐちゃぐちゃじゃなくとも敷き詰める様に置くのも違うと思うが……。
「いや大丈夫ですよ。僕の部屋もこれ以上に散らかってるんで…」
「そういう問題なのかな?」
そういう問題である事を信じたい限りだ。
そしてアストレアは改まって話を始める事にした。まず最初にアストレアはベットに座り込んだ。
ヴォラクは流石に国のトップであり、まだ出会って日の浅い彼女の隣に座る訳にはいかなかったのでヴォラクは部屋に置いてあった椅子を移動させ、ベットに座るアストレアの前まで椅子を持っていくとその椅子に座り込んだ。
正しい姿勢で座るのではなく、かなり崩れた様な姿勢だ。
「さぁ、何から聞きたい?」
ヴォラクは何より初めに気になっていた事をアストレアに問いた。これは過去の事よりも自分自身が強く関心を持ち、興味を抱いていた事だ。何よりも先にこの事を彼は聞こうと思っていたのだった。
「あの戦闘機。アレが僕にとって一番気になった……教えてくれるか?」
「分かりました。あの機体の正式名称は「TYPE-B - VX-02 天を駆ける残虐たる騎士」七十年前の大戦にて使用された攻撃戦闘機の一機です」
ヴォラクがあの機体を一目見た時、ヴォラクは異常と思える程に心を虜にされ、目を奪われた。
兵器開発の中で、最深部へと導かれた時に彼はこの機体を見て酔いしれる様な程に心を虜にされた。目を奪われ、瞬きすらもせず喜びのあまり目から雫が零れてしまいそうな程に彼は酔いしれていた。
闇夜の漆黒色の塗装に先尾翼とデルタ翼が薄暗い最深部の中でも輝く様にして見えた。大出力のエンジンにまだ錆び付いておらず、使用が可能な取り付けられた兵装。
その姿は今も乗る者を今か今かと待ち続けているかの様だった。自分も出来るのなら、あの戦闘機の操縦桿を握り締めて、天を駆けたかった。
「ハイペリオンエヴァガニア……あれはそんな名前だったのか…」
ヴォラクは思わず暗い表情になってしまう。やはり過去の予想は的中した。
それと同時にヴォラクは再び疑問を覚えた。兎にも角にも、彼はこの戦闘機について聞きたくて仕方なかった為、質問攻めの様な形で質問をアストレアに続ける。
「ん?ちょっと待て、TYPE‐Bって名称ならTYPE‐Aもあるのか?」
「あるんですよ。本当は一機じゃなくて四機も製造されていました…「TYPE‐A‐GM‐01護剣の翼」「TYPE‐C‐UO‐03追跡者」「TYPE‐D‐FW‐04黙示たる棺」この四機が嘗ては旧大戦時に戦場の空を駆けていました…」
「何だよ、そのネームは……と言うか四機中一機しか僕は見つけてないが?」
ヴォラクの言葉の通りだった。ヴォラクがあの最深部で確認出来たのは四機の内のたった一機。確認出来たのは 天を駆ける残虐たる騎士のみで、残りの三機体である護剣の翼、追跡者、黙示たる棺の姿は最深部に存在していなかったのだった。
目の間違いやただ単に見つけられなかっただけかもしれない。
あの時もヴォラクは湧き上がる好奇心と同時に無造作に広がる兵器群に若干の恐怖心を彼は抱いていたので、最深部の全てをこの目で見る事は残念な事に出来なかった。
「現在現存している機体は、貴方が見た 天を駆ける残虐たる騎士そしてもう一つは黙示たる棺、他の二機は大戦時に消失、残された二機もかれこれ何十年も稼働してない。今更動かす……出来るかは分からない」
「あの機体達の稼働源は何なんだ?」
「……核融合炉と魔力駆動、予備バッテリー。そして生体ユニットで稼働しています」
ヴォラクの身が一瞬だけ震えた。それと同時に彼の表情は強ばった。まるで何か悪い予感を察してしまったかの様な表情だ。目を見開き、手は僅かながらだが震えて続けている。
聞き間違いではないと言うのなら、彼女は「生体ユニット」と言った。もしこの言葉に偽りが無いのなら、ヴォラクがあの日最深部で見つけた漆黒の戦闘機天を駆ける残虐たる騎士には人が組み込まれていると言う事になるのだ。
