113話「明ける事のない夜」
「綺麗だな、今日の夜も…」
「血みどろになるけどな、これから…」
凱亜と悠介は夜の景色を城の外から眺めていた。夜の景色はまだ浅く、まだまだ夜はこれからであった。夜時はまだ始まったばかり、暗殺を行うには良き夜であろうと凱亜は感じた。
夜空には不気味にも月の様な星が輝かしく光っており、月明かりは昼時の様に地を照らしている。城の外に集合した暗殺者達は出撃するその時を静かに待っていた。
悠介曰く、この様に夜の時に暗殺をするのはアストレアも認知している事らしい。アストレアは心優しく、慈愛を持って弱き者を助ける女性ではあるが、敵となって敵意を示したり、腐心しきっていたり、人としての尊い心を失った者には鬼神の如く鉄槌を下す、自らの部下達に命令し、その排除を行わせる。
時には自らが出向く事もあるらしいが、如何せん彼女はこの国のトップと言う事もあってあまり表立った行動は出来ないが。
そして今夜もアストレアから、暗殺部隊を指揮する悠介へと指示が届いていた。今回の作戦は良く異世界では聞く事だが、実際起これば反吐の出る様な内容であった。
どうやら近頃女攫いが近場で起こっているらしい。捕まえた女を理性を失った男達が無惨にも陵辱していると言うのだ。聞いていれば虫唾が走る様な内容だ、しかしこれはこの世界では割と起こりうる事だと言うのだ。だが、今回は裏向きでは廃れた貴族や裏面が堕落した国の騎士ぐるみで行っているらしい。
アストレア曰く平民の上に立って見守る者、弱き者をその最大の力を持って守る騎士ともなる者が血迷ったかの様にして、か弱い女を連れ去り嫌がる声すら聞かずに穢してしまう。
自分問わず、人として当たり前の心を持っている者からすれば怒りが生まれるのは自然の事だ。特に人の心を重んじり、傷付く者を誰であっても助ける人物だが、彼女にも許せない存在はある。今回の様な件の首謀者達がその一例だった。
「悠介、また頼めるかしら?」
「任せてくれアストレアさん。私刑と分かっていても、許せないので…」
「で?今回の出撃メンツは誰なんだ?まさか二人?」
流石に二人だけで多数を制圧するのか?とヴォラクは疑問に思っていた。二人だけで攻めるなんて多勢に無勢が似合う。相手だってそんな一人や二人と言った様な数ではない。
残念だが数ばっかりいたって、と言う状態だ。少なからずとも増援は必要になってくるだろうとヴォラクは感じていた。ヴォラクは疑問を見せる表情で悠介に問う。すると悠介からは質問の解答が素直に返ってくる。
「そいつはただの無謀って奴だ。今回はスペシャルゲストとして蒼一兄ぃとレイアさんに来てもらう事にした」
そう悠介が答えると同時に、ヴォラクの背後に二人の人間の気配を感じた。両者とも姿を捉えなくとも並々ならぬ武人の様な強さを感じる。レイアの事はよく分かっているが、悠介が言った蒼一兄ぃとは誰の事なのかは分からない。
名前の最後に兄ぃ、と付けていたので尊敬はしていそうだが、あの時チラッと見ただけなので詳しい事は分からない。だが気配的にその強さは明白と言っても良いぐらいだ。間違いなく強過ぎる力を保有しているだろうとヴォラクは感じた。そのままヴォラクは後ろを振り返る。
「レイ!それに……蒼一郎さん…?」
そのまま体を後ろに動かして視線を後ろに向けると、目の前には二人の人物が立っていた。
一人には見覚えがある。白銀色の髪に黒い専用の戦闘用スーツ、腕を組んで自信のある表情でヴォラクの事を見る女性。レイア・イツカそれが彼女の名だ。双剣による剣戟の腕前は自分すら上回る程だ。
