112話「狂気性を溶かす存在」
案内される中でヴォラクが目に留めたのは、最早彼とは切っても切り離せないかもしれない、武器等を開発する為の兵器開発室に作戦指示を出す事が可能な司令室、更には幹部や側近専用の自室まで完備されていると言う。
一言で表すのなら、豪華と言っておきたい所であった。好きに使える広い自室(因みにだがヴォラクも既に一室空き部屋を貰っている)それとありとあらゆる兵器の生産を行う事が可能な兵器開発室にそれを補助する道具や資材を蓄えている兵器開発場。
言ってしまえば、兵器マニアと言っても刺し違えないヴォラクにとって好きに兵器を生み出す事の出来る世界は夢と同じ程に幸せな世界であり、新たな兵器を生み出して全てを滅ぼすのは更に幸せな事でもあったのだった。
「さて、ヴォラク。次は何処に向かいたい?」
「ここは広いんですね…まるで迷路みたいだ」
エルキュアの質問にヴォラクは意に反するかの様にして回答する。要塞の様な城の中の廊下にひしと立ち止まると同時に首を上に傾げてまるで空を見つめるかの様にして見上げる。
そんなヴォラクを見ていたエルキュアは、素直に彼の言葉に反応を見せる。
「ふふっ、そうだろ?この城はまるで一つの世界さ。だが、城であり自分達の家でもある…それはお前も同じ事だろ、ヴォラク?」
「ええ、その通りですよ」
「それじゃ、探索を再開するとしよう。もう一度聞くが、何処に行きたいんだ?」
エルキュアの言葉にヴォラクは今度は素直に回答する。しかし、その言葉は何処かに向かう為の言葉ではなかった。何処かへと赴くのではなく、誰かに会いたい為の言葉であった。
「裂罅悠介、彼に会いたい」
「悠介に?……まぁ、同郷の奴だから自然の事か。構わないよ、多分あいつはまた外で訓練か暇を潰してるだろうから」
そう何処か嬉しげに言うと、エルキュアはヴォラクの前を歩き、後ろに立つヴォラクを手招きした。着いてこい、と言っているかの様であった。ヴォラクは彼女の手招きに素直に反応を見せる。
つまりそれは着いていくと言う事であった。ヴォラクはエルキュアの後を追う。
◇◇
「悠介!ヴォラクが呼んでるぞぉ―――!」
そして抜け道とも捉えられる少しばかり古びた扉からエルキュアとヴォラクは青空が広がる外へと出る。エルキュアが目指した先には彼が立っていた。
彼女は声を上げて、彼の名前を呼んだ。
「エルキュアさん、呼んだかな?」
「お客人が、アンタに会いたいって。それじゃ、後は二人でごゆっくり」
その言葉を最後にエルキュアはその場から去っていく。彼女はまるでヴォラクと悠介の二人で会話させたいかの様な雰囲気であった。少しだけニヤニヤしながら去っていったエルキュアの表情がそれを物語るかの様だった。
ヴォラクは少しだけ冷や汗を流しながらも、その場から去るエルキュアの事を見送った。
そして視点は後ろに去っていくエルキュアではなく、外の訓練場に設置された白めでレンガの様な素材で作られており、古びて使い古され、今は役目を終えて模擬戦用の設備として使われているであろう城の外壁の一部の上へと向く。
そこには見覚えのある人物が一人、右手でタクティカルナイフを遊ぶかの様にして転がしながら、下に立つ自分を見つめる全身を黒衣で身に纏う人物がいた。
「よぉ、久しぶりだな……「悠介」…カッコ良さ、増したな」
「お前こそ、かなり……いや大分雰囲気が変わったな…「凱亜」………よっと!」
嘗ての旧友であり、今も知らずと結束に結ばれた絆にある男、その男の名前は「裂罅悠介」今も昔も変わらず、影の薄さだけは健在の様だった。
全身には不気味で見た者を怯えさせるかの様であり、まるで闇夜の暗闇と濃い影をイメージさせるかの様な全身を覆い隠す黒衣に、黒い革製の手袋を着用し手の露出すら許していない。足には黒色のシューズを履いており、戦闘では間違いなく足に不満を覚える事は無い様な作りであった。
完璧と言える程までの精巧に作られた装備に元々は陰キャと言う称号を背負っていながらも、実際は美形な顔に、他の武装は一切排除し、ただ右手に握られた一本のタクティカルナイフ。正にその姿は影に潜む者の様であった。
そして、壁の上から飛び降りて地面に悠介は着地する。嘗ての旧友は互いに目を見つめ合い、その目を合わせる。
「活躍は風の噂で聞いている。どうやら、知らない所で派手にやってるみたいだな……」
「そっちも同じ様にやってるだろ?…まさか勇者と国に喧嘩を売るなんてな……」