生体ユニットとはその名の通り生命体をまるで機械の部品の様に扱い、システムの一つとして組み込む様な事だ。一言で表すなら非人道的、人権無視、人を玩具の様に弄ぶ、そんな言葉が似合うだろう。
アニメやゲームでは割とヴォラクは見てきた印象であったが、現実でその姿を見たのは初めてであった。と言うのも、あくまで今の様な非人道的なシステムは創作物の中で作品を盛り上げる一環としてあるものだ。
実際にあるなんて、人権無視にも程がある。人の命を軽視している傾向にあるヴォラクであっても、生体ユニットの様に人の命を弄ぶ様な事は嫌いだった。
「アストレアさん、それは幾らなんでも!人の命は玩具じゃないんだよ!?」
「あの時は仕方なかったのよ…私なんて生まれてもなかったし、お父様だってまだ生を受けていなかった…」
ヴォラクは激しい口調になってしまう。思わず椅子から音を立てて立ち上がり、静かな怒りが混じる双眸でアストレアを見つめる。ヴォラクにも人としての心はまだ残されている。
たとえ人殺しとして今まで生きてきた身であったとしても、人の命を弄ぶ様な輩は好きには絶対になれないし、その考えを肯定する気にもなれなかった。
するとアストレアはそんな怒りが僅かに漏れ出ており、拳を異様な程、強く握り締めながらアストレアを見つめるヴォラクとは対照的にゆっくりとベットから立ち上がった。
そして立ち上がると同時に彼女はゆっくりと歩き出し、部屋の窓の方へと歩いていく。そして窓の内側から彼女は空を見上げた。ヴォラクと目を合わせる事もなく、じっと空を見上げ月明かりの様な光を放つ光球を見つめながら、一度息を吸った。
「少し、昔話を聞いてくれますか?」
「……」
その言葉にヴォラクは無言のまま頷いた。
◇◇
時は今から七十年程前に遡る。
今も昔も四大大国は全くと言って良い程衰えを見せる事はなかった。
正義と平等を維持する美しき国「ユスティーツ」
平和をこよなく愛し、男女共に清く生きる事を掲げる国、平和帝国こと「ウンシュルト」
人ではなく魔族達が主体であり、他者とも関わりを持ちながら発展し続ける国「バンデ」
中立を確定させ、他国の干渉を許さず独立を続ける国「フライハイト」
七十年の前の時もこの四国が未だに四大として栄え、昔の時は争い事が起こらぬまま発展を続けていた。
しかし、人間とは争わなくては生きて行けぬ者。七十年前の時、世界はまたしても戦火の炎に包まれその勢いは衰える事なく広がっていった。
またしてもそれは些細な事であった。
ある時ウンシュルトの王族であり、王の座に就くエムドラル家こと先代国王にあたる人物「ガロッゾ・エムドラル」同じくユスティーツ先代国王である「グズィアッド・オーベラレル」はフライハイトに交渉を持ちかけていた。
当時内部的にも財政難であり国民の数も劣っており、四大大国の中では軍事力的にも非力であったフライハイトにウンシュルトとユスティーツによって持ちかけられた交渉とは、表面的に見れば、その内容は素晴らしいと賞賛される様な内容であった。
だが、それはあくまで表面状だけでの話であった。物資の補給や資金の援助、更には人員の動員などが条約には記載されていた。
傍から見れば、弱き者を見兼ねて二つの大国が手を差し伸べてくれた様に思えるだろう。
だが、フライハイトはそれよりも先に裏の存在に気が付いていた。密偵を忍ばせた時に、フライハイトの面々は衝撃の事実を知る事となる。
特に衝撃を覚えたのは、当時自由国フライハイトのトップに立っており、アストレアの祖父にあたる人物である「ジャイング・エニシュ・ブラックバーン」は密偵の得た情報に目を通した時に深い絶望と恐怖に襲われた。
「な、何だこれは?」