余裕で称賛したくなる程の剣の腕前に美し過ぎる美貌と肉体。彼女と一緒なら心配はないだろうとヴォラクは感じた。
そしてもう一人名は「武川蒼一郎」と言うが、ヴォラク的にはどの様な人物なのか全くと言って良いぐらい分からなかった、と言うよりも掴み所が分からなかった。白に銀色が混ざったかの様な表現し難い髪の色に戦闘用に改造が施された専用の和服、着流し。
そして腰に鞘に納められた状態で携えられた一本の長刀。言ってしまえば、血雷が使っている物と姿形は酷似している。
細い糸目で開眼しようとしない、薄ら笑いを見せる様な表情で何を考えているのか分からない。一見すれば怪しいと言う言葉が似合う風貌だった。
「ああ、前に聞いたかもしれんがボクは「武川蒼一郎」ちゅーモンや。まぁ気軽に宜しゅうな。凱亜?言うたけ?これから仲良ぅしよな?」
そう薄ら笑いの様な表情を崩す事なく、蒼一郎は頭の後ろを軽く自らの右手で撫でながら挨拶を行う。怪しい雰囲気がどうしても拭えていない様に見える。個人的な偏見となってしまうが、今ヴォラクは強く蒼一郎の事を警戒していた。
「ま、凱亜。蒼一兄ぃはちょっと怪しい奴だが、根はめちゃくちゃ良い奴だから警戒しなくていいぞ?」
「ちょ!悠介はん!?そんな言い方は酷いんちゃうか!?」
「ヴォラク、気にするな。コイツは良い奴だし、剣の腕もかなりのモノだ、それに時々お茶もご馳走してくれる良い奴さ、警戒はしなくてもいいんだぞ?」
「いやぁ~何かボク、お茶出し要因みたいに思われてへんか?」
愛されてるな、ヴォラクは彼の事を見てそう確信した。悠介やレイアの反応から見て、ヴォラクの蒼一郎に対する印象は大きく傾く事となった。
先程までは怪しい人物と言う印象だったが一瞬で逆転した。見かけで判断はやはり駄目だな、とヴォラクは自分に言い聞かせた。
「それじゃ、四人に今回の件は任せるわ。偽善と分かっていても誰かがしないと傷付く事になる。悠介、ヴォラク、レイア、蒼一郎頼むわよ」
次の瞬間、場の空気が先程と変わった。まるで暖かい空間が突如として冷気に包まれたかの様だった。悠介、ヴォラク、レイア、蒼一郎は今回の一件の事を聞いていた為、先程のコメディーチックな口調とは裏腹に突如として冷徹な口調へとスイッチが切り替わる。
「仰せのままに…My Load」
「ボクとて仏ちゃうんや。女ぁ食いもんにするなら、ちょっとお仕置したらなあかんな…」
「同じ女性として反吐が出ます。レイア・イツカ、必ず成功させます」
「了解致しました。全て殲滅します」
その言葉と共に四人は夜の闇へと同化していったのだった……。
◇◇
「影よ……我らの元に集え」
聞くに絶えない厨二病チックな悠介のセリフを聞いてヴォラクは僅かながらではあるが落胆する様子を見せる。
いや、分かるよ魔法が使える者は魔法を使う為に呪文(厨二病台詞)を唱えなくてはならない事は十分承知のつもりだった。
だが凱亜は運が悪いのか、それとも運命なのか分からないが魔法関連の能力はまるで完全に封じられているかの様な程扱う事が出来ない。と言うか使う事が出来なかったのだった。
聞きたくないのだが、如何せん助けてもらわければ隠密なんて出来やしないだろう。葛藤混じりではあるが、ここは素直に助けられる選択肢を取る事にしようと感じた。
「凄いな……悠介、これは?」