凱亜と悠介は、互いにまるで殺気を込めているかの様な表情で互いを見つめ合った。それぞれの双眸は据えた瞳をしており、互いにまるで人を殺した事があるかの様な目であった。靡く様にして爽やかな風が吹く事で悠介の長い前髪は動き、普段は長い前髪で隠れている事が多い悠介の双眸は顕となる。
実際、悠介は依然ナイフを手で握り締めており、凱亜も手にはまだ展開こそしていないものの、携行していとビームサーベルを握り締めていた。
まるで今にも凱亜と悠介は互いに斬り合いを始めそうな勢いであった。如何せんお互いに危険性と狂気性を孕んでいる人物である為、可能となれば互いの争い等厭わないだろう。
「まさか互いにフライハイトに流れ着くとは……これも除け者同士の運命なのかもしれないな……」
「ハッ、言ってくれんじゃん。どうせここにいる奴らなんて皆、神にとっちゃ除け者どころか反逆者同然だろ?」
「へぇ――結構ざっくり言うじゃないか。無尽蔵に兵器開発が出来る部屋に有り余る程の潤沢な資源、更には神からすれば反逆者……世界相手に戦争でも起こす気か、この国は?」
「俺達の国は中立国なんだよ。下手に攻勢には出んよ……だが、いざとなれば戦争は厭わない。俺としてはそっちの方が有難いんだが……」
「悠介ぇ――――!おやつ持ってきたよ―――!」
まるで先程までは睨み合いと言っても過言ではなかった。それぞれお互いが殺気を込めたかの様な鋭く、威圧する様な瞳で互いを見つめていたが、女性の天真爛漫を体現したかの様な声で二人は一時的に我に返る様にして目を見開いた。
そして互いに声が聞こえてきた方向を振り向く。
「あ、ヴォラクさん!それに悠介さんも!」
「リア?もうそんな時間だったか?」
「シズハ!?知り合いか?」
ヴォラクも突然の事に思わず困惑してしまう。困惑用は口が不自然と開いてしまい、え?と素直に言葉を吐いてしまう程だった。そして困惑した点は主に一つだ。と言うか、この一つ以外に思い付く事が見当たらない様な気がする。
まず一つは悠介の名前を呼んだ女性の姿に凱亜は呆気を取られ、素直に驚きを見せる。容姿百点、肉付き百点、顔面偏差値百点、服装百点、更には濃い金髪に天真爛漫を体現したかの様な幸せな表情。
「え?お前、誰この人?」
あまりに気になってしまった凱亜は、悠介の耳元に口を近付け、手で覆うと小声で尋ねる。目の前にいる悠介の名を口にしたこの金髪の女性が誰なのか。悠介は耳元で囁かれた質問に素直に答える。
悠介は少しだけ落ち着いた表情を見せ、腕を組みながら、凱亜に合わせて小声で答える。
「彼女?いや、仲間?かもしれない…」
「え?……聞くけど、お前らもう…ヤッたのか?」
「いや…まだだが…少なくともそろそろ、って所かもしれないな……」
「はぐらかしやがって……」
「じゃあ逆にお前に聞くが、リアの横にいるシズハとお前の関係は何なんだ?」
意外だと凱亜は感じた。確かにサテラ達は先にフライハイトに身を置いているとは報告していたが、意外にも、人との関わりは一部を除いて基本的に好まない悠介と関わっていたとは思っていなかった。
シズハも、彼の事をさん付けしている様なので決して仲が悪いと言う訳ではなさそうであった。
「僕とシズハの関係?」
「見た所仲間?って感じだが?」
「セフレみたいな感じだけど?」
今度は悠介が驚きの表情を見せる。まるで口に含んでいたお茶を吹き出してしまうかの様な程に驚きの表情を見せてしまい、突然として悠介は凱亜の右肩に手を置いた。
そして一度間を置いて、再び言葉を漏らす。
「お前…本当に変わったな…」
まるで褒めているかの様な口調であった。驚きとは別に落ち着きと褒め称えるかの様な口調に凱亜は少しだけ疑問を見せた。
「と言うかお前……本当に学校にいた時のキャラと変わりすぎだろ、キャラ変し過ぎにも程があるな…」
「ま、色々あったからな…」
「お―――い!悠介!ヴォラクさぁん!おやつ一緒に食べよぉ――!」
やはりこの狂気性を孕む二人の黒い渦を破壊するのは何時の時でも、リアンの様であった。彼女の無垢で天真爛漫な性格は狂気の塊と言っても刺し違えない二人の氷を溶かす様な存在だ。
リアンとシズハは軽く小走りをし、二人の元へと駆け寄る。そして二人に駆け寄ると同時に、リアンは右手に握っていた紙に包まれた何かを手渡してくれた。
「リア、これは?」
「フルーツサンドだよ。さっき買ってきたんだ!」
「美味そうだな、これ」
「ヴォラクさん、早く食べましょうよ!私達も買ってきたんです!」
