114話「拷問タイム♡」
ヴォラクはやけにニヤニヤとした笑みを浮かべている。悠介はクスクスと奇妙な笑いを浮かべ、専用の椅子の上にふんぞり返っている。
少なくとも、二人が見せるその笑い方は何か嬉しい事があったから見せている笑いではない事は確かであった。
まるで見た者を怯えさせ、恐怖させるかの様な奇妙と言う言葉が似合う表情は目の前の椅子に縛り付けた、肥満体型の貴族に向けられていた。
現在ヴォラクと悠介がいるのは、フライハイトの地下室の一つである拷問室だ。一人の騎士が言っていた情報を引き出す為、首謀者と思われる貴族を一人レイアはひっ捕らえてくれていた。有用性のある情報は今ただでさえ情報不足であった彼らにとっては宝の様な存在だ。
ヴォラクと悠介は必要な情報を引き出すと言う名目の上、アストレアから許可を得てこの拷問室を使っていた。アストレアはあまり拷問に乗り気ではなかったが「情報を引き出す」と言う大義名分があった為、実現する事が出来た。
本当はただ痛め付けたかっただけなのだが、それは秘密と言う事で。
「ったく、いつまで呑気に寝てるんだか…」
「どうするよ、水でもぶっかけるか?」
手元では敢えて切れ味が極端に悪く、刀身全体が茶色の様な色となり、錆が付着している非常に汚れたナイフを彼は手馴れた手付きで回しながら、ヴォラクはいつまでも呑気に眠りこけてしまっている貴族の男に対して、呆れたかの様な口調で言った。
そんな口調で話すヴォラクに対して、悠介は冷水がいっぱいに注がれたバケツを手に握り締めていた。ただ持っていると言うよりも、悠介は早くバケツの中に入った冷たい冷水をかけたい気持ちでいた。
「オーケー任せよう。好きにやれ」
「そぉ――れ!」
そのまま悠介は躊躇も躊躇いもないまま、バケツの中に入った冷水を目の前の椅子に縛り付けた貴族の男へと容赦なく浴びせたのだった。
バシャ!と音が響くと同時に薄暗い地下の部屋の中に冷水が飛び散った。冷たい液体は貴族の男の体全体に降り注ぐと同時に徐々に床全体へと広がっていった。
そして冷水を振りかけられた事により、貴族の男は嫌でも目を覚ました。気を失って眠っていた所に骨身に染みる程の冷水を浴びせられたのだ、体の体温が急激に低下する事で、貴族の男は目を覚ましたのだった。
「ブハァ!」
「汚ぇ声だな、滑稽だよ…」
貴族の男は目を覚ますなり、聞くに耐えない声を上げる。後ろで楽な姿勢で座っている悠介も同様の反応を見せている。
「お、お前!私は誰だと思っているんだ!」
聞き飽きたセリフだ。大体、位の高い人間の第一声はいつもこんな感じだ。自分の地位を知らないのか、とか、すぐに助けが来る、だとか様々だ。だが聞き飽きたセリフを聞いていても面白くない。
ナイフで肉を切り付けるのも一つの手だが、まだ切るには速い。ここは違う拷問器具を使う事にしよう。
「喧しい、テンプレセリフは聞き飽きてんだよ」
そう気の抜けた様であり、棒読みに近い口調で言ったヴォラクは錆が付き、切れ味の悪い粗悪なナイフではなく、横に置かれた拷問器具である「ブラックジャック」を使い、貴族の男の顔を容赦なく殴打したのだ。威力は弱め、様子見の一発である為ヴォラクはかなり弱めに振り回し、歯が数本折れる程度の力で殴り付けた。
ブラックジャックはヴォラクもよく知る拷問器具の一つだ。円筒形の革や布袋の中にコインや砂などを詰め、固く絞って棒状にした棍棒の一種であり、今回は布袋の中にその辺で拾った砂を入れている。
勿論だが、こんな物で何度も生肌を殴打されれば肉体は悲鳴を上げる。
「ぎゃぁぁぁ!何をする!私を誰だと思っているんだ!」