悠介が短い詠唱を終えると同時に、悠介を含めた四人の足元に突如として真っ黒な影が現れたのだった。
影はまるで侵攻するかの勢いで周囲に広がっていき、次第に兎を喰らうかの様な獣を彷彿とさせる影は彼らを包み込んでいく。
そして広がる影は気が付けば四人を守り、隠すかの様に侵攻を続ける。みるみる影が増殖し、四人の姿と気配を消してしまう程に広がると、悠介は一人言葉を発した。
「これでバレる事もないだろ?」
「これ、何なんだ?魔法か?」
ヴォラクはまだ悠介が使用する事の出来る「影魔法」の存在については知らなかった。初めて見る悠介の力にヴォラクは口を開けたまま、初めて見た魔法に疑問の表情を見せてしまう。
その疑問の言葉に、レイアは反応を示した。何故かは分からないが、どこか誇らしげな表情だ。
「これは悠介の使う事の出来る「影魔法」の一つだ。能力は保有者と指定した者に気配を消す事が出来る影を纏わせる事が出来るんだ。これで敵の索敵にも引っかからないんだ」
「お――!それは凄い。僕は魔法使えないのに……悠介はこんなカッコイイ魔法を使えるんだな…」
次の瞬間、魔法を一切使う事が出来ないヴォラクの表情に悲壮感が漂った。悠介とレイアと蒼一郎はすぐさまフォローに入る。
「安心しろ、凱亜。お前にはこの異世界で銃とビーム砲を使う事が出来る特権がある、悲しむな」←グットサイン
「そ、そうだぞヴォラク?お前は禁止兵器の所有者なんだから、気を落とすなよ!」
「今度一杯奢たろか?」
最早、蒼一郎の言葉はフォローになっているのかどうかは分からないが、今の所はフォローであると言う事を信じよう。
多少だが、ヴォラクの悲壮感が漂う表情は多少なりともだが緩和された。
「はい、それじゃ……即席のチームだが五番隊出撃する!」
そして悠介は先行して、三人の前に立つと同時に走り出しそのまま夜の闇へと降下して行った。ヴォラク、レイア、蒼一郎の三人も彼の背中を追い、共に夜の闇へと同化し、降下して行くのであった。
◇◇
城から出て一兵から闇の住人へと切り替わった後、悠介が率いる四人はすぐさま始末するべきターゲット達がいる場所に辿り着いた。
フライハイトの城壁を越えた後、大体十分も絶たない内に愚者共が潜んでいると思われる場所にヴォラク達は辿り着いた。十分とは言ったが、実際の距離はかなりある。
だが、悠介の魔法には移動速度が劇的に上昇する効果も上乗せされていると言うおまけ付きであった為、思いの外時短で辿り着く事が出来たのだった。
そして辿り着くなり、ヴォラク達は人里から離れており、人目付かない建物を見るなり気配で嫌悪感を覚える。この建物の中で何が行われているか何て想像にかたくない。
容易に想像出来る世界がその中にあるだろうとヴォラクは感じた。
「案の定だが、見張りはいるな……」
ヴォラクは思わず眉間に皺を寄せ、思わず顔を顰めた。案の定予想出来ていた事かもしれないが建物の前には門と城壁の様にして壁が建物を覆うかの様な形で建てられている。
分かりきっていた事だが、一筋縄ではいかない事は確かだった。
ヴォラクは警備している者を見て小声で話す。
「悪いが僕はノープロブレムだぞ?」
「心配するな、先陣は俺が切る」
そう頼りのある口調で悠介は呟いた。そして、悠介は自らに纏っていた気配を完全に遮断する事の出来る影を解いた。自らが考えていた内なら、悠介はてっきりあのまま影を纏ったまま侵入し、相手の首を容赦なく掻っ切るのかと想像していた。