「我々が得た情報はこれで全てです……条約を結ぶ事は御検討した方が良いと我々は考えます……」
密偵はそう国王であったジャイングに促した。本来なら、密偵である彼も無礼を承知で申しているだろう。
しかし内容は見ていて不快過ぎる程があった。ジャイングの手は思わず手が震えてしまう。
支援物資の補給や資金援助等は専らの嘘。条約を結ぶと同時にフライハイトは二国の支配下に置かれ、計画では条約締結後と同時に国王であるジャイングやその側近達は全て謀殺される事になっていた。
容姿の良く美しい女性は全て奴隷としてウンシュルトへと引き渡され、その他使える者は全て奴隷として引き渡されると言うのだ。
更にありとあらゆる選択権は剥奪され、フライハイトが所有している土地も全て植民地となり、ウンシュルトとユスティーツの物となる。
条約の裏側を見てしまったジャイングは思わずその場に崩れ落ち、両膝を着いてしまった。このまま騙されたままで条約を結んでしまえば、その先に待っているのは間違いなく国の破滅だろう。
最早、生きていく事など出来なくなる。あるのはただ闇しか見えない日々だけだった。
「おぉ、神よ……何故我らがこの様な目に…」
ジャイングは深い恐怖と絶望に襲われた。条約の締結の日は近い。それまでにどうするべきかを決めなければならない。
この条約を素直に結ぶか断るかの選択権は王であるジャイングに存在している。
しかし彼にはどちらを選ぶ事も死に直結する様にしか思えなかった。条約を結べば自らは謀殺され、国は形こそ残るが滅ぶだろう。逆に断れば全て滅ぼされるだろう。
真実を見る限り、断れば武力で全てを滅ぼされるのが、目に見えていた。武力での対抗など無に等しい。フライハイトの戦力は他の大国に比べると低い傾向にある。
武力同士でのぶつかり合いが起これば、先に潰されてしまうのは自分達であると言う事は目に見えていた。更に都合の悪い事に戦うとなると、相手は大国二つとその傘下の国が自らの国に襲い来ると言う事になる。
「どうするべきなのだろうか……」
ジャイングは深く悩んでしまう。頭を抱え、恐怖に怯えていた。
側近達も答えを導く為に何か策を練ってみるも、突破口が最初から全て封じられてしまっている様なものなので側近達や戦略を考える軍人や参謀でも思う様な策が生まれる事はなかった。
そして考えて苦悩する度に、条約を結ぶ日は迫ってくる。
「お困りなのでしょうか?」
そんな時であった。突然として、フライハイトに一人の客人が現れたのだった。颯爽とした登場に、思わずジャイングは口を開きながら目を丸くした。
黒いローブを全身に纏い、姿を晒そうとはしない。身長はそれなりに長身でありローブの上から見える体格や声の質的に男性である事は間違いなさそうであった。
ジャイングは突如として来訪した客人に対して玉座に座りながら話しかける。
「お主、知っておるのか?今のこの国の現状を…」
「その前にまず素顔を見せぬか!?偉大なるジャイング様の前であるぞ!」
「構わん、その様に私は扱われたくは無い」
その言葉に客人を名乗るローブを纏った男は一度ジャイングに対して会釈を行うと、答えを述べた。
「知っております故、ご安心ください。私は貴方達にとある救済を齎しに来ました」
ジャイング及び側近やその場にいた兵士達も驚きの声を上げる。それと同時に周囲は僅かに騒がしくなり、ザワザワと声が聞こえてきた。
「何と!?」
ジャイングも頬ずえを着いて話をしていたが、客人の言葉により驚きの表情を見せてしまい、王の玉座から立ち上がってしまう。
客人は驚く彼らとは対照的に落ち着いた口調で全く雰囲気を変える事なく、淡々と話し始めた。
「私が救済をお教えしましょう。それは……」
「何だと言うのだ?」
「他の世界から人を招く事です…」
二話構成です。
あの戦闘機達は再び空に飛び立つのでしょうか?