「知ってるよ、確か平和帝国とか言う国の上の方の貴族「デロン・グレイズ」グレイズ家の長男にして現在は妻子もいる。子供も屑と聞いているが、あんたも大概だよな。女攫って、他の貴族達と乱交するなんて信じられん…」
悠介は自分が知らない内に全て調べていた様であった。こう言った下調べは悠介だからこそ出来る芸当だ。自分ならここまで調べる事は出来なかっただろう。
他人の情報を調べ上げ、簡単に叩き付ける。悠介だからこそ出来る。その情報を集める力の高さ、やはり暗殺者であるからなのか、とヴォラクは感じた。
「ふん、それの何が悪い!?」
「何だと?」
返答はどう来るかは予想不能ではあったが、まさかこんなにも胸糞悪い回答が返ってくるとは思わなかった。人間は堕ちてしまえば、堕ちる所まで堕ちきって堕落すると聞くが正にその言葉が似合いそうであった。悠介は呆れた口調で調べ上げた事を洗いざらい全て呟いたが、目の前に座るデロンはまるで反省の色を見せようとはしない。
逆に、さっさと解放しないか!?と言いたげな目付きでヴォラクと悠介を睨んでいる。ハッキリ言わせてもらうが、解放する気は毛頭ない。
「フライハイトの青二才風情共が生意気な!今に見ていろ、ユスティーツとウンシュルトの大軍がこの国に!……」
聞いていて虫唾が走ったのか、ヴォラクは気が付けば手に握り締めていた錆が大量に付着し、切れ味が悪く、傷付けられれば破傷風と治りが悪くなりそうな粗悪な錆びた刃を持つ錆びたナイフを握ると同時に、魚や肉を切る様な感覚でデロンの異様に太い太腿に刃を突き立てるとそのまま皮膚の上でなぞらせたのだった。
無論錆びているとは言っても、元は切れ味のあるナイフである為錆びていようと、薄いながらもナイフは皮膚を切り裂いていく。ただのナイフでも痛い事に変わりはないかもしれないが、錆びた切れ味の悪いナイフはあまり肌を滑らなかった。
「ぐ、ぐぁぁぁぁ!何をしているぅ!?」
「見て分からんのか、拷問だよ?」
ヴォラクは手を止める事なく、錆びたナイフを皮膚に当てて容赦なく滑らせる。錆びたナイフは僅かながら、そして深手を与えるかの様にしてデロンの皮膚を切り裂いていく。
案の定、ナイフで皮膚なんか切り裂けば真っ赤な鮮血が吹き出してくる。皮膚から吹き出した赤黒い血はヴォラクの着ている黒色のロングコートを汚し、黒一色には、僅かにだけ赤い色素が混じる。それは彼の顔にも同様の事であった。
すると顔にデロンの返り血が付着した事に気が付いたのか、ヴォラクは僅かな時だけその返り血に目を向ける。
「ん、返り血か?後でサテラかシズハにでも舐めさせるか」
その言葉にデロンの顔から血の気が引いた。今まで見せる行動、そして今の異常とも捉えられる発言。デロンの表情は獣を見て恐れる兎の様であった。
「な、何なんだ貴様は!?」
「死に行く奴に言う事なんてないよ。それじゃ次は爪だ、悠介ペンチでも何でもいいから爪剥げそうなヤツ取って」
「ほ――らよっと!」
そう言うと、悠介は素直に爪を剥ぐ為のペンチをヴォラクに寄越してくれた。気前と手際が良くて、ヴォラクの気持ちは高騰する。
ヴォラクが次に所持したのはペンチ。本来なら工具なのだが、思考回路が狂い始めているヴォラクには拷問器具にしか見えてこなかった。ヴォラクは僅かな時間、ペンチをじぃー、と見つめるとすぐさま、手馴れた様な手つきでペンチを数回軽く鳴らした。
「さてと、何指が良い?」
「や、やめてくれぇ!女にはもう手を出さない!素直に国に帰る!もうこんな事はしない!殺さないでくれ、頼むぅ!」
今度は無様過ぎて笑えてくる様な命乞いだ。滑稽と言わざるを得ない。普通なら生かす価値はない。