だが、ヴォラクが考えていた事とは違い、悠介は何故かは分からないが気配を消す影を解き、生身のまま正面の門の方へと一人で歩き出したのだ。
「ちょ!?悠介!」
思わず声を上げ、ヴォラクは悠介の後を追いそうになってしまう。考えるよりも先に足が動いていたが、悠介の後を追おうとするヴォラクの肩を蒼一郎が軽く掴んだ。
「大丈夫さかい。悠介なら、ちゃんと考えとる」
「えぇ?」
「まぁヴォラク。安心して見ていろ、奴が失敗するとは思わんからな」
レイアも腕を組みながら素直に彼の事を信じる様に、とヴォラクに促した。どう言う事かヴォラクにはよく分からなかったが、二人がここまで言っているのでヴォラクは足を棒の様にして止める。
そして悠介は先走り、門の前へと辿り着く。勿論警備している騎士達が四人程立っているにも関わらずだ。
「ふぁ~おい、見張りの交代はそろそろじゃねぇのか?」
「全くまだヤッてんのかよ!自分達ばっかり良い思いしやがって!」
「貴族にとっちゃ俺達騎士様なんて捨て駒同然よ。呼ばれてきたが、結局は余り物しか貰えんのか…」
「ん!?おい、貴様!何者だ?」
悠介は躊躇なく警備している騎士達の元へと歩み寄る。顔は隠れており、誰なのかは一見しても分からない。騎士達は悠介を発見するなり、腰に携え無骨な鞘に納められた剣の柄を握り締める。
「え、違います!私はただの旅人です!道に迷ってしまって!明かりが…見えたので、誰かいるのかと…」
いつもの悠介の口調とは大きく異なる言葉だった。遠くから聞き耳を立てていたヴォラクも意外と感じてしまう。悠介は両手を素直に上げ、まるで騎士達に怯えるかの様な素振りを演じる。
そんな悠介を見て、自分達だけでも勝てると判断したのか、騎士達はやけに強い口調で悠介に声を荒らげる。
「テメェ、残念だが運が無かったみたいだな…」
「ここは立ち入りが禁止されている、それに無関係者は当然立ち入りは出来ない」
次の瞬間、四人の内二人が剣を鞘から引き抜き抜刀する。その剣の刃は無情にも悠介の方向へと向けられていた。悠介は両手を上げ、黙り込んだまま一歩一歩ずつ後ろへと下がっていく。
「悪く思うなよ!」
「強盗の罪で殺してやる!」
幾らなんでもそれはダメだろ、ヴォラクは心の中で一言呟いた。演技とは言え、迷って辿り着いただけで斬り殺される羽目になるなんて残酷過ぎるだろうと。
そして悠介に二人の騎士が同時に斬りかかってきた。踏み込みは荒く、全く訓練されていない様にも見えてくる。落ちぶれた騎士と言うのだろうか。悠介はその場からは動こうとはしない。
「死ねやオラァ!………」
―――苦痛無きまま逝くが良い
「くたばれぇー!……」
次の瞬間だった。二人の頭部は消え去った。一瞬の事で見ていたヴォラクも何が起こったのか一切分からなかった。目を見開き、圧巻に包まれ、口はポカンと開いてしまう。
首を飛ばされた騎士二人の首元からは滝の激流の如く血がバカみたいな程に吹き出している。そして首を失った騎士二人はそのまま力が抜けた様にして地面へと倒れ込み、数回跳ねる魚の様にして動いた後、そのまま二度と動かなくなった。
別にそれはどうでも良いのだが、ヴォラクはあの一瞬で何が起こったのか分からなかった。速すぎて、自分の目では捉えられなかったのだった。
「な、何だ今のは?見えなかった……」
「私もだ、やっぱり速すぎる…!」
「あの一瞬で首飛ばしたか、影を後ろに忍ばせとったな…」
蒼一郎の言葉にヴォラクは疑問を覚える。
―――蒼一郎さんには見えていたのか?