考えている事はどうやら同じ事であった様だ。リアンもシズハも彼らと同様に同じ紙に包まれたフルーツサンドを持っている。早速これは食べたくなる一品だ。
凱亜と悠介は受け取ると同時にその場に座り込む。座り込む場所は特に汚れたり、濡れていたりはしていない為、座っても尻に何か害が及ぶ事はなさそうであった。
「悠介、地面硬くない?座り過ぎるとお尻痛くなるよ?」
「問題は感じないな。お前も早く座って食えよ」
「えぇ――!?本当に地面硬くない?」
「そもそもお前のケツなら大丈夫だろ?デカいんだからな…」
セクシャル的な発言である事に間違いはないだろう。ヴォラクは思わず悠介の発言に顔を顰めた。シズハはヴォラクに夢中であまり気にしていなかったが、リアンは多少なりとも気にしているかの様に見えた。
「もぅ―――!私のお尻を馬鹿にしないでよぉ!」
「ハハッ、仲良いんだな」
「あれ?貴方ってもしかして……」
「あ、そう言えば初対面でしたね。対面で自己紹介もしていませんでしたね。改めまして、僕は「ヴォラク」と言います。元は「不知火凱亜」と呼ばれていましたが…まぁ好きに呼んでください」
彼の言葉にリアンは素直に反応を見せる。座ると思いきや、四つん這いになって大きい胸を揺らしながらヴォラクの元へと近付く。まるで強い興味を示している動物の様だ。
リアンはヴォラクと目を合わせ、会話を続ける。
「改めてよろしく!私は「リアン・ジュール」気軽にリアって呼んでね!それに貴方の事は悠介から聞いてるよ!辛い過去を持ってるって事も聞いてるよ……」
自己紹介をしている所までは明るい口調だったが、自分の辛い過去について話した所辺りで口調は僅かにだが暗くなる。
「でも!ここならそんな事は絶対に無いから!安心して過ごせるよ!」
「何て優しくて良い国なんだろうか……いただきます」
心理状態的には良好な状態である事が分かった気がする。それと同時にこのリアン・ジュールと言う人物が女神の様な存在である事も分かった気がする。
そして彼女が女神の様な存在であると分かったと同時に更にもう一つ、凱亜の脳内にはもう一つ疑問が生まれた。
「お前は何故こんな可愛い奴と仲良く出来たんだ?」
凱亜は率直に述べる。個人的にはただ聞いてみたかっただけなのだが、悠介の回答は斜め上を行く答えだった。
「そのセリフはそっくりそのままお前にお返しするが?」
「あ――――。確かに……ぐうの音も出ない…な」
まるで質問から逃げるかの様に、もう一口フルーツサンドを凱亜は齧った。その質問を自分に返されてしまえば、凱亜はその質問に答えられる気がしなかった。
なので何も言わず、何も咎めず凱亜は逃げに走る事にした。
「もぅ!二人共、暗い顔しないでよ!今は楽しく過ごす時間なんだから!」
「ヴォラクさん、口開けてください!アーンしてください!」
「何で!?」
「あ、シズハがやるなら私も!悠介もアーン!」
「口を慎んだら炎に殺されるぞ!」
「「アガー!」」
結局凱亜は、獣耳(狐)と巫女服&美少女と言う属性付きの女の子と楽しい時間を過ごし、悠介は金髪の天真爛漫、巨乳で女神の様に美しい美女と一時を過ごせる。
学校にいた頃や過去の自分達からは想像も出来ない様な景色だと感じた。これも運命なのか?それとも異世界だからか?
「ゴックン、後で夜に模擬戦か、暗殺でもしにいくか?」
「暗殺………丁度ターゲットが上がってる。今宵に決行するのも有りかもしれないな……」
「悠介?ヴォラク?何か……」
「リアさん、安心してください。ヴォラクさんは大体はこんな感じの人ですから」
「「フフフ……」」
殺しのスイッチが入れば互いに性格はドス黒くなる。凱亜も悠介の瞳に何か黒い存在が宿ってしまっていた。互いに狂気性を孕んでいる者だからこそ現れるのかもしれない。
ナイフと銃、人を殺めるのには十分過ぎる武器であった。突き殺すか刺し殺す、引き金を撃つか銃身で殴る、人を殺すならこれだけだ。
「今夜が楽しみだな…」
「他の奴らにも招集をかけておく、楽しみに待ってろよ」
午後の楽しいおやつの一時のはずが、気が付けば悪魔を心に宿す二人の渦が出来上がる狂気の世界に呑まれてしまったのだった。
互いに悪魔、互いに狂気性の塊、それがこの不知火凱亜と裂罅悠介と言う存在だ。
リアンとシズハとの温度差は明白。
「そう言えばこの城って……拷問部屋とかもあるのか?」
「勿論…あるぞ?」
凱亜の狂気性がより一層増した。この狂気性は悠介すらも凌駕してしまうかの様だった。