罪もない女性達を誘拐し、陵辱の限りを尽くした張本人を、こんな安い命乞い如きで解放するなどあってはならない事だ。いつもなら迷わずに殺しルートに直行するのが普通の事ではあるが、ヴォラクはそうする事はしなかった。
何故なら、今回の拷問は情報を聞き出す事を目的として行っている。拷問を好んでいないアストレアから許可を出してもらったのは、情報を引き出すと言う建前があったからだ。もし、ただ痛め付けたいなんて言ったら、許可なんてしてもらえないだろう。
それはヴォラクにも悠介にとっても不都合であった為、情報を引き出す必要があったのだ。命乞いもしている事であったので、ヴォラクは悪い考えを思い付いた。
ヴォラクはデロンの手の指に近付かせていたペンチを一度止める。
「ま、僕も鬼じゃない。人間である以上、少しは情ってのがある」
その言葉に続いて後ろでヴォラクの事を見ていた悠介が言葉を漏らす。
「そうだな、俺はさっきお前が言ってたフライハイトに攻めてくる何とか……が気になったな」
「はい!分かりました、話します!」
(悠介、音声記憶を)
(おぅ、任せとけ!)
そのままデロンは素直に洗いざらい全てを話し始める。ヴォラクと悠介はそれを聞いている間、終始無言であった。
「聞いた話だとな!今、ユスティーツとウンシュルトはフライハイトを滅亡させようとしてるんだよ。どうも中立と平和主義ってのか気に食わないらしいんだ、それで後三週間もすれば二国の大軍としょ、召喚勇者とか言う使い捨ての連中共が来るらしいんだよ!そ、それと先行して魔族残党の連中も捨て駒で後一週間後に来る!最後に、更に有志の参戦で「カイン・サブナック」とか言う奴も来るらしい!俺が知ってるのはこれが全部だ!さぁ、早く俺をかいほ」
次の瞬間、轟音が拷問室の中に強く響いた。キィーンと耳に金切り音が響き、悠介は咄嗟に耳を塞いでしまっ。
そしてヴォラクは気が付かぬ間に右腰のホルスターから二丁マグナムの一つであるゲイルを取り出すと同時にすぐさま、無表情ながらも殺気が込められた双眸をデロンに向けると同時に銃口を眉間に向け、そのまま何の躊躇もなく引き金を引いてしまったのだった。
本当なら、もっと痛め付けるはずだった。もっと多くの苦痛を味合わせる予定だった。なのに何故引き金を引いてしまったのか。
気が付いたら、引き金を彼は引いていた。残念だが、殺してしまった以上もう戻る事はない。完全にヴォラクの早とちりと言わざるを得なかった。痛め付ける間もなく、彼は何の容赦もなく眉間を銃によって撃ち抜いた。
正に一瞬の事であり、悠介にもデロンにも予想出来なかった展開であった。
そしてヴォラクは我に返る。ハッとしたヴォラクは気が付けば銃をホルスターに戻すと同時に、悠介と椅子に縛り付けられたデロンの骸をその場に置いたまま、振り返る事もなく、その場を去ろうとする。
「お、おい!?凱亜……?」
悠介は彼の事を引き留めようとした。しかしすぐにそんな気はなくなってしまった。彼の双眸を悠介が見た時だった。
その狂気と悪魔が宿ったかの様な、悠介ですら冷や汗を流してしまう程の恐ろしい双眸は悠介の引き留める気を完全に消失させてしまったのだった。
ヴォラクはそのまま拷問室から去ってしまった。
「悠介、後処理頼んだ」
それだけ言い残して、彼はその場から無表情に近い表情のまま後ろを一度も振り返る事もなく歩き去ってしまった。悠介には聞こえていなかったが、ヴォラクは小声で言葉を呟いていた。
「何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ!?」
その心に映っていたのは間違いなく悪魔の様な叫ぶ天帝であった。狂気を孕む怒りと自分の過去の過ちを悔う事しか、ヴォラクには出来なかった。