ヴォラクはそう心の中で呟いた。ヴォラクに気になって仕方なかった為、蒼一郎に問う。
「見えてたんですか、あれ?」
「あぁ、一応な。でもギリギリや…あれ以上速い動きやったらボクでも見えん」
そして演技する事を完全に中止し、遂に本性を悠介は現したのだった。悠介は首を飛ばされた騎士を見て、恐れ戦き腰を抜かして、身体中を震わせながら地面に尻を付ける騎士の元へと、死体を蹴り飛ばしながら近付いていく。
「て、テメェ!こんな事して良いと思ってんのか!」
「俺達のバックには平和帝国に魔族残党や召喚勇者もいるんだぞ!」
「重要じゃん、その情報…」
悠介はニヤリと微笑んだ。このバカな騎士共のバックには平和帝国に滅んだ魔族主体の国の魔族残党、それに天野銀河が率いている召喚勇者まで存在している様であった。
そのまま悠介は騎士達に歩み寄ると同時に、黒衣の内から取り出した一本のタクティカルナイフを取り出した。
「冥土の土産、お前らにやるよ……俺の名は裂罅悠介。自由国フライハイト五番隊隊長、貴様達の様な愚者は死に値する。よって、フライハイト第一王女「アストレア・エニシュ・ブラックバーン」の名の元、貴様達を全て殲滅する」
「クソッ!フライハイトの飼い犬か!」
「すぐにでも知らせて、お前らの国を滅ぼしてやる!」
この状況でもまだ吠える事だけは出来る様であった。そんな醜く見るに絶えない連中に悠介は遂に息の根を止める事にした。
「安心しろ、夜が明けて朝になってしまえば、皆何も覚えていないさ……だが、貴様達に夜が明ける事は二度とない…」
そして悠介はタクティカルナイフの刃を容赦なく、騎士の胸に突き立てたのであった。その表情はまるで血に飢えているかの様であった。見ても分かる、やり方は完全に手馴れている。後何十人かは殺しているやり方だった。
「おーい!見張りの始末は完了したぞぉ―――!」
警備している騎士達を全て殲滅した悠介は後ろで待機していたヴォラク達に呼びかける。
その呼び掛けにヴォラク達は素直に答え、彼の元へと急いだ。
「それじゃ突入するぞ。俺と凱亜で親玉を叩く。蒼一兄ぃは他の奴らの殲滅、レイアさんは女性の救助を」
「任されたぞ、悠介」
「仕事はしっかりこなすさかい、安心せぃ」
「任せろ!」
その言葉を聞くと同時に四人は行動を開始した。
◇◇
「害虫駆除も一苦労だな……」
そう言うとヴォラクは中にいた雑魚に向かって投擲したビームサーベルを骸となった貴族の体から引き抜いた。数が思っていたよりも多かった為、ヴォラクは思わず息を漏らした。
中に入るなり、ヴォラクを含めた四人は強い怒りを覚えてしまう。
入ると部屋の中に充満し、鼻を突くかの様な言葉では言い表し難い匂いに、床に散乱する謎の液体。数人の女性は裸体のまま気を失ったまま倒れており、人間としての理性を失っているかの様な、まるで性に飢える獣の様な貴族の男達は嫌がる女性の声を聞く事もなく、容赦のない腰振りで女性達を陵辱している。
言っておくが、こんな事見過ごせない。発見してしまった以上、全て排除するのがポリシーだ。
「僕の目から逃げられると思うな……!」
そしてヴォラクは両腰のホルスターに格納していた二丁のマグナムを同時に取り出す。両手で強く握り締めると、そのままヴォラクは照準を僅かな時間だけで合わせると同時に、両目を見開いたまま殺気を帯びた双眸で敵を捉えると同時に、二丁の銃の引き金に指をかける。
間違っても女性の体を撃ち抜く事は許されない。正確且つ絶対に的を外してはならない。一見すれば苦悩の二重重ねに見えるが、射撃においては唯一無二の強大な力を持つヴォラクにとっては容易い事であった。
「朽ち果てろ…」
ヴォラクはそのまま中央に向かって飛び込むと同時に、自らの体を回す様にして回転させる。そしてそのまま回転しながら、ヴォラクは連続して両手に握り締めたゲイルとヴァンの引き金をダブルタップする勢いで引き続ける。
悠介は姿勢を低くし、流れ弾が命中しない様にする為に身を屈める。しかしヴォラクは悠介に流れ弾を当てる気はなかった。
実際、ヴォラクの正確過ぎる射撃は全弾獣の様な男達の眉間や胸に的確に命中させていた。一切のブレがなく、躊躇もない射撃だった。
そして部屋の中には銃声による轟音が響いた。一発一発が耳を引き裂く程の轟音であり、銃声が響く度に部屋の中は僅かに震えを見せる。
「おい!侵入者だ!」
「殺せば、たんまり金と女を貰えるぞ!」
「ぶっ殺せ………」
馬鹿な貴族共を銃を使って蹴散らしていた所だった。部屋の奥から銃声や貴族共の悲鳴を聞いたのか、武器を持った盗賊や、安い金で雇われた様な傭兵の男達が姿を見せたのだった。
揃いも揃って、一見すればただの弱い一兵にしか感じられない。所持している武器も粗悪な物としか思えない、身なりも整っていない。
ヴォラクは弾の無駄撃ちになると思い、殴打による近接戦を行おうとする。
「節操のない行動は身を滅ぼすで?」
次の瞬間だった。悠介の時もヴォラクは脅かされてしまったが、今回もまたヴォラクは驚く事になる。先程まで粗悪な性能と言わざるを得ない様な武器を持って、自分達に襲いかかって来た男達だったが一瞬で肉体に痛々しい裂傷を刻まれ、そのまま血を体から吹き出して、床へと倒れてしまったのだった。
「え?今のは……」
「第伍式「凪刹刃」……少しばかりやけど、雑魚の始末には慣れとる。これで良いか?」
正に一瞬の出来事だった。一瞬だけ蒼一郎は抜刀して見せた。一瞬にして、神速と一言で言い表せる程の速度で彼は全て斬り捨て、そして納刀してしまう。あの飄々としており、常に薄ら笑いを絶やさない男の力をヴォラクは今知った。
敵でなかった事にヴォラクは安堵する。これがもし敵だったとしたら、間違いなく一瞬で首を飛ばされている事になるだろう。思わず息を飲んだ。
「上出来だな、蒼一郎さん。私も首謀者みたいな奴とっ捕まえたぞ」
上の方から声が聞こえた。声の音色的に、その声の主はレイアで間違いなさそうだった。女性の高めの声であった為にすぐ気が付けた。
「え、本当か?じゃあ突き落としてくれ!」
レイアは上手くやってくれた様であった。壊滅、そして首謀者の暗殺ではなく確保。全てが事の通りに進んだ。
次の瞬間、上から何かが落ちてきた。首謀者を上の階から落としてくれた様だった。一々運ぶ暇が消えたので、こちらとしては、とても有難い限りであった。
「コイツ、気ぃ失っとるっぽいな…?」
「まぁ構わんさ。フライハイトの地下に拷問室があるって聞いたから、後で運び込んでもらおう」
「との事だが、友軍を派遣してもらえますか?アストレアさん?」
悠介はアストレアと魔力を介して通信を行っていた。作戦は終了、そして女性達の保護や死体の廃棄、拷問室に運んでもらう。やる事はこんな所だろう。
悠介はいち早く、その事をアストレアに淡々とした口調で伝えてくれていたのだった。
「えぇ、分かったわ。すぐに向かわせる、貴方達は帰還して構わないわよ」
「了解致しました……との事だ、俺達は先に撤退するぞ!」
悠介の言葉にヴォラク達は促される。夜は深く、時間は既に深夜帯だ。普通なら寝ている時間だろう。ヴォラク達一行の目には明らかに睡魔が宿っていた。
特にレイアに至っては、激しく動いたせいなのか、時折目を閉じてしまいウトウトしてしまっている。
夜時に行動しているのも相まって、疲弊もいつもより高い。ヴォラク達は素早く撤退を行う事にした。
「ふぁ~もう帰って私は寝るわ」
「ボクも…酒の飲み過ぎと眠くなるのは嫌いや…」
「よし、さっさと戻るぞ…」
悠介達四人は先に撤退を開始した。再びヴォラク達は悠介の力によって身を覆い隠す影を纏い、そのままフライハイトへと戻って行ったのだった。
◇◇
(俺達のバックには平和帝国に魔族残党や召喚勇者もいるんだぞ……か。どうやらデカい争いは避けられん様だな……)